【破壊戦争《クラッシュゲーム》】1
「姉さん、姉さん。起きてくださいッス」
もう五時ですよ。午後の。
自室のベッドにて、マモル達を迎えたときのような、上下の区別のないあひるの寝巻きに身を包んでいたサナエは揺り動かされる。
「う…う~」
唸り声とともに目を開ける。部屋の明るさが視界を少し歪ませるが、それでも時期に慣れることはできた。結果、目の前にはエプロン姿のケンマがいた。
「あ、やっと起きたッスね」
「ああ、ケンマ。マモ君たち……は?」
周囲を見るが姿がない。それに日も大分傾いている。この二つの状況から大方の予想はついた。
「はい。もう行きましたよ。」
これで今生の別れでも無し、僕らはまた会えますからね。
「うん、でも、もう五時かあ。夕飯の支度しなくちゃね。」
「あと少しでできるから、僕が全部やるっす。……全く。あなたたち”復興推奨世代”はどうしてそう無茶しすぎるんですかね。」
呆れ顔をし、隠さずに言うケンマにサナエは微笑んで見せる。
「別に…私のこれは無茶とはいえない…よ。マモ君のそれと比べたら、ね。」
「あぁ~なんかわかるっスわ」
僅か1日と少しの間に”拒絶の森”を攻略。さらに貴重な鉱石を入手。無茶といえば無茶苦茶だった。
「う~ん」と呻きつつも額を撫でる。(二人にお別れ言えなかったなあ、サンちゃんにも挨拶できなかったし。)そんな風に少ない後悔を数えていると。ケンマが呟く。「あれ?気づいてたんですか?」と。
額に触れていることを言っているケンマ。当のサナエにとっては『つい触ってしまった』という感覚だったのだが。
「え?気づいてたって、何?」
「あ、え、知らないんです?……まあいっか」
小声で。
「そのうち、からかうつもりでいましたし」
「え?何か言った?」
「え、っと。はい、どうぞッス」
空を撫でるようにスワイプ。同時に写真がサナエの目の前に映し出された。
それは―――――寝ているサナエの額にマモルがキスをしている写真だった。
「え?え?E?……………え?えええええ!!!!????」
叫びながら疑問を表す。当然だ、自身の記憶に、というか意識していない間にこんな事態が起こっているのだから。
「マモルさんが『金を払うだけでなく、何かお礼がしたい』なんて言ってましたから」
指を一つ一つ立てながら言う。
「マモルさんが寝ている姉さんの1、ほっぺにキス。2、額にキス。3、抱きしめる。という選択肢をくじ引きで決めたんスよ」
結果、そうなったらしい。子供もいるという諸々の配慮も含め、唇と唇の触れ合いは選択肢にはなかった。
「はぅう、はうぅ~ぅ~うううう!!」
「おお、おお、露骨に動揺してるっす」
ちなみに、キスのときに一番顔を赤くしていたのはマモルだった。なにせ――――。
『『『キース!』』』『『『キース!』』』『『『キース!』』』
『う、ウルセーーー!!』
そんな風に周囲にひけらかされていたからだった。
「アレは見物だったッス」
心底楽しかったと言いたげだった。
「それに、おきているうちじゃ、姉さんは絶対にそんなことさせないでしょ?なんせ――――」
「はう、はうぅ~―――――。」
バタン。音とともに、サナエは転倒、既に意識は無くなっていた。
「そんな風に気絶しちゃうッスから」
歯を見せ、悪戯気味な笑顔を作った。
★
「~~~~ッ!!~~ッ!!」
装甲車の中、声にならない声が響く。
助手席に座るマモルは耳まで真っ赤に染まった顔を覆うように義手で隠していた。
「いや~、マモルンがあんなに困るとこ、初めて見たよ!」
運転するハカセは……分かってはいたが上機嫌だった。
「うるさいッ!」
拗ねたような声とともにマモルは何とか手を伸ばし、ハカセを小突く。「いてッ。」とわざとらしく声を上げると、これまたわざとらしく首を揺らして見せた。
「でも、流石に照れすぎじゃなかったですか?幼馴染でしょう?」
「快人、それと今回の”ご褒美?”とは訳が違うぞ。」
あそこまで囃し立てられて、それでも喜々としてアレを敢行するような、そんなマゾ性をマモルは持ち合わせていなかった。要は渋々だった。
「それに、もしばれたら……きっと怒られるぞ、あんなのやられてうれしい人間がいるのか!?」
明らかに罰ゲームだろ!?と言いたげだった。
寝ている女の子に無理やりキスをした。例え額にであっても、幼馴染にそれをしたことに罪悪感を感じない彼ではない。
「それは大丈夫じゃないかな。」
ハカセがきっぱりとそう言った。まるで根拠がないにもかかわらず言っているようで、癇に障ったマモルは不機嫌そうに聞く。「なんでそう思うんだ」と。
ハカセは「ふふふーん。」となぜか自慢げに鼻を鳴らす。
「それは――――ねえ、気分なんて、場合によりけりだし!」
ね、サンカちゃん。
そうやって話を強引に振られたサンカ。「はぁ…え?あ?はい?」などど、露骨に動揺する。
「し、知りませんよ!なんでそんな風に私に訊くんですか?」
声を荒げる。しかし、助手席からは見えないが、マモルの真後ろに座る彼女の顔は真っ赤だった。
その様子は思考駆動式のミラーで操作したハカセからは丸見えであり、サンカと目があった時、つい頬が上がってしまった。
未だに納得いかないマモルは身体をひねり、真後ろにいるサンカと視線を合わせる。
「サンカも嫌だよな?寝てる間にキスされたら。」
「ひぇ?え、あ、は」先ほどと同様に動揺した後、「ひ、人それぞれだと思います」再びあやふやな答えを返す。「なんだ?」などと疑問を解消出来ないまま元に戻るマモル、サンカはスカートを抑える手に力を込めつつ視線を下げた。
(言えるわけないじゃないですか!『あなたにされるならいいなあ』なんて!)
ミラー越しにその表情を確認したハカセは二人に聞こえないよう「ふふふ~ん」と頬を上げる。
「さ、目的地の”赤の領地”までもう少しだよ!」
ハカセは乗り気な様子で片手を掲げ、カイトも同調して同じ様にする。が、残りの二人はそれどころではなかった。
★
――――――いいか、紅炎。
頭の中で、声が聞こえる。大人びた、しかしそれでも大人ではない、未熟さはぬぐえないような性格の声。そんな声が苦しさを隠しつつも、俺様に言う。
―――――これからは、お前が皆を守るんだ。俺には出来なかったことをお前がしてくれや。
ニシシ、と真っ青な笑顔で、彼は拳を天に掲げた。
「――――――――――ッは―――――!」
目を覚ました。木目のある普通の天井。民家とさして変わらない住宅の天井。それが大団体を治める長の部屋なのかといわれれば、疑問が現れるほどだが、れっきとした事実だった。
「……。」
呆然と天井を眺める。”今時”は珍しくない冷暖房が備え付けられていない部屋では、僅かに開いた窓からの隙間風が肌を撫でる。
呆然と天井を見ていれば、意識は次第に飲み込まれ、消えていきそうになる。
「………起きるか。」
きっぱりと判断を決め、体を起こす。
動きやすい伸縮性のある服装に着替えると、呼吸を一つ整えドアを開ける。重厚な音を立てて開かれると、中世を感じさせる石畳とレンガ造りの家が目に留まる。それは壁のように左右に連なって建っている。シロの国の酒場街に似ているが、違うのは家の天井に土と農作物を作る場所が備え付けられていることだ。
ドアから手を放し、身体を右にひねると同時に足は地面を蹴る。呼吸を整えつつ、歩みだけは僅かに風を感じる速さで進める。
一時間もすれば、呼吸は上がり、汗も顔を伝う。
「どうぞ。」
ぐるりと大回りに移動し、辿り着いた元の場所でそんな風に無機質にタオルを渡すのは、スキンヘッド頭が特徴のボーガンだった。
「おう」
顔を中心に拭いていくと、空を見上げる。時刻は6時だが、夏場と言うことを加味すれば暗すぎる程に暗い。まるで日が昇っていないようだ。
「今日の天気は?」
「赤の領地上空、快晴です」
「そうか」
今日で7日目だ。研究者が期日までに結果を出せないことが多いのは分かっていたが、まさか一団が攻めてきても構わない姿勢でいられるわけはないだろう。と、"彼"の精神状態を不思議に思う。
「今日こなければ、こっちから出向く。どこに居ようとな」
「はい、準備は出来ていますよ」
ボーガンも同じ気持ちだった。こうして冷静でこそいられるのは、互いが互いの心の支えになっているからだ。でなければ、7日前に2位と出会った時、既に実力行使に出てもおかしくなかった。それくらい二人には焦っている事態があったが、何とか心の均衡を保つ。
「それに、毒も注射済みです。嫌でもきますよ」
その言葉には説得力がなかった。
「ばーか、あいつらは紛れもない天才だ。俺様達と別れたあと直ぐにでも解毒したろうよ。」
「では、あのときのハッタリになんの意味が??」
「………シャワー、浴びて来る」
「…わかりました。準備はできていますよ…。」
★
温かいお湯が頭から注がれ、さほど大きくない身体に沿って流れていく。陽だまりに包まれているような心地がよい気分になる。
蛇口をひねると、お湯は止まり火照る身体も周りの少し低い気温によって冷まされていく。
ドアを開け、脱衣所へ。その直後にコウエンの個人ネットでは着信が鳴る。出ると、そこにはカブトの姿があった。
「なんだ?珍しいな。定時報告ですら育江に丸投げだったろうが?」
「それはそれ、これはこれだ。あいッかわらず仏頂面なのな!」
画面の奥で、高笑いをするカブト。
「要件をさっさと言え、こちとら服着てなくてさみーんだよ。」
「おう、じゃあ単刀直入に言うぞ、二日くらい前に瀬戸守が俺らの居住区を出た。それと………」
しばらくの間の後、残酷そうに言う。
「お前は彼――――守には勝てない。絶対に」
「………。」
「今回、少し戦闘してみた俺の目からでもわかった。あいつは強い、強すぎる。多分お前勝てないよ。」
「………。」
「いい加減、過去は忘れて、お前の仕事真っ当しろ。言いたいのはそれだけだよ。」
「………。言いたいことはそれだけなんだな…。」
電話を切る。これ以上自らの決断を揺るがしたくなかった。と、タイミングよく通路の向こうから声がする。
「タオルは、置いておきました。」
「おう。」
体を拭き服を着ると、通路に出る。待ち構えていたボーガンには目を合わせず歩き出すと、お互い歩幅と感覚がわかっているように、一定の間隔で歩みを進めた。
時刻は7時半過ぎ、団長としての仕事はすでに始まっていた。鉄材で出来た大きな廊下を歩くと、反対の通路からパタパタと小さな少年と少女数名が歩いて来る。
「あ、団長!おはようございます!」
「おう!今日も訓練頑張れよ!」
「「はーい!」」
元気よく手を上げると、再びパタパタと歩き出した。
「あと3か月か、あいつらの出撃は……。」
「世知辛いですね。やはり彼らにとっては…。」
あと数日で、彼らは戦士となる。それは“あの世界”に放り込まれるということだ。この団長と副団長の意思によって。
背を向け、歩き出した二人。しばらくすれば、ガラス張りの証明が照らす部屋に差し掛かる。
二人は歩みを止め、ガラスを覗く。ガラスの向こうは広い空間になっており、中央ではベッドが一つ置いてある。空間に対して不釣り合いなそれには使用者がいた。そこからは大量の管とモニター。それらが埋め尽くし一個の巨大な生き物のようになっていた。
「……それで、どうなっている?」
「まずい状況です。"1位"からもらった薬品も成分分析が出来ない上に、残りは…2錠。」
「今日一日分か…。いよいよだな。」
口調だけは冷静を装ったが、心の中では焦りが出ていた。それはボーガンもコウエンの握りしめる拳から感じ取っていた。
「今日一日、今日一日で………。」
それ以上は、言えなかった。その現実を受け止めるには、少し整理が必要だったからだ。
何を思ったか、口を開こうとしたボーガン。そのタイミングを見計らうように彼に電脳ネットでは着信が鳴った。
「え?ああ、はい。わかりました。すぐに伝えます」
電話を切り、コウエンに向かい合う。コウエン自身もすでに要件を理解しているらしかった。
「第2位様が、おいでです。」
★
「え?ここが”赤”の拠点!?」
円形の砦に囲まれた中に入ると、そこでは高層ビルがそびえ立ち空中レールが網状に建設されていた。
そしてビルにはスーツ姿の人々が仕事をしている。レール内でも自動駆動車が走っているが、違うのは運転している人、そして働いている人の7割以上が明らかに背の低い子供だった。
そんな砦内の内部は確かに領地によって復興、発展を遂げたこの時代の近代都市の様子だった。そして、それを支える柱にあたる火炎団の総本山といえば、四方を50階程度のビルに囲まれ、陰りで日も全く差し込まない土地にあった。木の塀で囲まれたわずかな荒野の奥に、木造の平屋。その扉だけは重厚な英国式の鉄門扉。そのギャップにこそ違和感があり、また説得力があった。”そこがそうなのだ”という説得力が。
「屋根の角に監視カメラあるし、多分ここなんだろうが……しかし……。」
マモルが目線を下げると、フード付き白衣姿の幼い少年が背丈と同じほどの黄色いリュックを背負い、ちいさく飛びはねながら鼻歌を歌っている。
左を向けば、ハカセも同じことを考えているようだ。
「うん。門の中に入った直後にこの子がいたし、案内してくれたんだけど……この子が赤の団の幹部―――ね」
「はい!∑(しぐま)・クロスと言います。僕様はあなた達が来るまであそこの門で寝泊まりしてました、正直、疲れてます!」
敬礼の後、改めて挨拶をする。シロの国と違って半分ほどの面積しかないが、しかし白と同様に大きな壁ではあった。それを越えた先で待っていたのが、彼だった。
「お、おう。それは…お疲れ様。」
「はい!ありがとうございます」
言葉少なげにねぎらいに対し感謝を述べる。
「もう主様を呼んでますので、もう少しお待ち願いします。」
「おう」
左を見る。サンカは白いミニスカートの下に黒のスパッツ、上はスーツの様な黒い肩だしブレザーの下に半袖Tシャツだ。その隣、カイトの方はトラ柄のフード付きパーカーにジーンズだった。
やがて、門はそれらしい重厚な音を立てながら開いていき、中から黒い肌のスキンヘッドの青年が現れる。
「ようこそおいで下さいました。我が主、赤囲紅炎がお待ちです。」
★
なかに入り数歩歩くと、そこにはいくつも部屋があり、そのうちの一つの前でボーガンが止まる。
扉は木製、内外どちらかの開きかと思って手をかけてみれば、どうやら鍵がかかっているらしい。
「開いてないじゃん。ここのどっかに紅炎がいるんじゃないのか?」
「いいえ」
ボーガンはその扉を、左にずらして開けた。それもインターホンの上の方がタッチパネルになっており、かるく触れることで開いた。
「おお!面白い仕掛けだな!」
感心するマモル。そして開いた先にあったのは。
「エレベーター、だね。」
「はい。では、地下にまいりましょう」
「おう」「はい」「はーい」「ハイっす」各々が各々らしい応当をした。
「じゃ、自分は研究所に戻ります!」
クロスは敬礼後180度回転、軍隊式の更新で去っていく。それを見送るとともに、エレベーターの扉は閉まった。
エレベーター内は大柄のボーガン含め5人で入っても全く問題ない広さだった。
「そういえば、解毒はお済みですか?ここまできて逃げる必要もないでしょうし、解毒剤をお渡ししますか?」
ボーガンとしては、「既に済ませている」という回答がかえってくると予想していた。そのためハカセの「まだだよ。」という返しには、細い目を一度大きく開くことになった。
「でも、解毒剤はいらない。君たちの予想通りだと思うけど、もう解毒剤は出来上がってるから。」
"よかったね"最後にハカセはそう言葉を結んだ。
「でしたら、解毒を済ませてしまっては?」
「んー…ま、いつでも良いなら、マモルンとコウエンくんの一戦が終わってからにするよ。」
ハカセは余裕綽々そう告げた。自身は毒で死ぬ気はない、そう確信している。
ボーガンが視線を少しずらせば、マモルがいるのだが、眼を閉じているその様子に焦りや不安などは感じない。彼もまた、ハカセが何を考えているのか検討がついているようだった。
★
その後もエレベーターは下がっていき、階を表示しているカウンターがB20以上になっていた。
「おお、随分下だな」
マモルのそんなついうっかり口をついたと感じ取れる発言に対して、反応したのはボーガンだった。
「この程度で下とは、あなたの八年の生き方がうかがえますね」
ボーガンの素朴な回答に、マモルは少し動揺する。互いにそんなつもりはなかったが、失礼なことを言ってしまった感があった。
「あ、まあ、確かにな。」
この地球は今、第5層まで地下が存在している。第1層がマモルのいる地上。時に雨が降り、大地に太陽の光が降り注ぐ。そして一般的にB100以下、それ以降100階下がるごとに階層が変わり、計5層まで地下層がある。
「おや?その言い方からして、君たちは2層以下を知ってるの?」
ハカセが問う。エレベーター内ではサンカが普段とは違って視線を泳がせている。
「ええ、私は5階層に行ったことがあります。いわく、あそこはカガク時代に取り残された者たちの掃き溜めでした。」
「そっか……そう、だね。」
カガク時代の下層民は皆、ボーガンの言った通り取り残しされた者たちだ。科学技術は持たず、それを使いこなせる技術もない。そんな人々が逃げていくのが地下だった。
「さあ、もうじき着きますよ」
これから行くのが、あなた方の戦う施設です。
「施設?」
「ええ。あなた方はこれから破壊戦争を行ってもらいます」
「クラッシュ――――ゲーム――――?」
それは双子もやっていると呼ばれる、ただの―――――ゲームだった。
不思議なことではない。今の世界、少なくともエリア日本の土地は、遊戯で決めるのだ。




