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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
33/48

【戦う理由《バトルズ・リーズン》】2

 扉の前に立っている少年は間宮勢(まみやせい)と名乗った。真っ赤な特攻服の背中には猪突猛進の四文字が書かれ、短い髪はワックスでもしているのか頭皮と垂直に生えている。背後で光が差しているようで真っ白い輝きを背に纏い立つその姿は神々しさがある。

 そんな少年は肩を震わせ、握り拳を固く作る。その目は映ったモノの悲惨さを表すように歪んでいた。

「あんた、それでも人間か?」

聞いたのは目の前にいる血に濡れたガラス瓶の破片を持っている持っている男。

 男は何を聞かれたのか理解できないないようで、首を傾げながらふらふらとセイに近寄ろうと足を動かす。やがて男も握り拳を作り、腰をひねって殴りかかる。

「うるせーんだよ!自分のガキをどうしようと俺の勝手だろうが!」

そう叫びながら少年に拳を振るが、殴り切った男の拳に触れるものは何もなかった。

「は?」

男が気が付くと、セイはすでに倒れている少年のそばに居た。一瞬の間にしゃがみこんで男の拳をかわし、数歩進んでその場に移動したのだ。

 服に血が付くのも厭わず少年の頭を撫でる。大きく温かい、包み込むようなやさしさの手つきだった。

「動けるか?ガキンチョ?」

 幼い少年は苦痛をはらい、僅かに首を動かして意思を示す。

「よし、聞いてみただけだ。無理はせず、そのままでいい。いいか?これから俺がいくつか質問する。嫌なら手を動かせ、少しで良い。賛成なら首動かすこと、いいな?」

首動かした。僅かに声が漏れるが、セイはそんなことを気にしない。

「よし、じゃあ質問だ。・お前はこの生活が嫌か?」

首を動かす。(当然、嫌です。)

「お前はここにいるのは嫌か?」

首を動かす。(嫌です。もっと、違う暮らしがしたい。)

「もし、この辺りの子達とここを出られるとしたら、行きたいか?」

首を二回、動かした。(いきたいです!そんなことが叶うなら。)

「一回でいいって言ったのにな…。」

そんなに強い思いだったのか…。

「じゃあ最後、もしそれが叶うとして、お前は父親と離れなくちゃいけなくなっても、いいか?」

一瞬、戸惑う。しかし、今までのことを思い出してか、それとも今の家の現状を――血まみれの鉄の檻を確認してか、少年は視線を至る所に持って行く。

 やがて少年は、首を、振った。その様子を見て、セイは口角を上げた。じゃあ、やることは決まってるな、と。

「決まりだ」

少年を持ち上げ、

「この子は連れていく」

振り返って玄関に足を運ぶと、セイが質問している間、酔っていたために地面に倒れ伏していた保護者が、柱に手を付けてよろよろと立ち上がっていた。

「何が決まりだ、だぁ!?そいつは俺のものだ、渡すわけねーだろぉ!」

「……。(俺のもの、ね)」

それが親として、息子を誰にも渡したくない人間が愛情を捧げた存在を守るための言葉だったなら、どんなに良かったか。

「俺の餓鬼だ!どうしようと俺の勝手、俺の自由だろうが!!」

その言葉、思いは明らかだった。

「どけッ」

聞き耳など持たなかった。セイは片腕に少年を抱える形になると、あいている左の拳を構え、一瞬の間で男の懐に入ると、腹に一発、えぐるような正拳突きを食らわせた。

          ★

 目が覚めると、頭に包帯を巻かれ、運ばれていた。

 視界には先ほど自分を助けた少年、確か名前は、セイ。彼は近くで見ると歳が多少離れているだけのまだ未成年であるらしかった。

(あ、この人、見たことある)

今日の昼間に少し栄えた隣町へ酒を盗みに行った帰り、その町唯一の電気製品を売っている店のガラスケースに映ったテレビを覗きみたことだ。やっていた内容はつい2週間前に電撃引退したボクサーの特集であったが、そこで映った顔写真が彼、間宮勢だった。こうして抱えられて見える横顔と写真、何より名前が一緒だ。そんな人間がなぜこんなところにいるのかわからないが、とにかくこうして助けられたのは事実だ、現実だ。

「お、起きたな。丁度仲間の一人とも合流もできたところだ、今から紹介するよ!」

おーい!!ボーガーン!!セイの叫んだ方向を見る。アーチ状のレンガ製トンネルの縁、そこに背中を預けるのは真っ黒な肌とスキヘッドが輝く2m弱ありそうな大男だった。二人が近づいていくのを確認すると、ボーガンは歩調を合わせて一緒に歩き出す。

「こいつはボーガン。俺の右腕だ!」

「勢、私自身はあくまで”資金源稼ぎ”をしに、いわば仕事の一環でここまで来ているのだ。わざわざ部隊を動かして迎えに来ないでもいい。というか、それがついでであるかのようにこの街で何をやっているんだ?」

「わり、ここの子供を保護してた、この子で最後だ!」

視線を抱えられた少年に移すボーガン。見られた少年は緊張しながらも、首を大きく上下に振り挨拶をして見せた。

「フム」と賛成とも否定とも取れない声を出したボーガン。手を伸ばし、少年の方へゆっくり近づける。驚いた少年が目を閉じる、が、その手は少年の頭に触れて止まった。ゆっくりと手を左右に動かす。壊れ物を愛でるようにやさしく撫でていた。

「その傷で、挨拶もできて、えらいな。」

微笑むボーガンの顔は少年の警戒を解くのに十分のものだった。

「ところで、この少年の名前、なんていうんだ?」

傷を負った少年に言葉を発させるより早いと感じたのだろう。セイに向けて聞くボーガン。

「ああ、この子の名な!えー…………っと?」

「……まさか、聞いてないとは言わないよな?」

ケガもしているし状況は全く分からないが、人一人連れて来るという場面で名前も聞かずにつれていくことなどないだろうとボーガンは予想していたが、それが大きく外れた。遺憾であることこの上ない。

「勢…あなたは……」

「おい、露骨に呆れるなよ!?」

その、いかにも平和な日常らしい会話。つい少年も噴き出す。

「ほら、笑われただろうが!」

「ええ、もっと笑って差し上げて構いませんよ。」

「ふッあははっはははははっは!!」

堰を切ったように笑いだす少年、今まで溜め込んでいた苦痛や悔しさや、それらを吐き出すように街に響くように笑った。

          ★

「よし!着いたぞ!ここが俺たち、《火炎隊(フレイムレッド)》の今の休憩地点だ」

使われなくなった環境管制塔。その周りを流電式鉄線で囲い、一定間隔を中で火を灯したドラム缶を置いて占領していた。敷地内では、塔の中やら外に関わらず子供たちが走り回り、くすんだ緑色の四角い布製テントの前でバーベキューを行う人々。どこまでも野蛮で、しかし町の人間の誰よりもいきいきと生きている、そんな印象が少年の感じた感想だった。

「すげーだろ?俺たちは自由なんだ。が、周りは生かせねーといけないがな!」

 セイの言葉に耳を傾けつつ、周りを見る少年。興味をそそられたのだ、ここまではしゃげる子どもたち、羨ましくもあり素直に仲間に加わりたいと思った、そして友達に―――――。

「あ!そうだ、『友達』ボクの友達は今どうしてます?」

「うお!急に話したと思ったら、他人のことかよ…まあ、いいわ」

手を上げて、誰かを呼ぶ。呼んだのはテントのほうであり、どこから見ていたのかテントの出入り口から二人の人間が飛び出してくる。

 一人は前後に角を生やしたようなヘルメットをかぶっている。一人は三つ編みを振り乱しながら必死に走っている。どちらも少年と歳の差はほとんど無いように見える。

「こっちのヘルメットしてるのが火桑兜(ひくわかぶと)、んで三つ編みの茶髪が赤城育江(あかぎいくえ)な、どっちもお前と同じくらいだと思うぜ」

「「よろしくね」」

「うん、よろしく」

下を向きつつ、頬を赤くする。『友達』以外、気軽に話す人間は全くいなかった。それが少年の6年間の生活だった以上、コミュニケーション能力は皆無に等しかった。

「それで?君名前はなんていうの?」

イクエがいきなり踏み込んだ質問をしてくる。この質問に関しては、セイもボーガンも答えを知らなかった。ひとしきり笑った少年は、拠点に着くまで眠ってしまったため聞くことはできなかったのだ。

「……わからない。」

「「「「え?」」」」

 少年が言うには、物心つく頃に母を亡くした直後から父による暴走が始まり、その辺りから父は子供の名前を言わなくなったそうだ。父の暴力によるストレスと長年言われなかったため、少年は自身の名前を忘れたのだった。

「「「「………。」」」」

「あ」

ここで、ようやく空気が重くなっている事に気が付いた少年。このような気づかいを学ぶ場などなかったから、当然、少年は対応できない。「えっと、えっと…」などと困っていると、すぐ後ろで鼻をすする音がした。

「え?」

振り返ると、セイが顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。鼻水も涙も垂れ流しになっていた。

「くそぅ!もっと早く来てればよがったな”、俺が、もっと早く来てれば!!」

「……。」

必死に悲しんでくれているセイを見て、少年もある決意を固めた。

 手を強く握りしめ、セイに一歩一歩近づく。やがて、服の端を一つつまむと、数回引き寄せる。

「?何だ?俺に、なんかしてほしいことがあるのか?」

鼻声だが、確かに少年からそう言う意思を感じた。

「うん。ボクの名前、付けてほしい」

「!!   良いのか?」

「うん!!」

 不満など悪いはずが無かった。過去を捨てようとした日に、そのきっかけをくれた恩人から名前まで貰えるなど光栄以外の何物でもなかったからだ。

 セイはその気持ちを少年から感じ取ったようで自身も名付親としての覚悟を決めようとする。

「分かった!……じゃあ、そうだな。これが少年の生まれ変わりになるわけだからな、この場所に因んだ名前が良いな」

えーっと…。と、周りを見回す。視界に映るのは、賑やかな子供たちの声や鉄線で囲われた柵、同じ様に等間隔で周辺に位置するドラム缶と炎――――――。

「炎が…囲む…赤囲」

「?」

「俺たちの団体名は火炎団…火炎だから…炎?いや、もっとかっこよく……紅の炎、紅炎!」

決めた。

「お前の名前は、赤囲紅炎(あかいこうえん)!今日から俺たちの、新しいかぞくだ!!」

「…!!」

目を見開く少年、コウエンはすぐ「ニシシッ!!」と満面の笑みを見せた。

          ★

――――――2年後。今から8年前。一階層のエリア日本。

 彼らがシンボルとしていた炎が街全体を飲み込む。知らない場所、知った場所問わずだ。初めて来たときはあんなに綺麗だった青空も黒煙が埋め尽くし、ただでさえ夜であった場所を厚い雲でさらに閉ざす。

 走っている、団体全員で。5歳以下の幼い子供は体力のある10代が抱える形で逃げる。先頭を行くのは隊長である間宮勢。その隣をボーガン、さらにその後ろに続いて2年以上いる連中、20歳以上の人間は逃げ遅れた一般人の呼びかけと、隊の子供たちを励ますために一番後ろについていた。

「ハア、ハア、なんなんだこれ?この街周辺だけか?それとも…?」

考えたくないが、もしかしたら世界中で行われているかもしれなかった。それくらい政府の対応が遅すぎた。それくらい火の手はもはや収集がつきそうにない。セイは呼吸を調整しつつ、隣を歩く大男に言う。

「おい、後ろの連中はついてきてるか!?」

ボーガンが振り返る―――――それが間違いだった。誰だって、仲間として信頼していた人間たちが虐殺されるところなど、見たくないだろう。

「! おい勢、まずいぞ」

「あ”あ”?どうした?」

「追って、来ている」

「何がだ!?」

「黒い機械がだ!!」

ようやくセイも振り返る。確かに視界にははるか後方から真っ黒い人型の機械が迫っていた。

「なんだあいつは?」

全員、背後に迫る脅威を感じつつ脚を止めることは無く、進み続ける。が、後方では20代の青年がつまずいて転んだ。

 機械はそれに狙いをつけたかのように真っすぐに青年に向かう。何か並々ならぬものを感じ叫ぶ青年、だが、無慈悲にも機械の手首から粘着質な紫色の液体が滲み、機械の手を覆うように伝った。それはたちまち小さな楕円のように機械の手に留まり、青年の顔に付着すると同時に液体に戻った。

 青年の顔に付いたそれは紛れもない毒だった。ロボットがなおも走り続ける中、背後で青年の叫びが悲痛に響く。

「!大島ッ!!」

 溶かすその蒸気はたちまち青年の顔面を溶かし、骨まで露出させるが止まることは無い。青年が絶命し倒れた後も残酷な毒は進行していった。

「おおしまああ!!」

走り出す。助けることは無理でも遺品くらいは拾いたい、その気持ちでいっぱいだったセイ。が、先頭を走っていた人間が止まる代償は大きい。たちまち走っていた列全体も止まった。そうして一瞬の戸惑いで判断を間違えれば、崩れていくのが世の常である。迫って来る機械に対して恐怖におびえながらも目の前で止まった幼い少女をはねのける程、一番後ろに居た青年は薄情ではなかった。しかし、先ほどのオオシマのように、無残に消されるのは自分だという事実は変わらない。

 恐怖で走れなくなり、せめて顔だけは守ろうと腕を前にもっていき、後は目を閉じる後方の人物。

「諦めんなぁぁ!!」

振り上げられた毒の攻撃を左腕を犠牲にして庇うセイ。液体が腕を溶かしていく、しかし先ほどのような浸食力は見られない。皮膚を紫色にこそ染めるが、明らかに先ほどより進行が遅かった。

「てめー、なんで毒を”弱めた”?」

「アぶナイ、アブナい。コどもヲ、アヤメルとコロ、ダッタ」

「はあ?」

今なんつった?確か俺は17だけどよ。まさかそれだけで攻撃の順序を決めてるわけねーよな!?大島は22だったから殺したってのか!?

「ふっざっけんな!!」

 セイの叫び。同時にそれが青年を我に返したようで、一つ前に居た少女が逃げいているのを確認し次第走り出した。

「あ、おい!待て岡部!!」

この機械の狙いが20歳以上かどうかという、そんなふざけた基準なのだとしたら。

「!!岡部ッ!上だ!!」

遅れて上を見る青年。そこにはすでに『明確な死』が迫っていた。

          ★

「皆さん、ここに隠れていなさい。」

規定の倍以上ある面積の分厚いマンホールの蓋を軽々開けたボーガン。子供たち全員を中に入れる。力のある子がすでに下で受け止める準備を整えていたため安心して飛び込んでいく。

「紅炎、兜、育江。あなたたちも入りなさい!」

「でも、まだ勢さんが…。」

「……。」

「あの人なら大丈夫、俺たちが保証するよ。」

答えられなかったボーガンに変わり、コウエンたちの不安を払うようにそう言ったのは、マンホールの前で入る気配すら見せない男女数人の青年達だった。

「あ、あなたたちも早く入ってください!!」

「はあ?何言ってんだ!?」

「いい加減、こうわかりやすく襲われちゃあ嫌でもわかるって!」

「狙われてんの、二十歳以上(オレタチ)っしょ?」

「じゃあ、ここであいつを足止めしとけば、いいわけなんだね!」

目の前には左肩辺りから翼のように枝を生やした機械が迫っていた。それは明らかにマンホール前にいる4人の男女を見ていた。

「それにお前は、今から勢を迎えに行くんだろ?あいつとは一番長い付き合いだしな!」

「……ええ。」

図星を突かれ、素直に答えるしかないボーガン。

 まだ降りずに聞いていた子供たちに向け、フッと微笑むと何も合図なしマンホールの蓋を閉めた。これから予想される悲惨な現状など、子どもたちに見せる必要はない。彼らは十分、過去に痛い思いをしたのだから。

「あなたたちには、毎度困らされますね。」

「振り回されてるのはいつも―――」

「俺たちだった気がするよ」

「でも、私たちは、一度も後悔してないよ」

「おい、一緒くたにすんなよ!ま、とーぜん俺もだけど」

「「「「行くぞっ!!」」」」

          ★

 炎は、依然として周りを囲んでいる。遠くで空中都市が落下し、轟音が響く。

 目の前にいるのは両腕が巨大な戦槌(ハンマー)になっている機械だ。凹凸が噛み合うことで一つになり、折りたたみも可能なもののだった。現在は人の腕と同じ太さになっている。

 そして、その機械の足元では先ほどまで生きようとしていた岡部の臓物が出た状態で潰れている姿があった。

「……。」

―――――おい、勢!あいつらこれからどうすんだ?――――育てるよ、手伝ってくれな、大島、それに岡部

―――――聞いてくれよ!!―――――なんだ?大島?――――兜が俺のクワガタ談義聞いてくれてさ!!

―――――紅炎って名前、相当気に入ってるらしいですよ、勢の前じゃ照れて言えないらしいですけど。――――まじか、おい訊いたか!?二人とも!!――――うるせー×2

―――――また私の勝利ですよ岡部、じゃ、このお酒はもらっていきます。―――――っだーっくっそ、なんでボーガン腕相撲そんなつえーの!?―――――鍛え方が違うんですよ――――くっそー!

 頭の中で、二人との過ごした時間がよぎる。あの日々は賑やかで良かった。間違ってもあんな残酷な死に方をしていい二人ではなかった。

「許さねー!」

脱力していた両足に力をこめ、ヨロヨロと立ち上がる。真っすぐに敵意を向けて溶けかけている左腕を気にせず両拳を握って掲げる。

「ええ、私もです!!」

ハンマーの機械の背後からボーガンがやってきた。なぜここに、とは思わなかった。恐らく子供たちを安全な場所に送ってから来たんだろう。こいつはそういう人間だ。

「いきますよ。我々の力を知らしめましょう!」

「おう!!」

          ★

(………………一体、何時間歩いたのかな?)

もう、のどがカラカラだ。8歳のコウエンがそうだったのだから、それ以下の少年少女に耐えられるわけもない。泣き叫ぶ者、完全に衰弱する者、眠気に耐えているものだけはまだ頑張れそうだった。

 下水管内はとにかく悪臭だった。そして暗い。地上からの地響きが時々起こり何度めの前でコンクリートが崩れたかわからない。そんな緊張の中での移動だ。子供たちが絶えるには限界がある。

「あ、光だ。」

誰かがそう言った。コウエンも声の方を見る。確かに光が注いでいた。あと数分もすればたどり着ける距離だった。問題はそこを出た先に何があるかわからないことだ。しかし子供たちの安全を考えれば、無理してでも一度光を浴びせた方がよさそうだった。

 注いでくる光は夜の出来事が嘘だったかのように晴れやかな空からのものだった。

 高すぎると思っていたビルはなく、邪魔だと思っていた空中都市もない。そして何より、腐るほどいた大人がいない。自由といえば聞こえはいいが、単に無法地帯になっただけのような気もする世界。

 これからコウエンたちは昔より7割の先人がいないまま、その悲しみに浸る余裕もなく生き抜かなかればならない、そんな厳しさが待っていた。

 そして、待っていたのはもう一つ。

「おい。見ろ紅炎、あれ!」

カブトが初めに見つけて、指を差す。

 下水の水が流れているこの水道の、わき道だ。トボトボと足取り重く歩いている人間がいる。何か布ようなものを担いでいる人間、その肌は黒くスキンヘッドが目立つ。間違えようがない、この町周辺にいるあんな身長体格の人間は一人しかいない。

「!ボーガンさん!!」

子供たちが一斉に駆け寄る。声に気が付いたボーガンは、子供たちと目を合わせると、安心したのか道路に倒れ伏した。

「ボーガンさん!?」

「…あなたたち、よく皆無事でしたね。」

ボーガンに応えるように言葉を発するのはイクエだ。

「ああ、紅炎が機転を利かせて危険を回避してくれたんだよ。おかげで時間はかかったけど、みんな重大なケガはせずに済んだんだよ。」

具体的には大回りをしただけだとコウエンは謙遜する。崩れそうな道は避けて、回り道回り道していった結果、比較的直線で歩いてきていたボーガンと再び出会えることになったらしい。

「そうですか…やはり、勢の言った通りだ。」

「! 勢さんはどこですか!?」

コウエンの質問に、ボーガンは後ろを向いた。正確には背に持った布を。

 緊張と焦り、それから最悪の考えが頭をよぎり、手が震えるコウエン。やがて覚悟を決めつつ、布をめくった。

 そこにはヒュウヒュウとわずかな呼吸音だけを発し、蒼白になった顔をしたセイがいた。両手には腐食、背中には腹部を貫くような外傷があるようで出血している。

「! 勢さん!!」

「落ち着いて、呼吸こそ小さいですが、応急処置はしています。出血はそれ以上進行しません。」

「…えッ?」

「それよりも、勢が伝えたいことがあるそうです、聞いてあげてください。」

「うん、うん。」

セイを大きなコンクリートの破片の上に慎重に置くボーガン。意識は僅かにあるようで薄く目を開けている。

「よう、紅炎。少し…いいか?」

無理やり振り絞っているような、かすれた声。喋らない方がいいのは明らかだった。

「はい。勢さん!」

断るはずが無い。自信を救ってくれた恩人の、伝えたいことなど。

「いいか、紅炎……」

大人びた、しかしそれでも子供らしさはぬぐえないような性格の声。そんな声が苦しさを隠しつつも、言う。

「これからは、お前が皆を守るんだ。俺には出来なかったことをお前がしてくれや。」

セイにできなかった、仲間を守る事、皆を幸せにすること。それを叶えて欲しいのが、(セイ)から(コウエン)への一度きりの頼み。

 やがてセイはニシシ、と真っ青な笑顔で、拳を天に掲げた。ボロボロでありながら、しっかりと握られた拳は、セイらしい真っすぐなものだ。

「お前らの未来、しっかりと…この目で…みたか…っ…た。」

その後、破壊の限りを尽くされた町の一角で、彼を呼ぶいくつもの声がしばらく響いた。

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