【黒騎士団《ブラックナイツ》】3
マモルとハジメは二人肩を並べて人の列を縫うように歩いていく。点々と鍋が置いてあり、人はそれを囲むように並んでいる。度々挨拶をする団員にその人物に合った挨拶で返すハジメ、団員との関係はもちろん、ハジメ自身の副団長としての気持ちの持ちようも上々な様子だ。マモルはこの八年、まともに連絡できなかった友人のその様子を見て安心する。
鍋の周りの人々は誰もが笑顔を絶やさない。初めて会ったはずのカイトも次第に団の子供たちに心を開いたのか、一緒に遊び始めている。筋力があるのか、歳のあまり変わらない子どもたちを軽々と持ち上げて、一度宙に放っている。そんな風に、彼も笑顔だった。
「いい団だな。」
不意にそんな風に言うマモル。本心から思ったことだ。特にカイトは、つい先日大切な人を失ったばかり、本人からは気持ちの整理がついたんだと言わんばかりだが、それでもこうして馬鹿騒ぎができる時間は重要だ。吹っ切れられる。マモルのそんな安心を感じ取ったのか、ハジメは自信満々に答えた。
「おう!うちの団長が、どこまでも真っすぐ突き進んでくれるからな!」
が、しかしその後俯き気味に言う。
「…まあ、俺たちを引き連れるために、多少は無茶をするんだよなあ…。」
お前を同じだよ、と不安げなハジメ。それはどこか心配するようだった。光の先に手を伸ばすような、そんな届かないものへの心配。きっと慕っているからこそ、なのだろう。慕っているから心配だけでその先へ届かないのだろと、マモルはそう察した。
「あぁ、そうだ。お前の肘義手ちゃんと整備しているか?」
マモルは空気を換えるために、話を変えた。
「あ?どうした急に?」
唐突なマモルの質問。ハジメは困惑の表情を作る。マモルからしたら、ハジメのその顔はなぜか残念そうに感じた。
「ま、いいか。お前のことだし、しっかりその時になったら思い出すだろうからな。」
周りの賑やかさもありマモルが聞き取ることのできない声でそう言った。
「んあ?なんか言ったか?お前のために作ったその義肢は“成長型”、つまり整備は10年に一度ペースで構わないが、それでもいつもやるに越したことは無いぞ?」
成長型の義肢は、カガク時代の中期に始まった技術である。使用されているギアもしくは機構にわざと余分な空間を作る、またはパーツを少し足すことで義肢本体の大きさを調整することができる。それが生身の体の成長とともに使えるため、整備は超長期間必要がない。
「ま、いいか。それでも、あまり酷使しないでくれよ?俺の作った…え、っと」
「左肘義手:《溶岩貝》と右肘義手:《絶対零度の氷河期》な。お前が考えたんだから、しっかり覚えておいてくれ。」
「ああ、そうだったな。」
今考えたら、10代になった直後の名づけ方がそれか…。これは少し、中二病予備軍と呼ばれても仕方がない。
「さあて、そろそろ着くぞ~。これから会うのは、俺たちのリーダー・黒茨咲様だ。…ちょっと強引な人だが…まあ、がんばれ。」
「え?」
最後なんなん?そのあきれるような態度には心当たりがあった。常にハカセがそんな顔をしていた。
「それはそうと…最後に質問だ。」
足を止め、半身をこちらに振り返る。同時に真面目な表情で見るが、元々の鋭さもあってか鷹のように睨んでいるようだ。
「お前がこれから送るっていう白からの手紙、それはお前が白夜の仲間としてのものか?つまり、白城団の団員としてのものか?」
「え、んん?」
なぜ警戒されているのか?マモルには解らなかった。白・黒・赤・青の名を冠する四色は団の規模の拡大のために同盟を組んだらしい、領土拡大でもし四つの大団体が争えば、金や物資の激動が凄まじくなってしまうため、混乱を避けるための措置だとビャクヤから聞いた。
そして同盟を結んだが、各大団体が必ず仲がいいとは限らない…のか?マモルは一応そう結論づけた。その上で、はっきりと回答を返した。
「俺はそんなつもりないよ。あくまであいつらはお得意さん…双子以外はな。」
「双子?」
「…。(あれ?こいつらも知らないのか?)」
俺と琴音・心音の関係。あえてビャクヤが情報を統制してくれているのかもしれないと、密かにビャクヤの株が上がった。
「ま、いいや。そんな風にはっきり言うなら問題ないだろ。」
じゃ、とハジメは空中を拳の甲で叩く。一瞬パントマイムのように一定の距離で止まるハジメの義肢。同時に鉄板を叩くようにガンガンと音がする。
それが合図だったらしい、突如なにもない空中から「誰だ?」と女性の声がする。
「ああリーダー!守が見えました。ほら、いつだかうちの看板娘が言ってたやつ!」
「ああ、あいつか。」
看板娘という単語をこの際マモルは全く気にしないで待っていると、周辺の空間が歪み垂れ幕と広くはない籠のような施設が出現。
「お。光学迷彩。」
「じゃ、行ってらっしゃ~い。」
垂れ幕をめくると、ハジメは中に入るよう促す。義手を奥の方へと移動させるので、闇黒に吸い込まれるようにマモルも頭を入れる。
「おう。」
★
垂れ幕をくぐり、足を踏み入れる。
中には別段、変わったところはない。四角い外身同様、中も四角いのは当たり前として壁には銃やら槍やら剣やら、多くの武器が並べられている。それ以外には、何もない。ただ奥に座る人影が一つあるくらいだ。影が差しており、顔の詳細までを見ることはできない。
「よう。あんたが黒騎士団団長か?」
薄暗い影は、目だけを光らせてこちらを見る。
「ああ、私が団長・黒茨咲。17歳だ。」
(まじか、一つだけ上!?)
大人びた、とは少し違うかもしれない。女性に使うのは適切かどうかマモルには解らないが、どことなく威圧感――――貫禄があった。
「待ってたぜ、いやほんとまじで。七もそうだが、なによりあいつが―――いや、この話はまた後でいいかな。」
「?」
「とにかくだ、歓迎するよ。入隊、ではないな。白からの書状か?」
「そんなところだ。ほれ。」
隠すものでもなく、もったいぶるものでもないため、早速メッセージを渡すマモル。自身も内容は知らないが、真面目なものであることは分かる、気がした。
「じゃ、受け取ったわ。どれどれ?」
手紙を見るために、サキの真上の証明が灯った。
長い髪は主に黒髪だが、光に照らされた髪は一部金髪に輝いていた。その割合は黒8:金2といったところ。欧米の血が、不完全な淀みのような形で現れている、というべき髪色だ。つまり黒とも金髪ともいえない。眼はハジメに負けず劣らず鋭く、そこには彼同様、厳しい理不尽の中それでも懸命に生き抜いてきた者の眼として現れている。そして、両手と両足は甲冑を装備。体は帷子にスカートだった。彼女は手紙をスワイプする左手、右肘は肘置きにあり、背もたれにかけている。短い丈の黒いスカートのわりに気にしない様子で膝を外にやる、そのため中の布地が露出している。そこに女性として誘惑しているという素振りはない。
「……。(ピンクか、それにバラの絵柄)」
男らしいというか、いい加減な印象。男勝りともいえるが、単に雑なような印象も与える。身に付けている下着も相まって何ともギャップを感じる少女だった。
当のサキはといえばじっくりと手紙の内容を確認しているが、時々眉間にしわを寄せたり、「あ”あ”?」と唸ったりしている。やがて、
「やめだやめだ!ふざけやがって!」
読む手を払い、仮想でありながら手紙をビリビに破く。
「? 何が書いてあったんだ?」
「あ"あ"?いや、……まあ、いいか。『やぁあ!親愛なる同盟の黒姫よッ!』」
「うお!」
雰囲気を真似しているつもりだろうが、両手を大げさに広げる手ぶりや目を伏せるなどの表情の動きが完全にビャクヤそのものだった。白夜憑っている(神憑り的な)。したがって目の前の少女の声に彼の背景が見え、何とも気持ちの悪い状況だった。サキはなおも続ける。
「『このたび、この手紙を読んでいると言うことは!“俺の!”友人であるマモルに会っていると言うことだろうね!』」
「『そして、君の団で大々的にマモルに会いたいということであるから!会わせてみました!追申:今度僕の所に来るようだったら是非ともディナーでもしようじゃないか!』とのことだ。」
「うわあ…」
何て傲慢な…。サキと話をする口実にマモルは伝言を任されたらしい、つまりマモル自身売られたも等しい物言いだった。呆れ果てた表情をする彼をよそに、サキは心中で語る。
(もっとも、その後に『もしかしたら、君が日頃悩んでいることも解決してくれるかもねぇ。彼は、AKY(あえて空気読まない)子だからね』なんて書いていたとは言うまい。)
「それで、お前らが俺に会いたがってのはなんでだ?」
確かに、マモルはカガクシャ間、一般人問わず有名だ。そうでなければ世界の技術士・設計士のランキング制の意味がない。そしてそうであってこそ世界第二位なのだ。
が、赤の時のようにマモルが必要である場面は、この団に関して言えば正直なさそうだ。食卓を囲む人間の中には整備士らしい恰好をした団員もおり、年季の入った彼らは知識量もありそうだった。
「あぁ…いや、悪いんだが、そのな」
言葉を濁すサキ。その内小声で「…ったく、白のやつ、うちらの娘々(むすめ)が普段から居ないことくらい知ってるくせに、行き当たりばったりのお膳立てしやがって」とこぼす。そして彼女の背後には晩飯どころか、最後の晩餐を食らわせそうな殺気があった。
「? なんか言ってるが、何言ってんの?」
「ああ、いや、ぶっちゃけると私が用があるわけじゃなくてな、今ここに居ないやつがお前に用があんの。間の悪いことにな。」
「そっか、それは悪かったな。」
まさか黒の団とこんなに早く会う機会が来るとは思わなかったマモル。急いでここまで来てしまったが、日を確認してから来るべきだったと後悔した。いや、その場合も連絡先として番号を知るためにここへ来る必要があったが。
「? なんでお前が謝る?仕方ないだろ?悪いのはただ手紙を渡すようにだけ伝えた白の不手際だと思うぜ、お前は仕事をやっただけだ。」
フォローをしてくれるサキ。素直に受け取っておく。
「それもそうか。じゃ、俺に用があるやつはいつ来るんだ?」
「ああ、悪いな、わたしらの件が済んだらもう移動するつもりでいた。その間にあいつが帰ってくることは無くてないわゆる長期出張なんだよ。」
「へえ…。」
移動団体にはそんなことをやってる人間もいるんだな。“あいつ”のことは分からないが、マモルは一つ学んだ。
「わたし達がここに居るのは、あと3日を予定している。それからはまた別の場所に赴くつもりだ。」
「ほう、じゃあ、この騒ぎもあと3日か。」
「悪いな。移動中は危険生物とかいるからみんな緊張してやがるんだよ。こうして騒げるのは今だけだからな、我慢してやってくれ。」
「…。」
我慢ではないが、不満もないから滞在は全く構わない。が、一つ気になることがあった。しかし今ここでそれを指摘するには、判断材料に欠ける。(ま、あと3日で見ていけばいいか)と短いなりに気長に待つことにした。
「?どうした?」
「いや、何でもないよ」
じゃ、そろそろ行こうかな。長居しても悪いし。と体を反転させ、垂れ幕へと進むマモル。
「ちょっと待て。」
そう呼び止められたのは垂れ幕に手を掛けた直後だった。
「お前は紅炎に勝ったんだよな?」
「んあ?やっぱり知ってるのな。」
ハジメは双子のことを知らなかったが、その情報はやはりかなり新しい。四色内独自のネットワークがあるのかと察する。
「…あいつは、強かったか?」
「えっと、……ああ、強かったよ。」
間があった。お世辞ではなく、本心であることは事実だ。が、マモルは戦闘に勝ったことも事実である。それも圧倒的に、容赦なく。だから評価はそれなりになってしまう。
「ふふん、まあ、成長はしてるんだろうしな、そうじゃないとわたしや白とまで戦う資格はないからな。」
手厳しい意見が返って来る。強がりとかではなく、それを言える確かな実力と功績があるのだろうことがわかる。
「もっとも、わたしには勝てない。今のあいつじゃあな。」
「あ、気になったんだが、結局、お前ら四色の中で一番って誰なんだ?」
「ん?」
マモルの何気ない質問。サキは「誰だろうなあ」と顎に手を置く。
一番の規模と権力を有しているのが白城団だ。今の地球の中では少ない団結力を持った国だろうから一番だと言われても納得だった。しかし、こうしてマモルの目の前にいるサキが率いる黒騎士団はどうだろう?小規模な領地すら持たない移動団体。それでいながらコウエンが率いる火炎団に勝ち、勝敗で言えば白城団と肩を並べるまでになっているという。それはこの破壊戦争による領土拡大戦において、かなりの異常であることはマモルにもわかる。なにせ強さは確かでありながら、肝心の領土は持っていないのだから、いわば戦う理由がないのと同義だ。
「ああ、団体で一番強い奴らな。そりゃもちろん白城団だろ、現実ではな。」
「現実?」
「……ああ。」
理解できないマモルのオウム返しに、深い同意。意味が解らないのも当然だ。
「わたしらの団員の4割くらいが、チートを使える」
「チート…」
コウエンも言っていたその単語。気になるには気になる。が、それが戦闘でどういった効果を発揮するのか、全く想像がつかない。
「そ。チート能力、ダイブゲームである破壊戦争では現実を100%再現された世界が構築されている。お前もやったんならわかるだろう?」
「……ああ」
マモルの速さ、動体視力、演算処理能力、そして筋肉の動き。今現在腰辺りにひりつく筋肉痛はゲーム世界でマモルが酷使した筋肉の痛みだ。それら全てが全て、破壊戦争で再現されていた。
「だが、人によっては…そうだな、万単位でこのゲームをやっている人間がいるとすれば、そのうちの2人が使えるものがある」
「……。」
一体、どんな力なのだろう?ぜひ体験してみたい。コウエンもそうだが、話を聞くだけではいまいち理解し辛い。やはり実際に見てみたいと思うのはカガクシャの性なのだろうか。そしてこの団には、マモルの気になるその能力持ちが多くいるらしい。
ぜひ!見てみたい!
「おお!おお!この話を持ち込めば、目を輝かせるはずだって赤の団員が言ってたなあ。その通りになったぜ」
「え。(今そんな顔してるのかな?)」
でも、と、再び目の輝きは残り火が息を吹き返すのように増していく。
「試せるのか?実際に?」
「おう!喜べ、わたし自身もそうだぜ、チート能力者だ。」
「おお!」
「じゃ、まずはこれを頭に着けな。」
サキの足元にある機材の中から、半球状の黒い物体を投げる。
掴むと、頭を入れることができるヘルメットのような構造と、後頭部には受信機のようなアンテナ。何世代か古い見た目な気がするが、元々コウエンたちの施設にあった大型のものと比べれば、いたって小型。大型のあれらの無駄な部分をなくしたり、一つにまとめたりした最小限の装備と言った印象がある。
「これを被れば、まさか…。」
「ああ、破壊戦争の会場だ!」
「ああ…。」
何だろう。気になったのは事実だし、確かめたいと思ったのはマモル自身だ。が、初の戦闘であるコウエンとの勝負で手傷を負ったにもかかわらず、反省もなしにまたこうしてずらずらと流れに身を任せ戦闘をしてしまうというのは、ハカセが怒りそうな杜撰さだった。しかしこの高揚感も、またあの場に赴くのだという緊張感も、マモルの本能を楽しませた。それが一瞬恐ろしいものな気がして、たじろいでしまう。
「?どした?」
しかし、サキが不思議がって首を傾げたため、そんな不安を"ある感情"で誤魔化すことにした。
「まあ、いいか」
と、あの中なら、二人きりなれるだろうしな。と、気持ちを“彼女の方へ”切り替えた。
マモルには確かめたいこともあったのだ。そのため、コウエンとの戦闘同様、一対一の状況はこの場合好ましい。
「いいぜ、いっちょやりますか!」
ヘルメット着用。途端にそれは起動し、脳波への電磁誘導によって睡眠状態のように自然と瞼が落ちる。
★
目が覚める頃には、一面が真っ赤に染まっていた。正確には、地を染める真っ赤な色は夕焼けや血に染まったわけではなく、地面に亀裂が走りその隙間からマグマが噴き出している仕様だったためだ。
「お、コウエンとやった荒野ゾーンとはずいぶん印象が違うな。」
「はははッ!どうだ!これがわたしらの戦争場所“溶岩地帯”だ!」
「あれ?このステージだと…。」
義手の名前からもわかるとおり、“彼”にはもってこいの場所だ。マモルの友人・ハジメにとって、この場所は独壇場となり得るのだ。
「ああ。よく気が付いたな、七の装備がフル稼働する。だから、ここはあいつのためのステージだな。」
「贔屓か?」
「馬鹿。期待だ。」
「そうかよ。」
正直、マモルとしても少しうれしかった。知り合いが期待されているというのは。この団と接してつくづく思うことだが、ハジメは本当に良い団体に入っている。
「ところで、それがお前の装備か?」
「おう。」
マモルの目の前には、鶏冠を持つ鳥の頭部を模したようなヘルムと肘・膝までの金属鎧、そして座っているときは分からなかったが、彼女は長身であり、その身の丈ほどあるランスが背後にあった。どれもチームカラーと言うべき黒色をしている。
そしてヘルムの下では、これから行われる戦闘がさも楽しみだと言うように、歯を見せて嗤うサキの姿があった。
「さぁ、やろうか!!」




