【黒騎士団《ブラックナイツ》】2
黒騎士団はマモルの見たところ領地を持たない、移動団体だと言うことが見て取れた。
それが珍しいことであるのは白の領地に住むものとしても理解できる。領地とは、それ即ちでその団の“力”を表す。例えば経済力。赤の団はそれが苦手であったためにあまり領土を『広げなかった』のだとボーガンが言っていた。それが得意であったために、白の団は領土を広げられてた。例えば戦力。こちらは最初こそ弱かった白だが、徐々に地方から戦力を整えたことで今の規模まで拡大できたらしい。
つまりは規模が大きい程、その団の所謂『雰囲気』というものが決まってくる。それが団体を分からないマモルのような素人目から見ても明らかになるのが団の領地というものだった。
それを考慮した上で、これからマモルが対峙する黒騎士団はどうだろう?領地がないから、恐らく資金源も一定ではなく、不安定だろう。領地がないから、常に移動しなくてはならないために、疲労もある程度溜まるだろう。それはとても辛いはずだ。帰るべき所がないのは。そう思いつつ彼らを、少し苦労人であるだろうと予想して接してみた。しかし、彼らは――――――――――
「なあ、いいじゃんかよ~あんちゃん!飲んでけYO!」
泡立つ黄色い液体の入ったジョッキを、真っ赤な顔の成人に押し付けられるマモル。苦い顔でジョッキの冷たさを感じる。
「ちょびっとだけ、ちょっとでいいんだ。俺たちも腹割って話したいわけよ~。…頼むよぅ~。」
ジョッキを押付けている男の隣でもう一人の男はついに泣き出してしまった。
「……。」
め、め、め…
黙っていたマモルだが、ようやく硬い口を開く。
「メンドクセーーーーええええ、よっぱらいどもおおおおお!」
★
数分前。
服を着たマモルは、いそいそとエレベーターに乗り、降りていった。そして、捕まった。足の速さには絶対の自信がある彼だが、酔っぱらい共に囲まれるのは一瞬だった。それも酔った人間による割と面倒な捕まり方をした。
しかし嫌ではなかった。もちろん酒は飲まないが、それでもマモルの目の前には彼らの笑顔があったからだ。
「お前ら、どうしてそう―――――。」
マモルが、なぜそこまで笑って過ごせるのかを聞こうとしたときだ。全方位を酔っぱらいどもに囲まれていたがその一角から、顔を出した男がいた。
「おいおい!いい加減にしろよお前ら!いつまで飲み食いしてんだ。あの黒長髪の子が持ってくれた食料もいつまでもあるわけじゃねーぞ!」
「あ、七さん!」
「七さんだ」
「七兄貴じゃねーか」
「うるせーよ。いつまでも七七言ってんな!」
現れたのは、天然なのかある程度四方に広がったクセのある髪。鋭い目つきの左下、右頬の一部そして耳の左上と右下には素肌の色より数段黒い箇所、見たところ火傷らしい。そして、
「おお!マモルじゃん!!」
中央にいるマモルと目が合い次第、“両義手”を掲げた。マモルを知る人物らしい。しかし、たとえカガクシャに対して蚊ほどの興味しかない場合でも、聞いたり、見たり、知ってしまうのが二位という存在だ。この場合重要なのは、彼の付けている義手だった。構造はマモルの設計思想そのものだ。
「?(誰だ?)」
しかしマモルは全く、見当が付かなかった。
★
(誰だ?)
見当はつかなかったマモル。しかし、見たところ目の前の少年の歳は自分と同じくらい、そして顔の特徴と両腕に着けられている義手には見覚えがあった。
問題は名前。「七」から思い当たる人物が浮かばない。もし登録済みの人物ならその名前と顔の二重認証で視線ネットの左上にその人物の登録当時の人相が浮かぶはずである。
それがない以上、マモルにできるのは首を傾げることくらいだ。
「あ、その顔、俺を覚えてない感じか?」
忘れられたのかとショックを受けるより、そうだったと察した様子の七と呼ばれる人物。
「あ、そっか、お前って登録のとき本名じゃないと補助が働かねーんだったな。」
「!(俺の機能を知っている?)」
「じゃ、改めて自己紹介か」
もう一度出会いをやり直すことにさして気にしてる様子はない少年。しかし周りには、小さな愚痴をこぼす。
「ほらぁ、お前らがしっかりと俺の名前言わないから、ちょっと面倒なことになったじゃねぇか」
周りにいかにも気だるそうに注意をする七。しかし、本心ではないようでどこか棒読みだ。
「俺は、一二三一見ての通り七って呼ばれてるが、それは俺の愛称な。」
「ヒフミ…ハジメ…」
電子音。いつも通り視線の左端にその人物のアイコン、視線でクリックをすると拡大され、目の前の人物と比較できる。火傷は当時より増えた気がしたが、顔立ちは大きく変わっていないようで、すぐに名前と顔が一致する。
「はじめ…ハジメ…一………え!?…一!!」
思い出した!と目を大きく開ける。
「ようやくか…。」
呆れたような、しかし安心したような表情でハジメはフッと微笑んだ。
★
マモル達が破壊機械暴動事件と呼ばれる大事件を経験してから3年が経った時だ。つまり今から5年前。
当時地球のカガクシャたちの間では、2年ほどで急激に設計士、技術士のランクを億単位上げた二名に注目が集まっていた。そんな時だ。
マモルとハカセはある依頼に赴いていた。
「こりゃ…ひどいな。」
まだ新しい木炭、瓦礫、真っ黒な煙、そしてくすぶった地面。先ほどまで必死の消火活動と、同じくらいの破壊活動が行われていたその土地。ハカセの隣でつぶやくのは今より白髪が少ない当時の大間鉄だ。
「ええ…確かにこの規模の実験場少ないというのに。」
残念がるところがそこかと、自分とハカセとの価値観の違いを実感したテツ。これがカガクシャと一般人との違いか、と隔たりを感じる。それでもここにいる以上二人の利害一致し、意思の共有ができない存在がある、この実験場の管理者であるカガクシャの人間だ。
「まあ、酔狂科学者の考えることは、俺たち“普通”の人間には解らんわな」
この場合の普通とは、つまりまだ罪を犯していない人間のことだ。
マッドサイエンティスト。一昔前のくくりとは細部が違うかもしれないが、今の時代ではその規定――――定義が付けられていた。具体的にはマッドサイエンティストと呼ばれるのは、他者を使った人体実験を本人または家族の同意なしに実行し、結果、死亡させてしまった場合だ。
そして、今回彼らが参加した突入任務はそんなカガクシャに対し生死を問わず確保することが目的だった。
「今回、射殺したとされるカガクシャの名前はクラウン・ダウナー、23歳、身長186cm、体重68kg。3年前の事件ではあと40日で二十歳という時期に事件に遭い、目の前で同年代の幼馴染の少女が殺された、とある。」
個人ネットから犯人の捜査情報を読み取り、半透明の履歴書を読み出すテツ。そして、納得と疑問がわく。
(ま、ここまで詳細な文、今の情報社会では当たり前だよな。…しかし、こんな時代に、なぜ――――
視線だけ横に向ける。そこにいるのは先ほどまで降っていた雨に備えるためにレインコートを着ているハカセと、その横で真っ黒なパーカーのフードを被っているマモルだった。
――――なぜ、この二人に関する情報はない?)
警察の捜査。それもネット技術、捜査機械、そして捜査官のレベルも格段に上がった今の警察の情報収集力を以ってしても、全くこの二人の過去は明らかにならなかった。取得している資格、そして3年間行ってきた偉業の数々くらいしか、テツの調べたデータにはなかった。
テツの不信感を感じ取ったのか、先ほどまで運ばれている担架たちを、さして感慨もないという表情で、仕事として動くべきか見ていたハカセが降り向く。
「?? どうしました?」
聞かれたテツだが、答えようがなかった。お前らが不思議だ、何者なんだ、そして何を行なおうとしている?それらを質問攻めにしてやりたい気持ちがあったが、今は瓦礫の撤去と死体の片づけが優先される。それくらい今回の作戦は危険だった。二人を呼んだのは、その作戦の穴を聞きたかったからだ。そして急病なら、即座に治療をしてもらおうと考えていた。無論タダではないが。そうして貢献してもらっている以上、彼らに極力失礼な行為はしないようにしたかった。
「あ、いや。」
しかし、無事に任務を終えた今、二人には少なからず踏み込んでもいいのではないか?そうテツは考えを移した。
「一体、どうやって僅か3年で、ここまでの地位に付けたのかと、気になってな。」
「ああ、ちょっとしたコネがあったからです。特別な事なんて、僕は何もしてません」
「な、なるほど。」
コネか。二人に初めて会った時に聞いた話だが、ハカセの師匠はあの長老会の一人らしいコネはイコールで年季の差。それを言うなら数世紀分の違いがあるのだろう、テツとハカセの師匠とでは。
そもそも、長老会の人間は自他ともに認める“人間を止めた人間”の集まりだと聞いた。それを思えば、その下に就いていたというハカセの今の地位は納得いくものがある。
「お前は、それで理解しておこう。だが、」
ハカセを尻目に映し、視線を僅か下に。
「こいつはどう説明を付ける?」
指を差し怪しげな視線を送る。
フードの奥でマモルは片方の頬を膨らませていた。しかし、悲惨な現状には目を逸らさず何かを探すように一定の速度で首を動かしていた。やがて二人から送られてくる視線に気が付いたようで、振り向く。
「なんなの?二人して、俺は今ちょっと不機嫌なんだけど。」
歳が二桁になってからか、彼は一人称を“俺”にしはじめた。ハカセとしてはあともう少しほどボクで通ってほしかったが、恐らく教えたのは河本だろう。『俺の方が男らしいぞ』などと適当なことを言って。
そして、ハカセもマモルがなぜ不機嫌なのか、おおよその見当はついていた。
三人が振り返る。視線の先には、人だかりがいた。それは今回の突入任務が気になって来た近所の住人、ではない。
パシャパシャと音だけは聞こえる黒スーツの人間は両手の親指と人差指を直角に曲げて四角を作っている。それだけで彼らの手は、一時カメラのフレームの役割を果たす。彼らは依然として惨状である現場を撮るのではなく、マモルたちにシャッターを切っていた。現状そっちのけで、二人にくぎ付けである。
「正確には、やっぱ君だよね。マモルン。」
「うん。そうだろうね。」
時々話し声も聞こえて来る。
「はい、少年たちの姿を確認。画像を送信します」
「ああ、マジで噂の二人だった」
「他にも人がいるため接触が出来ません。引き続き様子を窺います」
なにせ技術の世界トップに上り詰めた最速、最年少の少年。世界がその技術の高さを一度でも見ようと、発揮されるであろうこの場にわざわざ足を運んでいるのだ。注目されるし、騒ぐ。
「…僕らより、この現実を見てほしいものだけどね。」
「全くだよ。」
しかし、流石に仕事人。マモルは切り替えたのか、それとも言いたいことを言ってすっきりしたのか、「それより」とハカセの脇腹をつついた。硬い義手の手刀である。「ぐふッ」と小さくダメージを受け、
「い、痛い痛い。そんなことしなくても、君が気になるところは分かってるよ」
とマモルの目線を追う。
マモルの見つめる先には、瓦礫の真ん中に囲むように丸くなっている警官たちが居た。三人は歩き出そうと、歩を進めた。
数歩進むと、その集団が何を囲んでいるのかが分かった。中央、その担架に乗っているのは、苦しそうに呻く少年だった。両手の肘から下が炭のように朽ちている、呻きは恐らくその痛みによるものだろう。
「…ッぐ!がああ!……。」
叫びにも似た呻き。ボロボロの病院服。両腕と右目の心ばかりの包帯の治療は血が滲み、肌が焼けているのが垣間見え、痛々しさを助長させる。苦い表情の目には、僅かに一人一人を睨んでいるような、見定めるような眼差しがある。
やがて少年は、医術を行なえるであろう一人に目を付けた。ゆっくりと手を伸ばすと、ひび割れた真っ黒な腕の亀裂はより大きくなる。痛みを抑え、必死の思いで握ったのは、マモルの腕だった。
「…お、俺に、力…くれッ!!」
「!」
彼がこのボロボロの少年が、マモルのことを知っていたのかは問題ではない。こうして頼る存在の手を振り払うほど、マモルは冷徹ではない。マモルは一瞬驚きはしたが、むしろ自らの意思で選んだ彼に敬意を表し、フッと口角を上げた。
★
「それが、俺と守との出会いだよ!」
「ああ、その後俺が設計した肘義手をハカセが取り付けたんだよな。ちょくちょく連絡とってのに、いきなり住所替えたと思ったら…。」
まさか、黒騎士団に所属していたとは、流石に意外だった。ちゃっかり火傷も増えてるしな。
「無茶はするんじゃねーぞ。」
患者を診る主治医としても幼馴染としても、心配はぬぐえない。が、その言葉が少なからずハジメの癇に障った。心外だ、言われたくない人間に言われた、と言いたげだ。
「おいおいおい。おめえが言うかそれ?聞いたぞ?火炎の団長と一戦やったそうじゃねーか!」
どっちが無茶だよ。ハジメが肩を落として露骨に呆れる。確かに痛い話だ。コウエンとした話で、白と黒は仲が良いと言うことを知っていたが、その二団の間でこうも早く情報を入手されるとは思ってもいなかった。
「ま、まあ、成り行きで」
そう目線を泳がせてみた。
「「うい~~!!」」
「なあにが、成り行きだよ!?破壊戦争までやっておいて!」
「「うい~~!!」」
「た、確かにな」
「「うい~~!!」」
「「……。」」
うるせー…。会話を一言交わすごとに酔っぱらいどもは至る所で乾杯をしていた。
「七さーんこっち来て一杯飲みましょうよ~!」
「バカ言うな!…それより、見張りはどうなってる?定時連絡が来るはずだろう?」
定時、連絡?小首を傾げるマモルだが、別段答えを気にしてはいなかった。あくまで団内部の出来事、ツッコむ必要はないだろう。
「あぁ、そろそろ予定してた任務終了時刻だから、ここまで来たわけなんだが。」
「?」
気になるようで首傾げるマモル。その答えは、丁度マモルの背後から聞こえた。
「おーうい、副団長!任務から帰ってきましたよ!」
振り返る。マモルの目の前には甲冑の所々に亀裂が走り、唯一露出している顔は額についたばかりの生傷のある男がいた。肩にはもう一人鎧の男を担いでいる。
「おお!邦彦!!帰ったか!」
さも嬉しそうに近寄るハジメ、クニヒコと呼んだ男の肩にいるもう一人の男を代わりに持つと、再び向き直る。
マモルもその様子が気になって、近寄った。クニヒコの後ろには布で覆われた何かを乗せた浮遊籠。象や大荷物を乗せるために重量重視の速度規制が施されている運搬用の浮遊するコンテナだ。何かを輸入したのだろうか、初めはマモルもそう考えた。が、中の動きが感じられないため生き物ではない、そして食料などならそこまでクニヒコらが傷付くはずもない。一体彼らは何をしてきた?
「ああ、守、見せてやるぜ。ほれ!」
布を外した。ばさりと布ははずされ現れる中身。
中にいるのは緑色と灰色の殻は硬そうな見た目、鋭い二つのはさみ、W型の口と飛び出ているような丸い目つきは紛れもなく蟹だった。しかもただのカニではない。軍事戦略の密林戦で奇襲のために4mにまで巨大化されたそれは、
「苔山蟹ィ!?」
叫ぶマモル。カガク時代の人間ならその珍品に叫ぶのは当然だろう。硬さによる打撃、斬撃、銃撃の通りずらさ、ハサミの重さは大型ダンプに衝突されたほどの衝撃らしい。僅かな間接に麻酔薬の針を刺したのだろう、動きのほとんどない蟹はじっとしていた。そして、捕獲の危険性に見合った美味しさらしい。
「お前ら、これが来るからって昼間っから酒を煽りやがって、…ったく、とにかくこれが来たからには、宴会を大々的にやるぞ!ご近所さんも呼んでくれ!」
今夜はカニ鍋だ!
★
マモルはこの団を訪問して、分かったことがある。
黒騎士団では、年齢も性別も、そして育ってきた環境も違うということ。それはこの団の団長の方針らしい。領地を決めない移動団体であるために、その先々で団員を増やしているそうだ。マモルとしては、ハジメを含めいろいろな事情があるであろう人間をよくもまあこのように統率をとるものだと素直に感心したり、また、そんな懐の広い団長に顔すら見ていないが既に好意を持っていた。
そして、この団の経済面だが、それはハジメから説明があった。
「んあ?俺たちの収入源?それはもちろん、これだよ!」
指さしたのは、お椀によそったカニ鍋だった。苔山蟹は大きさの割に味が繊細、歯ごたえがある筋繊維に一つ一つから旨味がこぼれる。味噌と非常に相性が良く、そうして作られたこの鍋ははっきり言って絶品だった。ともかく、これが彼らの収入源。キャンプ地の周辺に住む人間から悩みや依頼を引き受け、それに応じて報酬(主に食料)と心ばかりの支援金を貰う。そうしてこの8年やってきたらしい。
マモルはサンカとカイトも呼んで(ハジメの勧めでご近所さんも)小さな鍋を大量に並べてのカニパーティーが開催された。しかしそこに団長の姿はなかった。
「あ、そうそう、どうせ団長に会いたいから来たんだろ?案内してやるよ!」
気前よくそう答えるハジメ。断る理由はなかった。
「おう、何気にさっき副団長とか呼ばれてたしな。」
心強い限りだ。よくこの八年でここまで立派な団体の重要な地位に付けたものだと素直に感心する。
ハジメに初めて会った日の少し前、ハカセから何かの拍子に『人と人の繋がりは、どこでどう影響するのか、それが簡単に導き出せる計算式なんてないんだよ。だから、人とのつながりだけは忘れちゃいけない、大切にしなくちゃね。』なんて言われたのを、マモルは賑やかな鍋の湯気とともに思い出していた。なるほど、こうして思い出に刻めるから、やっぱり繋がりは悪くない。




