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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
24/48

【拒絶の森→到着《レジェクト・フォレスト→ゴール》】

 鍛冶のための水を入れ替え、造剣に使う工具の整備し、事情を知らないカイトからしたらなぜあるのか不思議なアーム機械の細かな整備する。それらをてきぱきとこなす白衣の後ろ姿。

 残り二人は展示場で乾拭きをしながらこっそりとのぞき見しつつ、その手際の良さと丁寧な作業に見入ってしまう。すでに三人が出てから二時間ほどが経過している石創家。家の主がいないにも関わらず、店に来た人が喜んで帰ったり、逆に若干引き気味で帰るのは、初々しい二人の若者がどういう趣味かエプロンとフリルが特徴のメイド服を着た状態で働いているからだ。

「姉ちゃんの考えは、たまに分からなくなるッス、普段滅多にこんなの着ないのに買うんッスから……」

露骨なため息。それに同調しつつ、うんうんと首肯するもう一人の少年。

「まあなんであれきっと、兄や姉というのは下にとって最強なんでしょうね…」

「二人とも、あんまり休んでいないで手を動かしてね」

今日一番――――いや、カイトが彼と出会ってから見たうえで一番の笑顔で注意をする男性。

「ハカセ兄貴が…一番ボクらの服を喜んでますね」

「ええ…ホント、殴りたいくらいっす…」

おやおや、だんだんと二人の性格がわかってきたぞ??

「しかし、流石2位ですね。作業が効率的で、とても無駄がないです」

「流石2位って…。カイト君だって確か3位ですよね。姉さんがチェックしてた順位表で見ましたよ。それもそんな歳で」

よほどすごいじゃないッスか?ケンマが期待の目を向けて来る。

「いいえ。次からはポイントも見ることをお勧めします」

「え?」言われて。虚空をなぞるように指先を上下に動かすケンマ。彼の視界には半透明のモニターが表示されているが、カイトには見えない。

「あ、2位と3位でポイントが倍くらい違う」

2位瀬戸守と博田高士が28100pt。3位黄海織と黄海快人が16950pt。

「そう言うことです。一緒くたに2位と3位といっても、差は歴然としてあるんですよ」

点数に関しては詳しいルールがある。得点が多い依頼もあれば少ない依頼もあるが、少なくとも得点の多さ=依頼の数であることは確かだった。

「ほーう。……でも、そう見ると、皆さんのさらに上。1位の人はとんでもないッスね。一人だけど」

「そうですね。しかし、ボクやマモル兄貴たちもそうですが…」

それ以上は言わないカイト。察しろと言いたげだ。

「?」

「ハア…。」

諦め。

「上位ランカーは様々な経験を持ってるんですよ」

そこには八歳ながらに、成人を迎え働いている者がするような、社会の現実を――理不尽を知っているような目があった。

          ★

 太陽は一番高く昇っているが、その光は木々でほとんど遮られ僅かしか注いでいない。立ち並ぶ木々の感覚が広いとはいえ、その上で生い茂る新緑の葉が日光を遮っていた。

「んで、自分たちの団長のことを『紅炎』っていうのは、どういうことだ?お前らの習慣か?」

上下関係がないのが団の特徴とか?白とはちがった団長と団員との距離感を不思議がるマモル。クワガタ型の機械の側面に着いた汚れを拭きながらカブトは応える。

「いんや、そうじゃねーよ。呼び捨てにしてるのは俺と育江と…あとはボーガンくらいだな」

側近のあいつか。イクエというのは初めて聞く名前だった。

「オレらはボーガン以外、幼馴染なんだよ。歳も近いからな」

「そうなのか?」

「おう。俺らが18で、あいつが16。元は今みたいな団体じゃなかったんでな、2つだけ歳の離れた人間は当時俺らだけだったんだよ」

「へえ」

 マモルは納得した反応をする。今みたいな団体じゃないというのは、今よりも歳の差がある先輩が居たということだろうと察した時、クワガタから電子音が鳴り、後に声がする。

『こらあああ!カブトぉ!とっとと連絡せんかい!?さすがに未だに決着ついてないなんてことは無いだろがい!!』

女性の声。しかし、口調は荒い。

「っげ!育江かッ!?」

『カブト、声がするってことは勝ったのか!?殺してねーだろーなあ?』

「安心しろ、ちゃんと負けたよ。」

『はぁああ!?』

 カブトはその後、三人と出会ってからの戦闘の一部始終を伝えた。その間、マモルたちは一カ所に固まってカブトとの会話に耳を傾けていた。

「マモルさん」

サンカが心配そうな声を出す。

「なんだ……?(ち、近いな…)」

息が当たるほどの距離。サンカは気づかずに続ける。

「あの人いきなり襲撃したんですよ。縛っておかなくていいんですか?いざとなったら、私が――――」

刃を外側にして鋏を構える。殺気を放っていた。

「いいっていいって!……それにあいつ、そんな悪い奴じゃないよ。」

「どうして…言いきれる…の?」

「あいつさ、最初にサンカを攻撃しただろ?」

「ええ、危うく真っ二つでした」

「あれ。狙ってサンカに攻撃してたと思うんだよな」

異種眼(イレギュラーアイ)?」

サナエが呟くように訊く。

「正解」

親指を立て、嬉しそうに話す。

 カブトは、戦闘を始める前の会話で監視カメラで見ていたと言っていた。なら、サンカが木の攻撃で突き刺されても死ななかった場面を目撃したはずだ。

「んあ?」カブトが大きく反応する。三人からは電話の相手の声は聞こえない。「…わかったよ」カブトが何かを了承した。

「おい。マモル。え…っと、あー」煮え切らない。「……イクエが話したいってよ」

「え?…ああ、はいよ」

 特に用心もせず、マモルはカブトのクワガタ型機械に近づいた。

          ★

『おう。てめーがマモルか』

相変わらずの荒い口調だが、声はお淑やかに話せば違和感がなくなるようなそんな印象だ。

「そうだよ。んで、なんの用?」

『………。』しばらく無言。「?」マモルが首を傾げた直後だ。『試験3』

「は?」

『これから四時間後に試験3を行う。試験1の《貫きの森》。試験2の《地啼きの森》でのカブトとの戦闘を越えたお前には、これからあたいと次のエリアで戦闘を行ってもらう。というより、監視役であるあたい達は、意地でもお前らを止める必要がある』

「ふーん。わかった。でも、これからすぐに行ってくれた方が俺もたすかr――『馬鹿野郎!!』――え?」

『カブトの話を聞く限り、お前はまだ背中に傷があるだろ?それを治してからこい!』

「治す?」

『おう、地元民なら森での即席治療のことは知ってるだろ?そいつに治療してもらってから来い。戦闘はその後だ!』

 有無を言わせぬその態度にマモルはタジタジながら答える。

「お、おう」

          ★

『そんなわけだ。そこの鍛冶嬢ちゃんに治療法教わってくれ。俺は見回りを続けるやい』

じゃ。とクワガタの中から手だけを振って、カブトは行ってしまった。

 今現在、至る所で大砲の放出音がするが、三人を直接狙った先ほどのような大砲は見られない。

「止めてくれたのかな?」

「そう、かもしれませんね。」

「じゃ…今から治療…する、ね」

 サナエの両手には、二種類の葉があった。一つは見たとこがある”水飲み葉”。そしてもう一つは。

「これは…”絆草二葉(ばんそうふたば)”二重になってるから…剥がすことができて…人体に貼ると、消毒と治癒の効果が…ある、よ?」言

って、手際よく葉を剥がす。

「いや、疑問形で言われてもな…」

「それならマモルさんの傷も治せる、と言うことですか?」

「…………うん」

          ☆

―――――「おい。あんた」

声がする。幼い声。少女のそれだが、えらく乱暴だ。

―――――「なに?」

応えるのも幼い声。少年だが、活発さがにじみ出ている。

―――――「また…来てくれるか?」

希望を胸に真っすぐと見つめている少女の瞳。それに対し少年は、即座に答える。自然に作った満面の笑みで。

―――――「うん!」

          ☆

「――――――!」

目を開ける。視界にはさかさまになった黒い髪の少女がやさしい瞳で見つめていた。サンカだと気付くのに少し時間がかかった。

「え…っと」

姿勢を確認する。地面に仰向けに寝転がっており、頭の下にはモチモチとしたハリのある感触、膝枕中だった。

「悪い、俺、寝てた?」

「はい」

声が優しい。

「でも二時間ほどです。まだいいですよ」

「いや、そろそろ起きるよ」

辺りを見回す。服は着ているが、背中に斜めに貼られている感触がある。

「あ、あのマモルさん。チクチクするのであまり頭は動かさないでください」

「わ、悪い。でも、サナエはどこ行った?」

「ああ、ナエちゃんは水飲み葉をたくさん採りに行ってます。絆草二葉はもう貼りきったので、その予備も少し持ってくるようです」

「お、そうか」

しかしナエちゃんとは、えらく親密になったな。

 ひょっとしたら俺よりも仲が良くなったのかもしれないと、マモルは落ち込みそうになる。思えば、彼女と出会って初めて見る他の女性とのふれあい。同性である以上その距離感は当然なのかもしれない。

 そんなことをマモルは考えていたが、サンカにも親密になる出来事はしっかりとあった。

          ★

『じゃ、これを貼ったから横になっててね。』

『おう』

ここまではマモルも覚えている。しかし、その数分後、森の中でも僅かしかない心地の良い日差しのある場所で横になったからか、彼はすぐに意識の手綱を放してしまった。なにせ日差しを映したり反射したりしている木々たちが、強くもなく、撫でるような心地よい風を運んでくれるのだ。夏とは思えない気温に意識も微睡むというものだった。

『眠っちゃいましたね。』

『そう…だ…ね』

ちょっとしてから、起こせばいいよ。と呑気に言うサナエだが、今現在も森の至る所で砲撃は轟き、地面に種子が落ちる音が聞こえる。長年の経験から気配には敏感なサンカは、時に近くに落ちて来る種子に反応してしまう。

(マモルさんたちと接している間は、なるべく人の気配のことは忘れるようにしていたのですが…)

今回は“切り替える”のが遅かった。森に入った直後に気配を探れるようにしておけば、うっかり串刺しにされて死に目を見ることは無かった。

(ま、後悔しても遅いのですが)

『起こすと言っても、いつまた種子が落ちて来るかわかりませんね』

『うーん…』

腕を組んで考えるサナエ。

『じゃ、マモ君のことは…えっと…サンちゃんに任せる…ね』

出した答えはそれだった。

『サンちゃん!?』

初めてであった一般の同性からの、初めての愛称読み。何となく、こみ上げてくるものがある。嬉しいのだと、実感した。

『だめ、だった?』

 上目遣いで聞いて来る。小動物的な瞳だ。なるほど、いつかマモルが言っていた「嗜虐心を刺激される」とはこのことだったのか、サンカは少し納得した。

『……いいですよ。じゃあ…』

自分も名前で呼んでみようと試みる。なるべく愛称で。その様子を察してか、顎に手を置くサンカに『サナちゃんでいいよ?』と促すが、ここはあえて違う意見を出してみる。

『――――ナエちゃんで』

マモル同様。小粋な悪戯(いたずら)――――先ほどの唐突な”サンちゃん”呼ばわりのささやかな仕返しだった。が、サナエの反応はサンカにとって意外なことに―――――。

『えへへへっ!/////』

好印象だった。

『そんな風にアレンジ…加えられたの、初めて…だよ?』

『そうなんですね。』

今まではマモルは”早苗”。ハカセは”早苗ちゃん”。確かに、彼女をサンカのように呼んだ人はいない。

 さらに言えばサナエはマモルのことを”マモ君”。ハカセのことを”ハカセさん”。歳の近い人間には名前の二文字を使って呼んでいるようだ。サンカに自身のルール内の愛称を言ってもらえたことで、より親近感が増す。

『とにかく…私は…マモ君に薬草をとって来る…よ。もうちょっと水飲み葉と絆草二葉を採って来るね』

『わかりました。気を付けてくださいね』

女の子の友情は儚いものだと、どこかの何かの影響で知ったとこがある。が、今この時この子のことは“友達”と思っても良い気がしたサンカだった。

          ★

「うっし。傷もホントに痛くないし万全だな」

「スゴイ。ホントに傷が治ってる」

「サンちゃん…ほど、じゃない…けど、あの…葉っぱを貼られた人、は、一時的に、貼られた箇所の……治癒力が増す…の」

お腹はすくけどね。サナエは付け加える。

 なるほど。今現在、近くにあったタケノコやキノコと言った山菜を串焼きにして食べているが、全く満腹感がないマモル。元が山菜だと言うこと以上に空腹感があった。

「こりゃ、サナエに採ってきてもらって正解だったな。治療だけでなくこんなものまで、悪いな」

水飲み葉を飲む。

「いいよ。私は…マモ君が…元気なら…それで」

「サンキュ」

自然と腕が動き、サナエの頭に手を置いていた。

          ★

 二時間後。地啼きの森の轟音はだいぶ後方から聞こえるようになり、日が大分落ちかけている頃。

「うわあ!」

叫びというより感動に近い声を上げたサナエ。

「? どうした?」

「このツタはね。”研磨蔦(けんまづた)”って言って…とっても、硬い…よ。」

「へえ」

「試し…に。マモ君。ちょっと、ねじったりして…切ってみてよ」

「良いぜ」

言われた通り、ねじってみる。が、しっかりと握っているのに、ねじれた跡ができない。サンカは爪を入れて切ろうとするが、そもそも爪自体が刺さらない。

「このツタは…とっても丈夫…だから、出発点を見つけて…そこから、引っ張らないとダメなんだよ。鉄の刃物でも…切れないから、むしろ研ぐ用に使われてる…よ」

「じゃあ、私の鋏では?」

「さすがに…それじゃあ…切れちゃうじゃない…かな―――――ん?」

サナエがまた何かを見つけた。

「見て見て!あの動物!」

相変わらずの穏やかの声だが、どこか熱のこもったようにサナエが指を指した。

 サナエの目線の先にいたのは、鹿だった。茶色の胴に点々と散りばめられている白い模様。しっかりと力強い角には青々と育った葉が―――――。

「うお!なんだアレ!?」

「この……森には…普通にいる…らしい…よ?アレは”フリミノジカ”…ほら、あんな風に、飛んだり…走ったりして、角に生えてる果実を落とす…よ」

「ホントだ。リンゴ落としてる…」

遠くへ消えたのを確認し、

「よいしょ、よいしょ。」

とサナエが歩いていき、落ちたリンゴの実を拾う。

「夏場…は…求愛のためにリンゴを大きくするんだって、でも、大体がその前に落ちちゃうから、メスはなかなか気に入らないよう…だよ」

「た、大変なんですね」

サンカが呆れ気味だ。自然界にも理不尽な環境はあるんだなあ、サンカは自身の暗部での経験と結びつける。全く違うことを実感した。

「それにしても…ここに来て動物が…増えたって…事は。もう、命にかかわる警備は…ない?」

「かもな。少なくとも、動物たちに直接攻撃するようなもんは、見たところなさそうだ。」

「そーでもないぜっ!」

横からそんな声が聞こえたかと思えば、その方向を見たときには遅い。炎の槍が真っすぐ三人の方へ向かってきていた。

 すぐに義足を駆動させ二人に覆いかぶさる。何とか誰もケガせずに済んだものの、炎はその後も止まることは無く木に浴びせる。

「バカっ!こんな燃えやすい場所で炎の攻撃なんかしたら……!」

一面焦土になるのは目に見えている。それは当然。森から現れた人間もわかっていた。赤毛の数本を三つ編みにしている少女。下はジーンズ。上はタンクトップという薄い格好だが、左腕の義肢を改造した銃口は、先ほどの火柱を出せるいわゆる火炎放射器の構造だった。

「ま、ふつーはそう考えるだろうな。だがよ、見てみ」

顎をしゃくって見るように促す、三人は言われた通り先ほど燃やされたはずの木を見る。が、そこにあったのはまるで火を浴びたことなどなかったかのように平然と立っている大木の姿だった。

「え?」

「そういうこった。この森はすべての”木”が不燃性。つまりは燃えねぇんだよ」

「お前が、さっきの電話の人間か。」

「そう。こっからはあたい。局地戦闘員・赤城育江(あかぎいくえ)が相手をしてやる」

((”あたい”って言った?))

          ★

「相手とはいっても、何も殺し合いはしないんだろ?」

あくまで試験、そういいたいが、しかしそれでは“蒼皇帝鉄”を護るという目的と矛盾する。だからこの問いに関してどう答えるかが、マモルの判断材料だった。

「お前はそうしていろ、あたいは本気でやらせてもらう!」

こんなふうにな!イクエは義肢の肘継ぎ手を曲げるともう片方の手で銃口付近にあるレバーを持つ。レバーを引くと途端に銃口から炎が噴き出し、真っすぐにマモルのもとへ。

 間一髪で低い姿勢から地面を蹴ると、そのまま近くの木の後ろへ。追うように火柱が襲うが木が盾の役割をはたしてダメージはない。サナエとサンカの二人はこの際、遠くでマモルたちの戦闘を見守る事しかできない。

「そりゃそりゃそりゃ!」

ただ、迫って来る熱風と死の恐怖は徐々に汗や呼吸となって現れ始める。

「っく。このままじゃジリ貧か…」

サンカの名を大声で呼ぶ。

「なんですか!?」

「サナエのことを頼む!ちょっと本気で逃げる!」

「はい!……え?」

「なんだなんだ!?かっこよく名前を呼んだ割には、えらく情けねーなあ!」

格好とか構うかよ。引き続き木を盾にしつつ肩越しにイクエの行動を窺う。炎の中を一瞬突っ切るのでも良いが、それだと体に装着した鉄が熱を帯びる可能性がある。しかしこうして待っていてもこの状況が続けば、熱は籠るため短期戦をする必要がある。どうするか考えていると、イクエが忠告をする。

「あ、それとな。あんま長くその木の下にいない方がいいぞ!」

「え?―――――!」

カサカサという音を聞き逃さず、音のした方向である上を向く。

 目の前に迫って来るのは刃物ような硬い何か。「あぶね」などと言う暇もなく炎の中を一瞬くぐると。今度はまた別の木の後ろの隠れる。炎も追うように木に迫り、数秒前と変わらない構図になる。

「さっきのは何だ?いつから攻撃を仕込んでやがった?」

「てめーも研究者ならちょっとは考察したらどうだ?」

「…。」

そもそも、ただの研究者はこういう展開にはならないんじゃねーの?が、イクエの言うことも一理あった。冷静に状況を分析するのは重要だ。

 視線を先ほどまで自分がいた木の方を見る。と、答えはすぐに見つかった。地面に刺さっているのは葉だった。

 ハートマークのような形の葉が半分ほど地面に刺さっていた。見たところひらひらと舞うように落ちそうな形のそれが一直線に落ちてきたのだ。不思議である。他の木と先ほど葉が落ちて来た木の違いは…?イクエが攻撃しているかどうか?それとも…炎を浴びているかどうか?

 確認のためにゴーグルの機能の一つである熱線暗視(サーモグラフィー)機能を作動させる。

「!……おいおいおい。なんでさっきの木もこの木も熱が籠ってるんだよ!」

「…ふっ」

真っ赤だった。今現在マモルがいる木に限っては赤を越えて桃色をしていた。

「ここらの木は不燃性だけでなくて…熱伝導性がある?」

「正解だよ!」

ギアを回し、炎の火力を上げる。

「マジか!?」

上を見ると、再び葉が降り注ぐ。

 急いで減速(スローモーション)機能を作動。ゆっくりと落ちて来る葉を側面に触れないように掴むと牽制がてらイクエの方へ投げる。

「おっと」

視線を低くして葉を避けると、金属音のような音を立てて葉は木に弾かれた。その隙に炎の下をくぐるマモル。「ここって、何でもかんでも硬すぎないか!」そう愚痴をこぼす。

「その通りだ。この森はあたいらが植林し改造を重ねた地域、別名・《葉吹雪きの森》だ」

「降り注ぐ葉…ね」

 ニヤリと笑うと、義足に力を込め加速。

 イクエに目もくれず飛び出すと再び近くの木に移動するが、今度は隠れるのではなく上に跳躍。枝に両義足を乗せると、両方とも蹴り出して、次の木へ。

「うお!そんな移動もできるのかお前」

「三香!早苗!ちょっと行ってくるわ!」

         ★

「よ…っと」

木から降りるマモル。が、膝をついた。

「やっぱりな」

どこか確信的な態度のイクエ。座りこむマモルを見る。

 不安定な木の上にいたことの緊張感もさることながら、それよりも全身につけられた生傷からの血による怪我が苦痛だった。

「そりゃあ、あたいは常に木に炎を浴びせるてるし、なにより熱伝導性は地面から周辺の木にも響いてるしな」

「つまり…イツッ、お前が炎を浴びせれば浴びせる程、(おれ)の逃げ場がなくなるのか」

納得。

「そんなわけで、お前はこれで終わりか?」

「ああ、戦闘は終わりだ」

「潔くて、良いぜ」

銃口を向ける。マモルの言葉と覆りそうにない状況に、諦めを感じたらしい――――――当の本人は逆の考えだったのに。「ああ、お前の負け、だよ」

 地面から何かを引っこ抜く、そして義足を動かして加速した。

 土煙をあげながら、義足を駆使し高速移動。先ほどカブトのクワガタ型機械でも探知できなかった移動速度での周回だ。残像からマモルが何人にも見えている。そうしてイクエの周りを何度か周回。

銃口を向けるが定まらない。とりあえず炎を放出したとしても、下を潜るなり飛び上がるなりして避けられる。いつ距離を詰めて攻撃してくるか分からなかったため、レバーからは手を離し、腰にあるコンバットナイフに手をかけるイクエ。

そんなイクエの用心な無駄に終わり、マモルは比較的呆気なく止まった。走り出したときから手には縄のようなものが持たれていたのを、止まった今ようやくイクエにも確認できた。

「な、なんだ?なにする気だ?」

イクエが目を回している。回転するマモルに炎を浴びせるべく自信も回ったことと、これからの行動を理解できないことが原因だ。

「…っふ」

広角をあげ、右手に握っていた“植物”を引く。すると、イクエの地面から土を巻き上げ、周辺から蔦植物が浮き上がり、瞬時にイクエに巻き付こうと距離が縮まった。

「なっ…!」

          ★

「…あ、いた。マモルさん!」

「マモ君!」

「よお。二人とも遅かったな!」

マモルの足元を見るとそこには、蔦でグルグル巻きにされ拘束されている状態で倒れ込むイクエの姿があった。

「まさか、こんな風に負けるとはな。意外というか、ちょっとショックだぞ。」

明らかにテンションが低いイクエ。地面に顔を伏せたまま上げようとしない。

「その蔦…は…研磨蔦…?」

「おう。それをたどるためにここまで来たんだよ」

「そうだったのか…まんまとやられたな…。」

縛られたまま少し間をおいて。自身に目立った外傷がないことを理解した。顔を上げてマモルの方を見ると、自分よりも各段に傷だらけ。一見すれば苦戦の末のどんでん返しといった風だが、その実、すべてはマモルの計画通り。これは認めるしかなかった

「ハア。ま、いいか、あたいの負けだ。蔦をほどいてくれ。」

あたいたちの基地まで案内するよ。

          ★

 数時間後。

 完全に日が暮れた森でフクロウやら獣やらの咆哮や鳴き声がところかしこで響いている。そのたびに隣にいるサンカが「ひぃ!ふぇ!」などと騒ぎながらマモルの義肢に張り付いている。

「まさか…お前が、暗いのダメとはな…。」

驚くマモル。サナエは慣れた様子で和気あいあいとイクエと話をしている。森の民と近隣住人には夜の獣の鳴き声は慣れっこだった。「へえ、時々レアな食べ物が採れるんですね」サナエが感嘆の声を漏らす。

「”肉染茸(にくしみきのこ)”とかが偶に出たりしてな。名前読みだと不吉だが、味が高級和牛に似ているんだ。それはもうおいしくてな!」

「わあ!いいです…ね。食べてみたい……です」

 ちなみに、マモルの全身の傷は絆草二葉を張り付けることで何とか出血と化膿は防いでいる。イクエも協力して、三人で探し、貼ったものだった。

「お、ここだ」

やがて、イクエが指を指して到着を知らせた。

「「「!」」」

目を見開く三人。目に前には大きな池があった。

 周辺には先ほどの葉吹雪きの森があるが、その一角には円筒状の建物がある。

「あれがあたいらの元研究所を改築した住処。そんで―――――」

三人は一つひとつ示すイクエの指を追って一様に池の方を覗く。

 池には、それまで見たどの空よりも鮮やかな青い液体が広がり、その中に星のように一際発光する金属があった。

「あれが多分、お目当てのものだろ?」

「わあ!大きい蒼皇帝鉄(そうこうていてつ)ですね!」

―――――辺りに舞うのは、蛍の群れ。踊るようにゆったりと飛ぶ。

―――――青い池を泳ぐ魚たち。そこが安住の地であることに誇りを持っているように泳いでいた。

「ここが…」

「拒絶の森の中心部―――――」

「蒼光の池ですね!」

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