【崩壊前/彼女の記憶《ビフォアワールド/シー・イズ・メモリー》】
突然ですが、皆さんは過去のことをどれだけ憶えているでしょうか?
例えば、蒼い若葉が生い茂る陽炎ゆれるうだるような夏場。友達と川や海などへ行って、涼しげな一時は過ごしたでしょうか?
例えば、真っ白な大地と深々と雪が降る凍えるような冬場。雪合戦や雪だるまを作ったり、ぬくぬくとしたこたつで寝たり、快適な一時を過ごしていたでしょうか?
私は耳が良い方だと思っていますし、記憶力にも自信があります。初めて学習した100単語なら3日間は全て思い出すことができます。そんな私がここで何を言いたいかといえば、思い出せる限り、先ほどの例で示したようなことをやったことないということを言いたかったのです。
ええ、ありません。少なくとも私が思い出せる3歳の頃からの記憶ではそう言ったものはなかったですね。
不幸自慢?いえいえ、違います。むしろ逆です。これからするのはただの幸福自慢です。私が出会った救ってくれた人がどれだけ恰好いいかの。ここで重要なのは、私を囲む状況は何一つ変わらず、しかし、私の心がしっかりと救われたという事実です。
☆
エリア日本、都内近郊。3040年7月11日18:00。その三日後は今やこの時代を生きる人々の間では忌むべき日となっています。が、私にはそうは思えません、むしろ私が生まれ変わった日ですから。……いい加減、自慢が過ぎますね。少し自重しましょう。とにかく、都心ではないその周りには草木が生茂り、高々とたたずむ樹木が立ち並ぶ深い森がありました。緑化推進によって何百年か前の地球に比べ、緑は当時の数百倍にまで広がっていたそうです。一部砂漠地帯もありましたが、そこは”そういう場所を維持しただけ”というのが大人たちの主張でした。そこの是非はこの際問題じゃありません。
エリア日本にあるこの深い森、そこに突如岩肌が現れます。そしてその岩肌の上にそびえ立っているのが当時私が《家》としていた場所です。
回想している当時の私は8歳。そしてそれよりもっと幼い時に母が亡くなりました。入り婿だった父は気まずくなったのでしょう、私を自身が所属していた暗部の組織に入れたと同時にそこに専念し、私も暗部の人間として立派になるように訓練をされました。幸いにも私は”眼”の才能に開花したため、4月生まれの私が8歳になる頃には、既に2つの"仕事"を達成させていました。そう、暗殺稼業としての仕事を。
今日、即ち世界が一時的に終わる三日前の私は、仮にも小学生で(カガクシャの家系以外は一般の供用をうけていた)ある身だったため一時帰省という形でこの建物:剛龍道場に羽を休ませに来ていました。夏休みというものが、日の差す世界ではあるのを知った初めての歳でした。
―――――(ああ…、ッチ、全員死なないかな…。)
それが道場に入った直後の私の素直な感情でした。え?口調が違う?まあまあ、当時の私は当時の私ですから、今はこの口調で慣れていただきたいです。
道場には、当時の私と同じ年頃の小学生から、中学生、高校生といった学生、そして師範ライセンス取得を目指す中年や老体まで様々な年齢層がそろっていました。そして、そんな彼等が稽古をしている場に現れた謎の少女。当然訝しげな彼らを尻目に、柔道着のような白い服を着た男に連れられて赤い斑点の付いたワンピースと乾いた血の付いた躰で場を横切ります。
(ああ、ガキの目線がイラつく…。ジジイどもの目線が不快だ…。)
幼いながらに醸し出されていたであろう殺気を纏った姿。子供たちは単なる興味でしょうが、当時の中年、老人たちにはわかっていたはずです。道場に現れた当時の私がただ者でないことが、異常であることが。それにしても、当時の私は言葉が荒いですね、まだ実際に発言してないからいいとして。
歩くのもめんどくさかったので、連行“してくれた”男性に完全に身を任せました。丁度男性の体格もよかったですし、小さい私は運びやすかったでしょう。脱力した私は脚を半ば引きずるようにして、さして力も込めずにされるがまま連れていかれます。
道場を抜けると、しばらく木製の廊下を引きずられました。何度も何度も襖を横切ります。いったいこの道場はどれだけ長いのかと思った時です。不意に男性は止まりました。目的地に着いたことを意味しているようです。
「師範に連れていくように言われたのは…ここだな」
当時の私は長い前髪の間から、目の前の光景を確認します。
そこにあるのは鉄門扉でした。重厚なそれは質量だけ考えれば、とても当時の私の力では開けれそうにありません。
「え…っと。」
ポチ、という電子音とあと鉄門扉はやけにあっさりと、やけに音だけ重く立てながら開きました。
男性は当時の私ごと中に入ると、その後、奥にあった拘束用の鎖付き手錠に私を繋ぎました。と言っても、壁に縛り付けるためではなく扉に近づかせないためのもので、拘束事態はかなりゆるかったです。
(……どうでもいいけど、今回の寝床はここか。”例の蔵”だな。)
この場所は知っていましたが、当時の私は入るのは初めてでした。夜な夜な正体不明の不気味な声がする小屋として道場の子供が恐れる程度には忌避されている場所。幸い、私はどこでも眠れる特技を身につけていたのでここでも難なく腰を落ち着かせることができました。というか、今考えればこれのどこが帰省でしょうね?帰ってきて早々監禁される帰省など、おそらく私が最初ではないでしょうか。そんなことないか。とにかく、当時の私はそんなこと考えもしなかったですし、任務終わりですぐこの道場に来ていたので疲れていました。訓練で日々体力は鍛えているため、この場合は精神が疲れていました。そうして結果、男性が門を閉め辺りがたちまち暗くなると、すぐに何もすることがなくなり、意識は睡魔に任せることにしました。思考は何も映さなくなります。これまでやってきたことも、今だけは考えなくていいんだと、安心して眠りに落ちました。
「―――いしょ――――よ―――――うわっ!?」
どれくらい眠っていたのか、意識の外で音がしました。そして目を開けると、そこには今までいなかった存在が居たのです。
「?」
「イテテっ…うう、失敗した~ぁ」
語り部交代です。
☆
「イテテっ…これはちょっとあとでお父さんに見せないとかな?ああ、失敗したなぁ。」
なぜか最初入った時より明るくなっている周囲。そして、なぜか目の前にいる少年。サンカは少なからず動揺が隠せずにいた。
「な、なんだ?お前は誰だ!?」
一体、どこから来た!?そう声を荒げるが、少年はお構いなしだ。
「うぅ~、足痛い。…でもしっかり入れたね!うん!「おい」あ、お父さんに先に行っていいか聞いておけばよかった、「おい」でも、早く会いたかったのは事実だし…う~ん。」
「おい!!」
わざとかどうかは知らない。とにかく無視されていることに腹が立った。そして声を荒げた効果はあった。肩をビクリと一度震わせて、慌てて振りかえった少年。
倉庫内が明るくなったために少年の顔がよく見える。それが朝日による光だと理解するのはまだ先だった。
大して長くもなく、短くもない髪。顔立ちは整っているが特別格好がいいとは言えない、もっとも年齢は近いだろうから二人とも成長の余地はあるが。とにかく、一山いくらでという表現が浮かぶ特徴のない見た目、それがこの少年だった。彼はサンカと目が合うと、そういう性格なのか、早速質問へと移る。
「な、なに?あ、君がこの道場の女の子だよね?」
「…そうだよ」
素直に認める。純粋さここに極まれりというべき瞳は、つまらないことで嘘を吐くのも馬鹿らしく感じてしまうほどだ。
「んで?あんた何者?」
「ボク?ボクはここで女の子を診療しに来たおとうさんの、付き添いだよ。」
「…。」
具体的に誰だ!?その息子なのは把握したが。とここで少年の真意を読み取ろうとした。この少年は、あえて名前を明かさない理由があるのではないか、と。暗部では実名ひとつで大事件に発展する例もある、それを防ぐようなことではないのか、と。もっとも真相は自己紹介を忘れたという全く違ったものだったが。
「とにかく――――よいしょ。」
「?」
少し離れた距離を這うように埋め、壁際のサンカに近づき、顔と顔が触れそうなほどまで来る。
「君が、その女の子だね!」
同年代の目線。それも先ほどの道場の少年達のような不審者を排除したいという目線ではない、むしろ逆、興味津々という目だ。薄暗い中でもキラキラしている。その光に慣れていないのが当時の彼女だ。
「!離れろっ!バカっ」
蹴る。手だけは鎖手錠でつながっているが、脚は自由だった。ワンピースのような薄い下着で蹴るにはさして苦労はなく、裸足だったために反動で触れた感触はあったが。
「グッハア!」
顎にヒット。頭がのけ反るように上がりながら、背中から倒れた。
「お前、何考えてるんだよ!?」
「だってぇ、暗くてよく見えないんだよお。イタイ…。」
確かに、暗いこの場所から目覚め、目が慣れていたサンカはともかく、この少年は日中の明るいところから来たのだろう。急な明暗の変化にすぐに対応しろというのも無理な話だ。
「……。」
しょうがない。
「光が無駄だからあまり使いたくないけど…」
今の彼女は、心地の良い闇を楽しんでいたかったのだが再び自陣の間合いに入られるよりはましだった。バンバンと音がなるほど強く床を蹴ると、その振動、あるいは音を聞いたことで足元にあったランプから光が灯った。
「わあ!炎だ!…イテテッ」
「いや、これも電気だぞ」
「え?」
炎を掴む、どうやらホログラムで再現されたもののようでラグが現れ、すぐに戻った。「あ、ほんとだ」などと理解の意を示す。
「……よく躊躇なく触れるな。」
本当に炎だったらどうすんだよ?さして恨みもないのに騙すようなそんな意地の悪いことはしないが、そんなサンカの心配など気にもしない様子で、「あ、やっぱり熱くない」などと呑気に手を振っている少年。無邪気というよりは、世の中に"そういう面"があることを知らなそうだった。
「んで、あんたは一体どこから入ってきて、何をするつもりなんだ?」
いよいよ核心に迫った質問をしようと決めたサンカ。現在進行形で、彼女の胸にはぐるぐると謎の感情が渦巻いている。このままずるずると彼が居ても良い事など一つもない、直感としてそう感じた。
「ボク?ボクは普通に探険してただけだよ?イテテ…そ、そうしたら草むらの中に穴があってね、ほら」サンカの真上を指さし。「あそこの四角い穴から来たんだよ!イテテ」
首を何とか壁側の上方に向ける。確かにそこには四角い窓、そしてそこから朝日が注いでいる。
外から見て、ここはどんなところだ?この倉庫は森のどのあたりだろう?そんな疑問が今さら訪れる。普通の子供なら連れてこられた直後に考えてもよかった。しかし“目の前の少年同様”サンカはそんなことを今まで考えてもいなかった。
「……。」
よく少年を見る。細い肢体、滑らかな肌、未だ何も罪を犯していないことが容易に伺える無垢な瞳。そんなあれこれがサンカを苛立たせる。何よりさっきから、未だに蹴られた痛みをこらえる仕草をする、“痛みのある子ども”だしなにより幼い、自分とは違うことも理解しているがそれでも怒りはどうしようもない。だから、
「いい加減に蹴ったことは忘れろ、そんな軟弱な人間、私は嫌いだ」
と言う、がその言葉は最初から最後までは発しなかった。「私は嫌い――――。」までで言葉は止まった。理由は…明るくなって、少年を見ることに集中して、初めてわかった。少年の左脹脛にはこの倉庫にあったであろう木刀が半分ほど刺さっていた。
おかしいとは思った。蹴りを入れられる前、なぜ少年はわざわざ距離がある道を歩こうとせずに這ったのか。なぜ先ほどから痛みはあっても痛みの箇所を抑えようとしなかったのか。ようやく理解できた。心配させないためだ。
現に今、怪我の箇所を凝視するサンカを見て無意識にもこう言った。「あ、バレちゃったか」と。
「お前!!そんなに大量の出血、相当痛いはずだろ!?」
それを『イテテッ』などで済ませるなど、常軌を逸している。この倉庫に“ある”一番危険なモノは自分だと思っていた。今もその認識は変わらないが、ある意味でここにいてはいけない危険な者は彼だと、このとき分かった。危険に対して無頓着にもほどがある。
「ここには、そんな木刀じゃ済まない危険なモノもたくさんあるんだぞ!?」
「え?そうなの?君はここにいて大丈夫!?」
「バカあああああああああああああ!!!」
叫んだ。こんなに他人のために叫んだのは生まれて初めてかもしれなかった。
☆
呼吸を整えながら、目の前の「えッ?何で叫んだの?えッ?」と本当に見当もついていない少年を観察する。さきほどから薄々分かってたことだが今はっきりした。この少年は他人のことを考えすぎる。逆に言えば自分に無関心すぎる。
そんな人間が、今目の前にいる。この時代―――技術だけがものを言うこのカガク時代に、そんな考えの者があと何にいる?いったいどんな生活を――――どんな生き方をしたら、そう成れる?
(―――――――――――――――――――――知りたい…)
ハッ、サンカは我に返る。自分の生き方を否定されているような正反対の人間に向け、自分はどんな感情を抱いているのだと、困惑する。幼さを残せなかった彼女の、初めてできた疑問。当の少年は全く気付いていない。
しかし彼も馬鹿ではないはずだ恐らく、すぐに木刀を抜かなかったのは、今以上の出血を抑えるためだろう。
「――――まあこんなケガ、おとうさんに見せればちょちょいのちょいだよ!なんてったって、ボクの最高の師匠なんだから!!」
尚も他人のことで自慢げだ。(こいつ、は…)呆れ果てる。呆れ果てて遠い目をする。たとえちょちょいのちょいであろうが、このまま血を出しつづければ、出血死するだろう。
「ちょっと待ってろ。」
鎖があるのなど、今初めて思い出した。目の前の少年と話している間、すっかり自分の世界との違いすら忘れている。この数時間にも満たない邂逅、そんな間に自分がどれだけ変わっているのか、その気持ちの違いに笑えて来る。そして少しずつ、こうして変えてくれた少年に感謝をしたかった。だから―――――
「おい。痛いだろうが、一気にその刺さった木刀、引き抜け。」
「え?」しばらく考え、やはり考えが分からなかったようで、「ま、いいや。うん」
そう言って、木刀を、素早く引き抜いた。途端に、少年の奥歯を噛みしめながらの叫びを聞き、(やっぱお前はそんな風に動くよね)と微笑んだ。そして”少女”はこの子を助けると決めた。
「…は…っぐッ!!」
自分の手首の一部を噛み千切った。動脈に達したそれ、ダムの決壊を思わせる出血をみせる。
「! ええ!?えええ!?」
「ま、当然驚くよな。」
「だ、大丈夫…!!うぐぅ~!!」
悲痛に歪む。当然、動こうとしたらお前の方が痛いよな。そのはずだ、なんてったって足に穴開いてるんだしな。
「いいから、脚だせ。」
「ええ…?脚?」
理解できない、そう言いたげだな。それでもいい。私は化け物だし、でも。
「早くしろ。血を止めているのは、簡単じゃない」
「? 血を…止めている?」
言葉は気がかりだったが、別段断る理由はない。何より出血が酷く、段々と体が冷えてきたところだった少年。素直に、足を出す。
サンカはそれを確認し次第、フッと微笑む。これからする行動にこの少年はどういう反応をするのだろうか?驚いて、もしかしたら怖がってくれるのかな?その方が、気が楽かも…?
そしてサンカの血は、滝のように滴り落ち、少年の傷口へと注がれる。傷口を埋め尽くすように真っ赤な鮮血は落ちる。
「あ、れ?」
ここで声をあげたのは、サンカのほうだった。一瞬、傷口が塞がりかけたように見えた。
彼女からしたらこれは、あくまで応急処置。赤眼・再生能力者のサンカの血は他人に使うとたちまち瘡蓋にこそなれ、完治には程遠い程度のはずだ。
「ま、いいか。」
今度は…。
サンカは次に、左手の爪を立て、首を掻き切った。
「! そんなこともするの!?」
「……いいから、私の血を舐めろ。本とかで見たけど、こういう吸い方なら、吸いやすいだろ?」
「す、吸えばいいの?」
さっきから、そう言ってんだろ?若干頬に感じる熱を気のせいだとごまかし、首を傾け少年に差し出す。
「…分かった」
顔を近づけ、首筋に触れた。
「……あ」
初めてだ。この感覚。この感情。
(私は、こいつのそばに、もっといたい、かも……?)
たかが数時間。その間に、少年との感覚が…忘れられない。この時間、今この時は恐らく脳に焼き付いて離れることは無いだろ。
今も音を立てて血を啜る少年。やがて、唾液で糸を引くほど懸命に口に含み、ゴクリと音を立てて飲み込んだ。
「―――――え?」
サンカが再び驚く。飲み込んだ少年の目は―――――“赤”かった。
たちまち治っていく躰。傷跡が、塞がっていく。外側から中心に向かって足にあいた穴は塞がっていく。
「……ありがとう。治ったよ!」
「治ったって…。」
さらりとそんなこと言うな!?全く意味わかんないぞ!?本来はそんな性能、発揮されるはずもなかいからだ。
「…本当に…本当におもしろいな。あなたは…。」
初めてそんな風にした敬語。直後、大きな鉄の門は開いた。重厚な音を立て、ゆっくりと。真っ白な光が暗い倉庫を差す。最初、サンカが入って来た扉が開いたのだ。
「あ、やっぱりこんなところにいたな。」
男性の声。白衣だけは風になびき、門の前で佇んでいる。
「あ、おとうさん!!」
「こらッ!勝手に行ったら駄目だろうが!」
「ご、ごめんなさい…。」
そして、門へ向けて走り出した。直後に、コンとかるく聞こえるような拳の小突きを浴びせた男性。頭頂部を抑えると、少年は「えへへ…」とばつの悪そうに笑って見せた。
「あ…」
その後ろ姿を見、サンカも何とか言葉にしようとする。
(待って、私は…まだ…!!)
「?どうしたの?」
少年が振り返る。言わなくちゃいけないことが、あった。
「また…」
怖い、こんな状況で、今さらながら、拒絶されたらどうしよう、と。
「また…」
仕事では、感じたことなかった緊張、そんな感情たち、初めてすぎて付いていけないサンカ。それでも、彼女は声を振り絞って言う。
「また…会えますか?」
「うん!!」
即答だった。満面の笑みで。
☆
結局、診察しに来たという少年のお父さんは、名も知らない少年とともにあのまま扉を占めて帰ってしまった。目的は彼女の診察のはずだったのだが、なにもしないまま部屋をあとにした。
そうして再び独りになった倉の中、少女は深いため息をつく。
「…ああ、アイスク(アイ・スクリーンショット)しちゃった…。」
普段あまり使わない仮想空間に先ほど撮った写真を漂わせて、少女は顔を真っ赤にする。
不覚…。あんな風に甘えるなど…父にもそうしたことなかったのに。
『クククッ!お嬢、いい面してますよ?』
「なんだ?昂鬼、久しぶりだな」
左を見る。目の前にあるのは2mの長刀。それが真っ黒な靄を纏いながら、話しかけてきた。原理など分からなかったし、分かろうとしなかった。そういうものだと、なれているからだ。
『相変わらず、可愛くない口調っすね』
軽口をたたく長刀、しかし、気になることでもあった。
「口調………でも、私がお行儀良くても、おかしいでしょう?」
『ああ、今は気持ちわりい…。』
「ッチ…失礼だな…。」
『しかし、もうちょっと慣れさせれば、あの坊主に似合うくらいには口調も整うんじゃないか?』
「!!…だと…いいな。」
そうして、まだまだ明るくなる倉庫内で上を向いた。
やがてその後に始まるのだ。あの、世界が崩壊した事件。破壊機械暴動事件が―――――――――――――――――――――。
☆
未だくすぶり続ける瓦礫。灰色の雲から注ぐ雨による非懸命な消火活動。焼け石に浴びせられるそれらは、すぐに蒸発する。
どうやら少女のいた場所は、地下だったようだ。倉の崩壊もともに少女は埋まっていたが、話せる長刀をスコップのようにして土を掘りながら上へ進むと、煤や泥にまみれながらも地上に出られた。見上げると、灰が立ち上った分厚い雲と刺すような冷たい雨。やはり自分がいるべき場所はここなんだと、改めて思い起こされた。
…でも、と長刀を強く抱き締め、やっぱり彼にはもう一度会いたいなあ、そんな甘いことも考えていた。しかし、声に出したのは別の言葉だった。家族のことを想うよりも、今後の未来を考えることよりも、まず、言う。
「―――――ああ、次は、誰を斬ればいいのかな?」




