【家族《ファミリー》】2
「……ぶー…。」
そんな風に唸り、朝に見たことあるようなフォークを突き立てて机に顔を預けて頬を振らませる少女。これでもとある大団体の分団長の一人だ。
そしてもう一人、そんな少女を愛おしそうに頬を緩ませる少女は頬に手を当てて上品に言う。
「あらあら、コトネは相変わらず可愛いですね」
「二人ともごめんね。マモルン相変わらずあんな風にぶっきらぼうだけど…食事に罪はないからちゃんと食べてね」
「「はーい」」
でも、とココネも話を続ける。
「いくら育ち盛りの私たちでもこの量は食べれませんよ?」
「ダイジョーブ。いくら残っても、僕らの改造済みチルド機能冷蔵庫は瞬間冷凍なんだからね!」
「嬉しそう…。ハカセ」
コトネは上目遣いでハカセを見つめる。そして、「それにしても…。」とある考えを言葉にする。
「兄ちゃんはなんであんなに自分以外の事優先なの?」
「え?」
現在、マモルは自分の机にかじりつき、仕事を開始している。内容は先ほど二人から正式に依頼された羽ばたく飛行機体の設計だ。薄暗い周囲に机の上のスタンドだけが青白く輝く。今はゴーグルを着けずに洋紙に向かい、周辺の測定機器とコンパス、ペンを駆使して設計を続けている。部屋全体に机の光以外ないのは周囲が暗くなっていることに気が付かないほど、仕事に集中してる為らしい。ココネが話しかけても、最小限の回答しか返ってこなかったのを隣にいたコトネも見ている。忘れてはならないのが、今日は彼の誕生日だった。本当の日ではなく、ハカセと共に約束しただけとはいえ、その日を記念日と決めたのなら、そして自宅が仕事場となっているのなら、一日くらいは休んでもいいのでは考えているのが双子だった。まして自分たちの依頼ならなおさら、それくらい自分達を優先してほしいと思うのもまだ幼い彼女たちには仕方のないことだった。
「……」
一方、ハカセは答えに困っていた。これから話すのは紛れもない事実だ。だが、それでも彼の半生について語る必要があるため、迂闊に話していいものか迷っていた。しかし、そうして黙っていることは双子としても謎だ。「? ハカセさん?」などと訊くのも無理はない。
「ああ、うん。…多分ね、我がままに慣れてないんだよ」
「「…?」」
そう。マモルは、少なくとも『彼がマモルと言う名前になった時から』彼は一切わがままを言うことがなくなった。正確には自分優先のことを全くしなくなった、といった方が正しいかもしれない。この8年間、彼は人のために戦ってきた。世界を股にかけて飛び回りハカセと一緒に望まれた設計と製作を行ってきたのだ。その際彼は一言も「嫌だ」とか「面倒くさい」だとかいう文句は言わず淡々と作業をこなした。当時8歳、それでいて必ず望まれたもの以上の完成度を作り出す。それは、当時その場にいたハカセでさえも少し恐れるときがあったほどだ。
と、そこでハカセはこの八年という年月から、ある結論を出している。それは、マモルは気持ち8:2の割合で作業をこなしている、ということだ。8は作業に向かう姿勢、残りの2は作業に向かいたいという気持ちだ。彼もカガク者の端くれであり進歩したい気持ちは強いはずだった。一概に仕事人とは言えないだろう、いや、仕事人であってほしくないとハカセが願った上の結論であることは否めないが。とにかく、我がままの言えない子供は見ている大人の方が心配になるのだ。
「―――というわけで!君たちがマモルンの分も存分に楽しんでいてくれればマモルンの幸せなんだよ。彼が仕事を"早めに終わらせたら"存分に楽しんであげてよ!」
その言葉で双子がやる気になるには十分だった。目を見開き、瞳一杯に輝きを放つと、頬を吊り上げて箸を机に落とした。よほどの衝撃だったらしい。
「…わかってくれた?」
「うん!よーしっ!じゃあ、お仕事終わったらUNOやろうよUNO!ネットでインストールしたんだ~。」
「それよりお兄様には格闘対戦をやらせましょう。コトネが今度お兄様とやって倒してやるーって言ってたじゃない?」
「うん、それもいいね!」
そんな風に会話が弾む二人の少女を尻目に、ハカセもついつい口角を上げる。そして同時に、こんなことを決意するのだった。マモルン、君のやってきたことは、絶対無駄にはさせないよ。今までも、これからも。
★
時計の針は深夜3時と半分を過ぎていた。
マモルは椅子の背もたれに寄りかかり大きな伸びを一つすると同時に自然と唸り声が漏れる。マモルの四肢は義手であり手足を伸ばしたところでさして変わらないのだが、しかし、義肢を操る脳は相当量の負荷がかかっているため、この形だけのリラクゼーションは凝り固まった脳をほぐすため必要なのだ。そんな風にしたまま、ゴーグルについた時計機能を覗き見たマモルは時間の速さに驚嘆する。
「うお!暗っ!?…マジか!?もう3時過ぎ!?」
マモルは焦りつつ、部屋の電気をつけると部屋をぐるりと見渡す。室内灯によって部屋は明るくなったが、その分ベットの横の窓には意識を飲み込むような暗黒が覗いている。
マモルは生唾を飲み込み窓に背を向けると、逃げるようにドアを開けた。階段を降りる音が部屋からも聞こえる中、その後光は30秒経てば消える自動消灯が無事に作動した。
マモルが階段から降りると、鼻歌を歌いながら餃子と同じくらい好きな紅茶をたしなむハカセが座っていた。伸ばす音程が多数ある、子守唄のような鼻歌だ。
「あ、おはよう。マモルン。…お休みなさい、かな?」
部屋に入る足を音で察知し、ハカセはすぐに振り返った。聞かれたマモルは予定をある程度決めていた。
「風呂に入ったら5時間寝る。ハカセは?」
「さっき、あの子たちを寝かしつけてたところ、君は降りてくると思って、ちょっとだけ待ってたんだよ。」
そう言いながら親指をテレビの方に向けるハカセ。直線状にはテレビとその前に大きなソファが存在している。少し近づけばすぐに、すぅ…すぅ、という寝息が二つ、互いに頭を外側であるクッション入りの手すりに預けて寝ていた。彼女らに近くにあった毛布をそれぞれ掛けてやると、心なしか安らかな顔をしてくれたようでマモルもフッと笑顔が漏れる。
「元気だよねぇ、この子たち、寝たのもつい一時間前だよ?」
「マジか!?こいつらよくそんなに起きてられんな」
「うん、分団長にもなると色々大変だってさ」
「!」
そのとき不意に半年前の話が思い起こされる。双子がお世話になったりお世話していたりする白の団長との会話だ。
『分団長になったってことは、危険、だよな。』
『うん、まあね。』
あの時の団長はさも気軽に言ったが、目の前の少女らのやっている戦闘がどのようなものなのか、正確にはマモルにはわかっていない。大まかな話だけ聞けばなんでも、超現実的なVR戦闘ゲーム、らしい。そんなものの中にこの小さな少女たちがいていいのだろうか?将来的には自分たちで進む道を考えなくてはいけないにしろ、今は自分たちがこの少女たちの保護者なのだ。そんな危険な場所に居ていいのだろうか?そんなことを考えている。
しかし、そんな思いはハカセには筒抜けだった。「大丈夫だよ。」とハッキリそういうと。悟られたことに慌てて振りかえったマモルに微笑みかけた。いつの間にか立ち上がり、マモルに渡すためのミルクティを持ってきていた。
「! なにがだ?」
カップを受け取り、口に運ぶ。
「マモルンが部屋にこもってる間にいろいろ聞いておきましたよ、二人は全く後悔してないってさ。もともと言ってたじゃないか、僕らの力になりたいって」
「ああ…。」
思い出す。二人の入ったわけを。
彼女らは何も無償でその団に入っているわけではない。詳しい契約内容は省かせてもらうが、その中ではこういった内容もある『白の巨兵として出兵する代わりに食事や、功績に応じた給料の支払いを約束する』とある。白の巨兵というのは双子の別名であり、つまりは契約社員だった。食事はあちらで出されるのでマモルたちが家で食糧難になることは無い。さらに少量であっても経済面でも支えられているのは確かだ。
「…」
「それに、二人ともたくさんお友達が増えたようだよ。あの団には年の近い子も多くいるからね」
「あ、そっか」
それはとても喜ばしいことだ。双子はマモルと8つ、ハカセからしたら16も年が違うのだ。仮にも『年の近いもの同士』を名乗れるわけはなく、あくまで兄、父のような存在になってしまう。
この家に帰るのは決して嫌いではない二人だろうが、友達、仲間と呼べる存在も生きていく上では必要不可欠だ。特にこの、腐敗した世界では。
「俺らじゃあ、そんな存在にはなれないからな。」
「そうだね。」
そういう二人の表情はどこか儚げだ。このいつまでは続かないかもしれない関係の終わるかもしれない日には、せめて、後悔のないようにしようと決心するのだった。
★
予定通り風呂で一息つくと途端に眠気が襲い、Tシャツを羽織りトランクスをはくと、すぐに部屋に戻って眠ってしまった。
そして、時刻は8時を回った時。マモルは窮屈な感覚に襲われて目が覚めた。昨日とは違い、夢による精神的なものではなく、肉体的の。
「?? なんか暖か――いや、暑い…」
首を左右に振ると、すぐに熱源は発見できた。
耳元で寝息を立て二人の幼女が眠っていた。どちらもマモルの義手に身体を張り付けている。
右には短髪のコトネが義手を生身の手で握るようにしながら寄り添い、左には黒髪のココネが身体でマモルの義手を包むように体をくねらせながら押し付けている、それぞれ顔をマモルの方に向けて眠っていた。完全相対義手を頭部の機械部分と直接つないでいるマモルは触覚だけでなく、熱などの人が感じる感覚のほぼ全てを感じることが可能だ。したがって、小さい未成熟の温かな彼女たちのぬくもりやほのかに漂う柔らかな甘い香りは100%伝わってくる。さらに、
「お兄様…つえたい…でしゅ。……あ…」
「兄たん…きもちい…」
不意を突いて、小さな口から漏れたそんな声。思春期男子には毒になりそうだな、と何となく思うマモルは急いで体を起こした。
「…お前らからは冷たく感じても、こっちは暑いんだが?」
「うーん…あ、兄ちゃん。おはよう?」
疑問形である以上お前はまだ寝ぼけてるな、確信をもって断言できた。
「おはようございます。お兄様」
「…」
マモルが黙ったのには理由があった。明らかに眠そうにさも寝起き、いや、二度寝中だったと言わんばかりに目をこするコトネはこの際いいとしよう。現に今も「あと五分だけここで寝させて」と恐らく三度目の睡眠に入ろうとしている。ここで問題になるのはココネの方だ。目は起きた直後からパッチリしていたし、そして何より笑いをこらえているように口に手を当てて肩を震わせている。
「おい。心音」ようやく開かれたマモルの口。「はい。なんで、しょうか?」などとさして悪びれもせず聞き返す。
「お前は起きてただろう」
「はい。そうですよ」
さも、当然。と言わんばかりに正直に白状するココネ。この何を考えているのか分からないような人を試す態度が、マモルはあまり得意ではない。まだ接し方に難がある。
「あ、今回はちゃんと、お兄様を試させていただきましたよ?」
ちゃんと兄を試すという言葉に聞きなれないものを感じつつ、マモルは聞き返す。
「そうなのか?で、実験の結果は出たか?」
「はい。お兄様は女の子に、正確には妹的存在の私たちが誘惑しても手を出さない、ということが」
「あ、当たり前だ!?」
「しー。琴音が起きちゃいますよ。」
言って、人指し指を口元に当てるコトネ。その口はほころんでおり、小悪魔的だ。
「…ハア、ハカセに起こすように言われたのか?」
「はい。言われたのはコトネでしたが、こうなることは予想出来ていたので。私もついてきました」
「ついでに?」
マモルはココネに真意を突く質問をする。さして隠す必要がないためか、さらりとココネは答えた。
「はい。ついでに、階段を上るときにさっきの体勢を思いついたのでやってみました」
「へえ…そうか。にしし」
答えたココネにそんな風に露骨に勝ったような表情を浮かべるマモル。
「? なんですか?」
「さっきお前、甘噛みしたろ」
小さく「あ」って言ったしな。と大人げなさを全開で勝ち誇る。
「あ…」
短い言葉の後、頬を膨らませると同時に染めるココネ。
普段から喋り口調を上品にしたりマモルのことを「お兄様」と呼ぶ当たり、どこか大人のような完璧さを求めていることは、すぐにマモルでも見て取れた。その辺を加味したうえでさきほどの甘噛みは寝ぼけを再現するためとはいえ、誤算であったに違いないとマモルは踏んだ。
「しっかり脳に刻んだからな」
「……お兄様、イジワルです…」
その拗ねたような態度が、あまりにも年相応のものだったので先ほどの小悪魔的な態度とのギャップにマモルは歯を見せて微笑み、頭を撫でた。
「なっ…!」
不意打ちを食らい、ココネは頬だけでなく、耳まで真っ赤に染め上げる。
「ホイ。可愛いゆでだこ一丁上がり!」
「もう!馬鹿にしすぎですよ!」
ポカポカと言う効果音が聞こえてきそうなほど、やさしく両拳でマモルの肩を叩くココネ。
「ズルイ…」
その声は、そんなココネとの正しい家族のスキンシップ中に聞こえた。
「「…え」」
流石に今までの会話の声と音量で起きない双子の片割れではない。曲がりなりにも、大団体の分団長までつとめる程だ。
「兄ちゃん。わたしのことは放っておいて心音とイチャイチャイチャイチャ…」
「待て琴音。そこまでイチャイチャしてねーよ。なあ、心音お前からも何か言ってやってくれ」
「? イチャイチャしてましたよ?」
「やっぱり!」
ココネのニヤつき方から、それが仕返しの仕返しであることが理解できた。
「兄ちゃんの…バカーーーーー!!」
日中の岩壁に響き渡った叫び声は、下のキッチンで調理していたハカセも心配になるくらいだった。
☆
谷に響いたマモルの叫び、しかしそれが鬼気迫るものではなさそうだとその人物はふんだ。なにより、本当に人間が危険なときは「ぎゃあああ」などと言う暇もないことを“彼女”は理解している。
(放っておいても、大丈夫そうですね)
さてと、と。谷の底にある金属片たちを踏み砕きながら、彼女は谷の奥へと進む。左手には青白く光る鋭利な金属を携えて。