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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
第二位の仕事
3/48

【崩壊後《アフターワールド》2】

 マモルこと瀬戸守はある仕事をしている。その仕事は『設計』

 依頼主から要望を聞き、その条件を基にした設計を一から作成するのだ。

 四肢が義手のマモルは現代人なら当たり前のタブレットによる作業(マモルなら設計)はせず、紙に書いてから画像として保存、依頼主に見せる。というリハビリも含めた作業工程で今までやってきていた。が、マモルは片付けるのがあまり得意ではない。そのため、自室兼作業部屋であるそこは今までの設計の数々が無造作に散らばっている。

 窓際にあるベッドの延長線上、壁に隠し扉よろしく反転すると現れる作業机は今は収まっているため、図面を置く場所などなく、部屋の中央にそれらは流れていくのだった。

「もう!しっかり整頓するか、もしくはしっかり処理した方がいいですよ?政府の重要役職の人からも依頼が来てるんですから。その重要さを理解してください、お兄様!」

と、そんなマモルの書いた紙を整理しながらおっとり叱るのは双子の片割れ『日世和心音(ヒヨワココネ)』だった。暗黒を思わせる艶やかな長髪を背中の半分ほどまで伸ばし、対照的なまでに色白で柔らかそうなの肌、大きな垂れ目、口元を綻ばせればそれだけでたちまち立眩みを起こす人間が出てきそうなほど、無垢で麗しい顔つきだった。膝丈のデニムサロペットを肩にかけ、白いTシャツというシンプルな服装だが、それすら彼女にかかれば大人びた清楚な格好になる。

「すまんな、もうカメラに保存してるから捨ててもいいんだが、どうも捨てきれなくてな。」

 マモルは頭を掻きながら、申し訳ない気持ちを表しす。現に自分は今何もせずベッドの上で胡座をかく状態になっているからだ。一度二人で作業した方が速いだろうと手伝ってみたところ、『作業が増えるのであっちで姉の相手をしていてください』などと丁重にお断りをされていた経緯がある。

「あはは!しょうがないよ。兄ちゃんはそこらへんいい加減だし!ま、その辺も好きだぞ~」

と、ベットの上で跳ねながらはしゃぐのはココネの双子の姉『日世和琴音(ヒヨワコトネ)』胡坐をかきつつ、頭の上にマモルの手を乗せ跳ねている。本人からすれば撫でられているらしいのだが、さながらマモルがバスケットボールのドリブルをしている形だ。

こちらの服装は膝丈のサロペットは遊んでついたのかダメージ加工が施され、その上半身にはフリルの付いた子供用の黒い水着(しかもビキニ風)だけ、日に焼けた肌と茶髪の混じったボブカット、どこか鋭さを感じる釣り目も相まってココネとは対照的な活発さが伺える。ココネのように大人びた印象は持たないが、歯を見せて無邪気に笑うその姿には、年相応の愛くるしさが溢れている。

「どんなところだ?あと、ベットで跳ねるなって。それとなんだその格好。いくら暑いからっていろいろ問題あるぞ」

サロペットのベルト部分がまるで意味を成していないのはもちろん、ココネと違ってサイズが合っていないのか、下に身に付けた布面積の薄い水着が見え隠れする。季節が季節なだけにプールに入ったのだろう、競泳用の水着焼けしているため肌がはっきりと明暗にわかれている。後数年もすれば、その格好では露出の多すぎで通報されかねないだろうが、今の彼女ではTPOをわきまえていないようないい加減さを感じる。

「え?問題?なんでなんで?言ってくれないとわからないよ?」

そういう彼女の表情はマモルを試すような、悪戯を楽しむ年相応の姿だった。

「あ、こいつ。(計算ずくか!)」

 流石に今までの付き合いがあるマモルの考えは当たったようだった。ませる年頃の二人は最近こうして帰ると、敬愛する兄にいたずらをする癖を覚えたのだった。ちなみに、コトネ自身にはそういった色恋の尺度はわからないため、こういった場面では決まってココネの入れ知恵だったりする。ともかく、マモルは目を半開きにして睨むと考えを悟られたコトネは「ちぇ~」と少しつまらなさそうに頬を膨らますが、それすら会話の一環だとしてどこか楽しそうだ。

彼女からしたらどういう思いであれ、マモルから素直な言葉を聞きたかっただけだったらしい。具体的には新しい服装を褒められたかったらしい。回りくどいやり方はどうやらあきらめたようで「兄ちゃん!この水着どう?かわい?」と直接聞き出す運びとなった。

「………。」

「「無視!!」ですか!?」

 コトネだけでなく片付けをしつつ聞いていたココネも反応する、胸には集めた紙の束を抱いていた。もう無用になったとはいえ、ギュッと力を込められたそれらは小さな身体の中でくしゃくしゃに歪められている。右手に込められた力は紙に穴を開けんばかりであった。

「兄ちゃん、それはどうかと思うよ?」さすがに落胆したコトネ「そうですよ。コトネが頑張ってるのに!お兄様」とココネも相槌を打つ。二人の顔はマモルへと近づき、無防備な距離になる。コトネに至っては慣れないビキニが垂れ下がりそうになっている。

マモルとしても、素直に褒めるつもりではあったが、そこで簡単に褒めて服装がエスカレートしたらどうしようかとか、一瞬のためらいがあった。が、ここで必死さを出して来る二人に対して、そこで褒めてやらない理由はなかった。

「えー……。まあ、可愛いよ。よく似合ってる」

「「ホントウ…?」」

上目遣いでそう聞く二人、コトネはさておき自分のことのように気にしている様子のココネの態度には、姉の行動を応援する妹として真剣だった。

「本当!本当!お前らは可愛い、妹たちだよ!」

そう叫ぶマモル。今さら隠すことでも黙っている必要もない事実を言葉にする。なぜか気恥ずかしさがあった。

「「……やったーーー!」」

ついに言わせたぞというように、二人ともベットで跳ねている。その様子を座ってみてるマモルはこの二人の幼さを実感した。

          ★

 この双子、年齢は8歳。いわゆる『絶望を知らない世代』と呼ばれる人種にギリギリ入っている。

 それは、破壊機械暴動事件を知らない人間たちのことだった。その事件は主に成人した存在を対象に、世界的、同時多発で起こった事件だった。双子とマモル、さらにハカセの間には同じ血は流れておらず。三者が三者とも別々の場所で生まれ育った。しかし、ある理由からマモルとハカセは八年間、二人と双子は三年前から二年の間。この家で過ごしたのだった。

 その理由の一つに、双子が跳ねている今も、わずかに聞こえる機械駆動音がある。ココネは左腕・左脚が、コトネは右腕・右脚がそれぞれ義肢であり、それはマモルが設計しハカセが製作したものだ。双子は、事件とは直接的な被害によってこの身体になったわけではない。絶望を知らないよ世代のこの二人はカガク時代の影響で身体の一部が一体化した状態で生まれてしまった結合双生児であったらしい。二人と双子が出会った当時は、臓器の共有こそ無かったものの、股関節と肩関節でつながって暮らしていた。その部分を本人たちの同意の元で切断、義手と義足を装着させ、今に至っているのだった。

          ★

「とにかく、二人とも。ベットから降りてハカセが作った馬鹿みたいにたくさんの朝食を食べて来い。腕直すのはそのあとな」

「「え?気づいてたの?」」

正直な所、義肢の不調をマモルは双子が入って来た時から気づいていた。マモルは仮にもプロである。歩容の違い、重心の違い、それらを見分けることは彼の職業病に等しかった。双子の返答からどうやらそれを隠そうとしていたことも明らかになった。

 しかし、この二人がこの家に来る理由は大体二つのパターンにわかれ、その時点でおおよそ検討がつくというものだった。つまり、帰省と依頼だ。

 帰省は言葉通り、こうして二人のいわば実家ともなったこの場所に帰ってくることをいうとしても、依頼というのは、また二つに分類されることがほとんどだ。

とにかくマモルには少なくとも、双子の義肢の状態は把握済みだった。

「まあ、二人がその部分を誤魔化そうとしてたのはバレバレだったぞ。どれだけ二人のこと診てると思ってるんだ。それで?今回は他にどれがあるんだ?一つは確定だが?」

帰省すること、そして"修理依頼"は確定となった。

コトネはその幼さを最大限に活用したおねだりを敢行「うん、これ直して!♡」などと瞳を潤ませるが、マモルにはその茶目っ気は効かない。

「なーにが、『直して♡』だよ!?」

「マネが気持ち悪いです、お兄様」

冷ややかな目で睨んでくるココネ。しかし、その視線をあえてマモルは無視する。双子には言っておかなければいけないことがあるからだ。

「お前らなあ、俺たちの作った義手はそうそう簡単には壊れるはずないからな!」

「「ご、ごめんなさい」」

 うつむいてしまう二人は、目線も下に下げつつ、背後に謝罪の意思を感じる。

「家族だから。そこまで謝る必要はない。だが危険な事だけはするな、義手が壊れるときは神経接続による痛みがあっただろうが。もう一度言うが、お前たちは俺の大切な家族なんだよ」

ともかくマモルは分かってほしかった。この双子をどれだけ大切に思っているかを。二人がこの家を離れた理由によって、マモル達は彼女たちの神経接続の感度を上げる決断を余儀なくされた。そして、感度が高いからこそ痛みも増す。そんな痛みは“過去だけで”十分だと、マモルもハカセも想ってい る。だからこそ、マモルは強く伝える。これ以上彼女たちには痛みを味わわせたくはない、譲れない部分だ。

 幸い、双子は幼いながらもすぐにマモルの気持ちを理解したようで、「「うん!」」とはっきりした答えを返し、もうそれ以上はいう必要はなかった。

「よし。ならその腕を整備しなおすのが依頼として、それだけか?なら、お前らは、その後もゆっくりしてもいいんだよな?」

「うーん…実は…」

マモルに質問に煮え切らない態度の二人の(あ、これはまだ何かあるな。)とマモルも察するが、そちらには正直あまり乗り気でなかった。

「そうもいかないんです!団長からも依頼が来てまして。お兄様」

「えぇ~。マジか……。(予想はしてたが…)」

「そんな露骨に嫌そうにしないでください」

 呆れるココネ。この家に来る「依頼」の二つがこの、双子からの"修理依頼"と団長と呼ばれる人物からの"設計依頼"だった。

 双子は、ある団隊に所属している。その団体の団長からの伝言を双子は時々任されていたのだ。

「じゃあ、帰省、修理、設計の三種類のうちの二つか、それじゃぁお前らあんまりこっちにいられないのか?」

「あ、でもさココネ!団長『ゆっくりしてっていいよ』って言ってたよね!」

「はい、どうせ戦闘(ゲーム)もしばらくありませんしね」

(結局三種類ともか、こいつらがゆっくりできるなら歓迎だが)

「「どうした?兄ちゃん」お兄様」

「ん、まあ、いいや。とにかく、簡易用の義手をハカセから借りてこい。俺は日課済ませるて来るから。」

「「はーい!」」

          ★

 マモルは仕事の設計作業の他に普段からしている日課が存在する。さっそくそれを行うおうとしながら、双子が危険な機材に障るのを防ぐため(あくまではしゃぎやすいコトネを追い出すため)双子を抱えて部屋を出る。

 三人で一階に降りると、玄関で大の字で目を回すハカセがいた。

「おい。起きろ」

マモルはハカセの頭頂部を足でコンと蹴る。ハカセは「あてっ…」と言いつつ目を開けると、逆さまになっているマモルを確認、即座に状況を判断したようで徐々に立ち上がる。

 起き上がるとともに、ハカセは後頭部を押さえ、顔こそにこやかなまま、心配そうに聞く。双子を下ろし、靴を履こうとするマモルがこれから何をしようとしているのか察しが付くからだ。

「今日も、行くのかい?」

神妙そうに聞いて来るハカセ。これからするのはあくまでマモルの自己満足の節が強い、ハカセの表情や言葉の裏も理解しているマモルは、無理をしてでも笑顔をつくりながら言う。

「ああ、“あそこ”に少しでも残ってるものがあれば、それが手掛かりになるはずなんだ」

玄関で話す二人。

 その会話にはどこか重い空気があるのを、背後にいる双子は普段から感じていた。しかし、マモルはそんな双子の視線はいざ知らず、扉を開けた。

          ★

 扉の先にはコの字型の、コンクリートで固められた25メートル四方の『安全地帯』が存在していた。

 安全地帯、と表現したのはコの字より向こうは空間が広がっているからだ。

 マモルたちの家が存在するのは、別名“銀の川”と呼ばれる長さが100km深さ500mを超える超大岩壁の上だった。

 この渓谷は『破壊機械暴動事件』以降にできていたものだ。地脈に刺激を与えてできただの、破壊機械が一斉に地面に向け攻撃を行った影響だのとか、いろいろな噂があったが、実際にここができた真相は定かではないし、皆気にしない。気にしない理由の最たるものは、それ以上に世界的に被害が出たからという理由だった。

 とにかく、八年かけて建設、職につき、ここまでの生活になったマモルとハカセはそれなりに比較的順風満帆な日常を送っている人種に入る。マモルの場合、あくまで記憶がないなりに順調な生活だが。

 そして、マモルの日課というのは、その渓谷の一番下に存在するものが目当てだった。

 岩壁の地下にあるのはいわゆる「残骸」だ。破壊機械暴動事件以降、壊されたロボットや機械はその後修理はされずほとんどが解体、残った残骸は全てこの谷に廃棄された。マモルの目当ては、その廃棄場にある機械の残骸だった。

(あそこの廃棄場に『アレ』の一部でもあれば……。)

玄関を出たマモルは、その先にあったモーターから座席からすべてを一から作ったリフト、その二つのうちの一つに乗り込む。むき出しの三角形の底辺に腰を下ろすと、ブイーーーン、という機械音と共に、座席部分が下がる。

 一つのリフトが下がると、下にもともとあったもう一つの座席がすれ違う。底には、主に銀色で埋め尽くされた地面が広がっていた。

          ★

「えー……っと――――――ここか」

 マモルは首に提げた改造作業ゴーグルを掛ける。とたんにゴーグルは探査モードに切り替わり、赤いサークルがいくつも表示される。このサークルは今までに探索した場所を示しているものだ。

「じゃ、始めるか。」

もぞもぞと鉄の川をかき分けるマモル。探すのはそう、破壊機械の部品だ。

 あの事件、『破壊機械暴動事件』は未だ犯人とその目的が分かっていない。ただし、あの事件は日本エリアだけでなく全世界で同時に起こり、そしてわずか一日で世界を壊し突如として消息を絶った。不可解なのは、世界的に大規模に動いていたはずの機械たちがその一日以降一体としてその残骸すら見つけられていないのである。当日、軍も捜査関係の組織も壊滅的、全滅的被害にあい、その再建すら未だに完全ではない。だからなのか、全くと言っていいほど、破壊機械たちの捜査は進展しないのだった。

 マモルは、その残骸がもしかしたらこの鉄の川の中に紛れているのではと考えていた。希望の限りなく薄い現実逃避にも等しい考えだったが、あの事件を追いたい者がすがることのできる、丁度良い時間稼ぎにはなった。

「もう、八年…か…」

 マモルは残骸の一つを手にもって、ゴーグルで検索する。持った残骸の成分を検索、すぐ左に成分のデータを基にしたロボットや機械のデータが一覧になって表示される。

 一覧はその後、マモルの意思によって下に流れていく。

「んー……これじゃあ…ないか」

 そもそも手に持った残骸は灰色、破壊機械の表面の金属は――――黒だった。このデータは政府の取引によって得たものだった。

(……うーん…今までに作られたロボットや機械の全データが入っている、とかいってたな……ほんとうか?)

 マモルは、このデータに入っているものを見つけようとは思っていない。むしろ、このデータにないものは『登録されていない部品』ということになる。それによって謎の素材が割り出せればそこから糸口になるからだ。

「うーん。違う、ちがう、チガウ、tigau……」

 作業は日に日に手際よくなり、探索した赤のエリアも大きくなっていくが、それでも……。

「長さ100kmの鉄の川を捜索し終わるころには、何年かかるやら……」

と、その膨大な長さに、途方に暮れることもしばしばだった。

 当然、この作業は誰かに強制されているわけではない。あくまで彼自身が生きていく上でやっている、“日課”に過ぎない。投げ出すのは簡単だ。しかし、自身の記憶もなく、なぜか証明する記録もない、それでも8年という決して短くはない時間を過ごしてきた。こうして何か自身の残っている記憶に縋らなくては、消えてしまう感覚すらあるような気がする。玄関でのハカセの痛々しいものを見るような視線も、納得できる。だが、これだけはやめるわけにはいかない―――――そう考えた時だった。突如後ろから得体の知れない感覚を感じた。

「! 誰だ!!」

 言って気づいた―――――自分が『誰だ』と言ったことに。それが人の仕業であることが直感できたための発言だった。そして、その感覚に覚えがあった気がした。

でも……とマモルは思考する。(少なくとも憶えられているこの八年間は、この違和感は感じたことない)と。しかし、違和感という言葉でも違う気がした。

(これは、『殺気』なのか?)

肌を刺すような感じ、全身に針を突き付けられているような、鳥肌が立つ感じ。

「全身―――とはいっても、胴体部分しか生身はないがな…しかし、やけにはっきりわかるな…」

ここまで殺気という漠然としたものを具現化できるものなのか、とマモルも不思議になる。

 そして、問題の殺気を感じるのは崖の陰になっている部分――当然姿は見えないが、黒い靄のようなものが可視化されて見える気がした。

「誰かいるのは、わかってる!出て来いよ!」

 しかし、谷に響いたマモルの声に答える声はなかった。

「………。」

緊張からくる静寂はしばらく続いた。

          ★

「……ぶー…」

フォークを突き立て、机に顔を預けて頬を振らませ、露骨にふてくされているコトネ。

「こら、琴音。御行儀が悪いですよ」

おしとやかに叱るココネ。姉妹の関係で言えば、姉はコトネの方なのだが、圧倒的にココネの方がしっかりしている。

「どうしたの?僕の料理おいしくなかった?」

心配そうに見つめるハカセ。普段なら帰ってきたら旺盛に食べる少女の違いが気になる。

「え?いやいや、そうじゃなくてさ。また兄ちゃんに気を使わせちゃったな、と思ってさ」

「ああ、さっき怒られたこと?」

 今の双子は、家を訪れた直後の義手ではなく、箸を持つ作業用義手に切り替えている。

 この二人はココネが左利きコトネが右利き、ではない。そもそも、二人には元々左手と右手が存在していなかった。が、リハビリがてら義肢の方を使う習慣をつけたところ、そっちが利き手、利き足になったのだ。

「はい。危険なことするな、って」

どこか落ち込む二人に対し、ハカセは高らかに笑った。二人の落ち込み様とは真逆の反応。

「……。」「……。」

当然二人も不思議に思う。

「…あ、ごめん。いやー驚いちゃっただけだよ。マモルンは本当にそこまで気にするほど怒ってないよ。君たちを大切にしてるから」

「……ホントウ?」

 上目使いで見つめて来るコトネ。その瞳はどこか潤んでいるようにも見える。

「ほんと、ほんと。あのこ、君たちが戦争(ゲーム)で無事に初戦を迎えたとき、とっても喜んでたよ。」

「「ホント!?」」

机をたたきつつ、立ち上がる二人。分かりやすい子供らしい反応にハカセも嬉しさが滲む。

「うん。それにおめでとう。二人とも半年くらい前に分隊長に就任したよね!」

「「うん!」」頷く二人の息の合い様、流石双子だと感心するハカセをよそに、でも情報おそーい!と言い、食事を始めたコトネ。(元気が戻ったようでよかった)安心するハカセはそのままコトネに話しかける。

「それにしても、コトネちゃんはマモルン大好きだよね」

マモルの行動の全てに一喜一憂する彼女の感情は、普段から様々な人と接するハカセには解りやすいほどに読み取れていた。そして、ハカセの言葉にこれもまたわかりやすく照れる少女、視線が下がると僅かに頬を染める。そして過去を愛おしそうに語りだす。

「うん。初めて会った日、兄ちゃんが私たちを連れて行くようハカセに説得してくれたんでしょ?」

「そうだよ。マモルン頑張ってたんだから。当時の村の人に説得したりしてね。」

「えへへ~。兄ちゃん好きィ~。」

「おう、俺も好きだぞ~。」

 そんな玄関からの声に三人は目を向ける。視線に彼を捉え、コトネは徐々に青ざめだす。

「ああ、マモルン。帰ってたんだ。早かったね。」

「おう、なんか不気味な視線を感じてな。早く帰ってきた……って、なにうつむいてんの?コトネ?」

 三人の視線が今度はコトネに向かう。机に突っ伏して、顔を隠しているが耳までに真っ赤になっている。先ほどから顔色(文字通り)がころころとかわる姉に、妹は悶えていた。

「う~///……う~///…う~!!//い、いつから聞いてたの!?」

「? 最後だけだぞ?」

「最後!?……一番聞かれたくなかったぁ…。」

「落ち込むコトネ!かわいいです!録画してもいいですが!」

だめ!と茶化すココネをポカポカと聞こえそうな柔らかな動きで叩くコトネ、賑やかな日常を噛み締めながら、マモルは言葉を続けた。

「俺は風呂入るよ。湯、沸いてるだろ?」

その流れも予想済みのハカセは「うん、いってらっさい」と促す。

双子との時間を早く過ごしたい兄バカは、なるべく、気持ち足早に風呂場へ向かった。

          ★

「…ふー…コトネには悪いことしたかな」

 天井を見つめて、ゆっくり風呂に浸かるマモル。家族というべき存在の愛情は、素直に嬉しかった。

 今のマモルは、四肢に付けた義手を取り外し、アダプターを自身の頭部の機械部分ともう一方の防水コード式全自動入水ロボ通称『ニュウスイくん』につないで入浴していた。

 入水ロボは頭洗いはもちろん、身体洗いや入浴を四肢がないマモルでも行える機械だ。

 一からマモルが設計ハカセが製造し、今も介護用に世界規模で使用されている。世界規模というのは大げさではない。二人の業績は凄まじいものだった。

「はあ、にしてもあの視線は一体……」

入浴中、先ほどの視線に引っかかるところがあったマモル。八年前以降の記憶はなく思い出せないマモルだが、あの背筋が冷える感覚は依然として体に残っている気がした。

(俺がこの体になる直前に感じた何かがかろうじて体の中に残っているのか?だとしたら、あの感じを俺は知ってる??)

 あの時代、マモルは覚えていないがあの時代は少なくとも生活する上で不自由はなかった。移動は圧倒的にスムーズになり、寿命も比べ物にならないほど伸びた。しかし、人間の機械化は昔とあまり変わらず、無くなった――元から無いといった一部分のみを補助する役割が強く、進歩はしたがそれでも化学の方が普及していた。

 だが、そんな時代はたった一夜で崩壊した。警備ロボや各防衛組織も全く歯が立たず、多くの人や施設が失われた。

 しかし、一番大打撃を受けたのは人類の子どもたちだろう。破壊機械(やつら)の一番の標的は『大人』だった。その日に成人を迎えていた人間は八割がた殺された、残った二割のうちの半分はある施設に引きこもってしまった。さらに半分は、元々地球に居なかったか生き残って地球外へ逃亡したかのどちらかだったりする。大人たちのほとんどはすべてを奪われた絶望から下を向き、一向に地球は復興しなかった。今の地球はただ寂れるだけのものになっていった。

「うーん、今では、当時成人未満だった人しか上手く暮らせていないようだし」

 と、無関係でもいられない世界の今後をまで考えているうちに、ガチャリと風呂場の部屋が空いた。開いてしまった

「え?」

 目に留まったのは二人の少女だった。

「おい?」

素直に疑問符をぶつける。

「なあに?兄ちゃん?」

「何かおかしい事でもありますか?お兄様?」

 眼前に居るのは黒い上下のビキニ水着のコトネと白いフリルの付いたスク水風の水着を着たココネだった。

「いや、おかしいことだらけだ。なに入ってきてんの?」

疑問を率直にぶつけるマモル。それを待ってましたと言わんばかりに、二人は意気揚々と答えた。

「ふ~~ん。兄ちゃん、洗ってあげるよ!」

「背中流しますよ、お兄様。」

 笑顔を向ける双子。二人とも泡立てたスポンジをもっている。

「いや、いいから。俺身体洗ってから入ったし」

「え、そんな……」

 絶望的な表情をするコトネ。彼女本人としては演技だったが、周りからしたら迫真の出来だった。その様子を見てココネが怒りを表す。もちろん悪ノリだ。

「お兄様…よくもコトネの善意を踏みにじりましたね…。さっきもコトネからの告白を聞いておいて!」

「え?こくは―――「はあああああああ、それは忘れて!ココネ!余計なこと言わない!!」

とにかく!!と無理やり話を逸らしたコトネとともに、ココネも目線をマモルの方に送る。

「え?……えー…っと?」

「「今すぐ、出て。」」

「は、はい」

 マモルはニュウスイくんに湯船を出るように命令を送る。機械駆動音ともに湯船から上がるマモル。上から下半身にタオルをかけられる。ニュウスイくんはその辺りの細かい対応もばっちりだった。

「じゃ、じゃあ、お願いします」

もはや抗うのも面倒になったマモル。防水加工を施した義肢で入っていればもう少し抵抗の余地はあっだが、ニュウスイくんで来てしまった以上もあされるがままだ。

「わーい!」

「じゃ、失礼しますね」

うんしょ、うんしょ、と背中を撫でる双子。力は弱いが、ぬくもりのある泡。マモルはその様子に少し安堵する。これなら気持ちよく終えられそうだった。

「うん、上手いな」

「えへへへ」

「ありがとうございます。お兄様」

 嬉しそうな二人。しかし、マモルには気がかりがあった。

「にしても、お前らどうした?いきなりこんな?」

少なくとも3ヶ月前までは、帰って来ていきなりここまで強引なことをする双子ではなかった。

この疑問にはコトネか口を開いた。「今日がお兄様の誕生日でもありますが、一番思っているのは、感謝ですよ」と。続けてコトネ。

「うん、兄ちゃんには今までのこと全部、感謝してるんだよ。だから――私の全部使って恩返しするの」

 最後は、マモルの耳元で囁くように言った。一体どこでそんな話し方を覚えて来たのか、兄としてマモルは不安になる。

「な、なにしてんだよ!……てか、恩とかはいいよ。俺たちは家族だし。細かいことはどうでもいいよ」

「どう…でも…いい!?」

(あ、ヤベっ……!)

 つい、口を滑らしてしまったのをマモルは自覚した。背中にはスポンジをへこませて、さらに指の感触が伝わる。力が伝わる。つまり、明らかに怒っている(×2)

「お、おい?」

「お兄様…」

「!」

 怒気を孕んだその声に、マモルはたじろいだ。

「お兄様……コトネの思いに気づかないどころか、そこまで無下にするとは…どうしてくれましょうか!」

「え?」

振り返った拍子に、二人の膨れっ面が目に入る。

やばい!何とかして逃げないと何かされる!そう思ったのがいけなかった。

無意識の逃走本能に反応してしまったのは、未だ思考接続されていたニュウスイくんだった。

「あっ」

おかしな駆動を開始したのを察したマモル。なまじ空間把握能力が高い彼は、双子の位置がニュウスイくんからどのくらいの距離かわかっている。そのため、ニュウスイくんから伸びたうねるアームは性格に双子を掴んだ。

問題は、彼女たちが水着だったことと、掴んだ部分が悪かったことだ。

「「…ひゃん!?」」

「…あっ」

コトネの水着はビキニだったことにより完全にアームに剥ぎ取られ、ココネの水着は、その伸縮性が仇となり結果、二人とも幼い胸部は露出されてしまった。

「「……………。」」

(…やっべ…)

一瞬の、それも距離が近かったこともあり、目をそらせなかったマモル。

 双子の顔が赤くなりやがてゆっくりと生身の腕が上がっていく。

「お兄様の「兄ちゃんの     ばかああ!!」」

怒号と共に、破裂音にも似た悲痛な音が谷中に響いた。

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