【博士会《レジャータイム》】
「あっ、やべ、寝てた。」
一度頭部がガクンと落ちたのを自覚し、ハカセは意識を起こした。
視界には机に備え付けられた半透明のモニターにハカセと同じ年ほどの青年がこれまでの実験の成果を発表している様が映し出されていた。
(またこの題材も…つまらないものだなぁ…。)
テーマは《亜人・吸血人種の眷属統治》。彼らの血を採取したあと動物へと注射、変化を観る実験だった。
(これ…レポートにはしてないけど、もうマモルンと討論遊びで解決しちゃってるんだよなぁ…。)
結果、発表者と意見は合致した。変化のデータまで完全に予想の通りだ。
『えぇ、つまり、彼らの血液には何らかの命令意志があり、それは注射した生き物それぞれに異なる"役"を与えることにより、眷属はその役割を全うしようとする。これにより人間の階級制度のような統治が生まれるとの発見です。』
(やっぱりかぁ…僕らの予想通りになったなぁ…。)
因みに、統治内で階級が同じになった場合、どちらかが強い素質を持つかは殺し合いで決まる。これは血液提供者である主が命じるものではなく、同種の"役"を持つもの同士の一種の生存本能である。この辺りは発表者も知りえない情報であり資料には書かれていない。
(実験じゃない。僕らが行ったのは抜かりないデータ収集からの基本考察。)
それがマモルンとやれば、大規模実験と同等の結果を導き出せるんだから、やっぱりここへ来るのは無駄だったかなぁなどと、ハカセは退屈を紛らわせるため縦肘をついたまま周辺を見渡す。
《博士会》は博士号取得者が四年に一度集まり発表を行う大討論とされている。彼らのスケジュールは当日になってみないとわからない。誰がどういった発表を行うかは一日の始まりに開示されるようになっている。彼らの意識としてはすべての博士が発表者であり傍聴者だった。そのため発表台は一人一人に与えられ、そこから一畳分が個人のスペースとして与えられ、カガク時代の特徴である反重力技術が使用されたそれに座る。
よって、ハカセを含めた博士全員が、だだっ広いこの会場に漂うように浮いているのだった。
四歳のころから参加し。今日で六回目となるハカセはいい加減にその光景にもなれていた。
(仕方ない。明日の発表についてのレポートをまとめるか…。)
回りを見渡しても大した興味が湧かないものばかり。もっと言えば過去にマモルとの討論遊戯で解決してしまった題材がほとんどだった。
二人の会話を記録する者がいれば、今回の発表された内容が二人にとって平均で二年ほど遅れた情報であったことを知るだろう。表現は二人と発表者で違っても、テーマに対しての結果は二人の予想通りだった。
タッチパネルでもある半透明のモニターを発表者が映る映像とハカセが発表するレポート用紙に二分割する。
睡眠学習と40人までの同時会話なら可能なハカセ(会話はマモルも同人数可能)には、発表者の会話に耳を傾けつつ、レポートの作成は造作もないことだった。耳では発表者の内容を聞き、目ではレポートの原稿の添削をする。左手で3Dモデルを作成しあとはプリンターに移すだけの状態にし、右手で製作のための諸々の用紙を作成し貯まっている依頼をこなす。ついでに、あまった思考回路を聞こえる範囲の博士の会話に耳を傾ける。
(お!やっぱ色々頭使うと楽しくなるね!)
ハカセから聞こえる範囲の人間ということは、博士側からはハカセが見えているということである。
その人間らしからぬ動きが見える周囲の人間は、近くの人間と畏敬を共有する。
「や、やばくね……?」
「"論破博士"今日はおとなしいと思ったら急に作業始めたな…」
「かといって、ここで話しかけても、しっかり発表者の内容を復唱できるんだよなあ…。」
「絶対やるなよ!前々回の惨劇が始まるから…!」
しっかりと会話が聞き取れているハカセからすれば、煩わしさしかなかった。
(こっちだってあの時の状態にはなりたくないよ~)
前々回、つまり8年前。破壊機械暴動事件直後。その時のハカセは、当日まだ名前すら知らない少年の治療が一段落したときだった。なんとか少年の頭蓋から鉄骨を引き抜き、脳の機械化を行い一命を取り留めた手術を行った直後の博士会の参加だった。
当時のハカセは、これまでになく苛立っていた。理由は発表者の士気だった。世界的大虐殺のあとのその会では誰も彼もがおざなりの内容。今時小学生でももっとまともな発表ができそうな内容の連続に、いよいよハカセは憤慨した。その結果。
(43人泣かせて、17人気絶させたなぁ……。)
当時の年上、年下関係なく震え上がらせ、感情任せに彼らの意見を頭から否定してしまったハカセの黒歴史。その影響により200年以上は続く《博士会》は初の中止を余儀なくされ、"世界ランク第二位の偉業の一つ"にされてしまう事態となった。ハカセの"論破"を受け、後の発表が躊躇われたためであった。
(はぁ……やっぱ来ないほうがよかったかなぁ…。)
後悔こそ多く、得るものの少ないこの場。ハカセが顔を出す理由は少ないように思われた。が、そんな下降中のモチベーションは、ここに来た一番の理由を思い出すことで取り戻す。
(いや、ここなら……"師匠"は来ないにしても、長老会の面々が紛れている!彼らに面と向かって話せる機会を得られるんだ!)
心の中で握り拳を小さくつくりつつ、未だ両手、眼、耳では同時作業を続けていた。
「以上で、私の発表を終わります。」
丁度先ほどからのテーマに感した質疑応答を終えた発表者がお辞儀をしているのを片目を動かすことで確認したハカセ。
(あっ、終わったね。僕らの二年前の内容とはいえ全く同じ結論だった。いい内容だったし、資料も分かりやすかったね。)
無言ながら称賛の眼差しを向けるハカセ。しかし、あることに気がつく。
彼がお辞儀をし、席に付いた直前だ。モニターとして彼が見られるカメラから左斜め上を睨むように見ているのをハカセは見逃さない。
(確か…彼の位置は…。)
ハカセは視線を右斜め下に移す。ある程度の規則性のある動きで浮遊する発表台は、おおよそその位置を特定することができる。そして、発表者である彼と目線が丁度かち合った。
(やっぱ、僕をみてたかぁ。)
右手をあげて、降ってみる。あくまで敵意や関わる気はないという意志を込めての行為だったが、彼は舌打ちのように顔の左側を歪め目線をそらした。その様子にハカセは用心を兼ねて彼の名前を思い出すことにした。
(―――石田九太ね。)
ハカセは手を降るのをやめ、作業に戻っていった。
会場はアナウンスの後、次の発表者が映し出され発表台の椅子から立ち上がる様子を見るとこができる。
『えぇ、私のテーマは《光吸収空間:通称ブラックホール》の生成、その領域制御を行える装置の製作に成功したという発表です。』
会場はドッと湧き、議論が白熱することが予想された。
(これももう知ってる内容だなぁ……。)
それはマモルの設計とハカセの製作により非公式の装置の小型化までこぎ付けている内容だった。
★
一日目の博士会終了。
ハカセは大あくびをしながらも、両手を広げ背筋を伸ばす。
(今年も、大体わかってる内容だったぁ!)
カガク者にとって探求心が命。それが刺激されない時間だった今日はハカセにとって退屈でしかなかった。結果、マルチタスクで行った作業が進んでしまい、今日から帰る用意された部屋で行おうとしていた依頼の内、8割りが既に終わってしまっていた。
時刻を確認する。会は質疑応答も問題なく行われ、予定どおり19:30に終わり、いま2分過ぎたところだった。
会場から出ると、少なくとも他の人間にとっては有意義だったようで、廊下でたむろし研究発表の内容や成果の称賛を送っている。ハカセは手近に空いた空間を見つけた。丁度窓がある位置であり、空けると、日の落ちかけた涼しい風を吹き込ませた。
(夕焼け、綺麗だなぁ。)
そんな風に思考をリセット。ただただ綺麗な景色を眺めるだけの存在になる。窓の桟に縦肘をつき、沈む日光にあたる。
そうして落ち着いている間にも、ハカセ達のいる建物は灯りを濃くしていくのだった。
毎年4年に一度、世界の一ヶ所だけで行われるこの会。今年は日本で行われ、そして破壊機械暴動事件以来の最大の人入りとなった。会場は参加者が全員収容できる大ホールの付いたホテルだった。一部屋ごとに浮遊しており、各階に複数ある扉から出入りをする使用だ。現在は大ホールの周りをぐるりと漂うものや空いている部屋や浮遊を望まない宿泊者によって複数の積み木のような党がつくられていた。
(周りは森と山と湖……お!あれは廃病院かな?)
窓から見える景色。ビルの十階ほどの高さになれば、遮る木々などは周囲には見えない。そうして見たところ、見える範囲にはくすんだ色のコンクリートの病院がみえる。それは所々蔦植物で覆われ、屋上には低い木々が生い茂っていた。辛うじてその凸型の建物の突き出た場所に赤十字と時計が確認できる。
(老朽化してる。今度入ってみよう。)
そうして見渡している内に、ハカセは自身の手が無意識に胸元にあったことに気がつく。
「あっ…。」
改めて服の中から取り出す。信心深いと言うわけではないがただ貰ったものだからという理由にしては大切にしているのはクロスペンダントだった。
それを身に付けるのは八年よりも前からのものであり、日課というよりは習慣となっている行程だった。朝起きてパジャマから洋服に着替えると、手近においてあるそれを手にとり首にかける。その後服の中へしまい、胸元に手を置き心のなかで呟く。(おはよう)と。そうして今度はエプロンをかけ、料理を始めるのだ。そうして空腹をそ掻き立てる匂いを上へ運べば、そのうち朝の苦手なマモルが気だるそうに降りてくるのだ。とここで、そういえばと前回の博士会のことを思い出す。
(そうだ、前回は僕も一人だったけど、家ではマモルンも一人だったなぁ。)
と。こんな時にも彼のことかと自身の親バカぶりに一つ笑う。しかし、すぐに今の家の様子を想像することができた。
(今頃、三花ちゃんや快人君と楽しくやってるんだろうなぁ…。)
時間的にもうごはん食べてるかな?前回は一人で食べてただろうから、ちょっと心配してたんだよなぁ。
(電話してみようかな?)
……いや、やめておこう。マモルのことはサンカに任せていた。家から出る前、そのことも伝えてあり彼女の気持ちも確認できていた。これから二人がどうなろうとハカセには支えるだけの覚悟があった。
(どうなろうと、かぁ……)
この年でオヤジ臭い気もするけど、孫もみられるようになるのかなぁ……なんてね。
(さぁてと、部屋に戻ろっかな。お腹も空いてるし。)
窓を閉めつつ、再び廊下を歩こうと体を捻った直後だ。廊下の後方からよぶ声が聞こえた。
「おーい!高士!」「おーい!ハカセさーん!」
全く同時に、それぞれ違った呼び方でよばれた。それにより後方から駆け寄る人物にある程度検討がついた。
(一人は"マモルンと出会う前からの人"もう一人は"出会ってからの人"か)
振り替える。廊下の両端には未だにたむろするカガクシャ達がいるが、その隙間を縫って二つの影が近寄る。
「お!以外な二人だ!」
一人は、白衣に真っ赤なTシャツで下はジーンズパンツ姿。金髪に染めた髪の青年は、八年前よりも大人びた顔つきと体格に育った河本辰馬だった。
そしてもう一人。こちらはタツマの半分ほどしかない身長を目一杯伸ばし存在をアピールしている。袖の長さが倍ほどある丈の白衣をゆらし、その後ろには小さな顔を覆うに十分な大きさのフードがゆれる。背丈と同じほどの黄色いリュックも激しく上下しハカセへと迫る。機械パーツが付いた片眼鏡から大きな瞳がのぞき、Σ(しぐま)・クロスはキラキラとした表情で近づいてきた。
「河本くん!シグマくん!」
全くの同着で立ち止まると、二人は直後目線をあわせる。やがて双方はそれぞれ首をかしげ、ここまで全くの他人であったことをハカセに伝えることになった。
((誰だ…この人…?))
と、ハカセを基準に出会ったのだった。
★
「じゃあ、二人は僕を見つけて声をかけただけで、同時に話しかけようとした訳ではないんだね。」
並列で歩きながら、聞かれたハカセ以外の二人は首肯する。
「久しぶりの弟弟子だからな、つい舞い上がってしまった。」
「僕様は先日団長様を助けて頂いたお礼を言いたく動きました!です!」
「なるほど、彼は無事元気になったかぁ!良かった良かった!」
つまり知り合い同士ではなかったかぁ、こんな偶然もあるんだなぁ。
「二人は博士会に来て発表するのかい?」
「いいえ!僕様は今回が初なので雰囲気をつかんでこいと団長様が!」
「ふむふむ」
齢十歳。カガクについて知るのはこれからの少年にはここはもってこいの場所だろう。シグマの来る理由は納得ができたハカセ。視線をずらす。
「それで、河本くんは?」
「あ…俺は…………。」
「??」
タツマはバツが悪そうに頭をかくと、徐々に目線がそれていった。
小首をかしげるハカセは、一向にタツマの考えがよめない。やがてため息と共に白状するこもにしたタツマの目は、どこか虚ろだ。
「連絡とれなくなった師匠の情報がないか、長老会の方々に聞いて回ってた……。」
「あぁ………」
あの野郎!!まぁた弟子ほっぽって行方くらましてるのか!!
「なるほど、じゃあ僕も長老会の人見かけたら声かけとくよ…。」
いつもの尻拭い、タツマにとってもハカセにとっても日常だった。
★
「にしても聞いたぞ高士!今回も快挙だな!」
「うん、それを明日発表するから楽しみにしててね!」
全五日間ある内の一日目の会の終了。日も完全に落ち、大ホールとホテルの周辺では屋台が煌めいていた。
自然に囲まれた土地であっても切り開かれた広場があり、そこに建ち並ぶ屋台には食べ物やゲームは勿論、カガク者のこれまでの成果を展示するも設けられていた。
「あぁ!疑似天候装置や亜人化体験モジュール!あ!機国から機械生命種(トランス◯ォーマー)までいらしてますよ!お二人様!」
幼い眼には、輝く屋台と未知のカガクが新鮮であるようだ。シグマは興奮した様子で周りを見渡す。
その様子をハカセとタツマは見守りつつ、購入した宙に浮く焼きそばや飲み物を運びつつ食べる。
「歩けるようになったとき、守もあんな風にはしゃいでたな。」
タツマは懐かしみながらもいう。その言葉にハカセも同調しつつその時の様子とシグマが重なる。
シグマは丁度、機国から着た彼と同じ体格の機械生命種(トランス◯ォーマー)と遊ぼうとしているときだ。
「あぁ、マモルンも、病院で仲良くなった二人と遊んでたっけ。」
シグマが八年前のマモルに、他の二体がそれぞれ青髪の女の子と逆立つ髪の男の子に見えた。
「あの二人は確か……」ドンッ!
ハカセが名前を思い出そうとした時、空には七色の花びらが弾けた。
「お!花火だ。」
タツマが言い、目線を上へとあげる。ハカセもそれにつられ空を見上げると、八年前の花火を思い出す。
「そういえば、八年前も城白院長の計らいで、花火が催されたっけな。」
「うん。僕は花火があがる度にそれを思い出すよ。」
マモルは覚えているのかはハカセにはわからない。しかし、同じようにあの時の花火が大切であって欲しいと願ったハカセだった。
こうして一日目の博士会は、毎年恒例の花火の打ち上げで幕を閉じた。天気はこの四日は快晴。風も微風であり、8月に入りながらも涼気を運ぶ演出をし終了した。
☆
高い階層のビル群。その一つ一つが浮いている独立型浮遊ビル集合都市。日が落ちたその都市ではちらほらと証明の灯りが見えるが、そのほとんどはシャッターを閉じ、ガラスの長方体となっていた。そのビルの隙間と隙間でほのかに一瞬赤く光る。
光の収束の直後、ビルとビルの間から飛び出す存在がある。
『…ック、"ネコ"じゃ相手になりませんね!』
白い肌は月明かりに照らされ、透き通るように輝く体。それを動かし、地面のない空中を走る。
耳がぴくりと動き、"二つの"尻尾の毛が逆立つ。
『き、きた!!』
振り替える。その直後には二つのビル間から火球が出現。やがて規模を増しビル二つを軽く飲み込む規模にまで膨れ上がる。
『ニャッ!!あんなのがあの人の世界で放たれたら被害が甚大ですよ!』
こりゃ早く知らせないと!!跳躍する。そして自身の進行方向である空中に緑色の1と0で囲われた青い渦のような穴が出現。そこへ飛び込んだ。
その直後、それがまるで世界終焉の合図であったかのようにビルは土台から緑色の1と0の文字となって崩れていく。それは空まで到達すると月もそうして崩れてった。




