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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
18/48

【試験喧騒《テスト&ノイズ》】3

 黄海織(きうみしき)。16歳。男。

 彼は会場のカーテンの端から、横目で会場の端を見る。こくこくと一定の間隔で首を上下させ、胸を膨らませたりしている少年がいる。

「…寝ていやがる…。」

呆れ半分、尊敬半分。

 目線の先にいる少年は瀬戸守。頭部の三分の一が白髪であり、その白髪部分と四肢が機械である少年。彼は、自ら設計した義手を使いさらに設計を重ね、相棒である茶髪眼鏡の青年・博田高士とともに世界第二位のペアとなっている。―――というのは、世界中のその筋の者なら大半が知る事実だ。しかし、裏を返せば、それ以上のことを大概の者が全く知らない。当然。シキもだ。だが、そんなことはシキには関係ない。彼の設計技術は凡人でもわかりやすく見やすいそれだし、なにより作業効率がいい。

「カガク者としては、一級」なのに。「人間としても、まあ、強い」

強いのだ。あの義手を見ているものならわかる。多分、あの義手を実際に目にした設計技術をかじってる者なら、わかる。あれだけの義手を『完全に使いこなす』なら、凡人なら想像のつかない努力が必要だ。

 それを、『人体の構造を専門に詳しい』シキならわかる。義手だけではなく、それが付けられた肉体にも努力の跡が見えるのだ。

「……あいつは、やっぱり俺のこと憶えてなかったな…。」

彼とはこうして試験の度に、少し顔を合わせる程度だ。それでも、毎回彼の順位の下に名前があるし、同時に顔写真もついている。破壊機械暴動事件があった日からもう八年。これまでに計4回試験があった。それでも、彼は毎回いう「誰だっけ?」と。

「……。」

今考えても屈辱である。

 歳は自分と同じ。体格身長は、僅かにシキが上。しかし、実力は倍以上違うのをptという形で知らしめて来る。だから、シキは二位から上が嫌いで、同時にさすがだと尊敬する。

「…まあ、そんな風に考えても仕方ねーか…。」

俺には――――あいつがいる。恐らく、マモルにもいるのだろう。隣で寝てるメガネ茶髪の青年か知らんが、守るべきものが。

「だから。俺にとってはあいつが今ここにいないことが、なによりの幸福―――だよな」

言い聞かせるように、下を向きつつつぶやく。

「ここに居たら、恐らく俺が残せるもんは無くなるもんな」

三位という称号も、『彼』も。

「……大丈夫だ。あいつは逃げ切る」そう顔を上げたときだ。

――――――――視線。

「だからもう。俺の役目は終わりでもいい。」

――――――――足音。

「……今回は、随分と大胆だな。」

これは自分にではなく、背後から訪れた人物に言った。

「…。」

返事はなし、か。

「いい加減。終わりにしようぜ」

「…ああ」

お、今度は返事があった。…にしてもこの声は…。背後を一切確認せず、言う。彼はもし、破壊機械暴動事件がなかったら、今現在も親のように自分を育ててくれていたであろう存在だったからだ。

「お前が、来たのか…。」

別にいいが。今はそんなこと気にしない。もう過去の関係など意味がないからだ。

「お前、どうするつもりだ?」

"彼"が質問をする。その言葉には友人のような温かみが見え隠れするが、彼にとってはそれが通常であることも、シキは理解している。

「素直にやられるさ。なにせ、もう逃げるすべはないからな。」

「じゃあ…。」

背後でかちゃりという金属音がする。どうやら、もう時間らしい。後頭部に冷たい狂気が向けられている。

「終わり…か。」

でも―――一つだけ。気が変わったことがある。

「訂正だッ!黙ってやられるつもりはねー!」

肩に提げたサスペンダーから、一丁の拳銃を右手に持つと、身体をひねって背後に向ける。

 決して、遅くはない攻撃速度だった。背後に向けられていた武器が銃であれ刃物であれ、腰を曲げながらひねった体により、相手の攻撃を避けることにも繋がったはず―――――だった。

「なッ!」

しかし、背後の人物の『姿』に驚き、慄き、姿勢が上がる。

 それを見届けて、背後にいた男は構えていた『刃物』を投げた。肉を引き裂く鈍い音とともに、胸部の中心に深々と刺さる銀色の刃物。柄の部分が機械化されており電子チップで刃物にある命令が発動する。

 刺さった刃物の刃は『記憶水状銀』を使用していた。電気的な指令で瞬時に形状が変えられる記憶合金の一種であり、この場合は針状に変わる。放射状に刺さったそれは、心臓だけでなく肺も含めた胸部全てに針が内側で突き刺さる。当然、痛みは一瞬であるがしかし強烈だ。

「ゴ…ッフ…。」

喉の奥から大量の血液が流れて来るが、唇に力を入れて何とか両端から流れる程度で済む。

「ま、ける。か」

なおも手に力をいれ、銃口を向ける。ここで死ぬことに、あいつはどう思うのかな?馬鹿だって、そういって小突ついてくれるのかな?

 しかし、それもはねのけるかのように、耳の奥からはシュルシュルと鳴き声が聞こえ、空間が僅かに歪み牙のような鋭い何かが額の中央に突き刺さる。

「な…ッ…」

「悪いな。そこはもらっていく。」

その言葉に、シキは理解できなかった。突き刺さった何かは、脳の中でグチャグチャと音を立てるが、やがて不快な感覚とともに抜けていった。

 バタバタという会場を踏みしめる音は会場の中央に後ろ向きで歩いてる自分であるとシキは少しした後に理解する。

 体が後ろ向きで倒れていく感覚があるが脳の一部を食われてるからか、思考と計算感覚がないため、体勢を整えられない。

「心臓を貫かれて、即死ではないとは…『アライフ』――流石ですね」

そんな言葉も聞き取るときには歪み、背後にいた人物はゆっくりと傍にあったタッチパネルに手を掛けた。まるでせめてもの見送りを済ますような、慈愛に満ちた目線を最後に、シキの意識は溶けていく。

 ガシャリという音とともに、壇上のライトが全て着いた。シキは、倒れる直前に―――首だけは動かし、何とか視界に入れることができた。眠っていた彼がゆっくりと目を開けているところを。

          ★

「……え…」

マモルはぼそりと言葉を発した。

目の前の事情に対して、上手く言葉にできなかったからだ。しかし、目の前にある微笑んでいるような死体。胸には深々と突き刺さったナイフ。死因はその凶器だろうが、頭部にはなぜか穴が開いていた。それは今、顔とそれより下に大小二枚の毛布が被せられる。

「なんだ…これ」

数時間前まで、彼は元気でいた。自分と会話し、他の連中とも親しげだった。司会進行として、励んでいたし、それに―――

「お前は、俺と同じだろうが。」

正確にはハカセと同じだと思った。

 彼には、弟みたいな相棒がいるはずだった。今日だって出掛けるときには話をしただろう。顔は全く思い出せないが、それでも幼い少年だったのは憶えている。つまり、彼にも守るべきものがいたのだ。それを置いて逝ってしまった。憤りまで覚えそうな感覚が陥る。

「死んだ…のか」

 言葉にしてようやく、理解できる。が、まったく実感はできなかった。

「俺は、お前のこと好きだったぜ。お前は何となくケンカ腰だったけど、がんばってるのは…知ってる…つもりだった」

「マモルン。離れよう。僕らは、何もできないよ」

「……。」

その言葉が―――深く刺さる。ハカセからしたらこれ以上自分の家族に不快な思いをさせないための処置だった。

 自分は、気が付いていたのだ。もっとも今にして思えば、という後悔の念としてだが。『俺は、お前に技術力で憶えてもらうつもり、だった。』そう言った。『だった。』過去形だ。彼がこのような形を覚悟していたのをマモルも気がついていた。

「…。」

視線を、シキの出てきたカーテンの向こうを見つめる。そして、ゆっくりと足を運んでいき、裏側に顔を覗かせる。

「…。」

圧倒的な、闇。二階に上がるための階段や照明器具。小道具。それらが視界に入っているが――闇は、不気味だ。

「……くそ…」

そう吐き捨て、マモルは顔を引いた。作業用ゴーグルを掛けて、サーモグラフィモードに切り替える。再び、ぐるりと奥に目をやっても、やはり、なんの手がかりもない。

「ダメか…」

          ★

 会場は、ひどいものだった。場内には幼い子供のカガクシャもいる。『八年前に大量の死体を見た』彼らでも再び見ようとは思わないし、見たくはなかったはずだ。平然としてはいられない。むしろトラウマとなって彼らにあの当時の鬼気迫る危機を呼び起こす。場内に響くのはそうした慣れない人たちの狂騒だった。

 そして、中には早めに出て行こうと会場の出入り口に向かう者もいた。しかし、一向にそれらが扉に手を掛けないのは、そこにある人物が立ちふさがっているからだった。

「アム。もぐもぐ」

 扉の前で、さながら門番のように居座り続けているのは。9位・角氏吹雪(かくしふぶき)だった。顎が隠れる二十顎を持ち合わせる巨漢の大男。2メートルはありそうだ。

「おい!どけよッ!」

扉の前で、低ランク者の男が叫ぶ。ここから一刻も早く逃げ出したい気持ちが勝っているらしい。

「…ダメでウ」

「…。」

最初こそ、盛大に噛んだフブキだが、その後は饒舌に語る。

「今回、殺した犯人は、どこから出るにしてもこの扉の出入り口を利用する必要がある――はずだ。」

といっても、犯人が逃げる方法はいくらでもあるかもだがな。と、フブキは付け加える。

「いいから、黙って警察が来るまで待ちなさい」

断固として譲らない姿勢に、他の低ランク者も黙るしかなかった。

          ★

 数分後、扉を大きく開けて警察が登場した。

「……ガイシャはどこだ?」

淡々と話しを進めようとするのは角刈りにブラウンコートの下には白Yシャツにジーパンの男・大間鉄(おおまてつ)だった。歳は40代。

 誰も、場所は言わない。ただ、皆が一斉に壇上に視線を送ったために、テツは察して動いた。カツカツと壇上まで運ばれていく一つの足跡。全員が黙して待つ。

 やがて壇上に上がると、顔の布をめくる。

「ああ…シキ…か。やばかったら連絡しろって言ってたのにな…。」

 哀愁がこもったように言うテツ。どこか声も震え、泣きそうになっていた。

「彼とつながりがあったんですか?」

ハカセはついそんなことを言う。テツとシキがただの被害者と刑事の関係には見えなかったからだ。

「あ?おお!二位の二人か!」

という年相応の大きなリアクションの後うつむきがちに言う。

「……まあ…な。こいつは、俺が暴動事件で被害にあって死にかけたとき、生かしてくれたんだよ」

と、懐かしげに語る。

「!なるほど、お世辞にも20代には見えないあなたが生きていたのはそのためですか」

「…かなり失礼な言い方だが、その通りだ。…それだけじゃなくてな。こいつは当時まだ幼かった俺の娘も救ってくれた…。俺に…生きる理由を残してくれたんだよ」

「な、るほど」

少しハカセも動揺する。

 そんな人間は、一瞬で命の火を消したのだ。ただ事ではない。

「ま、こっからは俺らの仕事だ。お前らはこれから軽い事情聴取を受けてもらうが、いいな?」

 皆、無言でうなずいた。

「よし、入ってくれ。」

テツがそう言うと、扉から次々と円筒状の機体が入って来る。その側面にはHS‐P08型の文字。Hは『博田』、Sは『瀬戸』の表記であり、つまり彼らの創作物だった。

「お前らの小型ポリスは有能だよ。そのまま司法解剖もできるしな。ま、今回は相棒が来るまで解剖はしないが」

「え、ええ。活用できているのなら幸いですよ。…今回の件。犯人に目星は?」

「…ついてる。はっきり言って、この中のカガクシャじゃねーよ。」

「! それは?」

断言するように言うテツに、ハカセは訊く。刑事としては結論を出すのが早計だ。

「ああ、これは、シキの所属してた組織の連中だな」

「組織?」

「ああ…『アングル』っつー暗殺組織だよ。」

          ★

 外では、雨が降っていた。それも、視界を20cmまで狭めるほどの大雨。黒く分厚い雲が、何か不吉なことを暗示しているようだった。

「いや、人が目の前で死んだっけな。十分不吉か。」

「マモルン。天気見てないでしょ。もう今の時代、天気は100%!予報するものじゃなくて、再現するものになったんだから、しっかりしてよ」

「わかってるよ」

そんな事実、子どもでも知っている。

「ま、ボードカーに乗っていくわけだしね。あんまり関係ないか。」

「……。」

「?マモルン?」

「歩こう」

マモルは、考えていた。人が簡単に亡くなる現状を。正確には、引きずっていたというべきかもしれない。そして、この雨うたれることで、彼の心に少しでも寄り添える気がした。

 もちろん感覚的なものだし、それが必ずしも正解だとは言えない。しかし、それでもこの雨が、彼の気持ちそのものを表しているかのようだった。やり残したことへの後悔のような。そんなマモルの気持ちがわかるのが、長く連れ添った証。ハカセも「うん。」と一言言って、手に持ったキーでボードカーを自動帰宅させた。

「悪いな。」

「いいよ。これくらい」

そう言って、二人は会場を後にした。

          ★

 マモルは会場を去る直前、9位とぶつかった。よそ見をしていた双方の背中が軽く当たった程度だった。

「ああ、悪いね。」

「こっちこそスマン」

振り返り、改めてその巨大な体格を再確認する。2mは超えている背の高さは、横幅の方が大きいせいでさらに威圧感に拍車がかかる。そんな見た目だ。

「お…おお…」

つい、マモルにもそんな声が漏れる。臆しているわけではないが、ここまで身長差と体格差がある人物に会ったことがなかった。

「ごめん…ね」

唐突に、9位・角氏吹雪が野太い声で謝った。

「え、あ?なんで?なんか悪いことしたか?」

「僕も、君と同じさ。同じ高ランク者なのに、みすみす彼を見殺しにした…」

「ああ…」

 事情聴取を終えた後だ。そんな風に自身を責める人間がいても不思議ではない。

「俺らは今回、マジで何もできなかったからな。やりようがなかった…。」

でも。

「ありがとうな。お前が警察来るまで皆を黙らせてくれたから、事件の展開が早く進みそうだって大間さんが言ってたぜ!」

「まあ…ね。僕は…その…慣れてるから。」

(慣れてる?)

訊きはしなかったが、その言葉には引っかかるものがあった。当のフブキは、「じゃ。」と短い挨拶を済ませ、巨体を揺らして先に扉へと向かって行った。

 その背後で、マモルは作業用ゴーグルを掛けながら、ある機能を作動させた。

          ★

 大雨はそろって歩く二人の髪を濡らし、頬を伝って、身体を濡らす。

「やっぱり、夏の雨でも、冷たいね。」

ハカセが言う。どこか寂しげに。

「ああ、もう少ししたら林の前に小屋があったはずだ。そこからはボードカーに乗って帰ろうぜ。」

 マモルの提案に、ハカセは一つ頷いて応えた。その時だ。


――――――――――気配


 それも、数人が周りを囲む気配だ。同時に敵意も向けているが、それはどうやらマモルたちに向けられたものではない。用心のため二人はしゃがんで、じっと辺りを見回す。雨のせいでなにもないその場所であっても気配の元が確認できない。

 緊張が、走る。

「誰…だと思う…?」

「シキの件に関係がある可能性が半分、ない可能性が半分だ。」

「…それもそうか。」

この近くで、数人が敵意をぶつけているのは何かよからぬことをしている証拠だった。しかし、すぐに気配たちの目的が聞こえてきた。

『まだ、ガキは見つかんねーのかッ!』

『シキが何か細工をしたようで、ガキの生体反応が全く掴めないんですよ。』

『さっさと探せ。機械に頼れなけりゃ目視で探せやッ!』

「あ、あんなところに、子どもが!」

大声で叫ぶ。

「ちょッ!マモルン!」

小声で制止を促す。

「ああ!こらッ!そっちの林は危険だぞ!おおい!…行っちまった。」

当然、マモルの目線は気配の方。窺っているのだ。うまく吊れれば、この均衡状態から抜け出せる。

『…聞いたか…」

『ああ』

          ★

 気配は徐々に遠くに行き、張った気も緩んでいく。

 二人は安堵のため息をついて、目を合わせる。

「マモルン。また無謀な賭けを。」

「…確かに、本当に子供ってのが林に向かったかもしれないからな…そうだったらやばい。」

「じゃ、なくて!もし失敗して、こっちに目標向けられたらどうするつもりだった!?」

「え……っあ!」

ハカセの反応は、「案の定」と言いたげだった。

「やっぱり…君はそっちには気が回らなかったんだね…。」

「あ、ああ。」

「…まあ、いいや。小屋に行こう。多分、子どももそこにいるよ」

「……え?」

          ★

 ハカセの様な観察力があってこそ見つけることができたのだろう。コンクリートではないただの土の地面。雨にぬれ、くすぶっているそこに点々と伸びていく小さな足跡がある。くっきりついているが、それでも何人も同じ場所を踏んだのだろう、跡を辿ろうにも消えかけている部分がある。

 足跡の先、古びた一見木製に見える小屋の中は、日保ちの良い食糧が積まれた一種の倉庫になっていた。

 カビの匂いと、漂うホコリ。天井には在庫管理をするためのアームとそれが走るレールがあるが蜘蛛の巣があったりホコリを被っていたりして動いていない。

―――――ガチャリ。

 既に鍵が開けられている。ゆっくりと中に顔を覗かせると、髪を伝った雨水が垂れていった。一見物静かで食糧以外何もないように見えるが、注意を怠らず神経を研ぎ澄ませば、確かにそこに人の気配があった。

「…。」

一歩、義足を小屋の中に入れる。少なくとも、この古びた小屋は壊れかけていないことを確認すると、また一歩、歩を進める。

 そうして積まれた木箱の合間を縫って、小屋の中に白い髪をのぞかせると―――

「!誰だッ!」

――――振り返った少年の目が、光っているように見えた。

          ★

「…。」

「…。」

マモルと少年は、しばらく無言だった。

 体格的に十代には達していない。しかし、大人びて見えるのは少年がくぐってきた修羅場の数がそうさせているようだった。目つきが威嚇するように鋭いが、それは彼の警戒が最高(マックス)であることを示していた。

「…落ち着いて、僕らは二位の博田高士と瀬戸守だよ。ほら、このお兄ちゃんの白髪と義肢、見覚え無いかい?」

 ハカセの言葉でも、少年は気を緩めない。むしろその言葉をハカセからの宣戦布告と受け取ったようで、「…なるほど、二位が『アングル』と手を組んでボクを――」と結論を急ぐ、その言葉が終わる前にマモルが遮る。

「ちげーよ。もしそうなら、俺ならわざわざ顔出さずに小屋ごと吹っ飛ばす。いいから、お前は黄海快人(きうみかいと)。シキの設計士だな?」

「…ええ。」

マモルの説得ともいない態度。その言葉、動きにシキと重なる面影を感じた少年はようやく警戒を緩めたのか、「わかりました。」とうつむいた。茶色のパーカーにはネコミミが装飾され、それを深々と被ると、目をこする仕草を見せる。

 光って見えたのは、涙のせいなのだと納得するマモル。電気の無い薄暗い小屋の中だ、そういうこともあるだろう。

「さてと、お前を追ってたやつらは、林に向かった。周っていくようにして、会場に行け。」

「え?」

追っ手を避けてくれたことへの「え」なのかそれともそんなことをなぜいうのかの「え」なのか、判断はつかないが、とにかく少年・カイトは困惑しているようだった。しかし、流石は三位、幼いとはいえ冷静だった。

「…わかりました。行ってみます。」

          ★

 カイトが小屋から出て行った後、マモルたちは予定通りボードカーを小屋に近づけ、乗り込んだ。

 それから数分後。

「…良かったのかい?」

「何がだ?」

分かっているくせに。口には出さないが目線だけはおくる。

「カイト君さ。あそこに行かせて、何になるっているの?あの子にシキ君が死んだ事実を叩きつけるだけでしょ?」

「ああ…」

当然分かっている。言われなくても。そういいたげに球体の側面に肘継ぎ手を置き、そとを向く。

「でもさ、例えばあの時、俺が行くなっていったとするだろ?」

「うん」

「でも、それが数日過ぎてみろ。いなくなったのは今日。普通に気が付くだろ。」

とくに彼は三位、結論に至るのはすぐだろう。テツも会場で待っていることから、彼がすぐに来ることを確信していた風だった。

「…まあ、ね。」

それ以上は、ハカセは言葉にしなかった。「時間をおいて覚悟を決めて行った方がよくないか?」「僕らが無理して告げる必要なくないか?」―――言いたいことを飲み込んだ。

――――――――ピピピっ!

 そうして会話が一段落したとき、ボードカーの画面の一つで電子音が鳴った。

          ★

 会場内に響き渡るような音とともに、出入り口の大扉は開かれた。

 その場にいた全員が音の方を見、そして少年を視界に入れる。

「快人…か。」

一番立場が上そうな、年齢の高い人物が言う。

 カイトと呼ばれた少年は、答えなかった。ただ、じっと辺りを見回し、状況を確認する。

 青い服の背中にはpoliceの文字。数台の二位製の捜査ロボット。そして、彼が会場に来たことで、一番に顔を見せるはずの少年が来てくれないことが、なによりの証拠になっていた。

(『なんで来たんだ!?』そんな風に怒ってくれるでもいいからもう一度だけ、顔を見たかった…な…。)

うつむきこそしたが、カイトは完全に決意を固め、一歩一歩、踏みしめるように会場に入る。固唾をのんで、周りの警官たちが見守る。

(いやだな…泣きそう…。)

カイトは目に涙を溜めながら、ゆっくりと、壇上に向かう。

 ようやく視界に入るようなった。白い布で覆われている存在がある。それが『それ』なのだと。とっくに理解している。

「…。」

壇上にはテツと、眠っているようなシキがいた。

「快人…すまない…。」

テツは深々と謝罪をする。言葉の意味は分かっている。しかし、なぜそうするのかは、わからない。

「謝らないでください。僕は、最後に…」泣きそうになる。「兄貴に、会いに来ただけですから。」頬に一筋、流れた。

          ★

 綺麗な顔だった。血色が悪い事と額に五円玉並みの穴が開いていること以外は、普段通りのシキに見える。

「実はドッキリでした!」なんて、「特殊メイクだよ~」なんて、そんなことを言ってからかってきても不思議ではないほど、目を閉じている姿が自然だった。

(……というか、本当にやりかねなかったんだよな…。ボクの兄貴は…。)

改めて、そのことに呆れた。亡くなってもなお、彼はカイトの中で一番特別な存在なのだ。

「一人にしないって、そう言ったじゃん」嘆く。少年らしく。「快人を守るのは俺の義務だって、そう言ったじゃん。なのに、なんで、ボクを一人…に」

言葉にするたび、涙があふれて来る。なかでも、自分で言った「一人」という言葉に突き刺さるものがある。頭の中で、それが反響し「独り」になった時、自分しかいない真っ黒な空間がある気がした。

「捜査は…どれくらい進行してますか?」

自分の悲しみと悔しさを誤魔化すように、カイトはテツに尋ねる。

「…難航、だ。死因は胸部に突き刺さった変化ナイフ。より殺傷性を出せるように針状になるよう改造されている。」

「…。」

「さらに、なぜか脳に穴をあけている。その理由も謎だ」

「…脳に穴をあける理由は分かりません。が、奪われたのは多分…海馬。」

「海馬…記憶の中枢、か、」

 死体を一目見ただけでそこまで分かってしまう。カガクシャとしてのその技術力の高さに素直にほめるべきか、それとも、子どもとしてはありえないカイトの人生に同情すべきか、テツには判断が付かなかった。

「…で、どうする?お前たちが得意だった『疑似蘇生(シミル・アライブ)』をするか…?必要な資材は貸すぞ?」

カガクシャとしての、カイトに訊いた。

「…。」少し間があって、「いいえ。」俯いて答える。

「ボクが最後に守れるたった一つの約束です。『互いを疑似蘇生』しない。」

「……そっか…」

口調からして、テツの方が悲しそうだった。

「…兄貴」

そんなテツをよそに、カイトが昔からすきだった髪を、撫でた。

――――ピピピッ!

「!」

「? どうした?」

テツには聞こえていないようだ。したがって、この電子音はカイトの個人ネットの中だけのようだと理解した。

 頭の中では、次のような言葉が響く。

『黄海快人の生体ネットとの接続を確認。最終通知を送信します』

「?(最終、通知?)」

 それが何かを考える前に、視界の中央に長方形のモニターが現れた。

「!」

モニターが出てきた直後だ。シキが映った。

          ★

『…ああ…なんだ。その…隣で寝てるやつにこんなメッセを送るのも変な話なんだが…とにかくごめんな。』

そう切り出した。カメラの背後では布で覆われ、肩を上下させる自分がいた。

『多分、この連絡が来る頃には俺、死んでる。お前のことだから、「ドッキリなんだろー」とか最初は思うかもだが、こうして俺の死体に触れることになったなら、嫌でも信じるだろう。』

 「ドッキリ」―――同じことを考えていたなと、クスリと笑う。

『そんでさ、お前のことを守れなかったから、多分俺もスゲー悔しい。が、それでも、俺には伝えたいことがあるから、こうしてお前にメッセを送った』

『伝えたいことは、二つだ』

「…。(うん、うん)」

一言一句逃さずに、聞く。

『一つは、俺の仇をとろうとするなってことだ』

『復讐に意味なんてない、なんて、大人でもないまだガキの分際でそんな風に言うなって話だよな。だから俺の言いたいことは、お前はこれ以上、俺のために戦うことはしなくていい、ってことだ』

「…。」

『お前はこれからたっくさんの人々を救える。俺が保証する。だが、それはお前のためにするんだ。いいな?』

『それから二つ目。お前は、これから、二位たちと生きろ』

「!」

カイトにとって、予想外のことだった。これまで、シキがカイト以外の人間に頼る所を見たことがなかった。唯一の可能性があるとすればテツに話を進めることもあるだろう。

 そんなシキがだ。何よりも大事にしていたカイトを、預ける相手が、二位だというのだ。生前に聴いていたなら間抜けな顔をして驚いていただろう。

『俺の見立てだが、あいつらは頼りになる。多分、今のこの地球では一番、な。多分お前を守ってくれるだろうし、そして何より、お前が成長できる、気がする』

「……。」

『あいつらは、特にマモルの方は、さっき言った自分のために人を救える人間だ。俺は勘と、見立ては良かっただろ?だから、信じてほしい』

「…でも」

言葉が漏れた。そうして誰かを紹介することが、むしろ早く自分を忘れさせるためだと感じた。さらに二つ目を言い終えた今、このままなら話が終わってしまうからだ。終わってほしくない。しかし、メッセージは止まらない。

『よしッ!言い終えた。これでもう。やり残したことはねーな…』

『それじゃあ――――「まッ!――『―――じゃーな。』――――って……」

メッセージは、終わった。

「…。」

両手を地面に着ける。形で暫く固まる。

「おい。大丈夫か?」

テツが慰めるように、言う。親ではないが、二人の時は度々お世話になっていた。

「これからどうする?俺たちのところに来るか?」

メッセージの聞こえないテツからすれば、ただカイトが落ち込んだように見えた。カイト自身しばらくどうするか考えたが「…いいえ。」と切り出す。遺言通り生きよう。少なくとも、今はまだ。そう決めたカイトは、目の端に溜まった涙をぬぐい、精一杯の笑顔で振り返ると、言った。

「二位を、探します。」

その顔に、もう涙はなかった。彼の分まで自身の命を背負って生きていく覚悟を、決めた。

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