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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
黒騎士団篇
43/48

【お帰り《ウェルカム・ホーム》】1

 銀の川にて、蟹鍋パーティーはなかなか豪勢に行われていた。日はまだ高いが、谷底まで届く光は限られていた。そのため移動式の電柱灯やら電気を配電する装置がさながら職人のように張りきりはじめる。

 乾杯の声もこの日始めてからいよいよ3桁に達しようとしている中、四肢と頭部が機械の友人・瀬戸守が、この団体の主・黒茨咲の住む仮宿舎に入って行ってようやく1時間。暖簾の前では二人の少年が待ち構えていた。その内の一人は眉根を寄せる。どこか心配ごとを秘めている顔だ。

「本当に、大丈夫なんですか?」

その不安を声に出すと、隣にいた少年より数センチ程背の高い方の少年の方を向く。彼は訊いた少年の先輩にあたる人物だった。

「んあ?何が?」

訊かれた先輩・一二三一(ひふみはじめ)は、その問い事態が不思議であるといった表情だ。少年は訊いたはいいが、そんな風に返されるとは思ってもいなかった。しかしハジメの態度や話を聞く限り、マモルはハジメの恩人らしい。そんな彼に対して不安を抱いているのはあくまで感覚的なものであり、言葉にするのは難しい。

「何がといわれましても…。」

少年はそう言うことしかできなかった。とにかく、心のしこりを残す少年は、依然として表情を変えない。一方、ハジメもそんな態度の後輩は心配なようで、しばらく考えたあと、腰に手を当て言葉を発する。

「大丈夫、オレたちが不安であろうがなかろうが、あの二人はやりたいことをやるだらうし、期待してる以上の成果を出してくれる、少なくとも咲さんの場合はそうだったろ?」

そう言いつつハジメは、手を少年の頭の上に乗せる。安心させようとしてくれている。

「こ、子ども扱いしないでください…。」

照れながらも、少年は頬だけは上がっている。ハジメは「そうかよ」といいながらも、視線だけは二人のいるはずの仮宿舎兼倉庫を見つめていた。

「ま、このまま何もなく終われれば、それに越したことないんだけどな。」

瞬間、バチンッ!という火花が弾ける音とともに周囲一帯の光は止まった。

          ★

 仮宿舎兼倉庫には、壁一面の武器の他に、一部団員が使える専用装備のための保管装置もいくつかある。その例が冷蔵庫だったり、エアコンだったりである。あくまで中に居座るサキが熱いから付けたとか、そう言った理由ではない、決して。

「――――――」「――――――」

 仮宿舎兼倉庫の壁際には、座った状態で脱力したサキ。彼女の目の前には、同じく脱力し床で意識を失っているマモルがいる。両者その頭部にはセンサーだけ伸びるヘルメットが付けられている。そして両者とも、額には汗が一筋流れていた。

「「――――――熱ッ!!腹痛ッ!!」」

飛び上がる。マモルは腹筋をするように腹を確認、サキは座った状態からジャーキングのようにハッと顔を上げた後マモルのように腹を確認する。二人とも何度も自身の腹部を触ることで確かめた後、ゆっくりと正面を見る。そこでようやく、互いが同じような行動をしていたのだと気が付いた。同時にヘルメットを外した二人は、目が合い、お互いの姿を確認する。顔からは大量の汗を流し、鏡映しのように同じ格好をしている。口は間の抜けたように開け放ち、呆然としている。

 どちらからとなく、笑いがこぼれた。片や団長、片や世界的カガクシャというにはあまりに情けない姿が滑稽だった。こんな姿、ハジメや団員、サンカや家族に見られては示しがつかないようなお互いの素の表情だった。今の二人だから許される顔だ。これでも彼らは、先ほどまでVR空間で対戦をしていたが、そんなことは関係がないと言う態度だ。

 そうしてしばらく笑う。サキはこんなに声を上げて笑ったのは何年ぶりだろうとも振り返る。少なくとも、ハジメや今の古参の団員は彼女がここまで笑えると言うことを知らないのではないだろうか、それほど久しぶりだった。触れていた腹を、そのまま抱えることになるほどだった。やがて呼吸を整えると、深呼吸をする二人の内、マモルが声を発した。義手()はうちわのように扇がれている。

「にしても、アッツイなここ、入って来たときはこうじゃなかっただろう?」

タイマーだったか?と冷房が効いていたはずの室内が熱気に包まれているのが不思議だったようだ。

「いや、この部屋には温度を一定にしなくちゃいけないものもあるからな、最近は常に冷房を付けてるよ。だからエアコンは切ってない。ここら辺の電気は地上にソーラーを設置して、その電気を日中は溜めてるから、切れるってことは無いはずなんだが…。」

言いながら、無意識かサキは自然と鎧と自身の肌の間に片手を入れ、剥がし始めていた。まずは手近な上鎧を剥がす。肩にある留め金を手際よく両方はずすと胸元を勢いよく露出させる。

「そ、そうか…電気が止まってるの…か…。」

サキ本人があまりにも流れるように、マモルをまるで気にも掛けず脱ぐので、彼もサキへ注意をする機会を失う。すぐさま反応できなかったことも大きかった。目を逸らすが、それを周りを観察するためだと思ったサキも周りを見渡す。

「この部屋だけは光を付ける予備電源があったんだけど…冷房に関してはそれがなかったか…つまりは外でなんかあったな、どれ…」

言うと、サキは耳元に手を当てた。団体内のネットを利用して、無機電話を掛ける。

 相手はハジメだ。何かあったのかと訊く。

『あ、お嬢。すみません。電源の接続部にガキと酔っ払いが、ジュースと酒ぶっかけてしまったみたいで、ショートしました。本人たちは故意じゃなかったみたいなので、許してやってください。』

「ああ、なーるほどな」

『ええ、ちょっとしたら復旧すると思うので、それまで待っててください、マモルにもそう伝えておいてください。』

「わかった」

電話を終え、いざマモルの方を向く。すると、彼はなぜか執拗にこちらを見ようとしていなかった。

「?何してるんだ?」

「あ、いや…」

言い淀む。マモルからしたら、自分は男として見てもらっていないだろうと、だから気にする必要はないと思ってはいた。しかし鎧を脱いでみて、いや戦闘で鎧の間に義手を入れて彼女を飛ばした時に分かっていたことだが、サキという少女、彼女は大きい。

 たわわというのが適切なほど大きいそれは首元から滴る汗が谷間に流れ込んでいるほどだ。しかし背後から包み込むような長い髪や目からどこか高貴さが窺えるため、全体的に見てその姿から品が無いという印象を感じない。むしろ母性のような抱擁感溢れる造形だ。初めて会った時は鎧を全身に纏っていたが、いざ一枚脱いでみれば、弾ける汗と素顔、素肌のギャップで色気が伝わって来る。黒い鎧に鮮やかなピンクの下着も好印象だった。

 そんな彼女がだ、目を伏せているマモルに気が付き(何をしているんだこいつは)と疑問を持ったが最後、思考は(そう言えば、さっきから何かすっきりするな)という方向に進み、目線は下に。

 当然マモルとしては、彼女のことだ。わっはっは!と高笑いをしたあとに、スマンスマンと、大雑把な反応をするだろうと予想していた。しかし、当の彼女はしばらくの無言の後、マモルにとっては驚く行動に出た。

「!す、スマン!!」胸を掻き抱き、身体()をよじる。顔は先ほどの火山を彷彿とさせる噴火を見せていた。

 この反応はマモルの予想の遥か上空。ついマモルも「え?」と声を漏らす。その際、声を出した拍子に彼女を視界に収めてしまった。初々しい少女の反応を。

 眼は潤み、じっと目に力を入れて丸くなっていた。その反応は、まるで最初とちがっていた。つい数時間前の彼女なら、こんな小動物的な反応は見せなかった。「お、おい?」と目を逸らさずにゆっくり声をかけてみる。

「み、見ないでくれ…ああいや、その前に違うんだ!いつもは、こうして汗をかくとこの部屋には団の女子一人だけが残るから、そいつとお前の雰囲気が似ていて…だから脱いでしまったんだ。決っしてお前に見られるのが嫌だったわけじゃない……ん?わ、わたしはいったい何を言っている?」

完全に混乱していますよね!?両頬に手をあてる彼女は、何のことは無い、ただの女の子だった。

          ★

 鎧を椅子の脇に置き、襟の高い半そでシャツの第一ボタンをはずした状態で羽織ったサキ。している意味があるのか分からない黒いリボンを胸の辺りで結ぶ彼女は、心底動揺していた。

(なんだこれ!?何だこれ!?なんだこれ!?ナンダコレ!?めっちゃ恥ずいな!?)

なぜか義手を前に出して控え目に笑っているマモル。それを尻目に下を向くサキは熱すぎる頬と頭の整理ができなくなっている。

(おいおい、頭部が爆発しそうだぞ!?)

とにかく早く冷房つけ!?早くしろ七!!もはや懇願に近い思念。こんな状態で彼と二人でいると、その内脳がマヒして何をやらかすか自分でもわからないほどだと自覚する。それは二人の貞操の危機であったが、当の男の方は全く分かっていない。

 マモルの方は、笑うしかいないという感じだ。つい先ほどまで、ハジメが悩み団員が気にしていたことは恐らく目の前の少女の少女らしい面のなさについてだろう。我慢しているのが丸見えな姿勢だったのをマモルも感じていた。それが今は微塵もない。というのを、彼が変えたからだという考えは彼には全くないわけだが。とにかく、ここまで露骨な“少女”をマモルは可愛らしくて仕方がないという笑顔で見ていた。

(まさか、下着を見られて恥ずかしいなんてな、単に男に慣れてないだけか、それともこうしてはっきり感情をぶつけることがなかったからか、とにかく、こいつはかわいいな!)

サキが赤い理由をそう勘違いしたマモル。笑いを止めるのに数秒かかると、見れる服装になったサキを今度は真っすぐな瞳で見つめ、言う。

「なあ、咲!」

「ひゃい!!」

「?」

「…」

まあ、いいか。噛むのは誰にでもあることだとさして突っ込まず、話を続ける。無言のサキが次の言葉を待っている気がしたからだ。

「お前の名前を、もう一度、教えてくれるか?」

バタバタと戦闘を流れるように行い、すっかり“登録”をする時間を作っていないのを思い出したマモル。思い返せばサキが呼び止めなければ、帰ってしまっており、翌日は出会いたての猫のように顔と名前が一致しない状態になるところだった。そうなれば今のような笑える関係はもっと先になっていただろう。しかし、サキにとっては期待外れの言葉だったようで、一度片頬を膨らませると、近くに置いてあったランスを手に取り、抱き枕のように撒きついた。

「な、なんだよ?」

首をひねるマモルに対し、サキは察してほしそうに目を向ける。そんな目線、最初に会った時には考えられなかったものだ。

「…約束…。」

そうつぶやくようなサキの声でようやくマモルも理解した。つい数分前だ。彼女と破壊戦争(クラッシュゲーム)で同時に退場(リタイア)するとき、約束したことがあった。

 全く、これだから俺は、足りねぇよなあ。自身の欠点を、弱点ともいえるそれをようやく理解した。忘れてしまうというのは、彼が理解している以上に残酷だ。寄り添えるようになるには、もう少し自身のこの欠点を見つめ直す必要があると肝に銘じる。しかし、それは今、震える声と潤んだ瞳で「ダメかぁ…?」などと見つめる少女に言うべきことを言ってからだ。

「…なぁ、咲」

「はい!」

今度は返事できた。サキ自身もその言葉を待ち構え、準備万端だった。

『なあ、ここから出たら一つ、お願いがある。友達としてのおねだりと思っても良いぞ』

『ハア、良いぜ!!何でも言ってみな!!』

わたしはお願いした。おそらく人生初だろう。

 マモルは飛び切りの笑顔で願いを聞き届ける。サキの願いは言葉だった、それも何のことは無い、ただの挨拶。それだけが、彼女のあの時思いついたことだった。

「…咲!おかえり!!」

これだ、わたしが待ってたのは。破壊戦争から帰ってきたら言われたかったことだった。たったそれだけだが、背筋から沸き立つような感情は、鳥肌となって見える形になる。そして応える。目を見て、笑顔ではっきりと。

「…ただいま……ただいま!守…」

自分でも驚くほどなんだけど、お前の顔見れないや…。徐々に俯いてしまう。情けないと思いつつ、そして感謝をしつつ、頬を染めながら黙ってしまった。

 マモルは安心したような顔のサキを確認しつつ、機械の脳に命令を送り、メモリーを取り出す。

「咲、悪いが、登録させてくれないか?」

俯いたままだったサキは、そっと手の甲を目に当てると、すぐに出会った当時の自信にあふれた顔になり、「おう!」と答えた。

――――――わたしは黒騎士団団長・黒茨咲(くろいばらさき)!よろしくな!」

          ★

「じゃ、私たちは、先に片付けを終えましたので、家に戻りますね。」

電気が復旧し、簡易用洗い場で皿をひと通り洗い終えていたサンカは、脇にいるカイトとともに軽くお辞儀をすると、自身が持ってきていた食器を持って、エレベーターに向かう。

 背後では数人がお見送りをするために手を振り、またなとか、今度も酌の相手してくれよとか、ついでに夜の相手もとか、若干のセクハラも交えつつ別れを惜しんだ。彼女たちが、エレベーターで壁を上り、見えなくなるまで酔っぱらいどもは手を振り続けた。

「あ~あ、いいこだったなあ」

「ホント、良い尻をしてた」

「「「だよなあ」」」

「あほか酔っぱらいオヤジども。」

ふり返ると、ハジメが腰に手を当てて立っていた。横には少年もいる。

「あ、七さんだ、ち~っす」

一人に続いて、何人かが同じような調子で同じことを言った。

「ち~っす、じゃないぞ、夜はこの周辺に出るっていう、クマを狩る。それも黒岩熊(ショールベア)。電気を帯びる岩石を精製し、自身も電気を帯びる。レベルはAAA(トリプルエー)大隊規模危険種(ハイパーモンスター)だ。酔いを言い訳に行動を疎かにしてみろ、一瞬で死ぬぞ?」

最後には目つきを尖らせ、凄みを見せたハジメ。それまで笑っていた彼らは一瞬俯くと、まるでそれが合図であるかのように目つきを変えた。

「「「「「了解。我らが灯火よッ」」」」」

ハジメは言われたがためか、左肘義手を変形させる。圧縮金属でできたそれは体積を大きく変え、人体でいう肘の辺りでそれを展開、ギア、シャフト、シリンダーを駆動させることで、肘から向こうはベニタケノコガイの形になる、太いランスを直接手に付けたような形状。側面のエンジンが起動し、噴出口から吹き出す炎は、まさに旗を掲げるかのように上空でなびいた。

 一方、見送りの人物も見えなくなったエレベーター。サンカは満腹になったお腹を撫で、カイトは両手をいっぱいに伸ばして伸びをする。二人とも同じように声を漏らすと、この食事時が楽しかったことを思い出す。

「はあ、もう少し、遊んでいたかったです。」

子どもらしく、分かりやすく肩を落とすカイト。家に帰っても、時間が空きそうなものなのでサンカはもう少し遊んでいればいいのではと訊く。

「いいえ、ボクの方も依頼がきてますから。設計士として、やるべきことをやらないと!」

そう胸の前で小さくガッツポーズを作るカイト。小さな背中には、これからの未来のカガク世界を背負うだけの覚悟を持っていた。

 その小さなカガクシャとは対照的なものを感じたサンカは、自信を鑑みてふと思う。

(わたしは何をやっているのでしょうか…。未だに彼を守ることもできず、心配をかけてばかりな気がします。)

いつか自身が力になれる日が来れるのか。生活面だけでなく、仕事の面でも支えられることができるのか、今後のこと思うと少し不安になった。

 エレベーターが上へと着き、荷物を持って玄関扉を開くサンカ。カイトも気合十分に付いていき、家の中を見た。

『いらっしゃいませ。お待ちしていました。守様』

メイドが居た。

          ★

「よし、登録完了!」

メモリーを頭部の機械に戻し、いよいよやることも終えたマモル。その動作を見つめる少女は、どこか疑問を持っているようで、やがてそれは言葉となった。

「なんで、その登録が必要なんだ?」

ふと気になったという感覚で昼時の穏やかな会話程度に訊くサキ。マモルはしばらく、んー、と唸ったあとどう説明しようかまとめてみる。その行動は、当時製作を行ったハカセによると、もともと『こう』だったと言っていた。つまりどうしてこの仕様にしたのかを知るのは、当時それを作っていたマモルとなる前の少年だけだった。が、しばらくすると言葉がまとまったよ うで、サキを見る。

「これは俺が八年前に設計士したらしいんだけどな。咲が思った通り、わざわざ手動で登録って行為をしなくても、自動記憶をする機能を付けることはできたんはずなんだよ。」

「だろうな。」

自身の機械の体を改造できなければ、世界第二位になどなれるはずもない。これはマモルが敢えてそうしているのはサキの眼から見ても明らかだ。そして、あくまでこれから話すのは、それを作った過去の彼の記憶を、今のマモルがこうかもしれないという利点を基に想像した話だ。

「でも、そうしなかったのは、多分。俺の気持ちを優先させたんだと思う」

「気持ち?」

「自動記憶っていうと、どうしてもそれは、俺の意思じゃなくなるんだよ」

わかるかな?とマモルは内心この説明でいいか不安になる。しかしサキは理解してくれたようだ。疑問という穴にすっぽりと答えがはまったような顔している。

 マモルはコウエンにしてもサキにしても、そして彼が会って来たすべての人間に対しても、その人自らの意思を問うてきたのだった。サキの場合「自分らしさ」それが何かを、サキの言葉で訊きたかったのだった。そのための戦闘だったのだが、面倒なことにマモルはそれが無自覚だった。無自覚であり、本人からしたら心に何かしこりがある程度であの対戦をしていたのだろう。証拠に、サキが理解できたことに嬉しいと思いながらもなぜ理解できたのわからない、そんな顔をしていた。

「要は、お前は自分の意思で、忘れたくない、忘れないって思った時に登録したいんだろ?」

「そ、そう!!まさにそれな!」

マモルの心の一片を知れた気がして、サキは「そうか」といいながらも顔は綻ぶ。サキは自身の特技を活かせた気がしていた。

 一方、マモルはサキがある程度理解していてくれたために、説明が各段に楽になっていた。

「俺の忘れたくない相手、助けてあげたい相手、それらをしっかりと俺の脳で、目で、耳で、なにより気持ちで憶えたいんだ。俺は自分の身体の半分が…機械だから…」

言うと、無意識だろう。義手が動き白い髪を撫でる。どこか儚げで消えてしまいそうな目をしている。サキはそれに目を逸らせずに居た。

 サキは思う。マモルは自分の今の体が大好きでそして大嫌いなのだろう、と。自らの設計に自信を持ち、家族にまでなった人物に製作をしてもらった。それは彼の幸福となり得る。しかし、それによって感じる人のぬくもりは所詮、人間として感じる感覚の再現でしかないのだ。誰かの手に触れても、感じるのは機械が伝えた人工的なぬくもりだ。

 マモルの気持ちにサキが寄り添うことができたのは、彼女が団員たちをまとめ上げるために備わった頭脳とそして、人の技術を真似するための洞察力があったからだ。今まで彼女は、“人真似しかできない”と思ってきていたが、今回はそれがあるからこそ、こうして彼の気持ちを理解することができる。そんな誇れる日が来るなど、夢にも思っていなかったわけで。

「ま、わたしも義足を付けてる。こんな時代だ、技術の違いとか感覚の違いとかは人それぞれ、気にしても仕方なくね?」

「おお、いいこと言うな!」

素直に感心するマモル。それはぜひとも心にとどめておきたいものだった。視線を下に下げると、その義足がある。鎧と言われても不思議ではないデザインのそれは、サキのための特注品だ。

「それにしても、やっぱりそれが義足だったんだな。」

「ああ、破壊機械の日に失って、先生につけてもらったんだよ。」

「へえ、良いデザインだよな。」

もちろん本心だ。日常では厳ついので難しいだろうが、使えないこともない。少し見た目が派手なブーツと思えば、むしろ彼女の豪奢風な性格をいい具合に引き立てていると思える。

「そう思うか?私もかなり気に入ってるんだよ。」

「あぁ、似合ってる。上の服装とか全体を考えれば、きっと色んな服が似合う。咲可愛いもん」

「かっわ…~~~~~ッ!!」

本人としては全力で照れるのをこらえているつもりだ。しかし耳まで真っ赤になり歯を食いしばっているのをマモルは見逃さない。

(やっべっ、そう言えば女の子使いされる嫌な奴だった!?キレたか…?)

そんな的を大きく外れた考察をしつつ覗き込む。そこには今にも泣き出しそうな彼女がいた。

「ご、ごめん咲!悪気はなかったんだ!そうだよな、突然軟派だった!スマン!!」

怒涛の勢いで立ち上がると、スッと高速でお辞儀をする。「ふぇ?」なんて不思議そうな顔をするサキは、その後にマモルの意図が理解できた。そして、噴き出すように笑った。

「な、なぜ…。」

困惑するマモルの目の前で腹を抱えるサキ、やがて徐々に収まってくと、自然と湧いていた一粒の涙を指の背で拭い、言う。

「お前から教わることは多そうだが、わたしから教えることも多そうだな!!」

          ★

 話すことも一通り終えた現在。倉庫とはいえここは彼女の個室も同然、女の子の部屋にあまり長居は無用と、挨拶もそこそこに背を向けて扉へと歩き出したマモル。

「あ、おい、マモル。」

扉に手を掛ける数秒前、そう声を掛けられたマモルはふり返る。

「んあ?どうした?」

「明日も来い!」

直球。実に直球に伝えるサキ。情けない話だが未だに測れていない距離感を、勢いで埋めようとしているのだった。しかし、その思いには気づかないものの、マモルに断る理由などなかった。

「ああ、いいぞ。朝から時間作っとく。」

「……うん」

彼女の笑顔を見届け、マモルは出て行った。

 扉を閉め、明かりの戻っている会場に目を向ける。そこにはハジメと、彼の後輩であろう少年がいた。

「よう、ずっと待っててくれてたのか?」

義手を上げるマモルに対し、二人は言葉を発しないが、頬を限界までつり上げ、ニヤケ面で見ている。

「な、なんだよ…正直こえーぞ」

「なぁ言っただろ?大丈夫だって!」

「ええ、まさかここまでとは、流石に驚きました」

「あ、お前らまさか!?」

グッと、親指を上げた二人。そう、彼らは聞き耳を立てていた。

「団長を救ってくれて、ありがとな」

「別に、大したことしてないじゃん」

ただ“赤”同様、流れるように対戦に持ち込まれ、言いたいこと言い、聞きたいことを聞いた、ただそれだけだ。

「その、言いたいこと言うってのが、俺たちにはどうしてもできなかったんだよ」

そうやさしい瞳になるハジメ。なまじ尊敬していたり、気を使っているからこそ、彼女の真相を見る機会を失ってしまったのだ。逆にマモルのように、外の人間だからこそ距離を測る前に、違和感に気が付くことができる人間が、一番ここで求められていた。

「だからやっぱ、ありがとうだよ。」

ゆっくりと頭は下がり、お辞儀をする。

 マモルはつくづく、いい団であると思う。皆が団長を、そしておそらく団長も団員一人ひとりのことを想っているのだろう。それ故に人の違いや生まれた場所の違いがあっても、こうして成り立つのだろう。

「いいなあ、お前らー…」

つい羨む。時間もあり、今のような地位に居なかったら、マモルも入りたかったと思う。

「おう!気が向いたらお前もこいな!」

「ああ、ほんとにな、それもいいかもな」

          ★

 エレベーター前に到着。ハジメと対面し挨拶を交わす。

「んじゃ、俺は一度戻るな。」

「ああ、明日も来るんだろ?」

「さっきの話聞いてたんだったな、そうだよ」

じゃ、また明日な。残り三日間だ、団長のことよろしくな。

「おう」

エレベーターで運搬されている途中。マモルは外枠に手を掛けながらふと考える。

 そう言えば、サキはどことなくサンカに似てた気がするな、と。一人でいろいろなものを背負いつつ、誰かのために力を行使しようとする。マモルは何も持たないからこそ誰かのためにしか動けなかったが、彼女たちは持っているものを全力で他者に注ぐ。一生懸命で、だからこそ自身を見失いやすい、だからしっかり支えようとマモルは決めた。

 家の玄関に到着。扉に手をかける。

 これからは新しい友達を応援していこう。そう決意を固め、マモルは扉を開けた。

「ただいまー。」

咲には「おかえり」と言ったが、こうして「ただいま」といえるのは、本当に嬉しかった。サキが求めたのもわかる。そうして目線をいつまでも懐かしさが消えない我が家の内部へと向ける。

『おかえりなさいませ。守様、今度こそ本物で良かったですわ』

メイドが居た。

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