【電子方舟《エレクトロ・アーク》】1
博士会の一日目が終了。大ホールの周辺で出展していた屋台や展示も一旦の終了となった。ハカセ、クロス、タツマの三人は、食事と花火観賞を終え、それぞれの自室へと向かう一本道を歩いていた。
「ボクの発表は明日あるけど、二人とも見に来るかい?」
「はい!僕様の発表は明日から始まる少年博士会の部であります。ハカセさんの後なので、お邪魔するつもりです。」
「俺は師匠の情報探るから、発表には間に合わないかも。でもお前の原稿とか目を通したし、内容のわかってっから、応援してるよ。」
「ありがとう!河本くん。」
そうして三人は肩を並べて部屋に戻るが、彼らの他にもぞろぞろとカガク者たちは同じように歩く。川の流れように人混みは進んでいく。
博士会では今日のように発表→展示会→花火の順に行われる。よって、一日目の見るべきものを全て終えた彼らは迷うことなく自室へと戻るのだった。
そんな中だ。人混みからの喧騒止まない夜の帰路。そこでハカセの耳に入る動物の鳴き声。
(……?)
ハカセが立ち止まったことで、二人とも半歩遅れて振り替える。当然クロスもタツマもいきなり止まったハカセを不思議に思うが、立ち止まったハカセも疑問符を浮かべて辺りを見渡していた。しかし、彼の場合不思議に思ってのことではない。
(なんで、ここであの子の鳴き声が…?)
そんな"聞き覚えがある声に対してのもの"だった。
「ニャァ。」
人混みを掻き分ける"こともなく"、薄桃色一色のシャム猫が喉を鳴らした。
「やっぱり!ネコマタ!君がこっちに来るなんて、どうしたんだい?」
よろよろと半透明の猫へと近づき、膝をまげつつ目線をおろす。
手を差しのべると、ネコマタはハカセの手のひらに顎をのせ、やがて体を丸めすっぽりと収まる。そうして猫が腕に収まったのを確認し、抱き抱えるように立ち上がると、ここで背後の二人を置き去りにしていたことに気がつくハカセ。
「あぁ、ごめん。二人に僕の視覚情報を共有するね。」
いうと、二人へ二指を立てた左手をスワイプ。それが視覚共有の合図となり、タツマとクロスの二人も右腕に抱えた半透明の猫が見えるようになる。
「うお!それなんだ!?」
「まさか、AI…ですか?」
さすが赤の領地のカガク室長!関心を表す肯定を言葉にする。
「正解、この子は"猫又"ほら尻尾が二本あるだろう?」
ニャァと一つなくと、ネコマタは尻尾を立てる。二本のそれは他でもないネコマタ自らの意思で動かしており、それぞれのくるくると回して見せる。
ここまで人が込み合っていながら、一度も接触することなくここまで来れたのは、このネコマタがAIでありこの世には存在しないためだった。
「彼女は僕の世界の防衛機能を担当してくれているのさ。」
「ハカセさんの世界、ですか?」
「そう、僕の偉業の一つ《電子方舟》のことだよ。」
★
「シグマくん、"方舟定義"について説明してみて。」
「は、はい!」
道の端に避け、三人と一匹は丸く囲うように話す。
「そもそも、方舟とはノアが作った多種の動物を乗せた大洪水を乗り切るための船のことです。あくまで旧約聖書などで記載されているのもですが。」
「そう。カガク者達でもそれの製作は可能かと検討する流れが起こった。それが神話物を再現するカガクの時代"神話類創造期"ぶっちゃけるとごっこ遊びだね。」
「太古のぶっ飛び設定の諸々を作り出せた先人に"ごっこ遊び"とは、怒られろ。」
「河本くん、横やりいれないで。」
「アハハ、…ともかく、先程ハカセさんが言った"神話類創造期"に製作が検討された方舟ですが、これは"生命保護"が求められるため創造期にも優先して製作が検討されました。そして、作るに辺り定義――作る最低条件がなされた。それが方舟定義です。」
「そ!初期の段階で方舟をつくる定義は全部で3つだった。
①生物の全てを乗せられること
②世界的危機に対して耐えられるだけの頑丈さがあること
③乗せた生物が不自由なく生活できること」
「でも、それは時代が進むごとに実現不可能になっていった。理由は簡単。"生物の増えすぎ"」
方舟を作るに辺りいきなり①で躓くことになった。増えたのは数ではなく種類である。生物の定義に機械は含まれないとしても、様々な亜人や改造生物が増えてしまっていた。増えすぎた生物を全て乗せられるだけの大規模な方舟をつくり、なおかつ②も③も満たせる完成度は実現不可という結論へと流れていった。そこで当時のカガク者たちは、方舟定義そのものは変えずに生物を生活区域ごとに分け、それぞれの生活が成しやすい場所をもとに箱庭を作ることになった。例えば空では《天空方舟》、例えば海では《海域方舟》、例えば宇宙では《宇宙方舟》。
「そのなかでも、この猫又のように、電子的生命体の命の保護を重要視したのが、僕が作りあげた方舟・《電子方舟》さ。」
因みに、これまでに並べた方舟以外にも作るべき方舟はあるのだが、生物の多さ、②をまたせるだけの頑丈さを備えるものは未だにつくられていない。方舟は今のところ四つしかないことになる。
《高士さん、ワタシはもうしゃべってもいいんでしょうか??》
「あぁ、ごめん猫又、ここまでお疲れさま。」
《はい。》
「ネコマタは僕の方舟の防衛機能だ。相当の事がない限りここへは来ないからね。」
ハカセが腕に抱えているネコマタの頭を撫でる。クロスも撫でたそうに両手をわなわなさせ近寄るが、そこでネコマタの腹部に目線がいくことでハカセより下からの目線からあることに気がつく。
「ハカセさん、その子怪我してますよ。」
「え!?本当!?」
ネコマタの前足の付け根に両手を差し込み抱え上げる。確かに、左下腹部に毛色とは異なる濃い赤色が滲んでいた。
「…君が損傷を負うほどの攻撃にあったと見るべきだね。」
そう断言するハカセ。それがネコマタがここへきた理由でもあることを理解した。
「二人とも、これからちょっと面白い事になると思うんだけど、興味あるかい?」
顔こそにこやかに、ハカセは二人に問いかける。
「いいぜ、どうせ部屋に戻っても暇だしな。」
「はい。僕様は構いません。なによりハカセさんのその顔、楽しそうですし。」
「うん!これからちゃちゃっと電子世界の世界レベルの崩壊を防いで来るんだよ。」
★
ハカセを先頭にクロスとタツマも付いていく形でハカセの為に用意された部屋へ向かう。人通りも少なくなり、幾つもある出入口の認証ボタンは待つことなく押すことができた。
扉が開くと、そこはもうハカセの為のトイレ、風呂が別、セミダブルベッドの八畳間。円筒形のその部屋には中央にハカセの持ってきたカバンが乗せてある丸テーブルがある。
「入って入って~」
「おじゃま」「お邪魔しますです!」「ミニャァ~」
ぞろぞろと続いて中に入るとさすがに密度は上がる。なにより八畳間であってもセミダブルベッドが壁の中央を占拠してしまっているため、行動スペースはそれなりだ。
唯一ネコマタだけはベッドで丸なっており、自由に寛いでいた。
「これから何するです?」
「さっき、電子方舟に行くとか言ってたが、ぶっちゃけ俺も行ったことないし、何よりそんな場所は俺も知らないぞ?」
「はっはっは~!当然さ!生身の人間ようには創られてないところだし、君たちが行くためには僕の許可が必要だからね。」
よいしょ、とハカセは片膝をつき、カバンを地面に置くとともに開ける。がさごそと荷物を物色すると、あった!と目的のものを取り出す。
カバンからはガラス製のような透明の球体が取り出され、中の構造が判るそれは幾つもの歯車機構とピストン運動をする機構、そして電子基盤などが内臓され、駆動していた。往復する機構は、時計と同じ一分間に六〇のペースを刻んでいた。
「それが鍵ってことか。」
「うん!確認だけれど二人とも、首筋の電脳パーツは機能しているかい?」
「はい」「一応オンにはしてる。」
「オッケー!時間も惜しいし、とっとと行っちゃおっか!」
思考接続で起動する球体の装置は、ハカセが意識を向けたとたんに次々と速度をあげていく。歯車機構は回転数をあげ、ピストン運動はさらに運動速度が上がり、往復機構は速くなっていく。それと同時に、二本の針のような先端からは光が収束、拡大していく。透明な側壁には翠の二進法が回転表示されていく。二進法の1と0が球体を埋め尽くした途端、側壁を飛び出し何もないはずの空中へと表示される。
「わ、わぁ!!」
「ほほう。」
クロス、タツマ、そしてベッドで未だ丸くなっていたネコマタにも二進法情報帯が回転表示され、やがて部屋の壁面にも1と0は表示されていく。
そうして、部屋と彼らの情報が情報化された途端、今度は視覚だけでなく感覚まで変化がおこる。
タツマもクロスも足元から浮遊感が訪れたかと思えば、今度は重力の認識がなくなり、体全体が浮いている感覚になる。
「ようこそ。ここが彼ら《妖精霊種》たちの集う、僕の箱庭《電子方舟》さ!」




