【拒絶の森→対戦《レジェクト・フォレスト→バトル》】
『とりゃああ!』
監視モニターの中では、二人の少女を抱えた少年が木々の間をまるでゴールテープかのように潜り抜けていた。
「うお!まじかあいつ。人間二人を抱えたまま《貫きの森》を越えたぞ!」
少年の声は驚きを隠さず、素直にモニターの少年に敬意を払う。
「そいつはスゲーな。でも、あたいらの出番が迫ってるってことだよ。用心しな」
口調こそ男勝りだが、声はれっきとした女性のもの。それが少年の背後から聞こえる。
「用心って。そもそもいいのかね。“あいつ”にこのこと相談しなくて」
「はあ?まだ報告してなかったのかよ。さっさとしろよ」
責めるような少女の言葉に、少年は不満を漏らす。
「言っとくけどなあ。あいつらがこの森に入って来た直後に、どうせすぐ死ぬから、って言って報告の義務を怠ったのはどこのどいつだぁ!?」
「それは…いちいち数秒後に死ぬ人間の報告がめんどくさくてだな。だけど、状況によって臨機応変は基本だろうが!」
「むっか~。……ま、いいや」切り替えて。「実際にあの速さは実現可能なのか?」モニター越しに三人の様子を観察したうえで、少年は言う。現在、画面では少年が二人の少女に平手打ちを食らっていた。
「お前って、50m走何秒だった?」
「ん?なんなん、いきなり?…3年前に測って15歳で…その時は、たしか6.9秒。今はもうちょっと早くなってるかな、筋肉もついたし」
「そうか。なら今は7秒と仮定して、単純に考えて1秒で7m走れるわけになる。あの《貫きの木》は守備範囲が8mだから、十分走りきれる。もっとも、2kmの道のりをあの全力疾走で走りきれるかは別だけどな」
「2キロ…かあ」
再び画面の中の少年に目を向ける。両頬を義手で撫でているが、息は上がっていない。
「あいつは、だいぶやるな。じゃ、これからあいつらと戦うわけだけど、どっちが先行くか?」
「ここは―――――」
「やっぱジャンケンか」
「そうだな」
ジャン、ケン、ポン!少年はチョキ。少女はパー。
「俺の勝ちだな」
二人がそうして久しぶりとなる対戦に挑む準備をしている中、なおもモニターでは三人を捉えた映像が流れている。
拒絶の森には生物はほとんどいない。鼓動を持つ動物のほとんどがマモルたちのいた剣山となる根や枝が襲う、貫きの森エリアでほぼ脱落してしまうからだ。
また、衛星からの撮影も行うことはできない。特殊は磁場と木々の影響だ。
そのため、彼らの見ているモニターの映像は、全て人口の機械カメラが用意されている。それも、動物や木々の色に擬態しているものであり、小さかったり独自磁場を発していたりして、マモルのゴーグル機能の探索にも引っかかりにくい。その中のクワガタ型の監視カメラが三人の影を追っていた。
★
「イツツツ…何もビンタしなくてもよかっただろ…?」
「すみません…つい」
「……………。」
つい、か。まあそう言うことにしておこう。
三人は今、貫いて来る枝や根の攻撃を乗り切り、少しの休憩をはさんでいた。
攻撃による外傷はゼロであった。しかし、二人は無理な体勢からの死と隣り合わせの緊張と不意なセクハラによる精神的疲労が。もう一人は、その二人を抱えたまま2kmを全力疾走しさらに二人を含め全員を守れるような最善の避け方をしなければならなかったことへの精神だけでなく肉体的な疲労が、積み重なり、今こうして木に背中を預けて一息ついていた。
「あの、マモルさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。あの森は速いこととそれでいて冷静に避けることが要求されてたからな。二つを優先した結果、二人に気が回らなかった。ホントにスマン!」
頭を何とか下げ、サンカに謝罪する。が、彼女はそんな謝罪を要求する気持ちよりも心配の念と申し訳ない気持ちの方が大きかった。
「すみませんでした。私は護衛なのにまた何もできず…」
「いいっていいって、それに、お前が最初に殺られたからあれが人工物だってわかったからさ」
「え?」
不思議そうなサンカに応えるように、マモルは続ける。
「この森の植物は―――"人間にとって都合が良すぎる"んだよ」
「?」納得いっていない顔。
「この場合の"人間"はあくまでこの先にあるものを守りたい奴らのことなんだけどな。食人植物にしても食虫植物にしても《捕獲のため》に一撃で仕留める必要は―――ない、だろ?」
ここでサンカはようやく納得がいく顔をした。それが自然界でありえるはずの無いものだと理解できるからだった。
例えば、粘着質の物質で対象者の身を固めることで少しずつ養分を吸収する植物がある。今回のように針で捕獲するにしてもそこから返しのように針本体に棘を付けることで抜けにくくしたり、さらに直接死に関わる行動ではなく関節を貫いて動きを封じるなどの手段もあったはずだ。が、あのエリアの植物はそうはしなかった。とった手段は生物の心臓を一撃で貫くことだった。それはまるで、侵入者の侵入を許したくない人間の都合だ。
時間をかけた捕獲だと、例えば人間のような考える生き物なら攻略されてしまう可能性もあった。一撃で葬るのはそうした文字通りの初見殺しが可能なためだ。
「あれは自然の摂理や自然的な防衛というよりは人間が機械的な制御を施した結果の様な感じだった。いくら自然といっても、カガク時代だ。100%自然で形成されているわけはないと思ったんだよ。」
結果は予想通りだった。
「じゃあ、どうしてここまでと分かったんです?あの針がもう来ないとはなぜ言い切れたんです?」
「ああ、それは“これ”」
指したのは、首に提げた作業用ゴーグル。
「これには内部の構造を透視する機能があるからな。だから、木の内部を視てみた。」
「はあ。」
「そこに回路が埋め込まれてからな。それを解析した。すると、あの貫く木と同じ回路はこのエリアの前で無くなっていた。」
「え?」
回路を解析。平然と言っているがそれをあの一瞬でやってのけていた。並みの洞察力では絶対に無理な話だ。
「そういう回路だった、って言わなかったか?」
「え、ええ。そうでしたね」
確かに言っていたが、まさかここまでの性能とは。サンカは動揺を隠せずにいた。
「ま、見たとここの森は円形に森の攻撃パターンが変わるようだったからな。まだこの森は俺たちを狙ってるだろう。が、今は――――」背後を見る。「あれをどうにかしないとな」目線は自身の真後ろ、背中を預けている木の反対側で膝を抱えている少女の方を向いている。
耳をすませば「触られた、もまれた。あんな激しく…痛かった、恥ずかしかった。気持ちよ――く、なかった、うん。触られた、もまれた――――」呪文のように繰り返していた。
「おい…早苗?」
「ひゃ、ひゃいい!?」
動揺している。明らかに。
「だから、悪かったって。俺も急いでいたし、気が回らなかったのは謝るから。」
「う、うん。」
頬が赤い。明らかに目を合わせようとしない。
「それに、なかなか大きかったじゃないか。触り心地もよかったし。うん、久しぶりの幼馴染の成長を感じられてよかっ―――あ」
「はわッ…!…わうう…ううわあ…」
目を回している。明らかに。今にも拳をぶつけられそうだった。
「マモルさん…セクハラ…。」
背後からは冷ややか視線を感じた。
「あ!ああ!悪かった、悪かったってば!だからほら、怖くないぞお~」
そっと手を伸ばすマモル。なんだか小動物を相手にしている気持ちにさせられていた。
「ううう…。マモ君がいやらしい子に…。」
「なってないって。それより水持ってないか?喉乾いててさ」
「あ、持ってない…けど――」
辺りを見渡し。
「あった」
ツタ植物に近づき、葉を一つちぎる。手際が良く、流石は森の近隣に住む人間だと思う。
「これ、森に生えてる”水の実葉”茎からたくさん水が出るんだよ」
「あ、ホントだ。いただきます」
飲む。たくさんの水が溢れて来た。葉自体が肉厚でサナエの手のひらほどの厚さがあり、ずっしりと思い。それだけたくさんの水分が含まれていると言える。
「うん。旨かった。」
「それは良かった…よ。先、いける?」
「おう。じゃ、行くか!」
★
しばらく何も起こらずに森の奥へと進む。あまりに順調に進むのは逆に心配になるものだ。不意にマモルが言う。
「ここは一体、なんのエリアなのかね。見たとこ機械的な部品は見つからないが…」
「私も…よくわからないんだ、けど…ね。でも、近隣に…住むものとして…時々、この森からは…派手な発砲音がする…よ」
「発砲音…」
具体的にはどんな?
「え…っと…。銃というよりは…砲?みたいな音。「―――ドン!」そう。丁度…こんな風…な」
おおそうか。こんな風に轟くような音か。こんな―――
「マジで!?」
上空を見る。昼近くなった晴天を示す青空に、雲が一つ。それも飛行機雲の様な細くたなびくようなものが現在進行形で作られていた。
「あれって…弾?ですかね?」
「え…っと?」
ゴーグルを掛け、飛行機雲の先を確認する。
丸い球体。しかしそれにはしっかりと切れ込みが入っているのが見える。そしてその切れ込みはガバリと大きく開き鋭く尖った牙を見せ―――――――
「うぃ!?あれって…生きてるのか!?」
開いた口はその後、旅路を楽しむように森の上空を羽ばたく渡り鳥の群れの一匹を――――喰らった。
「「「!?」」」
三人とも目を見開いて、事実を明確に視界に収める。
弾はその後、放物線を描き落下。弾性力を見せつけるかのように3回跳ねると、微塵も動かなくなる。
落ちたのは三人が見ることができる位置だった。そのため、グチャグチャと肉および骨を噛み砕く弾の姿を目にする。緑色のその弾は、人の口のように蠢き、咀嚼し、そして止まる。が、止まった弾から突如根の様な白く細長い物体が何本も現れ、地面に突き刺さっていく。
「あれは、ひょっとして弾じゃなくて…種、ですかね?」
「そうみたいだな」
紛れもない。それは種だった。随分一般的なものとは根の生え方が違う、地面を掘るように埋まっていき、その後は盛られた土しか残らなかった。
「つまり、このエリアでは――――」
「種子そのもの…が、飛ぶ…飛んでくる。みたいだ…ね」
サナエが冷静に言う。どうやら事の重要性がわかっていないらしい。が、他二人は焦りを隠せない。
森の近くで、機械音がする。音の方を見るため、全員が左を向く。視界には地面が四角形に開いていた。何もない地面にポッカリと開いた闇。そこから響く機械の音はその後、目に見えた形で現れた。穴から―――――大砲が出てきた。全長5m。穴そのものの大きさは2mほど。それは先ほど放たれていた種の大きさと同じ。それがこちらを狙っている。
「…あ、…あれ、ヤバくね?」
「はい、ヤバいです…」
「え?なに…が?」
サナエは相変わらず理解していない。
―――――ドン!―――――ドン!―――――ドン!
三回の咆哮。火花を噴きながら弾丸が三人へ向かって行く。
ゴーグルのしている彼は弾を分析できる。それは先ほどのとは違い種子に裂け目やら口の様な部品は見当たらないが、硬い胡桃の様な種が向かってきていた。
「…!(やばいな、速度とあの殻の営利な角――避けるにしても早苗は動けない。受け止めるにしても…いや、ムリだな)」
これは…詰んだか?
マモルはいつも冷静故に悟るのも早い。せめて近くに身代わりになる木の棒とかあれば…いや、せめて剣とかあればなあ…。などと考えていると――――
刃物が切り裂く音。まるで蒔を割るような、硬い繊維を切り裂く音が響く。
「え?」
マモルが音のする方――つまりは目の前を見ると、その音の正体は明確だった。
速度も音速に近い弾丸。それをまるで埃でも払うかのように持っていた鋏を斜め右上に振るい切り裂くのは、赤い眼をした少女・御家三香だった。
「クヒッ…!」
そんな風に、不気味に頬を吊り上げるサンカは、残り二回、鋏を往復させるように振るう。
一振り一振りが無駄のない効率的な牽制であり、真っ二つに割れた種子は水分と果肉をまき散らしながら三人の間を見事にかすめてはるか後方に飛んでいく。
「サン…カ?」「サンカ…さん?」
「あ、すみません」
先ほど嗤った印象とは打って変わって、サンカはけろりとしている。しかしその肌にはつやがあり、まるで水を得た魚だ。
「ちょっと、嬉しいのです。ようやく、ようやく私の護衛として職務を果たせますので!「―――ドン!」嬉しくて「―――ドン!」嬉しくて」
「それより前!前!前ッ!弾がもっと来てる来てる!来てるうッ!」
「はい。わかってます!」
ニッコリと、遊ぶように。二つの弾は再び切り裂かれた。
「あははははッ!無駄ですよぉ~!そんな大きな弾丸など私にとってはキャッチボールみたいなものです。切り裂けないわけないじゃないですか!」
うれしそうだなあ…。
『……なら、これでどうだッ!』
大砲から見て右側から―――二つの鎌が挟み込むようにサンカの横腹を狙った。
「!」
しゃがむ。腕は胸の前でありスカートが派手にめくれるが、そんなことをマモルも彼女自身も気にしていられない。背中を紙一重で先ほどの刃物がかすめる。
「サンカさん!」
「大丈夫です。避けましたよ」
膝を伸ばすと勢いをそのまま、背後にいるマモルたちの方へ飛ぶ。見事着地すると、改めて三人は突如現れた鎌の所有者を見つめる。
『おお!よぉく、避けたな。俺の鎌!』
「「「!」」」
本日何回目になるかの驚き。
声の正体は―――クワガタだった。昆虫の、それも人の数倍ほどある見た目。昆虫である以上、機械的な動きは仕方ないかもしれないものだが、しかし、脚を動かすたびに響く機械音はそれが完全にロボットであることがわかる。その巨大なクワガタの頭部にあたる部分、そこが半透明で操縦者が見える。
『俺は火桑兜。赤の団・火炎団の局地戦闘員だ。お前のことは紅炎から聞いてるよ、瀬戸守!だろ?』
クワガタに乗っておきながら、前に角の様なとんがりがあるヘルメットをかぶっている長髪の少年。染めたような赤い髪であり、同じく赤をベースにした襟の大きな革ジャンを着ている。
「そうだな。俺がマモルだ。そんでこの黒髪がきれいで実際可憐なのがサンカで、お淑やかで可愛らしいのがサナエだ」
『おうよ!監視カメラで見てたぜ。……つーかその紹介で二人が真っ赤になってるぞ?』
「え?…あ、マジだ」
怒らせちゃったのかな?
サンカとサナエは真っ赤にしながら肩を震わせている。
((は、はずかっしいい~~~~))
「にしても…紅炎、ね」
『どうした?これから戦うってのに、集中してねーぞ?』
「……。」
「マモルさん?」「マモ君?」
「コウエン…誰だっけ?」
「「『………。』」」
顎に手を当てうつむいてしまう。そんな男を無言で、背後から二人は頭をひっぱたいた。
★
「いててて、何も殴らなくてもいいだろ?」
「そりゃあ…殴る…よ」
二人とも目を細め、じっと睨む。
「はい。今回の武器づくりの最終目的ですからね?」
二人とも手のひらをパタパタと扇ぐように動かす。
「それにマモ君、どうせ登録してるんでしょう?」
ため息。
「あ、あれ?そう言うビンタですか?」
「もちろん…だよ」
どうやら、サンカは勘違いしているらしい。
「てっきりホントに忘れているのかと」
「ま、サナエが正解だ。登録してっから名前を言った瞬間に画像が出てたよ」
マモルは言うと、義足を曲げて準備運動をする。屈伸、伸脚。もっとも、彼は筋肉をほぐす必要はないため、これはあくまで自身の義肢との接続を再確認するためのものだ。
「あとで―――よっと、お前も登録しとくよ――カブト」
『おう。そうかよ。そりゃあいい』
「ちょっと、本気出すから。お前も集中しろよ」
『っは!俺はいつだって感度良好だよ!」
「そうこなくちゃな」
男二人はニヤリと笑う。まるでこれからの戦闘を心底楽しもうとするかのように。
★
四人がいる森のエリアは、先ほどの《貫きの森》とは打って変わって木々一本一本の間隔が広い。《貫きの森》は、あくまで新入者を殺すための森。しかしこのエリアの森はそうではない。至る所に砲台が仕込まれているため、木々の間隔はビルが建つほど広いわけだ。
そのため、カブトのクワガタ(なんだそりゃ?)の大きさはそこで回転やらバク転ができるほどのスペースだ。戦闘には問題なかった。
「んじゃ、行くぞ……ってか、この森はなんて名前だ?」
『ふふふ。さっきまでお前らがいたのは《貫きの森》。地面から生えて来る枝や根が侵入者を拒む。そんで、このエリアは…《地啼きの森》。地面からの砲台がお前たちのことを狙う仕掛けさ』
「なるほどな。じゃ、ここはさしずめ対地啼きの森戦ってとこか」
『ああ。紅炎と戦う前哨戦だと思ってくれていいぜ』
「そうかよ(つーことは………そーいうことか)」
じゃあ、行こうか。
『くらえ!』
機体を揺らし、刃物が左から迫って来るが、後方へ飛ぶことで回避する。
「うお!あっぶね。」
『まだまだ行くぜ!』
右、左、右。刃物は視界の端から迫るが、それをさらに後方へと飛んで避けていく。
『ほらほらほら!―――――っと、おい!そこはあぶねーぞ!』
「え」
「!マモルさん!」「マモ君!」
―――後ろ!そう言う二人の声に何とか反応し、視界を背後に向ける。針が迫っていた。
身体を左にひねると、針は肩甲骨の薄皮を引き裂いた。
「―――いって!」
崩れる。地面に手をつくと、僅かに傷が広がり、血がながれる。
「マモ君!」「マモルさん!」
「ぐおおお、これ、傷は浅いが風呂とかで沁みる奴じゃねーか…。いてぇ」
何でここに貫きの木が?
『よく避けたなあ。心臓への最速の攻撃だったのに。その辺りにある木だけは、貫きの木があるだよ。ま、ぶっちゃけると手違いなんだけどな!』
もうやめるか?そんな風に終戦を促すが、マモルは答えない。
ただ一息つくと立ち上がり、どこから来た攻撃なのかを探るためにゴーグルを掛け辺りを見回す。
「サンカ。替えの鋏を持ってたよな。一つ貸してくれないか?この戦闘が終わるまででいいから」
「え?ああ、はい。どうぞ。」
太ももに巻かれたシザーケースの一つから、蒼い鋏を取り出す。
「わりぃな。」
グサリ…。と木の根元近くに鋏を投げて突き刺す。流石は蒼皇帝鉄。深々と刺さる。
『おう?何の真似だ?』
「別に、目印だよ。今度は同じミスはしない。」
じゃ、続きをやろうか。
マモルは姿勢を低くして、突撃の姿勢をとる。義足を曲げ左義手を地面につける。ギアが、スプリングが、機構が駆動し、いつでも動ける形になった。
ゴーグルも目元にかかっており、準備万端。カブトからの言動を待つ。
『どっからでもかかってきやがr――――
消えた。ただ一瞬の土煙を残して。カブトの目の前から。
操縦席のモニターの一つでしっかりと照準を合わせていたにもかかわらず。見逃すはずなど、少なくともカブトの乗っている機でこれまでにはなかった事態だ。
『なッ!ど、どこ行きやがった!?』
「―――――ここだよ」
声は、クワガタの下から聞こえた。
『はあ!?』
「す……ごい」
「あの一瞬で、クワガタロボットの下に潜り込むなんて…!」
マモルはクワガタの下で両手を上にあげ、担ごうとしていた。
『おいおいおいおい!無茶すんなよ!?これは給油設備とかあって、見た目からは分かんねーが3tあるんだぞ!?』
「こんのおおおおお!」
持ち上がる。最初は1cm。
「とおおおりゃあああ!」
投げる。それも20m以上。
「舌、噛むなよ!」
『はああああ!?』
おいおいおいおい!ボールじゃないんだぞ!?そんな高さで持ち上げていいわけないだろ!?
早く羽を広げなければ。カブトは重力などの影響によるGに流されながらも羽開閉のボタンに手を掛けようとする。
「させないよ」
『!』
目を見開く。
クワガタの最高到達点。20mの位置に人間がいた。マモルだ。
ただ飛んだだけで、20m。それが本当に人間技なのかと、信じられない気持ちになるが、事実として目の前に彼があるいじょう信じないわけにはいかない。
―――――ドン!
空中に放たれた二つの物体に狙いを定めて、先ほど鳥を喰らったものと同じ植物の種子が放たれたのを二人は確認する。
「これは、やっぱ対空設備なのか―――ねっ!」
言うと空中でクワガタの前に身体を動かし、柔らかい種子に手刀を叩きこむ。
弾力性を含んでいるとはいえそれでも強烈なようで、痛々しく種子への手刀はめり込み、先ほど放たれた弾丸の速度とは比べ物にならないほど速く地面に落下していった。結果、地上では弾む暇もなく、深々とめり込み墜落していた。
『(スキあり!)』
はじめはマモルが上空にいた事実に驚いたが、彼が背を向けたことで我に返り、ボタンに手を掛けようとする。
「させねえ、ってのっ!」
クワガタは落下に合わせ回転していたため、腹部にあたる部分が上空を向いてる。そこに向かって平手打ちをした。機械の硬い体に先ほどの弾力性はなく、衝撃が直接操縦席に響く。そしてそれ以上に、衝撃とともに地面への落下速度が数段増す。
『うわあああああああああ!』
叫ぶカブト。視界に迫っていく地面。いくら頑丈な機械とはいえ、この速度で落下しては自身もただでは済まない。それは、死の可能性が跳ね上がっていることを示す。が――――――
――――――ポヨン。
そんな呑気な効果音が聞こえたかはさておき、それくらい弾力がある物体がクワガタの地面への直撃を避けてくれた。
傍から見ていた二人にはクワガタを守ったその物体が分かった。先ほどマモルが手刀で地面に落下させた種子だった。獲物を捕獲し損ねた種子は先ほどの根を伸ばすことは無く、ただじっとしていたので衝撃の緩衝材の役割を果たした。
一方。種子の弾性で跳ねたクワガタは真っすぐ、ある木の方へと向かっていた。それは、先ほどマモルが攻撃を喰らった《貫きの木》だった。
『(やべえ、あれだと今度は刺されるのは俺の方―――しかも機体に乗ってるから回避もできない!?)』
このままだと、先ほど落下した時と変わらずに彼は――――
『(死ぬ!?)』
木は、目の前に迫っていた。
★
「よっと」
数秒の後に地面に着地したマモル。二人が落下したクワガタを見つめているのを見ているのを視界に入れる。
「あ、マモルさん」
「おかえり、マモ君」
「おう。で、カブトはどうだ?」
木の方を見ると、クワガタが腹部を見せた状態で木に寄りかかっていた。
「多分、生きてます」
「そう…だね。なぜか、木も、針が出てこなかった…し」
『多分それは、お前がやってくれたんだろ?』
クワガタが六本の脚をわなわなと動かし機体を揺らす。
やがて元の形に戻ると頭部の防衝撃ガラスを外し、操縦席から出て来る。赤髪長髪の少年。
「あれって―――」鋏を指さし。「もしかして《貫きの木》の回路に刺さってる?」
「正解だ。機能を止めた」
全て理解したように一度見開くカブト。
「はっはっはっはっ!やられたよ。俺の負けだよ。いやぁ。殺されんでよかったぁ」
「殺さねーよ。お前だってそんな気なかったろ?」
「まあ、な」
マモルはカブトの言動に確証を持っていた事があった。
「監視カメラかなんかで見てたんだろ?でなけりゃ、俺たちのもとにこうして現れることもできないしな。」
それに、
「俺の反応速度は知ってたわけだ。なら、この位置に木があっても俺が避けれるってわかってたんだろ?」
「まあな」
カブトは自慢げだ。
「それに、サンカが再生能力を持ってるってのも、知ってたんだろ?」
「まあなぁ」
ここまで聞いて、二人もカブトに対して警戒心を解いた。なぜ最初に攻撃したのがサンカだったのかも、それで説明がつく。むしろ、監視していたのなら、排除したいのなら、サンカ以外を不意打ちすればそれだけで状況はだいぶ違っていたからだ。
「お前はこうも言ってたろ?"前哨戦と思ってくれていい"って」
「まぁなぁ」
つまり最初から、 排除する気も、まして大怪我を負わせる気もない戦いだった。カブトのそんな気持ちを汲んだことで、マモルもそれに対応した戦闘手段を用いたに過ぎなかった。




