【彼女の能力《シークレット・アビリティ》】1
時間は少し戻り、マモルたちが双子の専用機である“白の巨兵”の整備を終え、他の整備士たちを外へと押し出してる頃。
黒い長髪を左右になびかせ、とてつもなく長い廊下をスニーカーで歩いている少女が一人。ただの一度も景色が変わらない白一色の道、一定の間隔で作り出すカツカツと言う反響音と自身の引きずっている大きな袋のカラカラと言う金属音。催眠かかるようなその現象に、少女は気が遠のきそうな感覚に襲われるが足は何とか止めずにいる。
数分して、ようやく目的地の手前まで来た時、丁度その場所から扉は開く。出てきたのは、灰色の布の袋――いや、人を抱えた同じ色の布をまとう巨体の人間だったが、顔が見えないほど深くフードを被っているのでそれが男か女かも定かではない。
(さすがに、体格で男性だと決めつけるのは悪いですよね。)
少女はそう自分に言いつけ、足を止めつつ出てきた人物を見つめるが、視線の先の人物は少女に気が付かずに背を向けて行ってしまう。ここでうっかり自身が気配を消しているのに気がつくが、そのままやり過ごすことにした。肩に抱えられた人間は、四肢に力が入っておらずピクリともしなかった。
(あれは…生きているのでしょうか…?)
小首を傾げつつ、出てきた人物を見送った少女は再び扉に近づいた。
目の前には重厚な扉があるが領地に入る時にあった門扉ほどの大きさはなく、ある程度の災害に対応できる最低限の完璧さと頑丈さ、という表現が適切なものだった。そんな扉の前で少女は視線を落とし服装を確認する。
「やっぱり着替える必要あったかな…?」
服装は白を基調とした上下のワンピース。所々に赤い線やら点やらが散りばめられていた。既製品にしては不自然な赤いデザインが何かと問われれば、少女は渋ってしまうだろう。なにせそれらは紛れもなく、赤い液体からまず連想されるであろう鮮血だった。具体的には朝方に狩っていた血肉狼から、機械部分と現在住処で燻製にしている肉とを解体するために飛び散った血だ。淑女としてはあまり、というか絶対にそんなものが付いた服装で来てはいけないのだが、時間が惜しかったこと、そして解体が上手くいったことで最小限の染みにしかならなかったことが理由となり、とくに着替えるという考えもなく、彼女はそのままの服装でここまで足を運んだ。そんな経緯があってか、私らしいなと一つ微笑むと同時に、そこまで服装にこだわらない自分の姿勢に落胆しそうになる。
一方、視線を上にあげると右側の三つ編みの髪が乱れていないかと、一度撫でる。
「よし!人に会うんですからこれくらいの身だしなみはしないとですね」
首を境目にして、意識の違いが見え隠れする。さらに言葉を発して、先ほど後悔したことを思い出す。それは数時間前の出来事だったが、寝起きの『狼狩り』を終えた直後に面白い少年少女に会ったことだ。寝起きの頭の働いていないときに人に会ったことで変なこと言ってしまったかもしれないこと。それに何より淑女として見せていけないような『狩り』を見られたのだ。彼女としては心から穴があったら入りたいと思った。が、そんな後悔は今は置いておく。何よりここまでこんな姿で来たのだ、今さらだと言う感じは否めない。
(多分、ココを押せばいいのでしょうが……ん?)
タッチパネルに手を掛けかけたとき、扉の向こうから声が聞こえた。
先ほども述べた通り眼前の扉は最低限の完璧さはある。それはつまり防音も含まれているわけだが、自慢ではないが、彼女は耳が良かった。扉の向こうでは、少なくとも三人の話し声が聞こえて来る。
『でも、良かったの?挨拶しなくて』
『? なんのことです?』
『いや、マモル君さ。マヤって、話したいことがあったんじゃないの?確か…君のそのエルフミミ。それってマモル君が作ってくれた物だよね。その時はハカセ君がいなくて彼が一から設計、製作をしてくれたとか。結構気に入ってるみたいじゃないか。たまに鏡でうっとりと見てるし!』
ここまでは聞き取ることができたが、それ以上は何となく聞くのを止めた少女。(や…っばいかも…ですねぇ…。)などと焦りが広がる。これから中の人々に話を進めるうえで出来るだけ角は立てたくない少女は、少しばかり躊躇う。今の会話からして、名前の出た人物には触れない方が良い事は明確だ。しかし同時に、その彼らについて話すことが今回彼女がこの場にいる一番の理由だった。
扉の前で顎に手を置き、しばらく考える。が、それが数分続いた時、少女は一つの打開案をひねり出した。「あ。でも…こうすれば問題なく進めるかもしれませんね」と。
空を見上げるようにして上を向くと、一度目を閉じ、見開くとともに瞳孔に力を込める。僅かに熱を帯びているのが実感として伝わる少女。
これからする会話は今後のことに大きく影響する。サンカの身体的にも、経済的にも重要なことだ。そのための緊張か、扉の前に数秒立ったままになるが、一つ深呼吸をすると「じゃ、いきますか。」再びタッチパネルに手を置こうとする少女。扉を開けようと試みる―――――が。
「あー、いや。押さなくていいよ。いらっさい。」
「ようこそ、いらっしゃいました。」
決意空しく黒い長髪の少女・サンカがパネルに触れる前に扉は開き、白髪糸目の青年はさも気軽そうに手を振り、その隣のエルフミミ釣り目の少女はスーツ姿で丁寧にお辞儀をした。腕組みをしているタンクトップの少年もわずかながら首だけを上下させた。
呆然とサンカは開いていく扉を見るが、もう目の熱は感じられない。袋を持った手に力を込めつつ一歩踏み出すと、それを見た奥の机に座る青年が大げさに両手広げ歓迎する。さも演劇のように。
「いやぁ~、やぁ~。ご足労いただいてどうも!俺は白城白夜。白城団団長にしてこのシロの領地の領主だよ。んで、君から見て右が白城真夜で左が白城当夜。どっちも副団長で俺の義妹弟さ。」
「え、ええ…。存じております。私は御家三香。職業は……あ~…。その辺をうろうろ生きてます、放浪者です。」
「なにそれ!?」
ビャクヤのツッコミに、ようやくサンカもニッコリと微笑み、手に持った袋の口を置いた。お互いに掴みは成功したようだ。
「ま、まあ。緊張が解けたようでよかったよ。なにせ扉じゃ、えらく躊躇していた風だったからね。」
今日それを見るのは二回目だよ。とビャクヤは言う。その言葉の意味は何となくしか伝わらず首を少しひねるサンカだが、ビャクヤがその後も話を続けるので聞き返すのを止めた。
「それにしてもその袋、何?」
と、一番気になっている話を切り出す。大きな赤いシミが付いたそれが、命を失った何かである可能性が大きいからだ。こと、目の前のサンカという少女の素性を考えればそれが思い至る。とにかく、サンカとしても、警戒心はなるべく低くとどめておいてほしいため、淡々とではあるが穏やかに中身の話をする。
「狩った血肉狼の機械部分です。後で売却しますよ。」
それだけでサンカにとっては十分だろうと思った。その思いが伝わってか、あるいはサンカが思うほど警戒していなかったのか、ビャクヤは最初「ふ~ん」と頷き、
「ま、いいかその辺は自由にやってくれて構わないよ。」
と返してくれていた。
一つ疑問が晴れたことで、今度は別の、あるいは本題の話に持ち込もうと、ビャクヤも詰め寄った質問をする。
「……それで、世界的有名な『眼』の戦士の一人が何のようだい。俺ら団への依頼?それとも加入?それともそれとも…警告?」
「…。」
最後の言葉『警告』にはどこか圧を感じ、サンカは黙るが、そこに気圧されたというような感情はない。「いいえ。どれも違いますよ。」と、寧ろこれまで以上に明るく、笑顔を作って応える。
サンカはどこかホッとしていた、それが顔に現れての笑顔だった。目の前の人間は少なくとも今のエリア日本において一番の土地と、権力と、そして人を統治する人物だ。そんな彼らがサンカのような『ある人種』に対してどんな反応をするのが少し心配をしていた。もしも、怖気づいてしまったり、逆に下手に出るようなことであれば、これからする話は流させてもらおうとまで決めていた。"こんな場"で、すなわち彼らの土俵で“力”に負けてしまうような人間ならと見限り、自身の好き勝手に行動してもさして障害にはならないだろうからその通りやろう、そんなことを考えていた。結果、それは考えすぎに終わった。むしろ、ビャクヤはサンカが微笑みを浮かべたことを疑問に思い「なにかな?」と聞いて来る。その態度からは、ここまでの領地を得たことも納得できるような自信と実力を感じた。
「いいえ。なんでも、それでは話を続けますね。」
「う、うん。」
ビャクヤは視線をマヤの方へ向ける。さすが大団体の右腕と言うべきか、マヤはすぐさま仕事の顔になり、手に持ったタブレットでメモの準備を行っている。今から話しをする、ある種“最凶”の少女の言葉を一字一句聞き逃さないために。
「まず、質問です。あなたたちは、『知識』をどう御思いですか?」
さながら面接といった話し出したサンカ。その立場は本来逆な気もするが。
「うーん。俺は今の時代、一番重要だと思ってるよ。なんせ今はそれをどれだけかき集められるかが世界を元に戻すカギだと確信してるからね。」
元に戻すとは、カガク時代の全盛期とまで言われた、あの輝かしい都市に戻すと言うことだ。それは簡単ではないだろうが、この腹の底が解らない団長のことだ、何か策があるのだろう。政治運営についてはまったく知識がないサンカはその辺りの質問はせずに続ける。
「なら、それ以外はいらない、と?」
「いいや、知識は"一番重要"であって、"全て"じゃないだろう。この領地だって、守るための"力"は必要だ。」
「そのための白城団?」
「うん。俺らの"防衛力"とこのシロの城塞の後ろに控える"学園"、それが今俺が最も守りたいものかな。」
「なるほど、では知識が外にあることをどう御思いで?例えば……そう、第二位とか…あ」
「……。」
その言葉に、ビャクヤは表情を変えないまま、視線だけをマヤへと向ける。目が合った彼女はペンに力を込めた後、一度深く息を吐いて落ち着き、眼鏡の端を手のひらで押し上げて、言う。サンカが入って来た先ほどとは明らかに目つきにとげがあった。
「しゃん――ゴホン。サンカさん。回りくどいですね。メモを取るこちらの身にもなってください。」
冷静さを崩さないマヤは、あくまで秘書らしく、探ると言うよりはなげかけると言った具合に訊いて来る。「時に、なぜ例えたのが一位ではなく、二位だったのですか?」と。
マヤのその質問を聞いたビャクヤとトウヤは質問よりも、最初の言葉に笑わないよう奥歯に力を込める。(噛んだな…。)と思う内心爆笑中の二人とは反対に、サンカは黙ってしまう。
サンカだが、今回は先ほどビャクヤに安心した時と違い、やってしまったという後悔の感情が何より勝っている。いわゆる、頭真っ白というわけだ。扉から聞こえた限り、マモルとマヤという少女に何かしらがあるのは間違いなく、また、自分自身、例えであの二人を指すつもりはなかった。しかしその後、サンカ自身も驚くほど、怒涛の勢いで言い訳を口に出す。
「い、いえいえいえ!深い意味はなくてですね。朝方あの大きな大地の裂け目で会いまして。その時はあの二人がそうだとは気がつかなかったのですが、住処に帰って不思議な人たちでしたなあ、と調べてみたところすぐに世界の技術士&設計士のランキングの第二位であることがわかりまして、ほら、あの二人のマモルさんは四肢が機械じゃないですか。覚えるのは簡単でして…ね」
「……。」
怪訝そうなマヤだけでなく、ビャクヤとトウヤも黙ってしまう。サンカは一人息を整えてから、マヤの顔色を窺う。
「…ハア、なるほど。わかりました。」
マヤのその言葉に、サンカはもちろん、身内の男二人も安堵のため息をついて肩の力を抜く。ここまで緊張したのは、過去になかっただろうと“三人とも”この時ばかりは感情を共有した。
「…それで、サンカさんは一体何をしたいのですか?」
「あ、はい。差し出がましいのですが……。」
言葉の詰まるサンカ。場合によっては、この返答で一気に先ほどよりも静まり返る可能性が高い。しかし、こうしていても埒が明かないのも事実。意を決して言葉を発する。
「お」
「「「お?」」」
「御二人――マモルさんとハカセさんの護衛を――家に泊めてもらう『許可』を取りに来ました!」
『マモルさん』『ハカセさん』『許可』と、言い終わるまでに3回ほど声が上ずったが、何とか笑顔を維持したサンカだった。
★
「と、いうことで。何とか許可を取り次いでもらいましたので、これからお世話になります!」
ぺこりと丁寧に腰を曲げてお辞儀をするサンカ。その話をしたのは、三人がシロの領地の門をくぐりしばらく歩いた後だった。時刻が日を変えることはまだなく、夜目とヘッドライトの明かりを頼りに家路を歩く三人。数時間前のビャクヤとの話し合いでサンカがいいたいことはこういうことだった。
つまりは、世界第二位といういわば国宝級の存在が自身の領地に居ながら、それに護衛や防衛設備を着けずに一般家屋に住まわせているのはどういうことだ、と。ビャクヤからしたら以前政府からもあった話を、その時とは違ったオブラートに包んだ言い方をされつつ言われたのだ。多少の抗議はしてみたものの、サンカの強固な意志は、ことごとくビャクヤの意見を論破した。そうして最終的にはマヤを説得する直接対決になったものの、何とか許可を取り次いだのだった。これを後にシロの国内部では“女性大口争~カガクシャ争奪の陣~”と語り継ぐことになる。
そしてサンカは説明を終え、マモルは茫然と口を開け、ハカセは楽しそうに顔をほころばせていた。
「なんで、わざわざ許可なんて取りに行ったの?黙って住んじゃまずい?」
「はい。本当にしばらくお世話なるつもりでいるので住所登録がしたかったんです。」
ああ、それね。と納得したように頷くハカセ。そんな彼を押しのけて、マモルがここでやっと口を開く。
「ちょ、待て待て待て!どういうことだよ!」
「マモルン、イタイって」
「? どうもこうもこれから護衛を名目に夜ばi―――いえ、何でもありません。」
「いま聞き捨てならないこと言いかけたよな!?」
よば、なんだって? 完全に警戒の目線を向けるマモル。その様子を面白がりつつ弁護する。
「あはは。冗談です!…護衛はしますが、決して害は与えません。決して。」
「…。」
「だからどうかお願いします!私、あなたたち家の近くの洞穴に住んでるんです。」
再び丁寧に腰を曲げ、丁寧なお辞儀を敢行するサンカだった。そのお辞儀に続くように、ハカセも口を開く。
「ええ!あの僕らが今住んでる銀の川近くの洞穴にィ!?あの、温泉とかタンスとか本棚とか、かつての盗掘さんたちが置いていった家具やらでやけに生活感があっても夜は肌寒くて警備ゼロのあの洞穴でしょ。いつ寝てるところを狼みたいな危険生物が入るかもしれないあそこに一人で住んでいるなんて、タイヘンダー!」
「なんだその説明くさい棒読み危機感もどきは!?」
マモルの八年仕込みのツッコミは熟していた。
「……でもまあ、確かにめんどくさいところに住んでるのは事実だ。サンカは強いが、それでも前の住人みたく無防備に寝てるところをやられて、後日骨だけになられても困るしな、仕方がない。うん、仕方がない。仕方がなく住むことを許可しよう。」
マモルは腕組みをしつつ言い訳くささを隠しきれずに許可を下す。その発言に二人がゆるく「イエ―イ」と言い腕を上げてハイタッチをし、その様子を確認したマモルはフン、と一つ息を漏らす。
ハイタッチをしたことで少なからず心の距離が縮まったハカセとサンカ。そのままハカセが一言耳打ちをする。
「ああ言うけどね、前の住人たちはみんな無事だからね。あそこに住んでる人たちは毎回マモルンが被害が出る前に見つけて何日か泊めてたんだよ、僕らの家にね。」
「え?じゃあ、今のって。」
「うん。完全に口実だね。」
キラキラした目でサンカはマモルを見る。今も必死に横を向いて目を合わせようとしないが、耳の赤みは勘違いではないはずだ。
「改めまして、これからよろしくお願いしますね。ハカセさん!守さん!」
「うん、サンカちゃん。」
「おう」
二人の住む――――これから三人で暮らす家までもう少しの所まで彼らはまた一歩近づいた。
★
歩を進める三人の影は未だ漆黒の闇の中を舗装された道路に沿って歩いていく。
「なあ、ハカセ。お前ひょっとして一つ忘れてないか?」
不意にそんなことを言うマモル。自身より倍以上ある大きなリュックの位置の調節のため一度軽く飛んだあとにしたその質問だった。
「? 僕が忘れてること?」
マモルにとっては案の定、サンカの方は見当もつかないという顔でそれぞれ見つめる。ハカセは顎に手を当て目線を斜め上にもっていく。これは忘れている証拠だった。
「ああ、サンカが泊まるのは全く持って構わないが、それにあたっては一つ聴きたいことがあるんだよ。ハカセにな!」
「ん?」
全く思いさせていないハカセ。マモルは徐々にヒントを与えていくことにした。このいざというとき以外に頼りない大人の成長を促すのも育ててもらっている子供の役目だった。全てがあべこべであるが。
「俺の誕生日。」
「うん。君が『瀬戸守』って名前になった日を誕生日としてから…うん、さっき日付が変わったから7日経ったね」
「ああ、それからもう何日か経つと?」
「ん?」
(これでもわかんねーか…。)
ため息をついて露骨に呆れるマモル。
「じゃ、大ヒントな。今年で8年、丁度、4の倍数だろ?」
「あ!」
「ようやくわかったか」
つまりは4年に一度のイベントがあるはずだった。昔ならワールドカップ、オリンピック・パラリンピックだったが、カガク時代に入るともう一つ。「博士会!?」があるのだった。
「そう」
「え?どういうことです?」
ハカセが答えを出したところで、ようやくサンカも会話に参加する。ここまで完全にのけ者にされたせいか、心なし口調が荒い。頬が膨れて見えたのも、気のせいじゃないはずだ。
「お、すまんすまん。別に置き去りにしたいわけじゃなくてな。」
「うん。どうやら、少ししたら僕は家を空けなくちゃいけないんだよ。」
「はあ…」
その一連の言葉の意味を理解していない様子のサンカ。ハカセが家から居なくなるということで生じるある自然な成り行きに、未だ気付いていない。
「そうなれば、しばらく俺とサンカの二人きりだぞ。」
「……おお!」
パアァ!と、真っ暗な周囲に光が差すような期待の眼差し。目をはっきりと開き、頬はつり上がっている。
「…お前のそのタイミングと顔、警戒心が戻るぞ…」
とはいうものの、マモルの頬が赤くなっているのをハカセは知っている。こういう時、自分に向けた笑顔に素直に返せないのがマモルの直すべき点ではあるが、ハカセにとって変わってほしくない部分でもあった。
「まあでも、保護者として、若い男女を一つの場所に留めていくのは…少し心配かな。」
「あはは、…すみません。少し期待してました」
「しょ、正直だね…」
「ああ!期待したというのはあくまでマモルさんにご奉仕できるかなと思っただけでして」
「ご奉仕!?護衛じゃなく!?」
マモルが驚愕の声を上げる。ご奉仕と聞いて、何か期待しているわけではないが多少ばかり考えてしまうものがあった。朝の起こす場面では大胆な格好をしてるのかとか(できればメイド服がベスト)、何しろ四肢がないので風呂場のことを頼んでもいいものかとか(少しばかり大胆なやつ)、そんな風に妄想をするのは16歳という年齢からしたらしょうがないのかもしれない。あくまでそんな妄想は悟られないよう顔に無表情を張り付けるが。
「ええ…。ハカセさんが留守の間、ぜひ私がマモルさんのお食事を作ったりしますね!健全に!」
「また、そう言うことだろうな。」
期待していたわけではないが健全を強調されたことでマモルの中で何かが崩れる音がした。それをなんとか悟られないように平常心を貫く。
「はい!」
そして、サンカのその笑顔を見たとき、ご奉仕と言うものがどのような形でもいい気がした。
「あはは、僕、いらない?」
そんな二人の会話を聞いて、ハカセは目に見えて落ち込んだ。
★
「それで?どう?彼らは無事にあえたかな??」
直に夜明けとなる白みだした空を見つつ、白髪糸目の青年は背後の少女に話しかける。
「はい。酒場街で店にはいってから、ずっと監視していましたが、無事に接触を果たしたようです。」
「そうか、それは上々。」
マヤの話を聞き、ビャクヤは静かに広角を上げた。
壁際では、トウヤが背を預けつつ、不気味に笑う兄に対してやれやれという呆れを隠さずため息をつく。
ここまでおおよそ彼の筋書き通り。マモルが白城団の整備を一、二時間ほどでほどで終わらせる。その間、苛立ちの募るコウエンはどこかで騒ぎをおこし、彼の変える時間にぶつかる。否応無しに起こった街での事件をマモルたちは必ず飛び付く。
「まったく、それぞれと付き合いがあるとはいえ、どこまで黒幕気質だよ、俺らの兄は」
「本当です、これではいつ狙われるか……。」
同調する義弟と義妹。依然笑顔を崩さない義兄は、振り替えると悪魔のように細い目を輝かせて言う。
「大体の事象が俺の思いどおりになると言うのは、楽しいものだね。」
そして、と机のパネルに手を置き、室内にいくつかの写真を写し出す。
ホログラムで写されたそれは、主に赤い炎で燃える建物が写されていた。その中央には、それぞれ形質の違う黒い機械達。
「《破壊機械》の存在は、俺が思いどおりにいかなかった産物………絶対に許せないよね……」
その思いは、彼の背後に立つ二人も同じだったようだ。言葉にはせず、ただ無言のまま頷いた。




