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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
26/48

【蒼の大剣《ブルーソード》】2

――――――音が聞こえる。

 堅い何かが板の様な平らな場所に打ち付けられるコン!という音。

「次は、君の番だよ」

声がした。高い声。しかしそれが幼すぎるからか、男子の声かも女子の声かもわからない。

 姿も見えない、一面真っ黒。それがなんでかを考える。

(あ、目をあければいいんだ)

ゆっくりと開いていく。そこは真っ白な部屋だった。おそらく四角いのだろうが角と面の区別がまるで分らないただ白いだけの部屋。

 一瞬、「白に呼ばれたのか?」とも思った。白城白夜なら、こんな部屋を持っていそうだったから。しかしそれも違うのだと"わかっている"。

「? どうしたの?」

俺が部屋のことを疑問に思っているのに対して、向かい合う形で存在する”この人”は、この空間を全く意に介していないようだった。

「ここは、どこですか?」

声を出してみる。驚いたのはその声が普段から聞く自分の声ではなく、何歳か(さかのぼ)ったような幼い声だったことだ。

 はっとして、喉元をおさえた。そのまま、生身の感触を覚え、手を確認する。

 何故か生身の"手"にもどっている。それも幼い小さな手だった。俺がそうして状況に疑問ができたことで"この人"は俺が声や体格に違和感を持ったことを察する。

「悪いね、ここへ連れ来る際、私の一番君を想像しやすい形で呼んでしまったから、いくらか歳が違うんだよ」

多分君、今は8歳ってところかな。

 向かい合う人物は言う。確かに目線は普段の半分ほどだし、身体も軽い。軽さは筋肉が付いてない分かなどと考察する。この姿が”この人”の作ったものであることは分かったしかし、質問には答えられていないことにも気が付いた。

「それで、ここはどこです?」

再度質問を投げかけながら、頬を膨らませる俺に対して、”この人”は「あはは」と笑って見せる。

「どこだっていいじゃないか。大事なのは僕と君がこうして再び会えたことなんだからさ」

「?」

分かりやすく首を傾げる。どうやら、体格だけでなく気持ちも幼くなっているらしい、常に感情通りに動こうとする厄介な衝動があり、それに抗おうとすると気分が悪い。

 しかし、”この人”が言うことも最もな気がしたので、ここは何も言わないでおく。たしかにここがどこかなどどうでもいい。

「あなたは、俺の8年前を知ってるんですね」

「うん。俺はいつも君を思っているよ」

「…………。」

先ほどから、ちょいちょい気になっていたことがあった。

「一人称は、安定させてくれませんか?俺も男か女か図りたいので」

キャラ付けのために言っているのか、先ほどから私→僕→俺と一人称が変わっている。

「ズバリ言うんだね、でも吾輩は変えられんよ。その理由も、いつかわかるだろうさ」

「ふーん」

こちらから何かを要求することは無理らしい。と判断した。いい加減、目の前のこの事象を片付けよう。

 現在、俺と“この人”の間にはチェス盤があった。黒と白に分かれているがガラス細工のように半透明。思考駆動で上昇、移動を行う機械仕掛け。そして黒い駒が俺の方、つまりは後攻だった。そして白の駒陣地では"pの7にあったポーン"がマス2つ分動かされている。つまりは始まったばかり。そして俺の番だ。駒を挟んで向こう側にいる”この人”は身長は今の俺より10センチほど高め、しかし、白衣と細い赤リボンのついた学生服の上、正確には口元から上はなぜか霧がかかったように見ることができない。

 視線を少しあげたことで察したのか、"この人"もバラバラの一人称でいう。

「ごめんね。御主と我はまだ再開を許されてはおらぬ故、まだ顔を見せられないのじゃ。」

「はあ、というかどんどん口調が変わりますね」

まあ、いいですけど。

「やりますか。《10チェス》」

俺が最初に動かしたのは―――――俺からみて右にある盤の裏に“5”と書かれた駒の一番左のポーン。それを指で指しただけで後は全自動で動いていく。

 《10チェス》。マモルの目の前にあったチェス盤を"1"として四カ所の角に二つずつ、上空に一つ。それを駆使する。駒の動きは通常のチェスと変わらないが、どの盤のどの駒をどういうタイミングで動かしてもよい、そして、"1"から"2"へと地続きななった世界のように移動させることが可能。ただそれだけのものだった。

 数時間、そうしていたと思う。どうやらこの体は、体力も幼い頃に戻るらしい。しかし俺自身の体感記憶として体力のない俺を知らないので、この疲労は違和感しかない。生身体に体力は半分以下、それが数時間も頭を使えば、当然気だるくなる。

「眠い」

「大丈夫?少し休憩する?」

「ううん」

自然と否定が出た。

 楽しかった。頭を使っている、それも”この人”は相当の手練れだ。これほどまで苦戦する攻防は8年過ごしてきて一度もなかった。やっているうちに暗黙のルールとなった考えてから動かすまでのタイムラグ1秒以内を、両者とも一度も破らない。小気味の良いコンコンというリズムが時を刻むように空間に響く。

「余はうれしいぞ、やはり御主は他とは違う。御主の今いるあそこは元政府の実験施設でな、当然、余の息がかかっていたのだよ。警備網であるネット環境が大分変わって数は入れなくなったが、それでもやっぱり私は、もう一度君とこうして遊びたかったんだ」

懐かしむように、言葉をつむぐ“この人”。間違いない、俺はこの人を知っているし、そして。

「ありがとう。それからごめんね。俺は君のことを思い出せない」

でも、それでも。

「これは、楽しい。だから、もっと早くいこうよ!」

「!!」

嬉しそうに口角を上げた”この人”。

「いいよ。すべては君の思う通りに」

思考が、加速する。思えばここは電脳世界。イメージでなんだって出来る。

 駒が尾を引くように残像を残して移動する、それも一度にいくつもの駒が。もはや駒の動く音など、雨を思わせる喧騒さになっていた。

 そして、ピタリとその音は――――――止んだ。

 二人の間にある盤上では、白がチェックメイトだった。

「あーあ、負けちゃったね。“こっち”は一番意識してたのに」

周りの9個の盤上は――――――――――全て黒がチェックメイトしていた。

「初めて、一勝した。このゲーム"でも"君は、私に勝ち続けてたんだよ。」

「拍子抜け?」

つまり初めてこのゲームで一勝されたらしい、最近はほぼやらないとはいえ、思考が鈍ったのかもしれない。

「いやいや、そんなわけないさ。この八年間、僕はいろいろと取り込んだからね、それなりに強くなっていた。それでも、僕は君が大好きだよ。またやろうね」

座った体勢から、倒れるように背後に飛ぶ”この人”は、すぐに足から消えるように透明になっていく。その足にはソックスを履き、白いスカートをはいていた。

「じゃあね。素敵な夢を、ありがとう、私の愛した人。」

          ★

――――――――――目を開けた。

 窓から僅かに差しこむ光を元に、部屋は一面紺色に近い青に満たされていた。日が昇っているのかも怪しい。マモルは体を左側に傾けていた。

「今は…何時だ…?」

仮想画面の右上を注視する。時刻は2時5分。ベッドに入ったのが10時35分を回った辺り。かれこれ3時間半は寝れているわけだ。しかし、それでも起きる時間にしては早すぎる。

(もう一度寝るか…)

再び目を閉じようとする。

「…すぅ…」

が、寝付けない。身体の疲れはないが頭は重い。それでも目は冴えている。先ほど見た夢のせいかもしれない。

(あれ?どんな夢見てたっけ?)

「…すぅ…」

(誕生日《仮》の前日か後日は8年前の夢をよく見てたんだがな、そうしてしばらくたった後も変わった夢を見るとは…いや、そもそも8年前の夢だったのか?)

身体の疲れこそないものの、実際に体を動かしたような、やけに現実感がある時間だった気がした。

「…すぅ…」

(それ以外は得に気になるような夢は見ないんだが―――――――)

「…すぅ…」

「…んで、さっきから俺の背後で寝息を立ててるのはだれだ?」

身体を反転。目の前にあったのは―――――少女の顔だった。

 肩を上下させ、心地よさそうに寝息を立てる少女。両手を重ねるように顔の前に持ってきており、左側を向いて寝ているため、マモルと目が合う構図になる。

「さ、早苗………!?」

なんでいる?

「おーい、おーい」

ぺチぺチと義手で頬を数回たたく。といっても軽く触れる程度。

 そのうちに「ムニ?」といってサナエは薄く目を開けた。目の前にあるのは男性の、それも一番近しく一番尊敬している男性の顔だ。驚かないわけがなかった。

「!な、なんで…マモ君が、ここに?」

間をおいて、のんびりという。

「もしかして………」

目をかきながら。結論を出す。

「……夜這いィ?」

「なわけあるか!ここは俺の部屋だよ。お前が入って来たんだぞ?」

「へ……えぇ?」

ゆっくり体を起こし、辺りを見渡す。カブトとイクエが普段から使ってない部屋であるここはその他とあまり違いはないが、それでも壁にはマモルのゴーグルがかかっている。それが目印だった。

「あ、ホントだ。私の道具……ない、ね…。」

「お前、なんで入って来たんだ?」

「え……っと、日付が変わる少し前、に…お手洗い行ったの。でね、場所がわからなかったから…うろうろしてたら…イクちゃんにあったの」

「あ、もう分かったわ」

犯人は明らかだった。

 風呂の一見以来、マモルはイクエを警戒していた。味方であることははっきりしていたが、問題は性格だ。こういうことをしそうだなとは思っていたが、まさか本当にやるとは。

「はぁ……やられた……。」

「?」

サナエは小首を傾げている。頭を抱えるマモルに不思議に思ったが、すぐに笑顔がこぼれた。

「でも、あったかい…ね…」

「え、あ、? どゆこと?」

「マモ君と一緒に……寝れること。一昨年まではたまに家に来て一緒に寝てたのにね、仕事が忙しくなったからかな、来てくれる回数も減ったしね。」

「ああ……わり、お前のことは時々メールで確認するくらいだったしな。」

「? メール?」

「あ」

しまった。とそんな顔をするマモル。

「私からメールしたこと……あったけど、君から…はメール、普段は……くれて無かったよ……ね?」

「………。」

「ま・も・く・ん?」

諦めるしかなさそうだ……。

「村の村長に頼んで、お前のこと見守ってもらってたんだよ。変な奴に襲われてないかな、ってさ」

それが、サナエの住む村でマモル達が支援活動を行う際の割引条件の一つだった。それも7割引きにするほどの。

「!」

目を見開き。

「~~~~ッ!!」

毛布を頭から被り、枕に顔を押し付けたサナエ。声にならない声が部屋を包む。ついでに言えば、被った毛布はマモルからぶんどったものだ。

「お、おい?大丈夫か?確かにドン引きなこと言ったがそこまで引かないで……」

目を合わせないことに、「何この人、目を合わせられないほど気持ちの悪いこと言ってるんですけど」と思われていると勘違いしたマモル。気分がブルーになるが。

「マモ君!」

抱き着き。「どわあ!」と声を上げるマモルを覆うようにサナエはベッドに引き込んだ。どういうわけかサイズが合っていないサナエの薄い服。激しい動きでずれたために、両房が直接顔に押し付けられる。

「お、おい!」

なにやってんだ!?さすがにまずいだろう!?

「えへへッ。もう少し、こうしていよ?」

余計に抱き着きがきつくなる。それもはだけていることに気が付いていない。

 な、なんで?そこまで怒らせることだった?確かにストーカー紛いの行いだったけど!?

「むぐぐッ!(早苗!)ムググイガガ(きついんだが!)」

「マモ君、あったかい、もっと、ちょうだい……」

(寝てるッ!?)

目を閉じてしまった彼女は、完全に意識がない。

 何とか引き剥がそうと義手義足をばたつかせるが、なかなかはがれない。

 そんな時だった。

「マモルさーん、イクエさんが起こしにいけと仰ってたので、来ました―――――よ?」

間が空く。耳鳴りがしそうなほど痛い静けさだ。扉の前で口を開けているサナエ。サナエの胸に押し付けられているマモル。状況は明確だった。

「確かに、サナエちゃんが部屋にいなかったけど、イクエさんも何やらニヤついたましたけど!」

「………。(じゃあ、大方の予想が付くんじゃないですかね!?)」

犯人が誰か、これが高度に計算された悪戯であることを!?

「それでも、朝から淫らな行為にふけるのはどうかと思います!人口の増加は喜ばしいですけども!?」

「なんの話をしてるっけ!?」

「にへへ……マモく…ぅ…ん…」

「とにかく、離れてくださーーーい!」

          ★

「だっはっはっはっは!!いやぁ、目覚めの大笑いだな」

なんだその紅葉!うける!!指を差しながら腹を抱えるイクエ。明らかに楽しそうだった。傍ではカブトも顔を伏せていながらも肩を震わせて笑っている。

 時刻は3時。夏場であり日の出も早いためか、白んでいる空が明るくなっていく。

「んで、なんでこんな時間に起こしたんだ?見たとこまだ寝ていても良い気がしてるんだが?」

「いやいや、お前らは。『蒼皇帝鉄(そうこうていてつ)』を狙ってたんだろ?じゃ、このタイミングで狙わなきゃダメだ。」

「?狙う?」

意味が分からなかった。が、「ほら見ろ。」とカブトが指を差す。

 到着時に見た鉄の培養池、カブトが差したのはその中央にある小さな陸地だった。そこでは体長5メートルを超える魚が”歩いていた”。

「! あれって!!」

「流石に知ってるか、アレはこの森を牛耳ってた生物の一匹、《鉄砕魚(メタルフィッシュ)》」

その名前をマモルは知っていたが、実際に見たとこはなかった。それもそのはず。

「あいつは生育条件がかなりあったからな厳しかったからな。実際に動いてるのは初めて見た。」

ゴーグルの録画機能を使い、記録していく。

 巨大な体を動かしているのは鋼のように硬い胸鰭(むなびれ)、それが四足歩行のように動く。体全体が青色をしているのは、ここの池が『蒼皇帝鉄(そうこうていてつ)』を作るためのものだからだ、その成分をメタルフィッシュが独自に解析、適用させ、自らの体の一部とすることができる”環境解析適合機能”を体機能として仕込んでいるため体全体が非常に固い。そして、遺伝子改造を施されているため、陸地でも平然と歩ける。しかしそんな特徴を差し置いて目立つのが、首の溝である。

「あれが、縮んでいる状態か。」

そう。あの魚の頭部は今、縮んでいた。数ミリずつ小さい仕様の筒状の首が折り畳み傘の柄よろしく縮んでいるのだ。

「見ろ、本格的に狩りを始めた。」

「「「!」」」

五人が凝視する。陸の上で反りかえるように身体を上へと向けている魚。大きく口を開けると、機械音とともに細長い棒状の器官が現れた。

「あれが狩りのための器官……」

「ああ、あそこから音波を流し、近くにいる知能の低い動物はそれに惑わされ現れる」

丁度、あんな風にな。

 池の右を指差すカブト。草をかき分けて顔を出したのは一匹の兎だ。

 一度地面を警戒するように鼻を突けた兎、その後は空中を警戒してか顔を上げた。が、そんなことを魚は気にしない。

 弾丸のような初速で兎へ真っすぐに首を伸ばすと、大きく口を開ける。

「「「!」」」

喰らった。一口で足以外の全てを飲み込み、食道へ送った。

「一瞬、だったな」

「あぁ、あんな風に丸々一匹食べたら、一週間くらいは池の底で眠りに付く。その時がここの鉄を採る好機だ。」

「なるほどな」

それでこの時間に起こしたのか。確かに安全の証明にはもってこいだが―――そのために朝から厳しい自然を見せられるとは……あまりいい気分ではないな。

「んじゃ、もう安全なんだな?―――――ん?」

食われた兎に続いて、ひょこひょこと3匹の子兎が現れる。もういなくなった親兎の残された足に近寄り、すり寄る。

「子供がいた……のか」

「自然界なんて、そんなもんだろ」

淡々とカブトが言うが、それに言い返す人物は一人もいない。子兎は一向に離れようとしない。まるで恋しがっているように。

 しかし、そうして悲しみに浸る時間を与えてくれないのは、いささか厳しい気もする。子兎の背後からさらに顔を出したのは、大きな獅子(ライオン)だった。(たてがみ)と流れるような金の毛、牙と爪、どこをとっても今まで獅子と見た目が同じだ。

「!お、金獅子(キングレオ)も出て来たか。これは意外だ。」

「こんな対面は今までなかったのか?」

「あぁ、あたい達が『白』との闘いで勝ち取ってからここに赴任して3年だけど、こんなこと一回もなかったな」

つまり、縄張り意識の激しい鉄砕魚と金獅子の対面は見るのが初めてか。戦いになれば勝敗がわからない。

「―――――しかし……」

両者ともがお互いの存在に気付き咆哮を上げるが、間に挟まれた子兎たちは怯えるだけで何もできずにいる。逃げることも、自らを守ることもできそうにない。

「気に入らねーな」

「え?」

サンカが疑問の声を上げる。しかし、その疑問を投げかけられた本人は、とうに走り出していた。

          ★

 鉄砕魚(メタルフィッシュ)は再び首を伸ばし、金獅子(キングレオ)は口を開けたながら集束粒子砲(レーザーバズーカ)の放射を開始しようとする。やがて両者は接触する。魚が食らうか、獅子の攻撃があたるか、速いほうが勝者になる、直後だ。

―――――突風。

 獣二匹の間を割るように入って来たマモル。弾丸と同等の速さを誇る鉄砕魚の口を鷲掴み、金獅子の顎を閉じる。魚の速度は封じられ、獅子の粒子砲も解除される。

「…………あんまりさ、自然の理に手を出すのは、人間としてよくないけどさ」でも。「ガキどもの前で、あんまり意味ねー真似すんなよ」

 クイーンの口を掴んでいる左手をひねる。長い首を伝ってねじる力は胴へと伝わり、反転する。

「ど、っしゃらーーああ」

 義手を振り、キングを上空へと飛ばしていった。

「………。」

脅威となる獣たちが去った(一匹は気絶)今、残された子兎たちは今度はマモルにすり寄って来た。恐怖の対象を払ってくれた存在に敬意を表してくれている。その3匹を優しく平等に撫でると、微笑みかけつつ残された親兎の足を持ちあげる。

「じゃ、埋めてやろうな。」

          ★

「それじゃ、クイーンものびてることだし、さっさと鉄を採取して、とっとと戦ってくれ!」

カブトが腰に手を当てながら、ハキハキという。

「じゃ、私、行ってくる……ね」

なぜか施設(ラボ)にあった四肢と首回り以外は濡れてもいい伸縮性の素材でできた水着を纏ったサナエは、準備体操をしている。あれは、ひょっとしてイクエが泳ぐ用か?と質問を投げかけると、おう!とカブトが景気よく答えたという会話もあった。

「てか、ほんとに大丈夫か?危険はないか?俺が行くか?溺れたりしないか?心配だぞ?」

「もう、流石に…大丈夫だ、よ。イクちゃんも……あの魚以外、危ない魚はこの池に居ないって、言ってたし、ね」

それにマモ君、その四肢だと泳いでもすぐ濡れちゃうでしょ。

 確かにそうだった。コーティングをしたにしても、泳ぐような激しい動きはしないほうがよかった。

「私じゃダメなんですか?」

「剣造りに…適した素材……とか、わからない……でしょ?」

「確かに……」

まあ、それは俺にもわからんな。大きいのをとってくればいいと思いがちだ。

「そんなわけで、私が……行く…しかない、よ?」

「「確かに……」」

「じゃ、行ってき……ます」

          ★

「なあ、マモル」

サナエが何度か池から顔を出し、息継ぎをしながら適当な鉄を探している間、心配そうなマモルの背後からカブトが話しかけてきた。

「なんだ?」

「昨日の夜にも言ったことだが……」

「昨日?」

何言ったっけ?………あ、あのことか。

「やっぱりその言葉は変わらないんだが、もう一つ。」

隣にいる、イクエに目線を移す。

「あたいからもお願いだ。あいつに、紅炎に勝ってくれ。」

「………。(お前もか。)わからないんだが、俺が勝つと、お前らの団長の願いを聞き届けないことになるんだぞ?それでもいいのか?」

「ああ、多分あいつの願いには心当たりがあるし、それを達成するには”猶予もない”、はずだ。」

「? 猶予?」

「それでも、あたいたちはあいつの縛られない生き方が好きだった。多分、望みを叶えたとしても、あいつはその通りに生き方に戻れるだろうさ。」

「じゃあ」

負かす意味、なくね?

「でも、お前が勝ったうえで、あいつの生き方を”変えてくれる”ならそれの方がもっといいんだよ。」

「は?はあ?」

マモルが首を傾げた直後、「ぷっはー!」というサナエの息継ぎが響く。今度は潜ろうとはせずに、首だけを水面にあげたまま、平泳ぎでこちらに向かって来てた。

「お、見つけたな」

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