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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
21/48

【拒絶の森《レジェクト・フォレスト》】3

――――――いつからだろう?

 マモルにも言っていない暗部での日々。それは、恐らく彼が生きているうち、一度もしないであろう所業の数々。人を殺すし、人から奪うし、人の意思や考えを否定する。

 そんなことを今までやってきて彼女には、マモルの言葉が―――慰めるような言葉が刺さるようで、安らぐようで、不安になる―――いわゆる、ごちゃごちゃだ。

 仕事の一つ「人を殺す。」これを何日も、何か月も、何年も行ってきた。対象(ターゲット)の血が身体を撫でる感覚。初めは気持ちが悪く、その日は数時間もお湯を浴びて血の跡―――というか血の付いた感覚を消そうとした。が、その仕事が二桁目に入った頃から、彼女には全くその感覚がなくなっていた。むしろ――――――「……気持ち、いい」不意に口が動いた。

 気持ちが良かったのだ。快楽とか、愉悦とか、感動とか、今まで感じたことがない感情だ。幼い少女の体に刻み付けられた血のぬくもり、鉄の香り。正常でいられるわけはなく、また彼女自信"あえて"正常を切り離した。精神は犯され、侵されていった。

 そして、八年前だ。世界が、滅んだ。より正確には壊されたという方が正しい。破壊機械による破壊行為だあった。

 今まで行っていた仕事場はおろか、世界が壊れた直前まで住んでいた『家と呼ばれる場所』も廃材となるまで、完膚なきまで壊された。

「…。」

家族の安否を思うよりも、自らの今後を考えるよりも先に彼女は持った。

――――――――――これから、誰を殺せばいいのかな?

          ★

「………。」

「………。」

無言の時間が昏い森の前に流れていく。風と共に木々が揺れる音だけがその場に響く。サンカの目線は下に向いている。恥ずかしさより、愛おしさの方が大きいが、それを改めて言葉にする手段を彼女は知らない。それが意外と単純だと言うことを、彼女は知らない。マモルは、ただ、彼女がこれからどうするのかを待っているかのようだった。

『なかなか、骨があるじゃねーか!何より、姉さんを見ても全く動じない、驚きだ』

そんな二人の静寂を裂くように、声が聞こえた。人間の声に幕を掛けたような声。

「な、なんだ今の?」

「え、ええっと…。」

動揺するマモルを気にしつつに、サンカはそっと視線を右手に持ったハサミに送る。

 青い刀身。取っ手は黒。やけに刃が長ぼそく、先細りしていることやデザインを考えなければ、いたって普通だ。

「!そ、それがしゃべってるのか!?」

「え…ええ…っと。」

『おう。俺だよ。俺俺」

いや、誰だよ。

「ちょっと!」

小声で、マモルから背を向けてサンカは喋るハサミに話しかける。

「何勝手にしゃべっているんですか!?」

『……。』

「なんで今黙るんですか!?」

『姉さん。真面目な話だ』

「……。」

普段真面目に話していないのは、どこのどいつですか!?脳内ではビシッとツッコんでいた。

『俺は、今回あいつに俺のことを話すつもりだ。これは俺のためでもあるが、なによりあいつのためでもある。詳しくは、言えねーがな』

「…。」

肝心なところはいつも通り秘密ですか!?脳内では、ビシッとツッコめていた。

 この流れはいつものことだった。時々話しかけてきて、あちらからは一切の情報を渡さない。しかし、もうこうして喋られている以上、拒否権が自分にないのも明らかだった。それに、

「わかりました。あなたが話せるのを知った時点でマモルさんの興味は…」背後を見る。キラキラした目が見える。

「はあ…。興味は萎えてくれないようですから。」

          ★

先ほどまで自傷癖に悩んでいたことなどそっちのけの様子で、マモルはサンカに――正確にはサンカの鋏に興味持っている。

「マモルさん」

「おう!」

「私の武器は特別製でして」

「見せて!」

「これがかなり貴重でして」

「見せて!」

「……。」話は、逸らせなかった。「は、ハイ。どうぞ」

 手渡されたマモルは、鋏を頭上に掲げる。片手で持ち、もう片方の手で首に提げた作業用ゴーグルを目元に移す。さらに、ゴーグルの機能の一つである透視(スキャン)を使う。

「んー…。発声器官が、無いな。でも、喋れるんだろ?」

『おうともよ。俺は昂る鬼と書いて《昂鬼(こうき)》貴重な貴重な呪具の一つだ』

「! 呪具っ…!」

その言葉に、マモルは絶句する。

 それはこの世界においても、貴重なものだった。詳しくは今後明らかになるだろう、それはマモルが今すぐ解体(バラ)して構造を解き明かしたいくらいには、貴重なものだった。

「が、呪具はデリケートなんだよな。迂闊にはバラせないか。」

『お、おう。勘弁してくれ…』

目もなく、顔もないが、冷や汗が流れているようなあせった声を出す鋏・コウキ

「ま、マモルさん。あんまり長く持たない方がいいですよ?」

「あ、ああ。そうだな。」

 サンカのもとに戻って来る。

『姉さんはこれでも鉄壁でな。普段から男を寄せ付けねーんだけど…俺も風呂場にはもっていかねーし、持っていったとしてもケースでグルグルだしな』

「お、おう。」

それはまた、わかりやすい鉄壁だな。いくら『俺』などと名乗っていても相手は鋏なのに。

『だが、十六になって初めて、たった一人の男に全裸を見られたそうじゃないか。ざまーみ――じゃなかった。面白いことになったぜ。』

「いい加減にしてくださいよ。コウキ。あんまりふざけたことを言っていると―――

静かに、殺気を起こす。

『わ、わかったもう言わねーよ。』

鋏のくせに、表情のないくせにやたら豊かな彼は、タジタジだった。

          ★ 

 やっぱり、彼は否定しなかった。それが痛くうれしい。子供のようにそれに興味を向ける彼と焦っているコウキを見ながら、涙を笑いで誤魔化していた。そんな時だ。

「も…う。二人…とも。遅い…よ。」

ガラガラと扉を開け、顔だけ出したあと、消え入りそうな声でサナエが言う。

 パタパタと靴を鳴らしながら、二人に近づいていく。

「おう。悪いな早苗!」

「全く、サンカさんを…心配して、出て行くのはマモ君らしい…けど…。夜遅くに…森の前は…危険だよ?」

「ああ、わかってる。」

 心配そうに見つめるサナエを安心させようと笑うマモル。その様子を見つめるサンカも、いつの間にか頬が上がっていた。

(やっぱり、誰に対しても同じように笑うのですね。あなたは…。)

          ★

「…それで、マモ君が来たのは…私の創った剣が欲しいから、だよね。」

「そうだ」

「んー。ここから…丸一日移動して…鉱石地帯…に行くのが…一番効率がいいんだけど…ね。」

「それだと、片道は最低二日はかかるな。 」

「そう。…ダメ?」

上目遣いで聞いて来る。マモルにとっては別に問題ではなかった。が、予定している決闘(?)の日時はあと5日。往復で四日以上削られると思うと…

「準備期間の時間も含めて…もっと手っ取り早いの無いか?」

「あるには…ある。でも…。」

躊躇するように、目線は下がる。効率が良い方法とはつまり安全な方法ということでもあるから、それを無視することになれば話しは別だと。そういおうとして、目線が一度下がった拍子に彼女は、ある道具が視界に入った。

「?」「?」

サンカとマモル、二人同時に首を傾げる。

「ねえ、それって…」指をさす、その先にはサンカの腰――――に、巻かれたシザーケースがある。「見せて…くれる?」

「え、ええ…」

ゆっくりとシザーケースの留め金に手をかけ、渡していく。

 マモルは先ほどの鋏の正体を思い出し、緊張が走る。

(あいつ、いきなり話し出したりしないか…?)

マモルの緊張を汲み取ったのか、サンカが耳打ちする。

「大丈夫だと思います。長くは触らせませんし…。」

 しばらく、二人でサナエの動向を見守る。

 サナエは、マモルと同じように空に透かしてみたり、刃先を指の腹で何度かつついてみたり―――近くの岩に突き立てたり。

「え?」「はい?」

ガキン!という音とともに岩が刺さった所からヒビが走り、砕けてしまう。

「え…っと?早苗?」

困惑しつつ、聞いてみる。仕事モードのときは気合入れという名目に派手な言動や恰好を受け入れているが、通常ではそんなこと無く、あくまで穏便に事をこなしている彼女。よって、通常ではあまり派手な動きはしないのだが、現在はこれである。

「さ、早苗?」

「マモルさん…下がって」

聞こうとしていたマモルを遮るようにサンカが横から低い声で言う。

「え?」

視界を向けると、そこには警戒心をむき出しにしたサンカがいた。その様子にマモルも用心する。呪具は性質上、『ある条件下の人物』以外は、長く触ることができないものだった。

「もしかしたら、もう暴走してるかもしれません。」

「ま、マジで」

もし本当なら、かなり危機的状況だった。しかし、二人の視線に気が付いてか、サナエが慌てて否定する。

「……!。あ、ご、ごめんね。ちょっと……」溜めて。「興奮してた!」

「「……は?」」

 それから、サナエの行動の詳しい説明をされた。

「この…素材…実際に使ってる…人、は…初めて…見た…よ」

両手で鋏を握りしめ、喜々として語るサナエ。

「この素材?」

「うん。この、青い素材はね。『蒼皇帝鉄(そうこうていてつ)』世界で…二番目…に硬い鉱石で、鉄分に触れると青く輝くんだ…よ」

「鉄に?」

たしかに、サンカの自傷で心なしか発光している。家の明かりで周囲が明るく、目を凝らさないと分かりずらいが。

「うん。これは…純度100%って、ほどじゃない…けど、もしそうなら、暗闇…の蛍くらいには…輝くよ、そして、鉄分が含まれる物質から、…鉄分を採って、自身の…再生に利用するの…」

「つまりそれは、欠けない?」

「うん、整備が…ほとんど、いらない……よ。」

「へえ~」感心の声が漏れる。「それって、どこで採れんだ?」

「天然…じゃ…なくて、化学…合成なの。生産地は…2カ所。一つは…地下世界、第3層にあって…そこまで、とってきて……完成には、五日、かな。」

「い、五日…それはダメだな。」

それで、もう一つは?マモルの質問に、サナエはゆっくりと指をさした。それは、家のすぐ側に茂る森をさしていた。

「うん。もう一つは…この森――――“拒絶(レジェクト)(フォレスト)”の中心地…にあるよ。」

「え、マジで?」

「うん!」

今後の方針が完全に決まった。

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