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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
火炎篇
15/48

【彼女の能力《シークレット・アビリティ》】2

 時刻は少し進み、銀の川の地上。世界の深い傷とまでもいわれるその場所の地上には、三人の影があった。

「さてと、じゃあこの亀裂の底に一度降りよっか。」

「ああ、そうだな。」

「にしても、この岩壁は本当に大きいですね。どうやって作られたんでしょう?」

岩壁の入り口に顔だけのぞかせる。長い黒髪が吸い込まれるように下になびくが、白みだした明るい空が本来不気味にも感じるその黒髪を華やかに照らす。

「さあな、破壊機械(はかいきかい)たちが一斉に持てる攻撃手段をもって地面を攻撃してできたものーとか、直接攻撃してなくてもあいつらが破壊活動をする過程で割れたーとか言われてる。つーかあぶねーぞ、落ちる。」

サンカが余りにも無防備に岩壁を覗くので、マモルも少し危機感を覚える。ついでにいえば、谷から吹き抜ける風は微風、下は見えても良いような服装をしているとはいえ、時どき見える臀部やら腰のラインは思春期男子の邪な心を騒がせる。双子が今のマモルを見ていたなら怒り狂うほど明らかに表情に出ているのをマモルは自覚していない、頬がほのかに染まっているのだ。

「さてと、それじゃあエレベーターを用意するから、そこで待っててね。」

一方、ハカセは懐に持っていた折り畳み式の簡易拡張器具を広げていく。

 残りの二人はただ待つだけでいいのだがそれも暇なので、マモルは今溜まっている依頼の内容を確認するため仮想画面を開くことにした。あくまで暇だからであって邪なことを考えないようにするためではない、と心中で誰ともなく言い訳をし、サンカとハカセには見えない依頼書を空中に映しだす。

 書類はフォルダ分けされており、そのいくつかある内の『政府依頼』と書かれていたものを開くために指でタップ。

(現存政府からの依頼が5件、内3件が俺だけで事足りる設計依頼か、えーっと内容は…書類整備ができるAI完備の棚とか、伸縮性のある義手、それと半生体半機械の肺の設計…か。前の二つは設計図だけでいいが最後のは薬品名とか書かなくちゃいけないし、なにより移植者の細胞パターンがなきゃ培養できねーぞ)

半端な依頼書送りつけやがって。頼るだけ頼り任せるだけ任せるというような対応にマモルは心の中で苛立ちが募ったが、それでも興味深い依頼でもあることは事実だった。やるべき価値のあるものばかりだ。

 マモルは腕を動かしてスライドさせ違うフォルダを開いてみる。中身はフォルダ名『団体』の通りのものだった。

(今まで白しか依頼を受けたことねーしな。えーと…第一分団よりマヤの義耳の調整、第二分団より盾の調整、第三分団より(ホワイト)巨兵(ゴーレム)の調整…調整ばっかだな…。まあ、マヤの義耳も第二の盾も俺たちが作った完全オリジナルだしな。俺たちじゃなきゃできないことが多い。それから…)

マモルは依頼書をずらしていき、白でなく赤い紙の依頼書に注目する。シロ国の外へと通じる門扉をくぐる前に作っていた、新しい依頼書だ。

(それから、赤。火炎団(フレイムレッド)の団長・赤囲紅炎(あかいこうえん)からの依頼…かな?やけに一方的だった『決闘』の依頼。)

決闘の依頼などという野蛮きわまるその書類を見つめつつマモルは、あの時その依頼を受けた心境を思い出す。

 何もマモルは断ることのできない状況じゃなかった。例え住所が特定され攻め込まれるようなことがあったとしても、全力で逃げるくらいのことはできる。彼らの実力は知らないが、マモルとハカセの二人ならば負ける気はしない、それくらいの確信があった。なにより、マモルのいる場所というのはシロの管理している土地だ。詳しくは彼ら間の話になるのでわからないが、敵地で好き勝手出来ないのはマモルにもわかる。あとはハカセに仕込まれた毒のことになるが、ハカセのことだ、もう既に血清から抗体からできあり、すぐにでも完治の姿勢が整っているに違いなかった。少なくともマモルの知る彼はそういうことのできる男だった。未だにそうしない理由が何かしらあることは明らかだった。そうして、攻め込まれるにしても毒にしても対処できる。大きな危機にもならない脅しにわざわざ屈する必要はない。にもかかわらず、彼からの依頼を彼は受けた。

 それは彼が見た目の醸し出す好戦的な姿勢より、彼のその依頼に対しての切実さが伝わってくるのを言葉の背後に感じた。だからマモルは今回の出来事を依頼としてまとめようと思ったのだった。彼とはもちろん初対面だったが、なにせマモルは破壊暴動事件後も積極的に人道支援(ボランティア)を続けてきた人間の一人だ。結果、さまざまの人と出会い別れてきた。いろいろな感情を見てきたし、痛みに歪む顔、苦痛に耐える顔、喜び、悲しみ、愛しさ、儚さ、希望、絶望といった人の生命の証も記録してきた。マモルの目から見てコウエンたちはそのうちの愛しさの面が多い気がした。最後の彼らの背中はまるで、決闘を楽しむ快楽者というより、何か目標へ一歩近づいたことに喜ぶような、そんな人間の正の感情が読み取れた気がした。

 一方、マモルが確認している途中それを見ることができないサンカは、まるで彼がボーっと宙を見つめているように見えた。

「? 仮想プログラムにアクセス中…ですかね?」

そう思い、彼女は近づく。

 一歩一歩、しっかり足で地面を踏みしめる。そして、マモルの肩に手がかかる直前だ――強風が吹いた。

 何も遮るものの無い荒野。一度風が吹けば、砂とホコリだけでなく、人や動物も飛ばないように踏ん張る必要がある。しかし、何分風を完璧に予測することはできない。

「?」

視界の端で、黒い束がしなって消えるのが見えたマモル。消えるのに沿って視界を移動させていく彼女が見えてしまった、ある意味ではそれが間違いだったかもしれない。見えていなければ、知ることはできなかったのだから。視線の先では、サンカが―――――重力に任せてゆっくりと落ちていた。

「サン…カ…?」

そう言ってマモルは理解した。言ったことで理解した。サンカが、数時間前に友人となったばかりの女の子が、重力に沿って体が下に引っ張られている。彼女の視界もそれに沿ってただ上へと移動している。

(あ、空がきれいですね…。)

サンカは呑気にそんなことを考える。これから彼女に待っているのは、まぎれもない死だった。それでも彼女が余裕な表情なのは、彼女の今までの半生がそうたらしめていた。それを知るよしもない少年は悲痛な叫びをあげる。

「サンカっ!手を!」

義手をのばす、限界まで。それに対してサンカは手を――――――のばさない。

「…え?」

疑問に思うマモルに対し、サンカは「ワアアーーーーー」とえらく棒読みで、何とも間の抜けた声で落ちた。

          ★

 数秒後、サンカが消えた闇の底をただじっと見つめているマモル。両義手を地面につけ、谷のそこへ頭だけのぞかせている。表情はいたって冷静、しかしそれがかえって、彼の寿命を縮める考えへとつながる。「迷ってねー…」一言そう言って、マモルは両義足を曲げる。限界まで。内部で歯車(ギア)がカラカラと回り、バネも縮んでいくような音がする。そうしてあとはマモルが機械化した脳で命令を送れば、バネは弾性によって伸び機構がそれを補助することで驚異的な跳躍がおこなわれる仕組みだ。

「待って。」

冷静に肩に手をおいたのは、声に対して神妙な顔をしているハカセだ。どうやら、拡張パーツの取り付けが終わったようで、飛び込み自殺を図るマモルを止めようとする。

「今君が飛んだら、それこそ死体が増えるでしょ。」

「…。」

下を向いたまま、マモルは答えを返さない。

「この高さから落ちたら、いくら強い彼女でも助からない」

たとえ狼を屠れる力があろうと、高高度から落とされて死なないような人間は“そうは”いない。

「…なら、のんびり降りるべきだと…?」

ようやく言葉を発したマモルのその言葉には、どこか怒気が見え隠れする。いきなり目の前に起こった事態に、まだ頭の整理ができていないらしかった。例えのんびり降りたとしても結果は変わらないのだが、この時のそういった考えが全くない状況のようだった。

「…。」

「そんなわけには…いくかよ!」

走り出した方向は、ハカセが作り終えた拡張パーツ取り付け済みのエレベータだった。素早く地下へとそれを放ると、リュックも乱暴にエレベーターに放り投げ、乗り込む。

「マモルンっ!?」

「ハカセ!さっさと乗れ!」

「そんなに急いでも、結果は変わらないよ!」

「うるせー!お前もさっさと来るんだよ!」

「は、はい…」

ハカセはマモルの剣幕に負け、たどたどしく乗り込んだ。

「マモルン。君は彼女がもう手遅れなのをわかってるでしょ?もうどうしようもないことを理解してるんでしょ?」

「…関係ないよ。サンカがもう…99%手遅れだったとしても、俺は1%を信じる。そんでもしその1%が、あるのなら、俺はそれに全力を尽くしてサンカを助ける。」

「…ムチャクチャだ…君は…ーーー

それでもカガク者かい?と呆れつつ、ハカセは思い出す。

 八年前の事を――マモルと出会った当時のことを。あの時、河本にハカセが止められたとき、全く同じ強引な考えでマモルのことを助けて見せた。自分の命より、今は目先の可能性のある僅かな命を救いたい。そうハカセも願い―――そして実行した。その時の彼は迷う時間などなかった。それが今、目の前の少年も同じ考えなのだとしたら、それは、果たして喜ぶことなのだろうか…少なくとも今はそのことに異議を唱える必要はないだろう。

――――全く、誰に影響されたんだろうね」

少なくとも今は、そう言って笑うことが正しい。ハカセは自信にそう納得させ、笑って見せた。

          ★

 岩壁の底に着き次第、マモルは叫ぶように名前を呼ぶ。ありったけの声量と期待を込めて。頭は真っ白だったが、それでも必死だった。一方ハカセも名前を叫ぶが、そこにはマモルほどの期待の念はないがそれでもと信じるように声を張る。

 二つの土壁で反響する、二つの声。

「はいはーーい!」

その声に応答するようにのんきな声が聞こえ、それと同時に、鉄の破片をカラカラと踏みながら足音が近づく。

 奥から出てきたのは、明るく手を振りながら、パタパタ走ってくる黒髪長髪の少女だった。

「…え?」

ハカセは口を開けて驚きそんな声を上げ、マモルは表情を歪ませて音の先を――闇の先を見つめていた。

「いやー、ドジっちゃいました!すみません。」

いつも通り腰を丁寧に曲げ、ぺこりとお辞儀をする。黒い長髪が肩に沿って下に落ちる。さも当然だと言うように謝罪したサンカ。まるで先ほどの絶望的状況が嘘であるかのように。

「…ダメだ。」

言うが早いか、マモルは動き出していた。威嚇かと思うほど両手を広げて大きく見せると、そのまま覆うようにサンカに迫り―――「へ?」という間の抜けた声を出すサンカに対し、その様子を確認したハカセは呆れて肩をがくりと落とした。

 マモルは顔を起こしたサンカを包むように、腕を回し、抱きしめた。

「へ?へえ…?」

引き続きそんな全く理解できないと言った表情で、困惑するサンカ。

「お前、なんでそんなに死に無頓着なんだよ…おかしいだろ…。」

そいう彼の声は、声だけでなくサンカに触れる義肢たちも、紛れもなく震えていた。

「は…はあ…。」

そんな風に応えるが、サンカも言い返したいことはあった。目の前のマモルは声だけでなく、本気で悲しみ、泣いている。私と彼が会ってから今は何時間経った?その時間中にある程度は仲良くなった。しかし、ほぼ他人の死に対してここまで悲しめるものだろうか?8年共に過ごしたハカセが亡くなるならともかく、その辺にいる女の子がいくら目の前で死にかけたからと言って、ここまでの悲観が表せるものか?サンカはマモルという人間に激しく興味をそそられた。

 8年前の破壊機械暴動事件以降、人々の心の距離は明らかに広がっていった。他人と積極的に関わる事を避け、自分を拘束するものを認めない。荒廃した、それもただの荒廃ではなく地球規模で復興を諦める程の荒廃が起きていた。確かに、今このエリア日本に関して言えば『団』なるものが存在するし、それによって、団の領地は復興している。それでも、彼ら団の人間は『領地外にまで復興の足は延ばさない』。一種の鎖国だとも言える。陣地を広めつつ鎖国している。心と技術に壁を―――築いていた。

 そんな時代だ。そんな時代に対し目の前の少年は今こうしている。他人の死にまるで自分のことのように痛いというように哀しみ、そして他人の生に自分のことのように喜ぶ。時代に対して少数派の人種だろう。果たして、他者から見て壊れているのは、間違っていると思われるのは、どっちだ?

「もしかしたら、あなたの方が…。」

それ以上の言葉を飲み込んだ。そんな彼だからこそ、“重なる”のだ。そんな彼だからこそ、護りたいと思ったのだ。

「…それにしても、よく生きていたな。あれだけの高さから落下したのに」

マモルの純粋な回答に、サンカは言葉をつむぐ。返す言葉を選んでいるのだが。本当のことを言えば、マモルはどう思うのだろう、という考えがよぎる。もしかしたら怖がるでしょうか?もしからしたら逃げてしまうでしょうか?そんな考えが思考を埋める。

 現に、目を合わせた直後、マモルという少年は真っすぐに見て来る。その顔の一部一部を見るだけで、8年前の記憶がちらつくのだ。暗い闇の中――この銀の川よりも暗い闇の中でキラキラと輝いたあの笑顔。あの笑顔が浮かぶ度に心に刺さる感覚を覚える。もう、嘘や誤魔化しで、彼から逃げることは、サンカ自身が許せなかった。だからもし怖がられても良い、慣れている。そう心に(うそぶ)き、無理やり笑顔を作って答える。

「…しっかり」

「ん?」

一度深呼吸をし、改めて真っすぐマモルを見つめる。そして言う。

「しっかりと、私は死にましたよ!」

「え…」

マモルが聞き返そうと口を動かすが、その前にサンカは親指を背中越しに立て、そっちを見るよう仕向ける。マモルも質問は止めて、首を少しひねりサンカの指した先に目をやる。肉眼で見たところ、周囲におかしなところは見られない。ということはサンカが見せたいのは先ほど彼女が現れた闇の向こうと言うことになる。

「はい。どうぞ。」

未だ抱きしめられた状態のサンカは手を伸ばし、下から首に提げた作業用ゴーグルをマモルの目元に移す。

 ゴーグルにあるズーム機能と暗視機能で闇の先が鮮明に見える。主に緑色で銀の川の一部に一際白い模様がある。それは、どこか見覚えのある広がり方だ。

「あれは…血?」

「はい。私はあそこに落下しました。」

「え、まじで?じゃあ、なんで…」

「ちょ、ちょっと待って!それって君は一度しっかり死んだってこと?」

隣で断片的に聞いただけのハカセが、マモルの言葉には割り込むようにそう結論づけた。その現象に心当たりがあったからだ。

「はい。それはもうしっかりと、地面が頭部に直撃して粉砕。絶命しました!」

「じゃ、じゃあ。……生き返った…?」

「……はい」

「「マジで!?」」

          ☆

「お!おおおお!」

数秒後、マモルがサンカの顔を上、下、左、右、左斜め上、右斜め上、左斜め下、右斜め下。と余すところなく観察し、感激していた。

 まるでグラビアアイドルのように観察対象となった当のサンカは目に熱を帯び、“瞳を紅色に染め”照れながらも黙ってまっすぐ立っていた。視姦ともいえる舐め回すよな視線を送る本人には、その自覚はなかった。

「おーい、マモルン。そりゃ僕もとても、それはとてもとてもじっくり見てみたいけど、それより先に荷物を積むの手伝ってくれないかな…」

ハカセは呆れながらも、リュックをエレベーターに乗せていくが、何しろマモルの倍以上ある体積に見た目以上の重量がある。とてもハカセでは乗せきれない。大きなリュックにハカセの全体重を乗せて押しても、何とか10センチ地を這う程度しか動かない。

「でもよでもよ。絶対にねーぞ!こんな風に異種眼(イレギュラ―・アイ)の《赤》に巡り合えるなんてよ!」

 異種眼(イレギュラー・アイ)。カガク時代初期に政府のある組織によって作られた新たなる人類。最初は数人規模だったその種族は時を経て繁栄、人間の『個性』として認めれて一種の人種となった。彼らは総じて虹彩と水晶体のいわゆる瞳と呼ばれる部位の色を2色持つ。そして、一般生活で見られる色とは異なる色が発現している間、能力を行使できる。特にサンカのような瞳が通常の黒から赤に変わる目の色を持つ人間は赤眼(レッドアイ)と呼び、その能力は《超再生》だ。例え、心臓を射抜かれても、脳をさっきのように粉砕されても、肉片がいっぺんでも残っている限り、彼女たちは再生を行える。肉片一つ一つが細胞の死滅と同時に万能細胞(IPS細胞)へと変わり増殖、元の体へと戻る。彼らの数は一般人に比べ少なく、そして、珍しい。研究者の間では、彼らをどのように応用しようかと躍起になっているものもいる。

「たしかに、そうだね。だからサンカちゃん。この後、僕もいくつか質問させてね。実験はしないからさ。」

「ねじ回しとかニッパーとか作業器具を片手にちらつかせながら言われても…説得力無いです…。」

二人の底知れない探求心に呆れ顔を作ってしまうサンカを確認しつつ、未だ彼女の周りで飛び跳ねているカガクシャに声をかけるハカセ。

「はいはいマモルン!とっとと運んでよ。もう4時なんだからさ。」

「おうハカセ。わーってるよ。」

言われたマモルはここでようやく動き出す。体をひねり、先ほどマモルたちが降りてきた岩壁とは対面にある自家用エレベーターに荷物を乗せる。先ほど乗せるのに苦戦していたハカセと違い、ヒョイという軽々しい効果音が聞こえそうな程簡単に片手で持ち上げる。

 ドン!という音とともに、マモルはエレベーターの上にリュックを乗せていくとき、「ハカセさん、ハカセさん」とサンカが手を上下に揺らしてハカセを近づけ、耳打ちする。

「何かな…?サンカちゃん?」

「マモルさんは本当に記憶が戻らないんですか?」

サンカが聞きたいことは、マモルへの興味本位の質問だった。医学には全く詳しくないサンカだが、少なくともマモルの機械化した脳が記憶の重要な役割を担っているのは分かる。そして、サンカが彼と初めて会った時、傍らにいたハカセが言った「マモルンは記憶を保存できない」と。応える立場のハカセは、なるべくわかりやすく答えようと努めた。

「…。うん。マモルンには昔の記憶はないよ。それはマンガにある脳に刺激を与えて思い出す、みたいな一時的なものじゃなくて、完全に破壊されてるんだよ。それに、記憶を戻せないだけじゃなくてね。あのメモリーがなくちゃ、彼は今このとき何を話したかも覚えてられないだろうね。短期記憶も長記憶も両方できなくなっちゃったから。でも、生活記憶は残っているらしかったし、身体に残った感覚は忘れていないようだったから設計図を書かせたんだ。それが今の彼の唯一無二の強みなんだよ。」

「…そう…ですか…。」

流石に、サンカも落ち込んだ。説明を終えたハカセが、あまりにも残念そうに俯いていたからだ。

 マモルはいわば、これから一生機械化された脳によって記憶し、考え、生きていくのだ。それも多分先ほどのサンカに対して行ったように、人のために。果たしてそれが、人の人生の形として正しいのだろうか?もう2度とマモルは感情の全てを自分で感じることは無い。どこかにメモリーで記録された電子的、非自然的な記憶が割り込んでくるのだ。もう、“あの事実”を確かめるすべがないのだと考えるのは、サンカ自身利己的な気がしたがそれだけ大切な事だった。

 そうして考えがグルグルと渦巻き、二人が負のオーラに包まれていると、頭の上から轟くような声が聞こえた。マモルがサンカの名を、大声で呼んだのだ。

 驚いて二人が上を見ると、そこにはエレベーターに荷物を積み終え、先に上がるマモルの姿があった。

「なんですかーーー?!」

「誓ってくれっ!もし俺たちが危険な目に遭っても、自分は異種眼赤眼(そのちから)で身代わりにならないって!そんで、俺たちに関することで、無茶はしないって!」

「!!」

それは、彼女がこれからしようとしてる護衛手段を全て否定するものだった。その誓いを、今たてさせると言うことの意味、これで彼女は二人の前で不必要に死ぬことができなくなった。それは焦ることだ。自分の武器が否定されたのだから。生き返る能力しかなく、肉壁になること以外持ち合わせていないと考えている彼女を否定する誓いだった。これは由々しき事態であり、本来なら誓うことはできない。しかし彼女はそんな風にすぐに自分の能力を理解されるのが、少なからず嬉しかった。同時に、自分のためにそんな対策をする彼をそれこそ死ねない物狂いで守り抜きたいと思った。そう思えるのは、きっと誇らしいことだ。涙が出そうなほどに嬉しいことだ。

「は、はいっ!!」

サンカは、持てる全ての声量を使って答えた。

          ★

「よ、っと」

ドスンという、鈍い音とともに、マモルはリュックをリビングの長机に置いた。地面からは現れた収納式の木製の長机はギシギシと音を立てて今にも押しつぶれそうだが、その辺は設計がマモルであるため、安心と信頼の頑丈さを誇っていた。

「これで、買い物は終了。後は食材とか詰めれば終わりか。」

昨日はいろいろなことがあったなあ、とマモルは無事日付が変わったことに安堵しながら、少し出来事を思い出してみる。機械の頭部でモーター音が鳴り、思考が視覚を通して映画のように映し出される。

 朝に双子がまた入ってきていることが分かり慌てたが、二人ともしばらくはお預けになる兄妹の朝を愛おしそうに服をそれぞれ小さな手で掴んで眠っていた(さすがにココネも眠っていた)。シロの領地内で別れ際、双子からささやかなキスの贈り物をもらい、ビャクヤの元へ赴いた。話し合いが終わると、扉を開けた途端に少年とぶつかった。彼が、しばらくしてからシロの領地内で赤の団長などと名乗るなど、この時は分かりもしなかった。とにかくビャクヤと取引を終えると地下の整備室へと向かい、そこでショウタに会ったことは大きい。商店街でサンカと再会、まさかその後も同行するとは思わなかった。そしてこれから、彼はしかる後に紅炎と戦わなくてはいけなくなる。そこでどんな展開になるのかは、まだわからなかった。

 …よし、全部俺の記録だな。俺の人生で、俺の感覚だ。そう確かめ、ゆっくり瞬きをしたあと深呼吸をすると、直後に左義手の電話に着信が入った。出てみれば、それはハカセであることがわかる。

「なんだハカセ?家に着いてから直接じゃダメだったのか?」

『うん。なーんか、頭に引っかかるものがあってね。』

「おう?なんだそれ…?」

『さっき言ってたよね。8は4の倍数だって。』

「ああ…?言ってたっけ?」

『憶えてないならいいんだけどさ。でも、8て2の倍数でもあるよね?』

「そうだな。」

何当たり前のことを言っているんだ?マモルは頭の中でそう思い、考えてみる。

「それで、2の倍数がなんだよ?」

『うん、2…2…それが引っかかってね。』

「? 2?」

『うん、さっきは4年に一度博士会があるって言ったじゃん?じゃあ2年に…一…度…―――――『「ああああッ!」』

叫び声は同時だった。そして互いに「って、うるせー!」『うるさいよ!』と電話(ハカセは指輪状のもの)を遠ざけた。

『?お二人は何をやってるんです?』

流石に不思議に思うサンカ。目の前の人物たちは世界第二位のカガク技術を持つと呼ばれる二人の会話には、とても見えない。

『「継続試験んんーーー!」』

「ってうるせー!」『うるさいよ!』

「………………………………………ホントウ、何やってるんですか…?」

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