【試験喧騒《テスト&ノイズ》】2
技術士、設計士には2年に一度、“試験”と呼ばれる存在証明をする必要がある。といっても、会場で行われるのはただの点呼だ。全世界で同時に行い、時間内に特定の敷地内に居ることで試験は終了となる。しかし、集まっているのは仮にも世界で活躍する存在だ。ランクが高いものは同じような高ランク同士で情報を共有しあうし、ランクが低いものは高ランクの者から教えを乞いたいものだ。
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したがって、今のマモルたちのように、開け放たれた扉の前で低ランクの者に囲まれ「設計の基礎思想は誰から教わったんですか!?」「……。」「製作って、有名な人からの直伝って聞いたんですけど、マジですか!?」「……。」と、このような問答とも言えない人の渦の中心に呑まれるのだった。
「ま、マモルン…。」
人ごみに耐え兼ね、ハカセは苦し紛れに言う。
「な、なんだよ。」
「やっぱり、ビャクヤ君の所で試験をうけさせてもらってた方がよかったんじゃ…?」
ハカセに言われるまでもなく、マモルもそれは分かっていた。白城団の敷地内でも、どこかで試験が行われていた。マモルが頼めば、彼は快く受け入れてくれるだろう。
「ま、まあな。あそこは基本学生で技術士、設計士をしてる連中のためにやるものらしいが。でも、なあ?」
察しろとばかりに横目でハカセを見るマモル。依然として人の渦は容赦なく寄ってきているが、それを気にせず話を続ける。
「あぁ…。ま、君が彼に余計な仕事増やされたくないとか、学園でパニックにならない保証はないとか、いろいろ考えるのは分かるよ。」
「そう言うこと。――――――てかッ…!」
近くに寄って来る渦に嫌気がさし、叫ぼうとしたとき。
「いい加減にしろーーーーー!!」
それを遮るかのようにマモルの言おうとしていた叫びが、マモルたちの前方から荒い声として聞こえた。
「「?」」
マモルたちだけでなく、背中を向いていた渦の一部も振り返って声の主を確認する。壇上に腰を下ろし、膝を立てた状態で肘を乗せている少年がいた。
海藻類の群生地を思わせるような髪質が垂れたような金髪の長さは短くはなく、しかし耳は隠れるくらいの長さ。体格は細身。身長はマモルより数センチ高い(最も、マモルは義足のため調節は効く)。黒い瞳がどこか粗暴な印象を与える少年。ダメージ加工の施された紺色のジーパン、オレンジ色のフード付きパーカは首元が隠れる仕様だ。
彼が壇上から降り、一歩一歩、踏みしめるように『渦の中心へ』と近づいていく。その様子に壁側で見ているだけの何人かが音を出して生唾を呑む。
マモル達を囲む人の渦は少年が近づくとともに左右にはけていく。やがてマモルとその少年の二人は対面すると、顔を突き合わせる。
目を合わせたまま、無言でしばらく固まる二人。緊張の空間を察してか、周りの人間も固唾をのんで見守る。ハカセは微笑みを浮かべている。今この場では空気が読めていないと言われても仕方がないくらいに。
「んで」
やがて、最初に声をあげたのはマモルの方だった。「お前だれ?」と。
「「………。」」
傍で見ていたハカセも、これにはジト目に無言だった。
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誤解の無いように言うが、マモルのこの対応には長期記憶が保存できないという欠点があるからだ。人の名前が思い出せないことは仕方がない。人のことが嫌いだとか、憶える気がないとか、そんなことは一切ない。しかし、なにせ今はカガク時代、カガクが発達した時代だ。そのため、脳の構造に近い機械の開発も進んでいた。今彼の頭部にあるものもそれであり、記憶力がないというのは言い訳になってしまうのだった。
「ま・も・る・んッ!?」
少し苛立たしげに、ハカセが問いただす。
「いつも言ってるようね!?知り合った子はこまめに登録するようにって!?」
「お、おう」
「そんなだからコトネちゃんたちに『つばつけるため』とか言われるんだよ!」
「うぐッ」
耳の痛い話だった。本当に登録するときはたまたま、あくまでたまたま女友達が多いのだったが、ここまでの前科含めそろそろ疑わしい。
★
「とにかく、この子は黄海織くん。僕らと同じ高ランク者の技術士でランクは3位だよ。」
「?」
「思い出さない?小さな弟くんと組んでる子なんだけど?」
「…。」
シキはただ引き続き、マモルを睨んでいるだけだ。しかしそこには憶えられていない恨みを募らせているという感じはしない。彼はマモルに対しては常にこの態度で挑もうと心がけているようだった。
「? どうした?」
マモルの問いに、別に、と言って切り出したシキ。
「俺は、お前に技術力で憶えてもらうつもり、だった」
「え?」
シキが尻目にそういうと、違和感を覚えたようにそう声を漏らしたマモルを構わずに元いた位置へと戻っていった。
しかし、今度は先ほどのように腰を落ち着かせるのではなく一つ跳ねると壇上に登り、中央に向かって靴音をたてて歩く。丁度今から奇術師が手品を披露しますというかのように、どこか軽快に、どこか一歩一歩踏みしめるように歩を進めている。彼の目的地到着と同時に天井から光が照らし、薄暗さに慣れたランク者たちは突如起こった強烈な光に目を伏せる。マモルもハカセも同様だ。
「んじゃ、これから試験を行う。といっても、いつも通り確認するだけだ。司会進行は俺・黄海織が執り行う。」
シキは両手を広げ、誇らしげだ。その様子を見て「おお。今年は3位か」「といっても、順位は大して変わってねーだろ」と言った感想を各々述べている。そうしてガヤガヤと会場がざわつく中、シキは歴代の司会者同様にマニュアル通り工程を済ませる。
――――――これからランク一覧を表示するからお前たちには、証明書を提出してもらう。といっても、すでに生体証明はドアの出入りで完了してるからあとは俺が視覚で判断する。てなわけで、これから並んでもらうぞ。それが終わったら自分たちのポイントの詳細を確認するように――――――と、この後も説明は続き、シキも乗り気で司会を行っている。しかし、マモルは首を上下させまどろんでいた。
ハカセも眠そうに目をこするが、マモルは目に見えて疲れているようだ。無理もない。普段から決して慣れているとは言えない徹夜をしてしまったのだ。丸一日、動き通しであった。
「ま、マモルン。しっかりしようね。」
「お、おう…。だが、やっぱきついな。」
「登録が終わったら、端っこで少し寝ようか。」
「おう…」
マモルは言うと、二度頬を叩き、登録後に寝やすい場所を探そうと首を左から右へ流していく。
見たところ、観覧席が格納されているであろう会場中央には大概技術士や設計士がいる。ハカセの言ったように端になら寝れそうなところはあるが、寝ずらいことに変わりはない。ならば、と視界を上にもっていく。
今回集合場所となった会場は元多目的会館。そのため、音楽会も開かれることがあり、二階席もあった。
「?」
二階席へ視線を送ったマモルはここであることに気が付いた。二階席に人影があったからだ。
「な、なあハカセ。あんな連中いたか?」
ハカセの白衣の袖をつかみ、聞くマモル。
当のハカセは「え?」視線を上に「ああ。あれは『長老会』のメンバーだ」言って、気が付く「…ああなるほどね、だから今回は最高ランク者の3位がやるのか」そんな一人納得したようにうんうんと頷くハカセ。
「お、おい。勝手に理解するな。俺にも教えろ。」
「ハイハイ」説明を始める。
「長老会はね。僕らが生まれるずーっと前から生きてる人達だよ。何しろ一番長い人でカガク時代初期から生きてるって言うほどだからね。」
「マジか…。それは…やばいな!」
完全に脳も覚醒したようすで、マモルは目を見開く。
当然だ。カガク時代初期からというのはつまり、1000年近く生きているということだ。長寿化が進んだカガク時代は100年を優に超えて生きることも可能だ。しかし、ほとんどの人間が好き好んで1000年生きようとは思わない。家族は自分を置いて先に亡くなるのがほとんどであり、周りもそこまでの延命を勧めはしないからだ。
「うん。だから彼ら曰く、今まで生きてこれているのは『悪魔に魂を売ったから』だってさ。真偽は分からないにせよ、かなりの意思があってこそできることだよ」
言葉からもわかるように、ハカセは超長寿に賛成だった。生きたいと願うことは悪い事ではないしそこまで生に執着できる人間を尊重していた。「そう…だな」と半ば無理やり賛同して見せるが、言葉とはあるいはハカセとは逆に、マモルはこの生き方は分からなかった。否定する気は毛頭ないから口には出さないが、自分だけが置き去りにされた世界で一人生きていくという考えが理解できなかったからだ。
「? でも、どうやって破壊機械暴動事件を生き抜いたんだ?」
「さあ…。でも、100年以上生きているくらいだからきっとその辺の術も心得てるんじゃないかな?」
「術…か。戦闘とかもできるのか?老人だろ?」
「あはは。100年生きてるからって見た目と体つきも衰えているわけじゃないよ」
ハカセがそう言ったが、マモルにはその言葉に違和感があった。やけにハカセの口調が深く知っているらしかったからだ。
「? ハカセ。長寿の人間に知り合いでもいるのか?」
「え?あ~…。」一度隠すように視線を泳がせたが、やがて隠しても仕方がないと悟ったのか「うん。実は僕の師匠がね長老会の一人なんだよ」と説明した。
「マジか。そう言えば、俺はハカセの友人関係とかわかってないな。」
河本って人は憶えてるんだがな、と最後に付け足す。
「いいよ。僕も言わないところもあったしね。今後、師匠が顔出すかもだからその時には紹介するよ。」
「そっか」
その後ハカセが言うには、二階にいる長老会はホログラムであり遠距離から会場に参加してるからこっちでは意思疎通が難しいとのことだった。さらに、長老会は顔も素性も完全には把握されてはいけないため、二階は完全に閉鎖されているのだった。
「じゃ、探求心を我慢して床で寝るか…はあ。」
ため息をついて、マモルは肩を落とした。
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その後、シキの司会進行により、会場にあるモニターから順位が発表された。
「なんだ。やっぱり、トップ10は変更なしか」
開場のどこかでそんな声が聞こえる。
今回の順位トップ10は以下の通りである。
1位・我村陸 エリア日本所属28750pt
2位・瀬戸守&博田高士 エリア日本所属28100pt
3位・黄海織&黄海快人 エリア日本所属16950pt
4位・NA-3U&FF-37M エリア機国所属15300pt
5位・佐賀那月&倉谷千 エリア日本所属14800pt
6位・フォン-テイン&イン-ガウ エリア中国所属12750pt
7位・R-ギア&楠木野亜衣鎖 エリア日本所属12100pt
8位・フリュシュ-Ⅴ-ルールブック&ハイルダート-ディトメイル エリアアメリカ所属11500pt
9位・角氏吹雪&白金勤狭 エリア日本所属10250pt
10位・カイン-ノタ-フレシュティナ&ツウォン-ライ エリアアメリカ所属9950pt
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それ以降のランクの者もモニターが流れる度に確認できたが、この会場にいるものでトップ50に入っているのは1位、2位、3位、9位と48位の五組だけだった。もっとも、総勢40億のペアが登録されていることを考えれば、例え48位でもVIPには変わりなかった。
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「それじゃあ、順位が分かったから、昇順に並べ。俺と目を合わせて、本人だという証明をしてから1時間半休憩だ。今回は重要な知らせがあるからな。」
「?お知らせ?」
マモルが独り言のようにつぶやく。
「さっきも言ったように、ここ数年。ランク狩りが頻発してるからな。その対策会議だ。」
「…そんな話してたっけ?」
ハカセに耳打ちする。
「うん。君がうとうとしてた時に言ってたよ。」
「マジか…」困惑したマモルだが、少し間があって。「つーか。お前も眠てたよな?」という。
「あはは。うん」ばつの悪そうに頭を掻くハカセ、「僕は睡眠学習できるからね」と返す。
「流石かよ…。」
これには素直に驚くしかない。というか寝てたのは事実なんだな、とは口には出さないで置くマモルだった。
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その後、何となくという流れでダラダラと壇上に立つシキの前に並んだ一行。少なくとも4回目になる彼らからすれば、慣れているともいえた。
「よう。」
そんな風に無機質に前から声を掛けられたのは、マモルとハカセが並んだ直後のことだった。
「………ああ。一位の。」
「おう」
「我村陸だな。」
「さすがに覚えてたか。」
話しかけてきたのは、唯一マモル達の前にいる少年・我村陸だった。この世界の技術士・設計士の一位。片方の目を前髪で隠し、反対側の髪は刈りあげている。黒い長そでシャツに灰色の袖なしダウンを羽織り、黒に鎖をイメージしたような銀の線がいくつか入っているズボンを着用している。シキ同様どことなく粗暴な印象を受ける顔つきだが、わざとそうしているのだろう、マモル達と違い到着時に質問攻めにあいはしなかった彼。とても世界の文字通り頂点の頭脳とは思えないが、しかし、それでも頭の切れは早い。これでも一位の実力が確かにある。
「ま、まあな。」
今回は先ほどの扉前でシキを忘れたときとは違い、憶えていた。というか、パネルに写された三位以降は無かった顔写真でなんとかわかった、という方が適切だ。
「マモルン。どうせ登録してないんでしょ。」
「うぐッ」
図星を衝かれたマモルはそう唸り、再びハカセの冷ややかな視線が注がれる。
「ま、まあいいじゃねーか。」
見苦しく誤魔化すマモルに対し、先ほどの一件を見ているリクは言及しない。
「そうだな。ところでよ、ほれ。」
と言葉とともに、後ろを見るよう顎で促す。向いてみると、技術士・設計士からこんな会話が聞こえる。
「やっぱトップ10入りしてるやつらは違うな。皆10000pt近く依頼をこなしてる」
「ああ。だが、二位と三位でポイントが倍近く違うな」
「あの三人はケタ違いなのさ。……でも」
「ああ。三人とも全く素性がわからねーな」
「三位の二人は、昔裏の組織に入ってたって噂だ」
「組織?」
「ああ…なんでも――――
と、会話は続いている。雑談だけでなく。自分より上のランク者に教えを乞う者もいる。年齢も体格も違う彼らが、一つの欲求を満たそうとしている。すなわち――――知識欲を。
「真面目なやつらだよ。お世辞でも皮肉でもなく、誇らしいよな。」
リクが言う。
「ああ」「うん」
「俺はトップだからな。教えをうけたり、その先を目指すことはない。」
その言葉に謙遜や自慢というものは含まれていないのが、マモルからむしろ不思議だった。だが、とリクは真っすぐとマモルを見るように体をひねる。
「お前には少し期待してる。俺もそうだが、お前にはお前のやるべきことがあるだろうから。」
突然の期待に「え…」と困惑するマモル。しかし。すぐにそのやるべきことが浮かぶ。
(俺のやる事。家族を守る事。記憶を思い出すこと。――――そして
破壊機械の正体を掴むこと。」
「……。ああ。お前なら、"止められる"。」
「え?」
「ごッほん!お前ら、いい加減列を消化したいんだが?」
一位に背を向けられた状態で、シキは不機嫌そうにそう告げた。
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時間は少し進み、1時間30分を優に過ぎたころ。
列の先頭にいたため、すぐに登録を終えたマモルはいそいそと会場の角に腰を落ち着かせ、一気に睡魔に身を任せていた。
「―――だッ!――――」聴覚の端で、そんな断片的な声を聴く。その声に聞き覚えがあり、薄く目を開けたマモルは、会場の左端に目をやった。――――そして、偶然にも見てしまう。会場が天井の僅かな明かりだけになっている中。彼、先ほどまで話をしていた少年・黄海織が、口の両端に血を流しながら倒れていく姿を。
「―――え…?」
ガシャン!という音と共に壇上の明かりがつき、そこには力なく倒れたシキの姿があった。




