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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
22/48

【拒絶の森→潜入《レジェクト・フォレスト→イントゥ》】

 拒絶(レジェクト)(フォレスト)。サナエたちの住む家の裏手から続く深い緑の生い茂る場所だ。傾斜はほとんどななだらかな土地が広がっているが、高くそびえる木々は地上への光をほとんど遮る。そのため衛星からの映像も入ってこないようになっている。そして何より、人という存在そのものを、拒む。故に、そう呼ばれている。

 しかし、富もある。危険生物だが、研究にはもってこいの生き物、植物、そして、森の奥にある鉄―――それを求めて、入って行く冒険者も多い―――――生存は保証しないが。

          ★

 一日サナエの家に泊まる。日が落ちたことが何よりの理由で、夜の森など絶対に避ける必要があった。霧も心配されたが、風も気温も申し分ない具合となった早朝。展示場の中で出発の準備をする三人の影。それを会計の後ろにある階段から見つめる影も三人だった。

「よし。行こうぜ。」

「はい。」「う…ん。」

「本当大丈夫かい?良ければこれ、お弁当」

 朝起きた直後だからか、いつもにも増して髪に立体感のある青年はメガネをかけておらず、手に持った風呂敷を渡そうとする。

「いいよいいよ。森には山菜とかありそうだし、それに動物もな。」

頭部の三分の一が白髪の少年・マモルは野生的に応える。出発時にできるだけ手荷物は多くない方が良いと聞かされていたからだ。

「うん…この辺りで、食べれるものは…大体わかる…よ。」

弱々しげに、灰色のフードパーカーと同じ色の作業着を身に着けたサナエは言う。そのサナエの言動を見て、訝しげにマモルが訊く。

「お前、大丈夫か?ってか、ホントについて行くのか?」

「うん。鍛冶師である以上、材料は、しっかりと…見たい」

「こだわりは認めるが、それでも危険だろうが、せめて、あっち」

指さす。

「あっちに"入ってから"いかないか?」

「しっかりと見たいって…言ったでしょ。肉眼で、見たいんだよ。それに、多分…あの金属の…性質上…機械に入るの…良くないかも。」

「え?」

マモルが指したのは、展示場の隅の長椅子。そこに寝かせるように置かれたマネキンのようなデザインのロボットだった。サンカが疑問の声をあげるが、それだけで今は踏み込まない。

          ★

 そのロボットは、サナエが《機械剣鍛冶師》という職に就いているためにマモルたちが配慮して創った作業用ロボットだ。しかし、これはただのロボットではない。

 サナエの寝室にある送受信用デバイスによって、そのロボは接続(リンク)する。彼女が動かそうという意思を送れば、そのロボットも連動して動くことができる。さらに、ロボットの起動と同時にその周囲に10cmのホログラムが展開、サナエの容姿(デザイン)を完全に再現し、服装を変えた仕様で構築される。つまることろ、サナエが《仕事モード》のときは肉体ではなく、この作業用ロボットに意識を乗せて作業している。昨日の夕方、到着したときに見たあられもない彼女は、ロボットの外見に意識だけを載せた彼女だった。

『うーん。かっこよくしたいよね。』

『な、なに…が?』

『名前』

 その後、彼が名付けたそのロボットの名前は『幽体(ゴースト・)職人(ジョブ・マシン)』。機械の体と人間の意識で剣を作り出すのが機械剣鍛冶士の名前の由来の一つ。

          ★

「んで、サンカ。お前も来るのか?」

サナエの説得は諦めたとして、今度はサンカに意思を問うマモル。

「はい!私はお二人の護衛。守さんが危険なところへ行くとなれば、行かないわけにはいきません!」

気合十分に胸の前で小さなガッツポーズ。こちらも引き下がってくれそうにはなかった。

「寧ろ、マモ君が残った方が…よくない?」

「そうですよ。私たちだけで十分な気がします!」

マモルが説得されかけていた。

「いやいやいや。俺が早苗に剣を作るように依頼してるのに、ただ待ってるだけにもいかないだろ?」

確かにサナエにしか材料の優劣は分からないし、いくら拒絶の森とはいえサンカの再生能力の敵ではないとは思う。この場合、マモルにできるのはせいぜいサナエに付きっきりで傍にいることぐらいだ。

「それでも、守りたいもんは自分の力で守りたいんだよ。」

「…。」

サナエが笑顔を一つ作るとしている。サンカの方は「仕方がないですね。」と言いたげだ。

「「それじゃ、行こう…ね。」行きましょうか」

なぜか“仕方ないなあ”という顔をされたマモルだった。

          ★

 門の前で手を振って見送ると、三人が森の中に消えていく。残された三人は、ほっと一息をつき、気持ちを切り替える。

「さて、三人は行っちゃったし、僕はサナエちゃんの使ってる器具の点検でもするよ。」

「あ、お手伝いします。」

「自分も!姉さんと御二人の話聞きたいですから。」

「うん。いいよ。」

ハカセはカイトとケンマは、それぞれ笑顔を作ってみる。が、三人とも内心は不安だった。

 拒絶の森には《管理人と》呼ばれる者意外、生きている人間はいないと聞く。それは紛れもない事実であり、入って行った人間は数知れなくとも、出てきた人間はこれまでにいない。

「せめて、生きて帰ってきてね。三人とも。」

          ★

 森、と呼ばれる以上当然木々は生い茂り、その根もある。特に人間の手が入り込めないこの森は太く、また障害になりやすいものも多い。したがって。「きゃっ!」「おっとと」森での体の使い方に慣れていない人物は、必ず一度はつまずく。マモルはサナエの手を握り、何とか彼女が転倒するのを防いでいた。

「大丈夫か?」

「う、うん。ごめん、ね」

「いいよ。お前を危険な目に遭わせないように、善処するから。」

「うん」

「随分と、仲がよろしんですね」

割り込むように、サンカが頬を膨らませている。現在は三人は、先頭を耳が良く注意力のあるサンカ、その後ろにサナエ、マモルと続いた。そうして、振り返り呟くサンカに対し、マモルはあえてその表情の変化には気づかないふりをして応えた。

「まあな。もう7年近くつるんでるし」それよりも「この森は、どんな危険があるんだろうな?見たところ、多少足場の悪い人の手の加えられてない道って感じだが?」

「ううん。ここ、聞いてたよりはかなり危なくない…のかな?」

サンカが一度、サナエの方を振り返った時だ。


――――――ドスッ!


「ドス?」

現在サンカ、サナエ、マモルという一列縦隊で歩いている。一番前にいるサンカのほうで、何かが刺さるようなそんな鈍い音が鳴る。

 音の方を見るとそこには、胴の中央―――心臓を前から針のようなもので一突きにされている彼女の姿があった。

 針。正確には枝のように見えるそれの出所を探るためにマモルは彼女の腹部を見る。それは地面から斜めに、そして正確に彼女を打ち抜いていた。

 当然、サナエは叫ぶ。危険だとは聞いていたが、いきなり親しくなった人が死んだのだ。無理もない。が、この場合刺さった相手が悪い。

「イタタタ…。もう、あまり見苦しい姿をお二人に見せたくないのに!私も鈍ったなあ…」

まるでただの胸やけかのように傷口だった箇所をさすり、平然としているサンカの姿がある。

「へ?……へ?」

当然、サナエは困惑の色を隠せない。

「サンカ…」

「えへへ。すいません、ドジっちゃいました。本来ならこの一撃で人生おしまいでしたね。反省してます。だから……その……」

もう抱きつかないでください…。耳まで真っ赤なサンカがマモルの腕の中にいた。

         ★

 森の中、それも常人なら死人が出ていたであろう攻撃があった場所で一人は正座を、一人は木の陰に隠れ、一人は正座する人物に向かって仁王立ちをしている。

「いいですか。隠れているサナエさんも聞いておいてください。私は再生能力者・赤眼(レッドアイ)です。ですから病気や外傷で死ぬことはありません。あまり騒がないように!」

「はい。」

「は…はい。」

「でもよ。わかったよ、この森が危険だってこと。あの枝みたいなのが襲ってくるんだな。」

「うん…この木は、大丈夫みたいだけど。迂闊に近づけば、さっきみたいに串刺しにな…るよ」

「確かにそうですね、…これは何の植物でしょう?」

「カガク時代…の防衛植物、だよ。木そのもの…が、命令を実行する力…あるの。」

「食人植物や食虫植物と同じで捕獲範囲に入ったことで侵入者を仕留めるんですね。」

サナエは無言でうなずく。

 マモルは近くにあった太い木の棒を上下に動かしながら言う。軽いなあ、などとこの枝を分析しながら、何か先ほどの攻撃を避ける糸口はないかと考える。

「でもなあ、構造状一体どうやって――――「ザクッ!」――――ザク?」

右手を見れば先ほど拾った木の棒が見事に貫かれている。

「げッ!?」

「や………ばッ!」

「逃げましょう!」

分かってる!

 ゴーグルを掛け、二人を抱え、地を蹴る。

 まるで一つ針が作動したことでスイッチが入ったように、三人がいた場所に剣山が現れるが、そのころには三人の影はそこにない。

「きゃーーーーーあああ!」

「ちょッ!?早苗!?悪いが少し黙ってくれないか、細密作業中っう!」

背中を反らして避ける。紙一重で背後に剣山がせりだす。

「マモルさん、精密作業とは?」

左側で頭を前にして抱えられたサンカが問う。自分は貫けかれても実質無傷なためか、至極冷静だ。

「あ、ああ。見たとここの防衛反応は『円形』に機能してる」

「円?」

「そう。木を中心として円形の防衛範囲があって、そこに生体反応―――多分、心臓の鼓動を探知して剣山を出してるんだと思う!」

"そういう回路になってる"のだと、マモルは先ほど枝に刺さった木を分析することで知ったのだった。

「きゃーーーーーあああ!」

右側でマモルから見て頭を後ろにした形で抱えられているサナエは依然として叫び続けている。

「そんで、円に入ってからその対象に攻撃するまでは0.5以上うっ!」サンカを引き寄せて襲う剣山を避ける。「――んで、実際にその攻撃が実行されるのは最短で1.5秒。もちろんおおよそだッ!」

「ええ…」

「だから全てが機能が実行されて実際に到達するまでに2秒かかってる、つーわけで、なるべく、よッ!」左に飛んで避ける。「円に入らないようにしながら、それでも入ったら2秒以内に避ける。これをやってるッッ!」

「え?それだと両側にいる私たちが不利じゃないですか?」

「……。」

「マモルさん?」

不安そうに見つめる。

「すまんっ!」舌を出して片目を閉じる。

「かるっ!?」

「でも、これを逃げ切れば終わりだ!!」

マモルの予想では、剣山としてせり上がった枝は、その後地面へと戻っていき、再び円内に入らなければ攻撃は来なかった。あとは自分の集中力が続いていれば、この攻撃をやり過ごせることができた。そうして剣山は木々を抜ける度に猛スピードで生えるが、マモルをとらえきれてはいない。

「ん、ひゃあん!」

後は彼の集中が続けばいいだけだった。サンカの声がなにか喘いでいる気もするが。

「きゃーーーーーあああ!」

彼の集中が…続けばいいだけだ。サナエが依然として叫んでいるが。

「ひゃああん!あ、あっ」

集中…。

「できるかああああ!―――うおっ!」右に飛んで避ける。「――ちょっとサンカさん!?なんでさっきからピンクの声出してんだ!?」

「だ、だって…」

口ごもるサナエは下を向いてしまう。その様子から、何かしら理由があることが伺えた。

「え?どうしたの?」

「マモルさん…胸…。」

「え?………あ」

言われるまで気が付かなかった。本来マモルの義手は相互感覚である。熱を義手が感じ取ればそれはマモルの脳に伝わり、反対にマモルが刺激をうければ反射的に義手が動く。まさに一心同体だ。しかし、マモルが別のことに意識を持って行ったときは例外となる。つまり、今マモルが投じている事柄のように避けることに専念しているときは、彼にはそれ以外の感覚はない場合がある。そうして例え、サナエの胸を触っていたとしても。

「わ…わりい…」

抱えている体勢をすぐに変えようとして、一度弾ませる―――が。

「! にゃあん!?な、何でもう一度触るんですか!?それも一度浮かせて。」

剣山は容赦なく襲いかかり悠長に体勢を変えていられる余裕はない。寧ろサンカの胸を揉みしだく形になっていまう。

「きゃーーーーーーぁあ!!!」

「いやいやいや。体勢変えるのとか!ムリムリムリッッッ!!俺今避けるので精一杯、っていうか早苗!いい加減うるさい!!」

一体どうしてそんなに叫んで…。あ、いや、わかった。

 最初、彼は彼女が迫って来る針の攻撃を怖がって叫んでいるのだと思った。マモルにとっては背後から迫る針であり、同じように背中を向けているサンカと違ってサナエは目の前から命を貫く針を見ているのだから、そういう体制で持ち上げてしまい申し訳なく思った。が、いくら何でもうるさすぎた。彼女も危険を承知で来た以上、今このように対処できるような些細な危険には冷静でいてほしいものだと、マモルは思っていた。が、今こうしてしっかりと右義手に意識を向ければ、それも致し方ないのかなと納得してしまう。

「ごめんッ!触ってたんなら言ってくれよ!」

「グスっ…でも、どかせない、でしょ?」

ま、まあな。しっかり鷲掴みしていた。二つの柔らかなふくらみの一つをガッチリと。

「うわあああん。マモ君のエッチいいいいい!」

「ちがうちがうちがう!俺だって早く放してやりたいけど、流石に今は無理なんだって!!」

「それにマモ君。追ってきてるよ、あれ」

「え?」

後ろに感覚センサーを向ける。ピピピ!という電子音が頭に響き、確かに物体の急速な接近を告げている。

 恐らく、針が地面と平行に迫って来ているのだろう。それはすなわち、あの鋭利な防衛手段は飛び出すだけでなくそこから曲がり、伸び、追尾することができるシステムに切り替わっていたのだった。

「―――ッチ!せめて二人とも、あと30秒待って!そうすれば、抜けれるから!」

「え?」

「マモルさん、それって?」

「いいから、あと25秒――ほわっ!――数えてな!」

 その後、二人はマモルに抱えられながら「いーち。にーい。さーん。」と素直に数え始める二人。気が抜けるような幼稚な数えだが、マモル自身ラストスパートを願ってなおも全力を出す。

「「にーじゅよん!にーじゅご!」」

「とりゃああ!」

景色は変わらず木々の続く深い森だが、マモルは2つの木の間をゴールテープのようにくぐり。

 二人に覆いかぶさるように地面に倒れた。針が来ても自分が身代わりになる覚悟らしい。

「マモルさん!?」「マモ君?」

「くッ…。(あくまでこれは俺の計算。失敗すればこいつらごと…!)」

それだけは絶対にやらせない!!

 突き刺す枝たちは一つの巨大な大針となり迫って来る―――そして、マモルめがけてしなっていくと――――彼の背中に軽く触れただけで針は止まった。

 その後、枝は彼を認めるかのようにゆっくり離れて行き。木々の闇の中に消えた。一種の巨大な蛇のようにもどり、辺りには暫く静寂だけになった。

「「「……………はあ」」」

3人は同時に安どのため息をつく。

 そしてマモルが体を起こそうとしたときだ。

――――ムニュ。

 とそんな心地よい響きの効果音が聞こえたかは分からないが、とにかく、両義手は柔らかい感触に包まれた。

「ひゃああ…」漏れるような絶叫のサンカ。「う…うぅ…」サナエに至ってはすすり泣いている。

「す…スマンッ!」舌をだして、片目を閉じた。

―――――――――バチン!

この拒絶の森にそんな破裂音が2つ響いたのは、この森ができてから今までで初めてのことだった。

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