【崩壊後《アフターワールド》1】
―――――――――八年後。
「ハッ!…いッつぅ~~くぅ~~~!」
目覚めと同時に少年の右頭部に激しい痛みが起こり、意識が完全に覚醒する。いつもの朝、叩き起こされるより不快な目覚めだった。
「――くっそ!毎回毎回いい加減にしろよ!」
少年はベッドから上体だけ飛び起きるとそんな誰にとも言えない文句を吐く。しばらくはそのまま、痛む箇所を押さえそれなりに表情を歪める。痛みが引けば、しばらくボーっと虚空を見つめる時間へと移行した。部屋の様子をただ視界に入れるだけの時間だ。
(あれ?どんな夢見てたっけ?)
思考が働くようになると夢の内容を思い出そうとした。しかしどれほどの悪夢でも、意外と詳しくは覚えていないもので、今となっては少年はそれが悪夢であることだけしか思い出せなかった。毎年起こるその悪夢により、幼少期は隣人に泣き付いたときもあった。隣人については、すぐにでも明らかになるだろう。ともかく、起きてしまった今では右頭部の痛みだけが残っているだけだった。
(あれは昔の記憶…なんだよ…な?)
そんなことを漠然と思う、何せここ最近ずっと同じ内容なのだから。
少年は自分の白髪の右頭部に手を置く。頭部からはコンピューターの起動音とギアなど機械部品の駆動音が聞こえる。
(んー…。これ以上の改造は止めた方がいいな。それと、やっぱり早く寝るべきだったかな)
少年はそういうと視線を左にある窓に移す。土の壁が空間を挟んで向こう側に広がり、そこが太陽の光を反射して暗い少年の部屋を照らしてくる。
(うーん、この季節設定で太陽の位置があの辺り…まだ七時前なのか)
時計のない部屋で二度寝に入ることも考えた少年。しかし、頭部の止まない頭痛と下から漂ってくる朝食の匂いによる空腹で少年の身体はベッドから離れた。
そばにある机には黒い作業用万能ゴーグルが置かれている。ゴーグルはアームからモダンにかけては太くなっており、モダンの両端にはひもが掛かっている。
部屋の扉に向かうがてらそれを拾い、首に掛け、取っ手に手をかけると、部屋を見回し言う。
「ああ、あとでここも片づけなくちゃな」
床には図形が書かれている紙が十数枚散乱していた。そんな床をお構いなしに踏みながら歩いたが、裸足であっても一つたりとも紙が足の裏に張り付かなかった。少年はそんなことを疑問に思わず、部屋を後にした。
★
階段も自動にすることをもう一人の住人が提案したが、それだと日々のリハビリにならないので、少年は自動化を拒否したのだった。したがって、木製の階段を使用していた。階段は半分のところで踊り場がありそこからは180度回って下に降りる仕様になっている。そこで、少年は左頭部を掻きながら下の様子を考える。
(それにしても、なに作ってるんだ?とりあえず、いつもの餃子の匂いはわかるんだが…。それ以外にもいろんな匂いがすんだよな…)
訝しげに降りていく少年、下に降りてすぐの部屋の自動扉が空くと同時にそれらの匂いは増していき、もう一人の住人は現れる。明るく軽快な挨拶と共に。
「おっはよーう!マモルンっ!」
フライパン片手に、もう一人の住人は言う。
「おはよう…ハカセ。朝からそのテンションは少し引くぞ…。」
対して少年の言葉に覇気はなかった。
ハカセと呼ばれた青年。屈託のない笑顔は朝からは眩しすぎるほどだ。
彼は本名を『博田高士』通称『ハカセ』。
年齢24歳の男、185センチ。AB型。ぼさぼさの整っていない茶髪に今時存在しないはずの改造の施されていないメガネを着用。白衣の下に黒のTシャツ、下はジーンズという格好の青年だった。
彼は気だるそうな少年に変わらず言う。
「もう、君はテンション低すぎだよ、マモルン。」
「ハイハイ、そうですね。」
毎度のことだ。いい加減反論も飽きているため、少年はハカセから距離をとることにした。ハカセのいる部屋は台所のためそこを過ぎるとリビングだった。だれもいないときは盗難防止のため何もない空間だが、少年の入室と同時に部屋は様子を変える。
壁は反転しテレビ用の球体や棚、防音・防火の鉄製シャッターが開きベランダに出るためのガラスドアも出現し、床からは6人が座れるイスとテーブルがせり上がる。
と、部屋の内装が大きく変わったところで、その過程にもすっかり慣れた様子の少年は適当な席に着き、話を続ける。
「こんな御時世、そんな明るくなれないっての」
八年前に起きた事件、それによる爪痕は未だ深々と残っている。多くのものが失われ、多くの者が失くなった。少年だけでない。彼らが完全に立ち直るにはもうしばらくかかるだろう。そんな愚痴にも似た言葉を発する少年に対しハカセは諭すように言う。
「こんな御時世だからだよ」と、「マモルン。元気にいこーう!はい、これ朝食!」
両手に持った大皿をテーブルに置くハカセは、続けて言う。
「もう少しで全部できるから待っててマモルン。その間に年に一度の、“更新”やっちゃってて」
言うと、ハカセは再び台所へと消えた。
「はいよ、そういえば今日だったな、更新日」
ハカセが再び台所に戻ったのを確認した少年、その後「さてと」と、首に掛けたゴーグルを目元に移動させる。ゴーグルのアーム部分にはいくつかのボタン、スイッチが付いており、その一つを押す。
カチッ、という音ともにゴーグルのレンズに映像が出現。
下を向くと机にはキーボードが現れる。
少年は一度確認の為にゴーグルを外す、するとキーボードと映像はゴーグルにつられて見えなくなる。これが現代技術の一つの視覚内ネットだ。再びゴーグルを掛けた少年はため息を一つ吐く。
「…はあ、さっさと更新、済ませるか」
途端に、少年の頭部に再び襲った激痛。
小さく呻く少年。静かな朝には良くないタイミングであり、自信がやる気になったのもあり、苛立ちが募った。
「おや?また痛むのかい?マモルン。よいしょっ」
少年の呻きが部屋に溶けると同時に、台所からハカセが大皿を持って現れた。「どうせまた、夜遅くまで仕事してたんでしょ?よいしょ。」慣れた手つきで長机に運び、また台所へ。
「頭痛は最近まで納まってたんだけどな。でも、昨日があの日だったからかな」
「あの日、つまりは8年前の『破壊機械暴動事件』だね」
一度顔を出しそのまま同じように大皿を置く。
(まだあるのかよ、朝食……)
その三度目になる光景を少し疑問に思う少年だが、自分の作業を続けることにした。机の平面にあるキーボードに“手”を置きつつ、ハカセとの会話も返す。
「そうだよ、あの事件のトラウマが響いてるんだと思う。夢は記憶の整理、だから、昔あったことが起因するというわけなんだが…」
更新ページを開き、答えるマモル。ハカセはまた大皿を運ぶために現れる。
「辛いよね~、やっぱり。でも、君の場合は記憶が、ね」
「あぁ、あの事件以前の記憶がないんだよな……」
話半分、作業半分で動く少年『瀬戸守』彼には八年前以前の記憶が脳の損傷によって全て消失していた。よって、その名前すらハカセこと博田高士によって名づけられたものである。
「とにかく更新、済ませちゃってよ。よいしょ。」
「ああ、わかってる。」
言うと、マモルはさっそく手を動かし始めた。キーボードを叩く手は素早く、手慣れている。
☆
更新日 3048年7月8日
更新者 『瀬戸守(本人)』 証明ナンバー 『0892836』
年齢 16歳
身長 178センチ
体重 85キロ
血液型 "基本"AB型※備考へ
病状 記憶喪失、両上腕骨極短断切断、両大腿骨極短断端切断、右頭部損壊
備考 身長、体重については手足、及び頭部の三分の一が義肢であるためそれも含まれる。義肢は骨・神経直結型上腕義手・大腿骨義足を使用。外装に感触を再現したホログラム義膜を使用。日常生活では一見して見分けがつかない。ADLに問題なく生活が可能。
頭部の三分の一は機械のため白髪の人工頭髪を使用。さらに、記憶機能は右脳のほとんどを人口の記憶媒体に依存している。
現在、8つ年上のハカセと共に日常生活をこなしており……etc。
☆
マモルは「ふぅ」と息を吐きながらゴーグルを再び首元に戻すと天井を向いて伸びをする。そのタイミングでハカセが現れ、更新を労う。
「お疲れさま、マモルン。よいしょっ…よし!かんせーい!朝食が出来たよ、マモルン!」
マモルが更新を行っている間、ハカセは引き続き朝食の準備していた。
準備が一段落したためハカセはマモルの正面の席に着き、流れるように手を合わせ食事を開始、よほどお腹が空いていたのだろうとマモルも向かい合う。マモル自身も嗅覚が刺激され空腹を感じていたからだ。
「ああ、サンキュウな。ハカセ、いただきま――あ"ぁ"!?」
「ん?どうしたのマモルン?」
口を大きく開け唖然とした表情でテーブルの光景を見つめるマモルと、その表情の意味を全く理解していないハカセは一瞬箸を止めたが、大した内容ではないだろうと踏んですぐに食事を続ける。
対して未だ箸をもたないマモルは「おい、ハカセこれは一体?」察しろ、とばかりに遠回しに言う。その言葉の意味を斜めに受け取ったハカセは、「え?ああ、ごめんごめん。テレビつけるね。」などと言い始める始末だった。他の家庭では違うかもしれないが、この家では食事中もテレビをつけるようにしていた。
ハカセは右を向き、人差し指をたてる。すると、二メートルほど先に存在する球体がその動作を感知、ピピッと言う起動音の後に球体の上半分が二つに別れ、扇形に光が放出、中央で映像が始まる。
テレビでは、成人になったかならないかほどの若い男性、慣れないスーツ姿の彼は各地方の情報を伝えている。キャスターの若さに二人は今さら疑問に思うことはない、この御時世それが当たり前だった。キャスターは周辺のニュースや天気の報道などが終わると、机にあるであろう原稿に目線を移し、どこか明るい口調で次の報道を行う。
『――――続いて、昨日行われた世界的アイドル・東雲野々(しののめのの)さんのライブ映像の一部が公開されました――――』
映像が切り替わり、広い館内が映された。暗いドーム内にはライトとステージだけが光り輝いている。ステージは一層明るく照らされ、中央にはふんだんにフリルのあしらわれた衣装の女性が煌びやかに歌い、踊っていた。
「お、この子」
「知ってるのか?ハカセ?」
普段から食事時はニュースを一切気にしないで真剣に食べているハカセが興味を持ったのだ、マモルが聞き返すのは無理はない。
「んん?いやいや、よくは知らないよ。ただ、いつだったか少し小耳に挟んだ事があってね」
「なにをだ?」
「あの子、あのテレビに映ってる子さ、どうやら“四色団”の一つで幹部やってるらしいよ」
説明を簡潔に済ませ、食事を再開したハカセ。マモルからしてもそれ以上の情報には意味がない気がしたため、追及して訊こうとはしないかった。
「へえ、あの団体の一つ、ねえ……」その程度の反応だった。上部だけ関心を持つ素振りはしていたが、大して興味はなかったのだ。そして、自身がしたい会話とは反れかけていることにも気づく。「――――じゃねえよ!あぶね、気を反らされかけた!」
突然机をたたき飛び上がったマモル。驚いたハカセは目を丸くし、応当する。
「な、にを、騒いでいるの?マモルン」
朝から同居人のおかしな行動に箸が止まるハカセだった。
当のマモルは、半ば義務的に言う。
「いやいや、この状況でツッコミがない方がおかしいだろ。この状況の!」
言うと、義手で指さすマモル。その指が差す方向は、机だった。
「え、なにかおかしいかな?」
「おかしいよ!この料理の量!」
再び指差すマモルの言いたい対象は、正確には机の上の皿達のことだった。
現在、机にはご飯とハム付きの目玉焼きに味噌汁という朝の定番メニューが並んでいる。目玉焼きの胡椒の量、半熟の黄身の焼き加減、そして味噌汁の塩分量もマモルが満足のいくものだった。
「それはいい。でも!」
そして、目線と指先はそのメニューの周りに移っていった――――――。
大きな器にたっぷりの野菜サラダ、カレーのルー。薄い皿には何種類ものピザ、焼き魚、茹でたパスタの周りには数種類の味が楽しめる小皿、さらには豆腐、ホウレンソウのおひたし、天ぷら、餃子、タイ焼き、たこ焼き、焼き鳥、焼き肉、唐揚げ、チーズフォンジュの鍋と野菜たち。デザートにはクッキー、プリン、ショートケーキ、杏仁豆腐などなど、その他数個の料理がどれも二人分以上の量で作られていた。六人掛けの長机を埋め尽くすほどだ。
「なにこれ!?ビュッフェ形式!?」
朝から、それも成長期の少年と大の大人が食べる量とはとても思えない。
「あはは、そう思うのも無理ないね。でも安心してよ。これ全部食べなくてもいいよ」
そう返すハカセ、とても食べきれる量ではないのは明らかだった。
「それじゃあもったいないだろうからなるべく食べるけどさ。大体この食糧難になに無駄使いしてるんだよ!」
「無駄じゃないよ~、ちゃんと理由があるんだ」
「理由?」
「うん、あれ?言ってなかったっけ?それじゃぁその反応も無理ないね」
ごめんごめん、ハカセは相変わらずの飄々とした態度で説明を始めた。
「今日は『あの子たち』が来るんだよ。何食べるか聞くの忘れちゃったから色々作ってみたんだ」
簡潔かつ、二人にとって一番わかりやすい回答であり、これにはマモルも納得するしかなかった。
「なるほど、それでか、……にしても多すぎじゃね?」
マモルは目の前の量を見て、正確に判断する。『あの二人』の年齢からしてこの量を平らげるのは無理があったからだ。
しかし、ハカセは笑顔で答える。どこか自慢気に。
「大丈夫、うちの冷蔵庫のチルド機能をなめちゃだめだよ!この鮮度を一か月は持たせるよ!」
そう胸を張るハカセだが、マモルはそんなことは気にしていなかった。
「そーですか、それにしても、一体いつから作ってたんだよ」
量も去ることながら、一品一品な完成度も見張るものがあるのだ。盛り付けから彩りから、食欲をそそられる出来映えである。いくら調理器具や調味料が進歩していても、これだけの量を揃えるのに時間はかかったはずだった。
「これらの料理は…煮込まなくちゃな…ものもあるから…朝の3時からかな!」
「4時間!?4時間かけて作ったのこれ!?」
「そうだよ。いやあ、苦労したよ、カレーは二日目がおいしいっていうし二日目が再現できるようにしっかり煮込んでさ、餃子にしても僕の大好物だから気が抜けないし、時間が経って他の料理が冷めないように料理の順番とか同時作業できる仕方とか色々考えたりしてさ、さらに―――
ハカセの解説が止まらない中、マモルの左の義手からピピピッという電子音が鳴った。どうせ解説は止まらないだろうからと、半ば無視して音のする方に視線を向ける。
義手の手の甲を見ると中心では点滅するボタンがあった。押すとそこからホログラムで一人の少女が現れる。
それは、この時代の携帯機能だ。通常、肉体として腕が付いている一般的には時計よりも小さく指輪のようにはめることができ、先ほどの視覚内ネット同様本人以外には基本的に通話、メールができないようになっている。マモルの場合は腕の義手に直接搭載されているそれの通話機能を受け取ったのだった。
マモルの携帯機能に映った少女は後ろ姿だけが映っており、木の椅子に座る真っ黒なショートヘアに一本だけ腰まで伸びた長い髪を三つ編みでまとめている。三つ編みをなびかせつつなにか作業をしてるよう少女。ただ金属音だけが聞こえるが、その姿だけでマモルは誰か分かっていた。急いで家庭内モードに繋ぎ、ハカセにも聞こえるようにする。
その少女はマモルに祝いのメッセージを送っていた。
『マモ君!誕生日おめでとう!聞いてた誕生日って今日だよね!一番に伝えたくて電話しました!……え…っとこんな状態で電話してごめんね!今鍛冶屋の仕事が何件か入っていて、珍しく忙しいんだ。だから仕事をしながらになっちゃうけど、それと素っぴんで恥ずかしいから背中越しになっちゃうけど、えーっと、今度ウチに来てみてよ!弟ができたから紹介したいんだ!誕生日嬉しく思ってるし、おめでとう!っておもってます!それだけ!じゃあね!』
最後は背中越しに手だけを振って通信は終わった。
「……勝手に電話してきて、勝手に切られた…」
彼女のことを知っているマモルからしても、ここまでの長文での通話は頑張っていた方だったため、祝いを素直に受け取ることにした。
「あはは、君たちらしいじゃないか」
「ちゃかすな!」
笑顔のハカセに、マモルは呆れ食事を始めた。
★
「ふいー、腹いっぱい。もう食えん」
天井を仰ぐマモル、机には料理の半分が三分の一ほど減っている。
「お粗末様です。いやー、よく食べてくれたね」
お疲れ、と労うハカセはどこか楽しそうだ。
「ふう、…この後はどうしようかな、少しだけ暇になった」
頬杖をつき、テレビに視線を移したマモル。これからしばらく時間が空く。具体的には、『あの子たち』が来るまでの数時間ほどだ。
「あいつらはいつ来るんだ?」
マモルのその質問に、時計に目を移しつつ、ハカセが答える。
「え?ああ、多分もうすぐだよ。でも、一体なんだろうね。ここに来る理由って」
最後の言葉に疑問を感じ、マモルは質問をする。
「なにか依頼があるのか?」
それは、あの子たちがくる時、必ず話す会話だった。それに対して、ハカセは、忘れてたという目を見開くような表情をしたあと説明をした。
「ああ、ごめん言いそびれてた。そうなんだ、今回『白』からの依頼が一件あるそうだよ。同時に、あの子たちのことも診てやって、てさ」
最後の"診てやって"という言葉にマモルは反応する。
「はあ!?あの二人また壊したのか!ったく、この前メンテしたばっかだろうが」
それは怒りと言うよりは、心配に近い反応だった。
「まあ、まあ。」と、その思いを知っているハカセはなだめる。その後、思い出したように「でも、そうだね、あの子たちが来てからは暇がないし『これ』はあとで渡そうかな!」と言いハカセはいつの間にかテーブルの端にあった紙に包まれた何かを背中に隠した。その様子があからさまだったため、マモルはつい質問した。
「おい、それなんだ?なに隠した?」
「ん?ああ…これね。」
再び後ろから取り出したハカセ。机に置いたそれをマモルの方へ送る。
「えっと?」
「これ、僕からの誕生日プレゼントだよ。」
照れくさそうに笑顔を作るハカセ。マモルは机のそれを警戒しながらゆっくりと開ける。
そう、今日この日、瀬戸守は16才の誕生日を迎えたのだ。もっとも、彼には過去の記憶も、そしてなぜか記録も残されていないため、ハカセと出会った八年前の今日を誕生日としたのだった。
そして、紙が完全に外れると、現れたのは鉄の刃物だった。極薄の側面が刃になっている長楕円形の葉のような形、切ることも盾として使うこともできそうな形状だった。
「なんで、これを?」
疑問は解消されない様子のマモルに対し、ハカセは「ふふん」と鼻をならし答える。
「君の右腕、以前には使っちゃだめだって言ってた機能のこと憶えてる?」
ハカセは右腕を指さしながら言い、マモルもその指を追って目線を移す。
「ああ、確か、俺の体が完全に義肢になじんだと判断したら。その機能を使っていいって言ってたやつだよな」
「そうさ、今日そのための刃物であるそれを渡すつもりだったんだよ。」
マモルの反応は、しばらく唖然としたが、すぐにその言葉の意味を完全に理解した。
「…ええ!いいの!」
「うん、取り付けは上でやってね!」
「おう!」
と、マモルは風のように上へ駆け上がった。
その様子を見ていたハカセはどこか頬を緩ませるる。「まったく、しょうがないなー、マモルンは」頬杖をつき、明るい声色で言う。八年という歳月ん経ても変わらない彼の無邪気な顔を思い出しながら。
★
―――――ダダダダ!
地鳴りのように力強く、そして素早く移動するマモル。勢いよく自室の扉を開け、そして大きな音を立てて扉を閉め、部屋の真ん中に座り込んだ。
興奮の冷め止まないマモル。これから行うのは彼が待ち望んでいたことの一つだったからだ。
(いよいよだ。これでもう少しでも、戦える力が身に着く!)
(憶えちゃいないが、もともとこの義肢は全て俺が設計したものらしいからな。使いこなせないようじゃ、カッコつかないし)
右手に持った刃に視線を移し、取り付け作業を開始する。
「えーっと?」と右腕手首にあたるところにある隙間から手袋の要領で義膜を外し、機械部分をあらわにする。その後、義手を見渡し手首の真ん中にあるロック解除のスイッチを押す。押したとたん数カ所で起動音がなり、そこでマモルは意識をする。神経と接続されているその義手は意識するだけで動くことが可能だった。
(動け……動け……動け!)
すると、義手は手首より先が展開、肉体で言うところの第二、第三中手骨にあたる箇所がそれぞれ左右に分かれ反転しながら180度回転する。同時に、義手の中から向かい合うL字型のはさむ機能が出て来た。
「おおおお!これだよ!これ!ここにハカセからもらったこの刃を装着して――完成!」
マモルは取り付け、一体化した刃を掲げ満足そうに笑顔を作る。部屋は日差しにより明るくなっていたが、その光を反射し既に自身の一部であったかのように自然な作りとなっていた。
「よし!初めてやったがなかなかうまくいったな。あとは…」
マモルは腕を目の前まで下げると、刃の収納を試みる。
(開く感覚は大体わかった。が、どうも戻すときは練習が必要か?)
まず、今までなかった刃、それが収まるイメージをする必要がある。
(この刃は、沈むように腕の中に入っていく。全部入れば、今度は手を元に戻す――)
これは言うなれば、内在筋を可動域以上動かすことに近い。今まで機械の身体とはいえ、人に近い動きをしてきたため、戻すときには刃という異物をどう収納するかが肝となる。筋の動きを機械がどう相当するかを考えると、イメージ通り刃は入っていき、結果として義手は先の工程を巻き戻すように駆動、元の形に戻った。
「よし、後は何回か練習すればいいか」
丁度、マモルが義手の操作を完全に理解した時だった。一階の玄関からインターホンが聞こえてきた。
―――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……ピンポーン。
三回は連続で、そして間隔を置いてもう一度。マモルはこのリズムに聞き覚えがあった。朝食時にハカセが話していた『あの子たち』の帰還の合図だった。
下ではハカセもその合図に気づいたようで、「はいはーい、まってたよ~。」と玄関を開ける前から言っていたのを上から聞き耳を立てるマモル。しかし、そんなハカセの浮ついた声は「ぎゃーーーー!」という断末魔に変わった。
―――ドドドドドドドドドッ!
そんな地鳴りのような音を立ててマモルの部屋に近づいて来る足音が二つ。
「おいおいおいおいおいおい!」
焦るマモル。扉を開ける二つの存在を待ち望んでいたと同時に面倒に思っていた。愛すべき、そして事実愛してやまない存在だった。
――――バンッ!
破裂音のように扉を開けた二人は、部屋の中央に座るマモルに勢いを殺すことなく抱き着いた。
「ゴフッ!!?」
空気が漏れだす。二つの弾丸は彼の胸の中で、太陽にも引けを取らない明るい笑顔を見せていた。そしてそれが、マモルの大事な家族たちであった。
「「ただいまッ!」」