【お帰り《ウェルカム・ホーム》】2
『おかえりなさいませ。守様、今度こそ本物で良かったですわ。』
マモルが玄関扉を開けるとそこにはメイドがいた。
白いエプロンドレスとホワイトブリム、ヴィクトリアンメイドの特徴である長い裾のスカートは優雅にたくしあげる。うつむきがちな姿勢でのお辞儀をし、姿勢を起立姿勢に戻すと、真っ直ぐに出迎える対象であるマモルを見つめる。ブリムで留められた長い赤髪に一際鮮やかな桃色のメッシュが加えられた髪はツーサイドアップにまとめられていた。緑の瞳で見つめられたマモルは、それが彼女であると確信した。
「朱理か!お前、もう帰ってきたのか!」
『ええ、今回も雇い主の暴走によって、期限より2ヶ月早く帰ってきてやりましたよ。』
「まじか……一応雇い主の内容は《完全自立AIの心理進化》を目的とした研究だっていってたのに……。」
肩を落とすマモル。アカリの背後ではサンカと彼女に腕を回された状態でカイトが眼前の二人を見つめている。サンカとカイトの怪訝そうな表情からマモルは今の状況をなんとなくだが察した。
「そう言えば朱理さんよ、二人には説明したのか?自分のこと。」
『あぁ、忘れていましたわ。もともと、守様以外の人間に対する興味が薄いものでして。』
それでは、とロングスカートをはためかせて反転。マモルに背面を向ける。
『私は守様によって作られた万能メイド"富山朱里"と申します。とある大手玩具メーカーの社長の孫の人格を基に作られた"擬態人形"です。』
お辞儀のあとに顔をあげると、にこやかに笑うアカリ。未だに警戒は解かないが、サンカとカイトもしっかりと彼女の目を見つめる。
「人格を?ですか?守さん」
「あぁ、朱里のお爺さんは破壊機械とは関係のないことで亡くなったんだが、彼が亡くなる前の依頼が"破壊機械暴動事件の時行方しれずになった孫娘に一目会いたい"だった。」
残っていたビデオや音声のデータから復元、彼女を作り上げていた。
『私は肉体と人格をデータに全て移した"全存在投資AI"でも"全身義体"でもありません。が、その完成度と人格の主張性能の高さから機械でありながら始めて"人権"が与えられているのです。』
胸を張りながら手を当てるアカリ。自信と誇りを示していた。
(動きから、表情から、一般の女性より…私より豊かに作られている。)
アカリの自信ももっともだと説得力を感じたサンカ。アカリの頭から足先まで品定めをするように視線を動かすと、顔をあげる。
「分かりました。彼女も守さんの大切な方なのですね。」
「まぁ、そうだよ。」
マモルは靴を脱ぎ、家の中へと入った。
★
6年前―――秋。窓辺から注ぐ夕日に照らされた室内。鮮やかな橙色は真っ白なベッドを染め、そこに体を預ける老人を照らす。
『あの子の幸せな顔を一目みてあげたかった。』
『大丈夫ですよ。僕が作ったからとかじゃなく、あの子の性格なら幸せを掴めます。』
『今のあの子のやりたいことを、やらせてあげてください。』
『分かりました。』
「――うーん…。」
『はい!守様ッ!あーん!』
下でマモルたちが蟹鍋パーティーを行い、家を留守にしている間に上から家に帰ってきていたアカリ。家の主が帰るまでが暇だったため作っていたというプリンアラモード(多く見積もっても4,5人前の大きさ)。そのプリンの部分をスプーンで掬いマモルの口へと運ぶアカリ。緑の瞳がキラキラと輝く満面の笑みでの奉仕だった。
「お前、楽しそうだなぁ。」
『はい!仕事に不満はありませんが、一番大切な人にする奉仕はノリが違いますよ!』
だから、あーん!と再度スプーンを口元に近づける。ここまでの澄んだ思いから抗う術をマモルは知らず、素直に口をあけ、されるがままになる。
それがテレビ前のソファでの出来事であり、二人の背後、六人掛けの椅子と長机では。
「…………。」
「あのー………三花ねぇ…?そろそろ腰辺りが痛くなってきたんですが……?」
六人掛けの椅子の一つにて。サンカがカイトを膝の上に座らせ、胸に抱えながらマモルとアカリの様子を見守っていた。カイトの腰に回した腕は、無意識か徐々に強まっていた。
(こ、こわいっす…感情も何も読み取れない"ザ・真顔"って感じでただただ二人の様子を見つめている。)
さながら視界に納めているだけといった方が正しい表情だ。嫉妬のオーラを出すでもなく、無感情に瞳孔すらうごかしていない。
「ぼ、ボクらも食べますか?あちらのスイーツ。」
「…………。」
(無言かぁ。)
そうこうしている間も、アカリはマモルへ100%の愛情を注いでいた。プリンアラモードに添えられていたクリームや色とりどりの果物をマモルの口へと運ぶ。
されるがままなのも構わないが、一先ず空気を代えたいマモルは何でも構わないが言葉を切り出す。
「今回のパク、奉仕期間パク、今までよりもパク長かったんじゃないか?」
『そう…でございますね。過去最長だと思います。』
「今回の契約者は、何が不満だったんだぁ?」
『あの方、私に黙って監視カメラを浴槽まで持ち込もうとしていたのです。』
「まじかぁ…契約にあたって"過度な不快感を与える実験や要求はしない"ってあるんだけどなぁ。」
それが"人権を与えられたアンドロイド"の内容の一つだった。契約に関した内容はいくつかあるが、その全てを要約すると"人間が嫌だと感じる行いが朱理にもできない権利"だった。因みに、人間の法律も適用となるため、反すれば罪に問われるときもあるのがアカリというアンドロイドの権利だ。
『それだけ精巧に作っていただいて、私自身は感謝しかないのですが…。』
マモルの口へと運ぶ手を止め、スプーンを置いたアカリ。
『人間としての"私"がどれだけ愛を証明しようと、それは機械的でしかないんでしょうか。』
「そんなことないだろ。」
隙をみてマモルがスプーンを持ち、果物を掬いアカリの口へ運ぶ。
不思議そうな顔をするアカリだが、マモルが眉一つ動かさず口に近づけるため、アカリもそれに応える。
『…おいしい。』
「朱理の感情が機械から出力された思いでも、立派な"朱理だけの感情"だよ。」
『え?』
「朱理の感情プログラムな、既存のモノを人間に近づけたものじゃなくて、お爺さんの残してた映像から成長させたAIなんだよ。」
『え!?』
「他のAIが"生クリームが好き"とか"果物が好き"とか言わないだろ。元人間の全存在投資AI以外では。最も個人を主張できるAIなんだぜ、朱理って。」
『……。』
「お前は、俺の誇りとしてじゃなくて、しっかりと"朱理自身の誇りとして"自信を持っていいんだよ。」
再度アカリの口に果物投下。彼女も素直に咀嚼すると、笑顔になる。
『………おいしい!』
★
『ところで』
と、立ち上がり。首だけは背後をむくアカリ。目線が会った"彼女"はそらすことはなく、しかし不思議そうに見つめ返した。
『まだ私は、あなたのことを知りません。膝にいらっしゃる方は"第三位"の設計士でしょうけれど。』
「あ、はい。よろしくです。」
『はい。しっかり守様から色々学んでくださいね。』
「あぁ、そういえば。朱理は教えるのも得意だよな。」
『はい。いずれ守様のような子を一から育てるのもいいかと考えております。………ところで!!』
ビシッ!と背筋をのばすと、再びサンカに目を合わせる。
『貴女の目的をお伺いしても?』
「…??守さんのことをお守りしたいだけですよ?」
『ほほう』
怪しむというよりは、純粋に興味をもっているアカリ。見下すでもなく、しかし対抗意識は露骨に表すように、ビシッと人差し指をむける。
『では、守様のお役にたてるか!私と勝負いたしましょう!』
「は…い、具体的には何を?」
『どちらが奉仕できるのか、守様に判定していただきましょう!』
「あの…始めに言っておきますが、私は別に守さんに邪な感情は無くて――『勝負方法は"浴場での洗い対決"です』――やります!!」
「おい…?邪な感情は無いんだよな??」
サンカの表情は、やる気に満ち充ちていた。
「ボク…寝てもいいですか……?」
★
マモルたちの住む家の下では祭り騒ぎも一段落し、移動式の電灯も仕事から解放される。酒を飲んだ酔っぱらいどもは力尽きたように眠りへと落ちる時間、家の浴場内では湯けむりが充満していた。
「お前ら……これ勝負になってるか??」
現時点の家の主の意思を無視した奉仕バトルは、あくまで二人のなかで白熱していた。
『くっ、やりますね。そこまでの腰使い、並みの人間の動きではありません。』
(なんだそれ!?背中洗ってるだけだよな!?)
「柔軟性には自信がありますので。貴女こそ、流石は守さんが作っただけはあります。ストロークにかけての力の入れよう、感服します。」
(確かに二人ともうまいけど!?息とか手以外の感触が当たってるんだけれど!?)
マモルの背中では、二人の少女が甘い吐息とともに水蒸気で火照った体をくねらせている。
「ふ、二人とも、も、もういいんじゃないか?」
包みこむ湯気の熱気と二人の息づかいに顔まで熱くなっているのを自覚するマモル。早く出たくて仕方がなかった。
「そうですね、そろそろ泡を落として湯船へといきましょうか。」
「!? 終わりじゃないのか!?」
『ええ、あくまで浴槽での対決ですよ?お体を拭くまでが勝負に決まっています。』
(ええ……。)
背中にお湯がかけられる。
現在、二人ともバスタオルを体に巻いた状態、頭もタオルで包む形での奉仕となっていた。が、度々足を広げたり腰の動きでタオルが動く場面を目撃してしまうマモルは鋼の意思で理性を保っていた。
二人に両腕を組まれながら浴槽へ。女性の体の再現を追及したアカリの体(あくまでアカリがそれを要求)は、その胸部も決して大きすぎない程度に弾力と包容力がある。そんな体で擦り寄るようにマモルの右義手を包むため、当然その温もりと女性的な感触をマモルへと伝える。
それを知ってか、サンカも左義手を包むように腕を回し、ギュッと胸へ引き寄せる。アカリに比べ大きさそのものには劣るが、華奢な体に常人より軟らかな腰つきと何より少女としての穢れを知らない真剣な眼差しはマモルへの献身が伺える。
『(すごい、男性への奉仕に慣れていない純真さが逆にアクセントになっています!)』
これにはアカリも敬意を表するしかない。そこまでのマモルへの姿勢が現れていた。
『(この子は、教えていけば守様を満足させられる存在になりますわね。)』
ふふふ、と笑みがこぼれるアカリ。その様子が謎でしかないマモルは若干頬が引きつりつつも入浴をしていく。
一方、サンカもアカリを認めつつあった。
(すごいです。始めに玄関でアンドロイドということを紹介されなければ、疑うことすらしないような完成された女性です。)
その所作の一つ一つに感動すらしつつも、マモルへの献身という役目を認めてもらい思いから、より瞳に炎を燃やしサンカは挑むのだった。
マモルを挟んで互いに目を合わせながら入浴をするサンカとアカリ。言葉を交わすことなく、ただ汗を滲ませ、瞳で熱意を伝え合う。
浴槽ないに訪れた数分の静寂を破ったのは、マモルだった。
「あぁ!もう!お前ら気合い入りすぎ!!」
ガバッと立ち上がり、しかし腰に巻かれたタオルは抜けないように巻き直すと、湯船のお湯を桶で掬い上げ、それぞれに頭から流す。
「わっ…ぷ!な、なにするんですか?」
『守様ッ、前が見えません。』
二人は顔の水滴を落とすと同時に立ち上がったマモルの顔を見上げて覗く。
マモルは腕を組んで頬を膨らませ、しばらく二人の見上げた様子を眺めたが、やがて頬に溜めた空気を抜き、腕組を解くと義手を二人の頭にのせる。
『「ふえ…?」』
「互いに試し合うのは良いけどさ、風呂くらいゆっくり浸かろう?な」
平等に撫でていくと、サンカは馴れない表情で頭に置かれた義手を両手で握り、アカリは表情をとろけさせ至福だと言わんばかりに肩の力を抜いていく。
(昔から、お姉さんぶっててもこうして撫でられるの好きなんだよな。)
エヘヘと頬を緩ませるアカリ。頭に巻いたタオルも取り、直に感触を楽しむ。
マモルは再び湯船に浸かりながらも、尚も二人の頭をしばらくなで続け、そうしてそのまま頭まで沈んでいった。
『守様!?』「守さん!?」
驚いて立ち上がった拍子に二人のタオルははだけるが、そんなことは気にもせず二人は水面に浮くマモルの頭部を抱きとめた。
(柔らかい…感触……が……。)
頭に触れるそれぞれの違った胸の感触を堪能する間もなく、マモルは脱力した。
★
(うっ……うーん……)
小さなうめき声を上げ、目を開けたマモル。天井の使用から、自分は自室のベッドの上にいることがわかった。
(うーん、くっそ…のぼせた。)
あの二人はあの後大丈夫だっただろうか…。仲良しとは言わずとも、互いの溝はなくなっていたらいいなとマモルはお厄介をやく。
『大丈夫ですよ。あの子のことを十分認めましたよ、私は。』
「そっか、朱理のお墨付きなら安心だな。」
ん??
「朱理!?」
なんでベッドで添い寝している!?
『フフフ、愚問でございます!主である守様が体調を崩した!ならば私は、メイドとして貴方のお側にいるのは当然ですよ。』
「そっか。」
マモルは微笑みかける。こういうときのアカリの性格を、それなりに長い関係の彼はわかっていたのだった。
罰が悪そうに唇を尖らせるアカリ。やがて、目線をそらしつつ白状した。
『まぁ、ぶっちゃけると、御家さんが外の空気を浴びている間、貴方に甘えたかったんですよ。』
うん、知ってた。マモルはそっと義手をアカリの顔の前に差し出す。それをアカリが受け止めるように、手を交互に絡めていく。
「お疲れさま。いつも研究ためとはいえ、派遣させてごめんな。」
『いいえ、私は私のできることをやりたいだけ。無理なんてしてないですよ。』
「それでも、アカリの帰る家はここだぞ。また出たとしても、ここへ戻って来いよ。」
今日はゆっくり休んでほしい。その思いを義手にのせ、僅かに力を込めながら、マモルは再び微笑みかける。
人の温もりをうけ、他の誰よりも表情の豊かなアンドロイドは眠りについた。
★
真夏とはいえ、日中は日の光りも届きづらい立地。湿度の高い今、ある程度水分を吸収した土は夜になると涼しげな風とともに冷たい空気を運ぶ。
マモルたちの家かある岸壁の出っ張り。その端に佇み風になびく黒髪を片手で押さえるサンカ。
『姉さん、何か悩んでるんか?』
「いいえ。悩みなんて言うほど大袈裟ではないですよ。ただ、ちょっと嫉妬です。」
『嫉妬?』
「ええ、朱理さんの方が、私なんかよりずっと表情も豊かで、感情も表せていて…私なんかより……」
『そうか、それで落ち込んでるのか。…………ところで、姉さん……?』
「はい?なんですか?」
『いや、さも平然としてっけど、肩にオレを差し込んだまま、通話機よろしくオレと話すのやめね?』
あんたの自傷癖は認めるし、あんたの守も認めたから止めねえけどよ。それを当たり前とするのは、マモルにも悪いだろ?
「……確かに、そう。ですね。」
スッとハサミを肩から引き抜いたと同時に、肩から背中にかけて温もりを感じた。
「よっ!夏でも外は冷えるだろ?」
かけられた毛布はサンカの背中を余裕をもって覆う。振り替えると、右側マからマモルが姿を表した。義手には缶コーヒーがあった。
「朱理さんはどうされました?」
「寝てるよ。朱理は電気で充電しない代わりに、体内の熱エネルギーを充電に回せる。そうして半永久的な稼働が可能となってるんだ。」
「そうなんですね。」
その後、しばらく何も語らず夜風に身を任せていた二人。時々空を見上げ、煌めく星を眺めたりした。
「三花は、そのままでもいいんだよ。」
「!!」
今までの昂鬼との会話を聞こえていたのか、マモルはそうつぶやく。
「無理して変わらなくてもいい。俺は側にいてやれる。……信じてくれるか?」
「……。(泣きそう……)」
大切な人が欲しい言葉を投げかけてくれる。人間として、これは幸せだろう。
(そっか、私……"嬉しい"って、思えるんですよね。)
この人といると、自分の中の"人"が訴えてくる。それが今は堪らなくうれしい。サンカは胸を押さえながら、そっと微笑む。
マモルたちの住む大峡谷"銀の川"では数分しかない月の光が注ぐ時間。ちょうどその光がサンカを照らす。
「!!」
マモルはその光景を生涯忘れないだろう。そう言えるだけの根拠をもてるほどの衝撃があった。
「ありがとう、守さん!私、貴女に出会えてよかったです。」
顔が会った瞬間、サンカは走り出し、家の中へと入っていった。
残されたマモルは、そっと空を見上げ、手にもっていたアイスの缶コーヒーを一口飲んだ。
「……無糖かよ、これ。」




