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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
25/48

【蒼の大剣《ブルーソード》】1

「うわあ!」

掃除も終わり綺麗になった展示室の一角。感嘆の声を漏らすのはケンマだった。

「?何を見てるんだい?」

作業もほぼ片付いたとはいえ、作業が途切れているケンマ。気になったハカセがつい口を挟んでしまう。手だけを虚空をかくように動かしているため、すぐにケンマが何をしているのかが察しがついた。ケンマは固有ネットに接続して仮想空間で何らかの情報を見ていた。

「あ、ハカセさんたち2位の功績を見てたんッスよ」

「? 僕らの?でもあんまりおもしろくないでしょ?」

ハカセは技術士。ケンマは手伝い兼見習いだが鍛冶師だ。職業の違い=知識の違いだ。あまり他の職の情報を知ったところで面白味が有るとは思えなかった。しかし、ケンマは首をふる。

「いいえ!いいえ!とっても面白いですよ。特にココ!」

固有ネットからこの家の共通ネットにデータを入れたためハカセも閲覧ができるようになる。赤い線の丸で囲われているのは”討伐依頼数及び捕獲依頼数の一覧”と書かれた箇所だ。その中でマモルの記録、いわゆる偉業を確認しているところだった。

「S級カガク生物捕獲が4件。同じくS級の機械破壊が5件、AAA(トリプルエー)級機械の破壊が12件。AAA(トリプルエー)級生物の捕獲に関しては年間500件。素人目から見てもこれがすごいことだってのはわかりますよ!」

「?? そうかい?そこまでたいしたことだという自覚はなi――「すごいなんてもんじゃないですよ!?」

割り込むようにカイトが横から会話に参加する。

「トリプルエーにしてもエス級にしても、軍が中隊規模でも一週間以上かける危険度の依頼。それをたった二人で、しかもどの依頼も最短日数で終わらせています!これは快挙なんです!その辺をお二人は全く自覚していない!!」

カイトが詰め寄る。同じカガクシャとして、どれだけハカセたちがずば抜けた存在なのかを知ってほしい様子だ。

「べつに、自覚がないわけじゃないよ。でも、あんまりすごいことだって感じしないんだよね、僕もマモルンも」

「「ほ~~う?」」

あ、これは「なに自慢してんだよ」と言いたげだな。それほど目が細くなっていた。

「え…っとね?例えばマモルンからしたらね一目見ればその機械や生物の設計図がわかるし、投影も完璧にできるんだよ。構造がつかめれば、どこをどう壊せばどういう動きができるか、とかがわかるわけね」

「「ほ~~う?」」

未だ晴れない、息子自慢に対する馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな視線だ。

「これはね、マモルンが仕事を重ねるうえで身に着けた特技であってね、彼からしたら『自分のできることをやってるだけ』なんですよ。つまり、すごいことをしてる自覚ないわけ」

もちろん、僕もね。そんな風に言葉を終わらせる。

「……。」「……。」

あ、納得してないですねさすがに。

「え……っと?」

分かってくれてないことは分かったから、仕事に戻らない?そういいたかった時だ。

「「……つまり、息子自慢かよ」」

結論は変わらなかった。ため息を一つ吐くと、黙々と作業を始めた。

          ★

 第五カガク生成鉱石研究所。それが火桑兜(ひくわかぶと)赤城育江(あかぎいくえ)の暮らしている建物の元々の名前。彼らはそこの研究員だった―――わけではない。

 彼らは自身が名乗ったように赤の領地の局地戦闘員だ。そんな研究者でもない彼らがここにいるのは”戦争(ゲーム)”での功績で得たのだった。サナエの自宅と近くにある村は白の領地であるが、その施設と二人の住む”拒絶の森”の周辺は赤のものだった。自動扉(ゲート)を開け、中に入る四人。マモル、サンカ、サナエの三人は入ったと同時に天井やら周囲やらを見渡す。

 一面(いちめん)白いタイル面だが、階段が円筒の側面に沿って螺旋状に備わっている。階段の等間隔に扉があり、その数は20を超える。一階の中心には本来受付としてあっただろう長机。その奥にはガスコンロなどの料理設備がある。

「ここはあたいらが生活しやすいようにガスとか水道とかを無理やり引いて改築してるんだよ。」

「へえ~綺麗にできてんじゃん。」

「ほんと、住みやすそうですね。」

「うん……落ち着け…そう。」

見たところ部屋の数は問題無さそうだ。そして、気温や明るさも生活に支障は全くない。

「じゃ、お前ら―――――」

イクエはいう。

「風呂入ってこい」

マモルは全身服含めてボロボロ、女性二人も、森の土を浴びていた。三人ともすっきりしたかったし、イクエの性格上その格好で施設内をうろついて欲しくなかったのも理由だった。

 そしてイクエの言葉を聞き、「じゃあ、先入ってこいよ」そう言おうとマモルが口を開けた時にはすでに、マモルの腕の義肢はサナエに掴まれていた。

「は?」

出会った頃より数段大きくなった胸部をもつ幼馴染はその魅力を存分に押し付け、そして昔と変わらない笑顔を一つ作る。

          ★

「わあ!見て!見て!星が光ってるよ!」

囲いのような石に片手をついて、空いている手を夜空に掲げるサナエ。

「おい。ちょっと待て……!見える!見える!別のところが見える!」

真っ白な湯船が張られた露天風呂の浴槽の一角に背を向けて丸くなっているマモル。その動揺を全く気にせずに対角線上では湯船から上半身を出し天体観測を続けるサナエ。その二人の距離のちょうど中間で、ある意味では二人とは真逆。一番落ち着いて湯を楽しんでいるサンカは頬に伝った汗をぬぐう。

「ふう。気持ちがいいですね…!」

「気持ちがいいですね。じゃない!?」

マモルが声を荒げる。彼はいま、義肢に防水加工を施して風呂に入っている。それに関しては問題ない。二人とも疑問に思わないほど周知の事柄だった。が、マモルにとってはこの状況に突っ込みがないというのはおかしな話だった。

「大体、なんでお前ら平然と男と入ってるんだ!?」

「へ?だって、マモ君と……ぉ風呂入るの……久しぶりなんだもん。嬉しくて!」

「マモルさん!?遠い昔という意味ですか!?そうですよね!?」

「あ、当たり前だろ!?」

何を言ってるんだ!?最近になって一緒に入るわけないだろ!?

「今から……七年前、だよ。マモ君と会ったのは、その時にはお互いのことがわかってなかったの。だから……その……」

「一緒に入ったと?」

裸の付き合いにもほどがないですか!?サンカが茫然としている。そのうち宙を浮いていた目線はマモルのほうに向かった。明らかに睨んでいる。

「いやいやいや。サナエの説明が足りない。あれはお互いの勘違いが生んだ悲劇だ。」

「悲劇、じゃ、ないよ?」

「いや、俺ビンタされたし」

「………………。(二人の世界に入られて、ちょっと不機嫌です。)」

二人が見たとき、サンカが露骨に頬を膨らませていた。二人は目を合わせると、あはは、と呆れ笑いを浮かべながら、補足説明をした。

「あの時は、サナエが仕事モードで且”僕”って言う一人称だったから、多少髪が長くても男なのかなって思ってたりな。」

「私は……確か、そう。マモ君も髪が今よりずっと長くて、それで……”僕”だったから……私みたいな女の子なのかな、って。」

「……………それで、いざ入ってみてようやく二人が男女だとわかった、と?」

「「うん」」

察しが早くて助かる。

         ★

 溜息。

「まあ、いいです。それについては理解しました。」

「というか、最近じゃあお前とも入ったよな、サンカ?」

「え?そう…なの?」

「ああ、……っと、もう俺はのぼせそうだしそろそろ出るよ」

立ち上がり、大きな浴槽を出る。全面石を模したタイル張りの床を水音を立てて歩く。あとは扉を開けて脱衣所に戻るだけといったところで――――扉は勝手にあいた。

「え?」

この建物の設備は基本自動だ。階段も部屋から部屋へ移動する際には動く床とエレベーターだし、各部屋の扉も自動だ。それどころか、本来建物のデザインであるタイル張りの設備の隙間と隙間はレールにもなっており、備え付けの家具や人も入るような大きな試験管等の実験道具、部屋の配置までもが軽々移動できる仕様だ。そのため今彼らが暮らしてる形にキッチンの道具や家具を移動するのはさほど手間ではなかったと聞いた一行。が、それでも動かない施設はある。この場合の《動かない》とは自動でできない部分のことだ。

 すなわち、浴槽の扉は手動式だ。そのためマモルが開けないとすれば、ほかに開けた人物がいる。

「なんだ?男のくせにもう出るのか?こらえ性のない奴だな!」

というか、イクエだった。

「な!?」

当たり前だ。この森で生きているのは浴槽にいた三人を除けば、彼らが来る前から生活している二人しかいない。

 もっとも、ただイクエが顔を出しただけなら問題はなかった。さらに言えば浴槽に入ってきたとしても今のサンカ、サナエのようにタオルで隠すなりすればさほど問題はなかった―――――が。

「なんだなんだ?顔が赤くなってきたぞ?もしかして、欲情か?」

「な、なんでタオルを巻かない!?」

「? なんで巻かなきゃならん?浴槽でタオルはマナー違反だろ、今も昔も」

「……この際、俺が男として見られてないのはいいとして。それでもその恰好は……」

「?」と未だに疑問符を浮かべる少女。しかし、マモルの背中越しに見ていた二人の少女も口を大きく開けて驚愕するほど、イクエの姿勢は堂々たるものだった。

 仁王立ちにより前面は完璧露出(ノーガード)。したがって薄着の時にもわかっていた迫力のある両房がはっきりと晒される。引き締まった腰に手を当て、もう片方の義手で持ったタオルを肩に担ぎ、まったく隠そうとしない。もちろん浴槽の湯気は立ち込めているが少女の体を隠すには満たなすぎた。したがって上から下から見られ放題だった。髪は三つ編みをほどいていた、ふんわりとカールした髪により印象が大分違って見える。見た目だけで見れば、どこかの貴族のお嬢様であると言われても素直に受け入れられるほどだ。

「ま、マモルさん!?いけません!!」

――――グリッ!?

 そんな鈍い音が確かに聞こえるほどマモル首はひねられた。90度以上は確実に動いていた。マモルには刺激が強すぎると即座に”建前”を心に宿し、サンカが猛スピードでマモルに近づいたのだ。

「お?なんだなんだ?お前ら浴槽にタオル浸けちまってるのか!?ただでさえ真っ白な風呂なんだぞ!?せっかくの混浴状態なんだぞ!?需要に応えないでどうする!?」

「どんな需要ですか!?というか誰への!?」

「というか…イクちゃん…だれよりも、一番熱く…語ってる……。」

二人とも、せっかくやらしい躰してるんだから、脱げ脱げ~!

 それはまるで風のようだった。一瞬も無駄がない動きでまず近くにいたサンカが、そして浴槽へと移動してサナエが脱がされた。湿気と石のタイルをなんでそんなに全力疾走できるのだろう?そう鍛えたのだろうか?などという疑問をぶつける余裕もなく二人のタオルはイクエに握られる。

 一瞬の出来事で対応が遅れる二人。マモルはイクエを追うように振り返り

そして眼前にあったのは淡い桃色をした先端が目立つ白い柔肌だった。見るからに揺れ動く白い両房。決して強調しすぎないそれは”程よい”が体現されていた。さらに視線の先には、一仕事終えて再び肩にタオルを担ぐイクエと、成長を感じさせる魅力的な体になった幼馴染の姿があった。

「「……へ!?」」

視線をそこから少し上にあげれば、たちまち頬及び耳が真っ赤に染まっていくサンカの顔がある。

「き、き――――」

耳を(つんざ)くようなすさまじい絶叫―――――と、同時にサンカはマモルの両肩を持ち、腰をひねり、飛ばした。

「うわあああああ!!!「キャンッ!?」

キャン……?

 手を障害物の前に持っていく。サンカの倍ほどあるふくらみ。ムニュムニュと音が聞こえそうなほど手が飲み込まれていく感覚。はっきり言って、たまらない。

「え…………っと?」

 再び視線を上に。小さいがぱっちりと開いた眼は赤くなることはない。頬が上がっているのは歓迎の証だ。

「いらっしゃい。……マモ君。」

ぎゅううう!!

 力いっぱい抱きしめる。手だけではなく、顔も埋もれる。

「マモ君、あったかい?」

「フググッ!?ムグググ!?」

当然、温かくないはずがない。体を包み込むぬくもりは、いつまでもそうしていたくなる。

「マモルさん!?」

叫ぶサンカの声には、マモルの邪な気持ちを許さないという意思を感じられた。手を肩に届けると言う。

「! さ、サナエ。受け止めてくれたのは助かった!でももういいからな!」

「うん。……でも―――――」

もう少し、このままで。

 しばらく、二人の時間が流れる。湯気に乗せて桃色の空間が流れる。

「お?なんだ?そっちの女は攻略済みか?」

「コウ…リャク?」

「! へへへ、変なことを言うなっ!?」

「なんだぁその動揺はぁ?怪しいな!?」

「あ、怪しくない!」

ま、そういうことにしとくか。しばらくペタペタと歩き、イクエはシャワーの蛇口をひねる。

 いきなり平然と風呂を楽しみ始めたイクエと入れ替わるように、サンカが声を張る。

「いつまで、そうして抱き合ってるんですか……!!」

「!! い、いや。別に抱き合ってるわけじゃなくてだな「おい!!」―――え?」

声の主はイクエだ。髪を濡らしながら、体のすぐ横を指でちょんちょんと指している。ここに来いということだろうが、なぜかはわからない。

「?どういうことだ?」

「背中流してやんよ。そっちの黒髪処女も手伝え」

「背中!?」

「しょっ!?……今のは少女の言い間違いだと思いたいのですが?」

「お?なんだぁ?経験あるのか?イクエが戯れるように聞いてくる。」

「…………ありませんよ!!」

マモルが黙っている間も、「ほ~ら。さっさと来い」とイクエが急かし、「マモルさん。この際背中を洗うのは一度も二度同じことです。」とサンカも吹っ切れていた。

「……………。(これは…言う通りしないと終わらないな)」

          ★

「…ハア。なんだろ………」

心身ともに癒されるはずの入浴時間だったのに、むしろもっと疲れた……。肩に重い何かを乗せられたように、背筋を曲げて歩くマモル。

 キッチンに来ると、すでに人が座っていた。

「ん?おう!混浴は楽しめたか?」

振り返るのは目鼻立ちのいい見た目。後ろ髪が流れるように長い人物がいた。染められている毛先から数センチは真っ赤だが、頭頂部は黒い。背中だけなら一瞬女性と間違えそうになるが、声は明らかに男のものだ。

「?お前……誰だ?」

「おお?わざと言ってるって感じじゃねーみたいだな」

足元にあった半球のものをつかみ、かぶる。

「兜だよ。」

 二本の角のような突起が前後についているヘルメット、そこから覗く目つきはクワガタ型ロボの上で会った彼のものだ。

「あ、お前か。つっても、その髪型…ヘルメットがあるとないとじゃ、大分印象が変わるな」

「わりーかよ、俺ら二人とも手先が器用じゃなくてな、髪切んのうまくねーんだよ」

「いい加減な……」

とここで髪型について、もう少し話をする。

「そう言えばお前もそうだが、イクエのほうはもっと驚いたぞ。」

それは先ほど驚いたことについてだが、あのときは本人には言葉にしなかったことだ。

「え?ああ…」

「なんかお嬢様っぽいというか………ま、性格は変わってねーからあんま別人って思わなかったけど。」

「ああ…それな、その辺はあいつ気にしてるからあんまし話さないでやってくれ」

「気にしている?のか」

「ああ。そういう髪質のくせにおしゃれがわからんとか言ってさ。くだんねーだろ?でも、あいつにとっては悩んでることだ」

「そっか」

未だに大きな露天風呂に浸かっている三人はそうした類の話をしているのを出る直前に聴いたマモル。

 それを察してか、カブトがいう。

「そんな感じで、今日こうしてあの二人の女どもを連れてきてくれたのは、俺にとってもありがたかったよ」

「それは…………」

少し考え。

「よかったよ」と言葉にした。二人の裏、すなわち過去の一部であっても知ってしまっているため、こうした日常を素直に喜ぶと、彼女らの過去の顔に泥を塗ってしまうかもしれないと考えていた。が、それも考え過ぎだろうと思った。

 こうして泊めてもらい、改めて彼らは敵でないことを再確認する。が、そんな風に彼らの日常を知れば知るほど、これから彼らの領主に対し行うことを悪いと思えるほど、彼らのことを好きになっていた。

「あのさ……やっぱり―――――」

やっぱり戦うのを止めてさせてもらえないか?そう聞こうとした時だ。

「さあて、と。あいつらが出たら俺も入るかねえ。この設備で唯一満足できる風呂を堪能しますかね~」

マモルの言葉を遮り、カブトが行ってしまう。そうして扉の所で、「あのさ」と念を押すように続ける。振り返ることなく。

「勝ってくれないか、あいつとの勝負。」

          ★

「…………。」

テーブルの一席で、冷蔵庫に入っていた缶ジュースを義手にもち。無言で座っているマモル。

(勝ってくれって、それだと”あいつの望み”がかなわないってことだろ?それでもいいのか、部下として………いや、家族なのかな、関係的には)

「マモルさん?」

うつむいているマモルを確信して、気にした様子でサンカが声をかけた。

「お、ようサンカ。って、ちゃんと拭いてこいよ?」

髪が濡れているが、それ以上に風呂場で使っていたのとは別の色のタオルで身を包んでいるだけだった。

「すみません。でも、私は風邪もひかないので濡れても大丈夫ですよ。長湯のおかげでいい感じに温まってますし。」

「そっか、んで?どうしたんだ?服を着るよりも先に来たい用だったんだろ?」

「はい。察しがいいですね。………それでは―――――

自分の親指をどこで持ってきていたのか、裁縫用の針で刺した。

「?」

「え……っと、私ってまだマモルさんに護衛のことを認めてもらってなかったので」

「認めて?…………あれ?許可してなかったっけ?」

「いいえ、口約束ならされました」

「じゃあ―――――「これ、”血の契約”、してくれませんか?」

 血を流した自身の親指と相手の親指を合わせる儀式。サンカはこれが主人と決めた相手にする決まりなのだと、そう説明した。

「ああ、でも……俺の指は……あ、そだ」

サンカ、針貸して。

 一瞬戸惑いながらも、サンカは手を前に出し、マモルに針を渡す。使い道がわからないようで疑問の晴れないサンカを尻目に置き、マモルは肩辺りに針の先を向ける。

「えい」

突き刺す。

「な!?」

疑問が増していくサンカ。マモルの方は「わからんのか?」と言いたげな顔でいるが、左肩の開いた穴からわずかに垂れ流される血。

「俺は指とかないからな。血の契約なら、血がないとだろ?」

一瞬。

「あ、そうですね」

と口元に手を当てて驚くサンカ。しかし、すぐに切り替えると疑問を投げかける。

「痛くは、ないんですか?」

「始めたサンカが言うか」

少しうれしいマモル。彼女の過去については何も知らないといって言いほど知らない。が、大体は察しがついていた。ハカセが暗部と言っていたことや狼や森での動き。彼女の自傷癖も含め、暗い所にいたことはわかる。しかしそれでも、彼を一瞬も義手持ちという身体的に”違い”があることについて気にしていない態度も、今も血を流すマモルを気遣う姿勢も、彼女の心の表れであることはわかる。

(本当に、優しい子なんだな…)

「それじゃあ契約、しましょうか。」

「おう」

 指が、近づく。

「早くしましょう。血を止めてるのは、ちょっと難しいですから」

「!!」

頭痛の後、声が脳内で反響する『――――――はやくしろ、――――を―めている―――簡単じゃない。』

 顔色をできるだけ変えずに、左の―――人間の脳を抑える。そうしていればだいぶ痛みは引く。サンカがからすれば頭が痒かったのかという印象しかないため、そのままマモルの肩に親指をおしつける。

「ま、これで契約は完了だな」

「はい!」

笑顔だ。その笑顔を見ることで、マモルも心に決めたことがある。

(うん。やっぱ、こいつが泣くのは嫌かな。絶対笑顔で居させ続けてやろう)

          ★

「じゃ、俺はもう寝るわ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい――――――ん?」

 サンカに呼び止められ、振り返る。直後にマモルの視界に映るのは、濡れた髪。香る匂いは、柔らかな甘い香り。サンカが顔を寄せていた。

「うそ……なんで穴が、塞がってるの?」

「え?」

肩の傷をなでる。傷の痛みどころかかさぶたすらない。

          ☆

「ふい~。気持ちいいよなあ」

「…なんでまだ入ってんだ?育江」

流石に長湯すぎやしないか?カブトは睨むように視線を送ると、イクエの艶やかな身体の首から上が見える。熱を持った水滴が顎を伝い、首元を流れていく。イクエは上を向いてるのだ。

「きれいな空だ、な?」

話を逸らしているでもなく。素直にそう思うらしい。

「…久しぶりに、家族の絆を感じたくでもなったか?」

そう結論づけ、カブトは容赦なく言う。残酷に踏み込んだ質問であるが、イクエは高笑いの後に言う。

「…そうだよ、わりーか」

俯きがちに、目の力を緩めるイクエ。対称に、カブトは目を見開いた。あまりにも素直に帰ってきたイクエの回答には、驚かずにはいられなかった。

「やっぱ、あいつらをここに招いたのは、失敗だったかなあ…」

心にもなくそんなことをいう。少女の言葉と表情が全く一致していなかった。

「そうだな。でも、決めてたんだろ?あいつらに、あいつを任せるって」

「…うん」

…いや、うんって。誰だこの乙女!?気持ちわりーな!?

「変わっちまったと思ってたけどな、俺もお前も、そんであいつも」

でも、こうして目の前にいる、いつだって家族のことを――団のことを第一に考えていた少女は、変わってなかった。あとは、あいつを変える――いや、あいつを戻すだけだ。

「いい加減風呂から出とけ、これからはあいつらにかんばってもらうんだろ?」

言われて、イクエは一つ深呼吸をする。目もゆっくり瞬きすると、大きく開いていう。

「おう!ったりめーよ」

だがお前も、それいい加減にしとけよ、どんだけ好きなんだって話しな。イクエは浴槽のすぐ近くにある風呂桶の中に入った兜を指さす。

「肌身離さず持ち過ぎだっての!」

露天風呂を照らす満点の星を浴びて、年季の入った兜が輝いていた。

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