【蒼の大剣《ブルーソード》】3
「ほんとに、帰って来るんですか?」
ようやく白みだした空を背に、森に視線を向けたカイトは怪しみつつ視線を送る。
「帰って来るよ、さっき連絡があったから。」
指にくぐらせた携帯電話を差し、根拠を述べる
「でも、『お風呂の準備をしておいて』は分からないですがね。」
ケンマが首を傾げつつ、まあ言われた通りやりましたけどと補足する。
「まあ、そのうち姿が見えるだろうから、もう少し待ちなさいな。」
「「はーい。」」
そうして待つこと数秒。夏場でありながらも涼しい気温で霧が濃くなっており、周囲一帯を見渡すまでには至らないが、それでもある程度近づいて来れば人影が見える。
「あ、来たようですね」
「? でも、影は一つだね?」
見たところ大きな影が一つだけしか来ていない。
「まさか、二人は……」
最悪の考えが三人によぎる。もともと彼らの向かったこの森は『拒絶の森』と呼ばれていた。それを承知で向かったし、もちろん全員で生きて帰る気でいた。しかし、望み通り生きられるかは別だった。
(可能性があるならば、間違いなくサンカちゃんだけが生き残る。暗部の人間であり、再生能力者でもある彼女なら、絶対に生き残る。―――――でも)
「大丈夫。あの子たちは強いよ。」
「「……え?」」
★
――――――2分後。
「――――っはぁ、はあ、3分で―――はあッ、5km走りきれとか―――はあ、馬鹿じゃないのかあいつら!」
息を整えつつ、両腕に抱えた二人を降ろす。“拒絶の森”は管理棟であるカブト・イクエの暮らしている建物から直接防衛システムに介入できる。当然全警備システムを停止させることも可能だ。が、それが長く続くと当然侵入者も入ってきてしまう。だから出るときこんな会話を経ていた。
『じゃ、俺ら行くから』
マモルは後方を半身で見て手を振る。
『お世話になりました』
サンカは腰を曲げた丁寧な最敬礼。
『ばいばい』
サナエは友好を示すためか、しっかりと二人の方を向き、手の平を左右に振っている。
『俺たちの約束、っつーか依頼?頼んだぜ!』
『おう』
『ああ、それとなマモル。』
手を上げる形でこちらを見るよう仕向けるイクエ。その後、驚くべきことを言う。
『警備網解除だけどな―――システム上そうなってるから変更できなかったんだが………』
たっぷりと間をあけ、
『あと3分で切れる!』
『はぁあ!?』『はい?』『ふえ?』
その後は、二人を抱えての全力疾走だった。
「でもよく頑張りましたね、えらいですよマモルさん」
地に足を付けると、サンカは背伸びして頭を撫でる。こうして並ぶとマモルの方が5センチほど高いことがわかる。
「お、おい、やめろって…」
「ふふ、そう言えば、こうして守さんの頭を撫でるのは初めてですね!」
「や、やめろって」
「マモ君、顔真っ赤…かも」
「んなことね―って」
でも、私もやる。
サナエはポケットからハンカチを取り出すと、いそいそとマモルの顔に流れる汗を拭いた。
「お、おい。お前ら、いい加減にしろ……」
「ね、姉さん!」「兄貴!」
呼ばれたために声のした方を見ると、二人が目に涙を浮かべながら三人を見ていた。
やがて二人がペタペタと近寄ると、ケンマはサナエの体を確認するように叩き、シキはマモルの手を握った。
「三人ともお帰りなさい」
流石は大人というべきか、ハカセは落ち着いた様子で三人を労う。
「おう、ただいまハカセ!」
「ご心配をおかけしました」
「た、ただい…ま」
各々らしい返しに、ハカセも笑顔を作った。
「それで?石は手に入れたの?」
「うん、この通り、だよ」
指さしたのは、サンカの胸部だった。
頬を赤くするサンカと、どこか引きつった笑顔のマモル、そして自信たっぷりの笑顔を作っているサナエ。三人からその真意を読み取るのは難しい。が、不思議そうな顔をする出迎え組三人のそれはサンカにとっては予想通りだったようで、
「やっぱり、そんな顔をするんですね。」
といって肩を落としている。肩と連動して胸部が激しく揺れるが、その揺れは森に入る前にはなかったものだった。不自然なほど、重力に引っ張られていた。
つまるところ、サンカの服―――正確には胸と下着の間に取って来た鉱石を入れているのだった。
「えー……っと?どうしてそうなったの?確かに三人ともリュックとかはもっていってなかったけどさ、でも、施設くらいはあったでしょ?そこに入れるものとかあったんじゃ?」
「あ、その手があった……ね」
「今さら気が付いたのかい!?」
「ああ、確かにそうすればよかったな」
「マモルンまで………」
「あちらの方々に『どうやって持っていくんだ?』って聞かれて、サナエさんが真っ先に『胸に隠せばいいよ』なんていうからですよ」
しかも、『私は服がギリギリで入らないから、サンちゃんお願い。』なんて言って。再び重い胸を落とすサンカはどこか焦燥感がにじみ出ている。
「あはは、大変だったんだね」
ハカセもさすがにフォローに入る。
「あのさ、俺も聞いていいか?」
唐突に手を上げて、マモルが言葉を発する。
「ん?何だい?僕らおかしいところあるかい?」
「お前はまあ、ふつうだけどさ、二人とも――――」
指さし、
「なんでメイド服なんて着てんの?」
この質問はマモルの背後に控えた女性陣二人もしたかったようで、うんうんと首を上下に動かしている。
「「え?」」
しばらくの沈黙。そしてゆっくりと目線を下げると――――
「「~~~~ッ!!」」
声にならない声と真っ赤な顔が2つそこにあった。
★
展示場では、長椅子の上でマモルが完全に脱力しながら寝ていた。
「2時に起きてから、ぶっ通しで走り切りましたからね。それはもう疲れるに決まってますよ。」
「うん。まあ、よく頑張ったんじゃないかな。」
それより……。
目線を展示場の隅に移す。背を向けつつしゃがみこんでいる少年二人の背中は暗くどんよりとしている。
「ふ、二人とも?」
「ほ、ほっといてくださいッス。」
「お構いなく。兄貴たち…」
「というか、ここメイド服なんて置いてあったんですね」
「はい、姉さんは仕事モードのときああいう格好ッスから、性格もですが服装も正反対のを揃えるんっス。厚いというか…全身を覆う感じのやつを」
「ああ、昔からだよね」
ハカセは納得するように首を上下させる。
「それでもお二人は……なんですんなり着ちゃったんですか?」
とくにシキさんはハカセさんが”そういう人”だと分かっていたでしょうに。
ジトリと二人に睨むような視線を送るサンカ。二人は苦々しく答えた。あくまで自分たちの趣味かもしれないという可能性はできるだけ解いておきたい。
「いや~……ハカセさんに口車に乗せられて、着てみたはいいんですけど……」
「その直後にお客さんがホイホイ入って来ましてね。それから客足が途絶えなかったんです、着替える時間なくて…」
ここ金物屋なのに、特に女性客が多くきて…。
そして、「少年×2がメイド服で給仕してる金物屋がある」なんて情報が広まり、この二日間盛況だった。超情報化、超高速化社会とは恐ろしいものだと、少年たちは身をもって知るのだった。
「そういえば、ナエちゃんはどこに行ったんです?」
辺りを見回しつつサナエがハカセに聞いた。
「ナエちゃん?ああ、サナエちゃんのことか。多分、”上”だよ」
「上?」
二階のことでしょうか?
「正確にはあの子の自室かな、そこで”お仕事モード”に切り替えるのさ。」
「はあ。」
応えたものの、理解はできていなかった。
★
電気をつけると、十代の少女らしいピンク色を基調とした壁紙の部屋が現れる。そして、その部屋で一際存在感を感じる巨大クマヌイグルミは、天井に頭が付いていた。
「二人に、誕生日にもらったものだけど……未だに、どうやって入れたのか……わからない」
明らかに扉や窓からは入れることができない大きさだった。
「ま、いいか。それより接続だ、ね」
ベッドにあるのは、首筋のアダプターに接続するためのパッチ。これも二人からの贈り物だった。
「この部屋にあるのは……ほとんど、君たちがくれたもの……だね」
そして。机に目線を移す。そこには、笑顔の三人の男女。寄り添うに歯を見せて笑っている成人の女性と男性、その間にいるのは、幼いサナエだった。
「これは、マモ君が……復元してくれた写真……」
現在はほとんどない現像写真は8年前に一部が焼かれてしまったが、それを彼が直してくれたのだ。
「どれも、君から……もらった、大切な、ものたち」
だから。
「今度は、私が君たちを守れる武器を作るよ」
―――――いいか、早苗。剣ってのは傷付けるだけじゃない、人を守ることもできるんだよ。
うなじに機材を接続、電磁誘導によって意識は消失し、次に目が覚めた時には、一階の作業場にいた。
★
サナエの使用しているのは接続人形という技術。数百年前まではあくまで本人の意思通り動かせるのは手足までだった。が、今では意識を全て注げ、その上日常生活を送っても見分けがつかないくらいの動きができる。それを可能にしているのは、人間と同じ骨格を持つ”原型”と髪の毛の本数から服の繊維まで再現された”模倣”の技術によるものだ。
どちらも名前の通り、原型は本人の骨格を再現しているのだが、あくまでそれは骨格だけであり、それには色も模様も付けられていない、マネキンのような見た目だ。しかし、人形に接続したとたん”模倣”による容姿構築を行なう。そして、今彼女が立っているような”仕事モード”の姿で現れることができる。
要は、最初にマモルたちを迎えた彼女は具体的には生身の彼女ではなく、人形に意識を通した彼女だった。
☆彡
「よっしゃ!じゃあ、やりますか!」
「相変わらず…。その姿だとテンション高いね。」
仕事モードのサナエが目を覚ましたのは、一階の工房。そこには扉の縁に寄りかさっているハカセの姿。
活気のある状態のサナエはメリハリのある振り返りを見せる。
「おうよ!!ボクが本気になれば捨てたもんじゃないってこと、マモルにわからせてやるよ!」
「あはは……」
この二日間で仕事モードの性格も変わったんじゃないかな。ハカセは乾いた笑いを見せた。
機械剣鍛冶師。という職のサナエの製作方法は、一般のそれとは少し違ったものである。まず、本人ではなく人形に意識を乗せること、それによって一人の腕では製作不可能な数の造剣が可能。そして、カイトが不思議に思っていた本来鍛冶場に必要ないはずの多節機械たちも使う。これも他の鍛冶師とは違う彼女独自の製法だった。
「よっと。」
機械の一つ、釜の中で揺らめく炎の近くにあるそれを指差すと、動き出し、180度向きを変える。そこには今朝入手したばかりの蒼く輝く金属があった。
「おお。それが。蒼皇帝鉄!世界で2番目に硬い鉱物だね!」
流石に研究者。珍しい鉱物に興奮が隠し切れていない。
「おう。これが今からマモルの剣になるんだよ。さすがに腕が鳴るってもんだな!」
胸の前で拳を握る。それは職人の顔だった。
★
「ほい!ほい!ほら!」
サナエが指を差すたび、直線上にあった機械たちは動き出し、行動を開始する。
一つは鉄を熱し、一つは鉄を伸ばし、一つは鉄を加工する。そうした機械と人間の融合がサナエの造剣工程だった。
「うん!気合十分」
きっといい剣ができる。
ここの心配、不満はないと確信する。ハカセは背を向け、鍛冶場を後にした。
(僕は、君たちのことを知りたい。マモルンの脅威になるのか、それとも………。僕は少し、楽しみなんだよ)
★
「それで、聞きたいことはなんでしょう?ハカセさん?」
呼び出されたために外に出ると、サンカは切り株に座っているハカセに訊く。
「ふふふ、大したことじゃないさ、興味があるだけだよ!」
軽い飄々とした口調だが、しかし真っ直ぐに見つめている。
「君が来てから、ってわけじゃないけどもバタバタしたしね。もっとも君が護衛している以上、聞く機会はいくらでもあるんだけどね。マモルンがああやって寝ている以上、こうして二人きりになるのは初めてだからね。」
「あ、よく考えたらそうでしたね」
「そんなわけで、単刀直入に言うけど、君はなぜ僕らに――――正確にはマモルンにそこまで気を使ってくれる?」
聞かれたサンカ。一瞬目を見開き、そしてすぐに真っすぐハカセを見る。「なんでその質問を」というより「やはりその質問をしましたか」と言いたげだ。
「気になってたんだよ。いくら2位としての単独行動が危険とは言え、それをわざわざ君が関わることは無いよね、だから――――――え?」
それ以上は言えなかった。なぜなら――――――
「~~~~~~~ッ!!/////」
両手を頬に乗せ、口をつぐみ、目をうつむきがちに、顔を真っ赤にしていた。
「………。(ええええッ……!!何その乙女顔!?)」
これまでに見たことない顔だった。
「え……っとですね。その……覚悟はしてたんですが…いざその質問をしてきますと……うぅ~」
煮え切らない!?煮え切らないよ!?具体性も一切ないし。気になる!!
「え、っと。理由はあるんだよね。ちゃんと!」
戸惑いつつもハカセは訊いてみる。サンカはようやく本題に戻ったようで「は、はい」
と頭をかく。
「……少し、昔話をすることになるのですが、私は8年くらい前―――正確には破壊機械暴動事件の前日まで、ある暗い場所に居たんです」
「暗い場所?」
暗部のことだろうか?異種眼の”赤”は政府の深い所で管理され、統括されているらしい。
「はい。そこに近づく人間もいなければ、まして興味を持つ人もいなかった。」
「………。」
「しかしある少年が、来てくれたんです。その子は興味本位だったそうですが、当時の私がいたその暗い場所に探険目的で入って来たそうですよ。ふふふ。おかしいですよね」
「うん。大分、変わってるよね」
でも、そんな風にヅケヅケ入って行って、今の君のように誰かを幸せそうにしていたのなら、その子はきっと良いこだよね。
「その時にその少年はある約束したんです。その時の彼の笑顔が、すごくマモルさんに似ていて、それで………」
「守ってあげたい?」
「! はい!!」
それが言いたかったという顔をしている。なるほど、そう言うことかと一番の理由は分かった。
「一つ、聞いていい?」
「?」
ハカセは訊く。日中の日差しとともに吹き付ける撫でるような風が木々を揺らす中、サンカは「………え?」と目を見開いた。
★
「ふ~うぅ!!ふぁあぁ~よく寝た、よく寝た」
大きく伸びをしたマモルは、体を起こし、固まった背筋をほぐすために何度かひねる。
「あ、おきました?」
長机の隣にある丸椅子で声がした。見れば、長い髪の両サイドを桃色のリボンの形のゴム紐で結んだサンカがいた。
「お、おお。おはよう」
「ふふふ、あれ見てください」
前を指差す。見れば、コクコクと頷くようにうたた寝をしているサナエ、そしてその膝に置かれているのは、蒼く煌めく葉状の刀。盾にも使えそうなほど広い幅であり、刺突攻撃も問題なさそうな鋭い先端をしていた。ハカセの作った鉄片と同じ採寸。少しハカセの作ったものより分厚い気がするが、それもそういう素材だったからだと察する。
「8時間。一度も休まず叩き続けていたそうですよ!」
「それで、眠ってるのか」
よっこいしょっと。ゆらゆらと立ち上がり、剣に近寄る。ライトに照らされ、煌めくその刃先。優しく撫でると、素人目にもそれが温かみがあるものだと分かる。守りたいのだ、その意思がはっきりと分かる。
「………ありがとう。」
つい口からこぼれた。そんな言葉。歩をさらに進め、目の前にいるのは眠っているサナエ。
「頑張ってくれたな。ホント、ありがとう」
手を伸ばし、撫でる。さらさらしているその髪は、まるでそれがレールのように下へと動く。長くなったが、相変わらずの綺麗な髪だな。マモルは幼馴染の変わらない感触を確認した。
「ハカセ、”銘”は?」
背後に控えるハカセに訊く。
「うん。聞きたいだろうと思って聞いておいた」
それは―――――
「《蒼の大剣》ひねりはないけど、それでも君にはふさわしいものだと思っているよ」
………そうだな。
「こいつは頑張ってくれた。次は俺だ。」
この頼れる仕事人の幼馴染が住む家、その隣に佇む広大な森の攻略者が、この日三人生まれたことになった。




