【動く物語《ムーブ・ストーリーズ》】2
日は大分傾き、空の色が淡い青から橙色へと変わっていく頃、商店街を歩く二人の背中にも疲れが見える。
「ハア、悪いことしたよね、やっぱり」
「お、ちゃんと俺たちの口座に入金されてる。さすが白夜、仕事が早いな」
落ち込むハカセは露骨に肩を落とし、ため息を。対称にマモルは電子銀行の残高上昇に喜んで見せる。その対称なオーラを纏った二人は石畳の歩道の上をそれぞれの脚で動く。
「ハアあっ!、悪いことしたよねえ!やっぱりぃ!」
大げさに声を張り上げるハカセ。耳を抑えつつマモルが振り返る。
「…何が悪いんだ?」
「彼らだよ、技術士の人たち。僕らが製作技術を教えるならまだしも、勝手にいろんなもの作っちゃってさ」
先ほど彼らは、半ば無理やり白の技術士たちを追い出し、端で積まれていた廃材と思われる素材でいろいろな物を作ってしまった。即興で設計を作り、それに合わせた製作をした。リュックを近くにあった取り出し口から出し、中に合った思考駆動型の工作補助を行う多脚機械を起動。それを使っての製作も行うことで高速製作をしていた。当然、ものの数分であれだけの数を作り上げてしまうのは簡単なことではないし、誰もができるわけではない。この二人の技術力と連携作業力、操作能力があってこそのものだった。
「ああ、だから、今回の製作に関しては請求書に書いてねーよ。あくまで、白の巨兵の整備分だけだよ」
「ええ!?じゃあ僕らのあれはただ働き!?」
そんなあ…。なおのこと肩を落として沈んでいくハカセ。
二人は今、夕食を終えて帰路についている。そのついでに布と鉄骨子で出来た商店街に寄り、買い物をしている最中だった。結果、マモルの背中にあるリュックの半分が食材と新しい機材で埋まり、鉄パイプがはみ出ていたり、一歩動くたびに薬液が入った瓶のカラカラという音が聞こえるまでになっている。当然重いはずだが、マモルは意に介さずに歩を進める。
「君が重いのを我慢してくれるし、ああやって余計な気を回してしまうのは毎回のことだから慣れたけどさ、もうちょっと物事に貪欲に―――って、あれ?」
さっきまで一緒のペースで歩いていたはずのマモルは横を向けばいなくなっていた。
しかし、視線をもう少し後ろに運べば、その大きなリュックですぐに発見できていた。彼は、店の一つで立ち止まり、じっと何かを見つめていた。
近寄って、ハカセはマモルの視線の先のものを確認した。
「はああ…。」
マモルから、声にならない声が漏れている。
「…えー…っと…買う?」
目線の先にあったのはいくつもの機構が重なった原動力パーツだった。ギア、シャフト、振り子、モーターそしてコード。クランク機構と遠心力を応用したそれは、一度回せば発電がおこなわれる半永久機構である。コードの先は取り換え可能であり、タブレットの充電や電気の発電、機械の稼働など、さまざまな用途に使える小型発電機だった。
「! い、いや、確かにいい作品だが、俺でも作れる。だからいい」
そう言って体を帰路の方に動かした――――視線は何度かチラチラとみているが、歩く速度は変わらない。あっという間に人ごみの中に消え、すぐに追いかけなければはぐれてしまうような状況の中、おいて行かれたハカセはしばらくボーっと店の前に立つ。
「………………あ、すみません。これ一つ」
幼い店員が「わっかりましたー。」と応えるが、ハカセは正直、マモルに呆れていた。こういう時、素直に自分の感情に従えない彼に、もっとわがままになれない彼に。
★
ハカセのことを気にせずに歩いていることをマモルが自覚したのは、彼が辺りを見渡しても居なくなってからだった。近くにあった石造りの噴水の縁に腰かけ、ハカセが現れるのを待つ。そうしていれば、お~い!と間の抜けた声で人ごみから現れるのがいつものパターンだ。しかし、そうしてただ待つのも暇なので、視線を横切る人やロボの男女(ロボの場合は見た目)の数をそれぞれ数えていた。数百年前ならいざ知らず、いまやヒューマン効果の現れていていない『自然体のようなロボ』がほとんどなので見分けるのは少し神経を使う。マモルが独自に楽しんでいる暇潰しだった。
(人間の男性が34人――35人目、人間の女性が42人目、機械男性が17体目、機械じょせ――いや、女性の見た目の男性型か?――が18体目――――)
この見極め作業は人によるが、楽しい。しかし、やがてそれも飽きてきたのため、天を仰ぐ。さすがに賑わう商店街の真ん中、耳に自然と入る喧騒は視界に入れなくても何かを探れるというものだ。そうして、暗い空をボーっと眺めるマモルは、そうしているとあの時の――――八年前の出来事が思い起こされる気がした。やがて、耳元で聞こえてくるはずの無い音が―――ジャラジャラと金属が触れあい、崩れていく音が脳の深くで聞こえてくる。他にもガラスが割れる音、そして―――人の叫びのような狂騒。やがてそれらは、全ては闇の中に消えていく。そうして暗闇が視界を覆うとき、その中心に突如赤い光が現れ、それがまるでこちらを見つめているように―――睨んでいるように見えた。
「!」
そこでマモルは、初めて自分が眠っていたことに気が付く。そして同時に、息が上がっていることにも。
(やべー…疲れすぎてて…悪夢見た…気がする)
もう、夢の内容は憶えていなかった。
最近は双子が家に帰省していて悪夢を見ることは無かった。まあ、意識がフッと上がってきたときには大概双子が両腕にしがみついていたので、少なからず気が動いたことが多かった。
(今思えば、俺は双子に夢も守られていたかもな…。)―――――なんてな。」
フッと頬を上げた時だ。遠くもない距離で聞き覚えのある声が聞こえて来る。
「もうちょっと!もうちょっとだけ上げてくださいよ!」
「? あれは…?」
すぐに視界に入ったその少女の後ろ姿は背中を覆う艶やかな真っ黒い長い髪が揺れていた。
★
「何やってんだ?サンカ?」
店の前で一人の人間に話しかけるマモル。若い店員にペコペコと腰を曲げ、頼みごとをしていたらしいその少女は背中を包む長く黒い髪に赤い点と線が走った薄いワンピース、手首を足首には包帯を巻いていた。
朝に会った見覚えのある少女のあの時の見た目と異なるところといえば、髪型の後ろの一部と右横髪を三つ編みで結い赤いリボンをしていることだ。
「え…?あ、マモルさん!?」
声を掛けられ、驚いたように目を見開くサンカ。マモルは驚くサンカをよそに、視線をずらし状況を考察する。サンカが交渉していたらしい店の内容は、値札の付いた機械部品と、端には「機械買取承ります!」という看板の文字。
サンカの方に目を移すと、片方の手には血で滲んだ布の袋、もう片方の手には乱暴に切り取ったような視覚機能の付いた機械部品を握っている。
この二つからつながる事、それは―――
「朝の血肉狼の機械機能の売却か?」
「ええ、この部品を売ろうと思ってまして」
でも、どこに行ってもお値段が低くて…。とサンカは肩を落とすが、若い店員は渋々ながら言う。
「いや~この部品は応用性がなくてね、だからその分値段も安くするしか…」
「…なるほどな」
マモルは少なからず納得した。そして、サンカに売価を問う。
一つが900円、それが7体で6300円。それがこの機械の値段だ。元が危険生物であったため、確かにこれでは得した気分はしない。
「ふむ。どれ、俺にも見せて見な」
マモルは腕組をした後、片手を前に出し、査定を促す。
「ええ、どうぞ」
とサンカも快く手渡し、マモルは上にあげて開始する。
そして、触ってみて初めてわかる。一見、金属の特性である光沢が目立つが、生物に盛り付けられていたのも納得の良く曲がるし撓る素材だった。しかし、そこでマモルは思い出す。狼に切りかかった時マモルの刃は確かに折れた、それだけの強度があったはずだった。
(つまり、この表面にはそれだけの反応の違いがあるみたいだな。それで…)
無言で機械部品をひっくり返せばギアと電子基板がはめられている。
「へえ…。脳波を検知して硬度の変化を起こすものか。スゲー機能だ」
マモルの言う通り、この機構の特徴はその通りだった。これの持ち主である狼の普段の生活では弱点である機械が危険にさらされる機会はほとんどない。が、イレギュラー存在する。あの時のマモルのように武器を持っている人間に遭遇した時だ。そうした時に彼らは電気信号に変化を起こし、自身の弱点を守る。今回はそれでも勝てない相手に遭遇したのは、不運としか言えない。そんな構造を理解したマモルとは対象に、サンカが首を傾げるが、マモルは店員に話を進める。
「店員さんよ。これ俺の査定を信じてみる気はねーか?」
「え?」
不思議に思う店員。無理もない。白城団の団員や整備士たちならともかく一商店街の人間だ。いきなり素性の分からない人間に店の経営の根底を任せるわけにはいかない。その考えはマモルも理解している。大人に頼ることができない以上、自分たちの知恵と工夫で生き抜かなければならないからだ。そうほいほいと他人を信用しきってはいけない。
「俺はこれでも、二位なんだ。ほらコレ」
そんな店員の不安を感じ取り、マモルは証明がてら仮想カードを店員に見せる。
半透明のそれに書かれていたのは、顔写真、年齢、名前、そして称号『技術士・設計士世界第二位』の文字。
「!」
これには店員も困惑の色を隠せない。そして、カードとマモルのことを見比べた後、「どうぞ、どうぞ」と許可をした。
「ん、じゃあ言うが、確かに部品は応用性が低い。が、応用できないわけじゃない。この電子基板の回路も使いどころによってはいいものだ。たとえば……三花」
振り返り、サンカの持つ袋を指さし。
「さっきチラッとゴーグルで中を覗いてしまったんだが、消化器官の機械を部品もってたよな?」
そう切り出した。
「え、ええ、これですが」
「サンキュ、これと、ここを繋いでっと」
マモルの手の中で、二つの機械は繋がっていく。頭部電子基板を構成するコードの途中を引き抜き、胃の役割を果たす消化器官の機械の途中へつなぐ。さらに基板を構成するいくつかのコンデンサーと集積回路を取り外し、胃の機械だった部品のネジや構成をはずしていく。余ったネジは頭部電子基板と密接に組み合わせるために使用。一通り様子を回すように見渡し、「よしっ!」と完成を示す。
店にはいつの間にか見物人が集まっていた。
棚の上に組み合わせたそれを置き、背負ったリックから骨付き肉を取り出す。生の肉を組み合わせた胃の機械だったその中へ入れる、と、物体を感知した基板が制御を開始、胃の機械に元々備わっていたレーザーが作動し、性格に肉と骨を分離、停止したときには肉がサイコロ状に切り出されていた。
「「なっ!」」
驚く店員とサンカ、周囲に群がる見物人も関心の声をあげた。
「基板単体では構成される金属部品や電子機器分の値段しかつけられないだろうがな。」
もの作りは、組み合わせてこそだぞ。と指を立てるマモル。数分で立派な電子機器が完成させた彼の説得力はすさまじいものだった。
「ついでに、電子基板の面積の広い外側部分、これは電気信号の違いで硬度に変化を発揮する柔硬石――――別名・矛盾石と言われる鉱石が使用されている。上手く使えば応用はいくらでもできる素材だぜ。」
さて、旦那。と、わざとらしくエセ商人になりきったマモルは言う。「いくら出せる?」と。
数分後の商店では、それなりの賑わいを見せており、それを尻目にしてやったりと広角をあげるマモルの手には、先ほどの商人との取引で得た巾着袋が握られていた。
「ほい、三花」
その袋を全額隣を歩く少女の手のひらに乗せた。サンカは袋の口をあけ、値段を数える。現実通貨での取引を申し出た商人は少しばかり面倒くさがったが、ちゃんと望まれた額を渡したようだ。
「ええ!こんなに!?」
先ほどの金額の倍以上。紙幣での最高金額の束が少しの厚みで存在していた。
「おう。よかったな!」
先ほどの商人との取引では見せなかった、無邪気な笑顔をサンカに見せた。
★
「ありがとうございました。あんなに高くなったのは驚きです」
「別にいいよ。やっぱり店員も子供だったから、単純に考えてたらしいからな」
二人で明かりのまぶしい商店街を歩き、会話を弾ませる。
「単純、とは?」
「ああ、あの肉細かくするやつな、実は回数制限があるだよ。便利だけどあそこまで人が買うほどの商品じゃないのさ。使えてもあと数百回だろう。」
いい商品とは言えん、そんな風に言うマモル。しかし実際、あそこまでの精度のサイコロステーキが数百回作れれば"十分良い"のだが、それをよしとしない所に製作者の拘りを感じる。
「あれは本当の取り引き価格だったんですか?」
「ああ。もちろん嘘ついちゃいないよ。ただ、"俺が手を貸した"ことによるそれなりの商品価値も含んでいるがな!」
それに残りのサンカの持ってた部品全部使って、あの店への商品も作ったな、と自信満々にそんな風に言うマモル。義手に持った練り物のしょう油焼きを口に運ぶ。
そう、商標こそ刻印しなかったが、他ならぬ"二位"の技術で作られた商品。サンカの得た金額はそれを思えば安すぎるほどだったが、そこは彼も不意な来訪による市場の乱れを防ぐため、多少は妥協したのだった。
ともかく、工作がうまくいき商品としても売れたマモルのその満足したような表情に、サンカも同じ様に顔がほころび「そうですか。」と同じ食材を口へと運んだ。
「でも、あれだな。お前の髪型が違ったから、後ろ姿が見えたとき、一瞬分からなかったぞ」
唐突にいうのはサンカを朝見たときとの違いを指摘するためだった。これにはサンカも驚く。
「あぁ…あんまり髪型はいじらないのですが…似合います?」
「まあ、上品な感じが出てるよ。いいと思う」
えへへへ…、と、顔が明らかに緩んでいる。その様子を確認し、誉められて嫌な顔をする女子はいないか、とまた練り物を口に運ぶ。
そうして、二人でしばらく屋台やら飲み物やらを食べながら歩く。空は本格的に黒に染まり、行きかう人も多く、輝く街灯によってチラチラと影や光が肌を撫でていく。ふと視線をサンカに移すと、思う。起きな瞳長い睫毛、白い肌にはシミ一つなく10代の若々しく少女の潤いを見せつけ、それを際立たせる漆黒の髪は街灯に照らされて艶やかに煌めき、とても神秘的な雰囲気となる。――――――本当に、きれいだな。
「? どうしました?」
「! ああ…いや、何でもねーよ」
口に今度はたこ焼きを含みながら、こちらに目線を送るサンカ。マモルは慌てて視線を逸らす。だが、ここで誤魔化そうと思考を別のことに働かせると、あることに気が付く。
「あぁっ!ハカセどこだっ!?」
「え、ああ。もう一人の今時珍しいメガネの方ですか」
「ああ、あいつとはぐれてるの、忘れてたわ」
「えぇ、そうだったんですか……」
今更感の拭えないその問題に、サンカは少し呆れて顔をしたが、しかし、見計らったように、後方から声が聞こえた。聞き覚えのある、のんきな声。
「おおーい!ま~もる~ン!」
二人がその声に気が付き、振り返る。と、大きな歩幅だが、走りと歩きの中間のような速さで迫って来るハカセが見えた。
「ま~もる~ん!―――ホガッ!」
そして街道の石畳の段差につまずいた。
★
「何やってんの、お前」
片手を脇の下に回され引っ張りあげられたハカセの顔は、転んだ痛みからか気恥ずかしさから、顔を少し紅潮させ涙ぐんでいた。
「ひどいよ!全くひどいよ!店においていってさっさと行っちゃうなんて!」
「ははは。悪いな、すっかり忘れてた」
「ひどいッ!」
二人の会話(?)にサンカもついつい笑い声がこぼれる。
マモルはそんなサンカを見て疑問符を浮かべる。
「御二人は、本当に仲がいいんですね。」
「ま、八年も一緒にいるからな。」
「うん。そうだね。それにしてもサンカさん…だよね。どうしたの?こんなところで。」
日が変わっていない今、ハカセにとっては実に数時間ぶりの再会となった訳だが、そもそもこの場所に用もなく来るほどサンカが暇とは思えなかった。
「ええ…新しい住民変更の登録手続きと、朝狩りきった狼さんたちの機械部品の売却のため、一際大きな街であるここに来たんですよ、そうしたらマモルさんにお会いしたんです。」
なるほどね。とハカセが納得する。そうしていると自身も一つ忘れていることがあるのに気が付く。
「あ、あとこれ、はいどーぞ。」
とポケットに入れていた機械を手渡す。
「?なにこれ?」
ハカセが手渡してきたのは一台の機工だった。
「さっき見てたでしょ。プレゼントするよ。」
思えば誕生日として渡した武器は初の実戦で折れてしまっていた。これが八年目の誕生日プレゼントともなるのだった。
「! い、いや。別にほしくねーし。」
「せっかく買ったんだからもらえもらえ!」
と、機械を押し付けてくるハカセ、マモルにはこういうノリのハカセには抗い様の無いことが分かっていた。「じゃ、じゃあ。もらっとくよ」マモルが持ったことを確認すると、ハカセは笑顔で一歩下がり、サンカに耳打ちする。彼はすぐに手に持ったそれを空へと掲げ、キラキラとした目で光に反射させてみせるのだった。
「マモルン。わがままが得意じゃないから。」
「ふふ。可愛らしい性格ですね。」
そうなんだよー。とハカセも激しく同意した。
そんな会話を交えて歩き出し、丁度、三人ともがそれぞれの歩く歩調をわかってきたところで、商店街の人通りが減り、歩く人も一方向に向かっていることに気が付く。
「なあ、ハカセ。おかしくねーか?なんかみんな、あっち側に行っているような…」
目線の先には大きな酒場街あったはずだ。
「…行く人たちの話によると、何でもものすごい量を食べる大男とたくさん飲む少年がいるようです」
そんな風に神妙な面持ちで語るサンカ。その割には言っていることは緩い気がするなと二人は思う。
「え、っていうかサンカちゃん。聞こえるの?言ってることが。」
人通りも少なく、時々そちらへ行く人たちも二人が聞こえるくらいの音量では話していない。
「ええ、わたし、耳はいい方なので。」
「「へえ~」」
「…それにしても、よく食う大男ね。」
マモルはその話を聞き、少なからず興味を持った。朝見た二人組が脳裏に浮かんだ気がした。数年シロの国にいるマモルだが、あんな二人組はみたことがないことを覚えていた。
「ちょっと行ってみっか。」
「うん。」
「まあ、いいですよ。」
★
一通り叫んだあと、起き上がった少年は言う。
「なあ、なんで人ごみ出来てんだ?」
崩れた馬車とその横で倒れる馬車の運転手を気遣うことなく、周りに目をやる灰色の布を被った少年。フードの内側から覗くその視線は睨みを効かせていた。
「知りませんよ、しかし、店員の何人かが言っていたのですが、あれだけ飲み食いする客は普段いないそうですよ。」
それでじゃないでそうか?少年の疑問に対してボーガンはいつも通り淡々と答える。
「まじか、俺様たちではあれが普通なんだが…」
これもカルチャーショックか、と少年は少し動揺する。それが的外れなのはさておき。
「おい。いい加減にしろよ。ガキ!」
二人の態度に、機械の馬車に乗っていた運転手が腹を立てた様子で聞いて来る。少年が肩を一度ぴくりと動かし、頭に覆った布の奥で睨んでいるが、向かってくる洋ナシ型の体型の運転手は気が付かない。
「どうしてくれるんだ!?これ、積むの大変だったんだぞ!?それにもうこんな時間だぞ!?」
「ッチ、知るかよ。コストの安い浮遊型輸送車で来るのが悪いんだろうが」
浮遊型輸送車は少年の言ったように輸送コストは安い。量も多くは運べないし操縦には工夫がいるが安全で早い移動が可能になる。浮遊型のため事故の頻度は少ない。もっとも、安全というのは容量基準を守っているから保証されるわけであって、普通はあんな風に接触事故など起きるはずもない。
「うるせーッ!いいから手伝いやがれガキとデケーの!」
しかし、未だに怒りが収まらない運転手の男のそんな喚きは少年の触れてはいけない部分に触れていた。再び少年は反応するが、今度は鼻さきが動いただけだった。しかし、言葉は漏れるように放たれる。
「! 豚野郎…また、ガキって言いやがったな。」
てめーーーーー!!と、再び叫んだ少年は布で隠れて見えていなかった腰のベルトにある拳銃を向けた。
拳銃・狩猟突銃《ブラッドバレット》。それが少年の出した銃の名前。一見、パイソンのような見た目だが、銃口は明らかに大きくショットガンほどだ。弾も大きく2cmを超えるものだが、ここで通常の弾丸と違うのが、二枚の羽のようなものが付いていることだ。発射と同時にそれは広がり、これは、弾が飛んでいくとき微調整が行える。正確に目標に飛んでいくようにできていた。しかし弾が大きい分その反動、及び飛来中の弾丸の微調整は相当の才能が必要とされる。
少年はまず反動を防ぐため、ある改造をしている。一つは握ると同時に拳銃から飛び出た反動を押させるための固定部品があること。半円のような二つのそれが手首を挟む形で巻き付かれる。そして、少年の反対の手は自身の首筋にあるボタンを押した。ボタンにより仮想の目標補助アプリが作動し、弾の微調整が可能になる仕様だ。
「くらえ」
ズドン!という体の芯に響くような音とともに、銃弾は放たれる。
弾は空中で回転とともに展開。羽が現れる。後は少年の調節で羽は上下に動き緩やかに下がって行き、運転手の胸へ向けて飛んだ弾は、太ももにまで迫る―――――ところで、カキン!という金属音によって弾は遥か遠くへ飛んで行った。
★
「……は?」
少年はフードの奥で心底驚く。弾を弾いた人間がいる。それそのものがありえないことだったからだ。高速の弾丸を受けるでもなく、避けるでもなく、弾き飛ばした。人間業ではない。
少年の視界に映るのは左足を蹴り上げ、今もその姿勢のまま固まっているもう一人の少年の姿だった。
「お前…いったい…?」
「あっぶねーな。当たったらケガじゃすまないかもだろーが」
そんな風に弾いた少年・マモルは足を地面に戻した。いつ掛けたのか、目元にはゴーグルが欠けられていた。一方、堂々と立つマモルの背後にいた運転手は重心が落ちていき、やがて、尻から着地した。
「……」
「おい、ガキンチョ。人に銃を向けるんじゃねーよ」
淡々と言うマモル。少年は威圧にも似た視線を送っており。その感情をさっきまで殺意として理解した運転手はわなわなと手を震わせ焦っている。
マモルから数秒遅れて、人ごみをかき分けて来たもう二人。一人はぼさぼさ茶髪のメガネ青年。重たそうな大きなリュックを引きずっている。もう一人の長い黒髪少女は、ボーガンと撃った少年を確認ししだい神妙な面持ちで見つめる。
ハカセはマモルのやったことを見ることができたようで、「マモルン。義膜がはがれてるよ。まったく、義足で銃弾を蹴るなんてするからだよ!」とマモルの毎度のこととなった無茶に呆れながら言う。
「悪い。…つっても、いい加減管理が難しいから、剥がしとくな」
言って、マモルは剥がれて露出した隠れていない部分から強引に四肢の義膜を剥がしていく。たちまち周囲の人間からどよめきが起こり、ローブの少年も目を見開いてその様子を見つめる。
「おい…それ、誰に作ってもらった…?」
「? 自分で、だが?ガキには関係なくね?見たとこ四肢も肉体らしいし」
「…」
「マモルン、ダメだよいくら子供でも詳しく話さなきゃ。それにこの人たち、さっきビャクヤ君の部屋に僕たちと入れ違いで入って来た人だよ」
「? なんのことだ?」
「……」
少年の背後でどんどん負のオーラが高まっているのをマモル、ハカセそしてサンカは気が付かない。マモルは白の部屋であったことを全く気が付いていない様子で首を傾げ。サンカはマモルと対峙する二人の内の一人を睨みつけている。「?どうしたの?サンカちゃん」とそのあまりの眼光にハカセが訊くがサンカはとっさにはぐらかす。
「あ、いえ。何でもないです」
二人の視線は、再びマモルと対峙した二人に注がれる。
「とにかく、子どもが銃で遊ぶんじゃありません、いいか?」
相変わらず、先輩風を吹かせるマモル。少年のオーラはますます強まり、肩を震わせている。
「お前、一度だけ聞くぞ。それを作ったのがお前だって言ったが…お前は設計士か技術士か?」
明らかに怒りを押しとどめているような震えるような声だが、マモルは気が付かず呑気に答える。
「んん?ああ、そうだが?俺は設計士、そこにいるメガネの男が俺の技術士だ。」
「へ、へえ…そうなんだな。」
「つーか、お前は失礼だぞガキンチョ」
無視する。「……んで、お前は世界順位は何位だ?白の仲間か?」
「ん?ああ、友だちではあるけど少し違うな。俺は瀬戸守。順位は世界ランク2位。白城団のビャクヤはうちのお得意さんだ。」
この回答を聞き、少年はビャクヤの思惑が全て読めた。憎いことをしやがるなあの野郎、と今からあの糸目の顔を殴り飛ばしたい衝動に駆られるがそこは必死に抑え、ここまで起こったことの確認を行う。
「…おい。ボーガン今の話は嘘だと思うか、こいつが2位だってのは。」
「信じ難い出来過ぎた話ですが、本当でしょう。四肢が義肢の頭部の半分ほどが白髪の少年――噂通りです。」
そのボーガンの言葉に少年の口の端がフードの奥で上がる、やんちゃ、無邪気というよりは狂気に近い笑顔だ。
「…ところでよ…。お前。いったい何回ガキとか、子どもとか言った?」
「? いやいや、自分のことはもう少し分かった方が――――「俺様は16歳だーーーー!!」
再び銃口を構え、引き金を引く。
★
再び耳を刺すような金属音。
マモルは摩擦で蒸気を放ちつつ『手に持った弾』を捨てた。「いつつつッ」と声を漏らすが、その表情には余裕がうかがえる。
「くくく。オーケーだ。」
先ほど放った銃弾は男に対して放った物とは意味が違う。あくまでテストのつもりだ。それは同時に、この程度で死なないだろうと確信を持っていることを示していた。
少年はゆっくりと、倒れた積み荷の山に近寄り、一歩一歩踏みしめるように登っていく。同時に、今までは吹いていなかった強風が下から吹き荒れた。サンカはワンピースの下を抑え、ハカセは目にゴミが入らないように片目を閉じたが、二人とも上った少年への注意を怠らない。ボーガンはただ押し黙り、じっと少年の様子を見つめる。マモルはゴーグルを外し、上っている少年を睨みつける。そして、少年は風によってゆっくりとその顔を晒していく。その顔は、月明かりに照らされることでより際立つ。
フードが外れ、中から現れた真っ赤な髪。鋭い目つきに力強さがにじみ出る三白眼の瞳。彼は積み荷の一番上まで登り切ると、高らかに名前と自身の情報を宣言する。
「よく聞け!俺様の名前は赤囲紅炎!第三団領・赤の領地の長。戦闘団体・火炎団の団長だッ!
そして、と少年・コウエンは告げる。
「お前、瀬戸守に決闘を申し込む!俺様と破壊戦争で一対一で勝負しろ!それだけの能力があればできんだろ!」
俺様をガキ呼ばわりしたこと、後悔させてやる!!ビシッ!指を指されたマモル。下を向き何かを考えている風だが、顔を上げたとき、彼は一同が驚くことを口にする。
「ワリ。もう一回名前言ってくんね?」
★
「「「「……」」」」
一同、沈黙。マモルだけが片方の義手を一本地面と垂直に立てて片目を閉じる。
おそらく登録をしようとしているのだと、察することができるハカセとサンカでもこのタイミング、この口調には、流石にあきれ果てるしかなかった。
「…バカにしてんのか?」
当然眉を寄せて怒るコウエン。銃弾を乱射。マモルの周りで地面がいくつも抉れ、マモルは足をそれぞれ動かして「あぶ、あぶね」と避ける。
やがてすぐに銃は空になり、コウエンは渋々銃を腰に戻す。
「ハア、まあいい。今回の戦い、お前が勝ったら何でも言うことを聞いてやる。その代わり俺が勝ったら、一つ依頼をうけろ」
「? そんなもの、いつでも聞くぞ?」
勝負どうこうより、頼まれた依頼をこなすのが本業だ。この際重要なのは依頼の内容だけだった。が、マモルにとってはそうでもコウエンにはマモルの、この時代のカガクシャの考えなど分からない。今度は先ほどの怒りにませた顔ではなく、丁寧に説明するように眉を寄せる。
「わかんねーやつだな。俺様が戦ってボコボコにしてから依頼を聞かせるってんだよ。」
「えぇ~。」
「期限は一週間。その間に俺様達の赤の領地に来い。いいな。」
来なければ――そう小さく呟くと、今度はもう片方のホルスターから手のひらサイズのピストルを持ち、再びトリガーを引く。今まで使っていたブラッドバレットとは違い、銃口は針が通るほどしかない。実際に出たのもそれくらいの物体であり、真っ直ぐに向かっていく先にいるのは、ハカセだった。
「あっ、ぶねっ!」
ギリギリ、だった。ゴーグルを着けたマモルは注射針状の弾丸の軌道が見えていた。ハカセの顔の前でそれを捕まえる。
「何すんだ!」
そうしてそれを地面に叩きつけると、上の人物に威嚇する。
瓦礫の上のコウエン、外したことによる舌打ちのあと、しかしそれでもニヤリと笑う。
「うまくいったか?」
そう呟いた彼に答えたのは、瓦礫の下で黙って立っていたボーガンだった。
「はい、"火蜂の毒"は、性格に彼に命中しました。」
これまでこ淡々とした口調は依然崩さず、ボーガンはゆっくりと指をハカセに向け差した。
「あいっ……たぁ…」
不意に訪れた彼の首筋の痛み。ハカセの左側のうなじには、超小型の蜂型暗器の針が刺さっていた。
暗器はそっと針をハカセの肌から抜くと二、三回空中で八の字を描いて飛ぶ。そうして無事にボーガンの掌へもどった。
「え?マジ??」
マモルはハカセの冷や汗を流すその態度から、事実であることを察する。そうして状況を理解すると、目線はボーガンに命令を下した張本人へ。
目が合うと、コウエンは答えるように付け加えた。
「その毒は少量、超遅効性。約一週間で効果が現れる。解毒剤は俺らが管理している。欲しければ、二人で来るんだな。」
話すうちコウエンは、その小さな見た目からは想像もつかないような剣幕で睨み、積み荷の山から飛び下りた。
見事着地―――した後にコウエンはマモルたちを一度も見ることなく背をけ、歩いていった。その横をボーガンが付ける形で同じ様にマモルたちに視線を向けることは無く歩いていった。
「…まいったなあ…これからやるべき依頼がたんまりなのに」
「ごめんよマモルン、気が緩んでたよ」
そうだな。とマモルは冷淡に言う。同時に、団体をまとめるような人間は皆あんな風に唐突に他人の予定を壊していくのかと、マモルはほとほと呆れるが、白の方で8年間そんなことを続けられれば、いい加減慣れるというものだった。
「んじゃ、さっさと成分分析して、解毒するぞ!」
「え??できるんですか!?」
サンカが話しに割り込む。当然だと返したマモルはゴーグルの機能の一つである解析を開始しようとする。
「あ、ちょっと待って!マモルン!」
ハカセは停止を促す。マモルは不思議そうにしつつ一応手を止めた。
「どうした?」
「一応さ、この毒、そのままにしておいてくれないかい?」
「は?」
意図が分からないマモル。彼の不注意とはいえ、このままなにもしなければ何らかの症状に侵される未来は確定している。
「な、なんで?」
「訳はとりあえずあとで話すよ。とにかく、できるとは言え、この場で解毒はしないで起きたいんだ。」
その目はなぜか決意に満ちており、確固とした意志が感じられた。こういう時彼が頑固なことを知っているマモルとしても、敢えてそれ以上言うつもりはなくなった。
「わかったよ、好きにしろ。その代わり解毒は自分で知ろよ?」
「うん、ありがとうね!」
「しょうがないから、一応赤の領地にもいくか。」
「私も行ってもいいですか?」
乗りかかった船ですし、とサンカも同行の意を示す。ここまでの経緯から付き添う理由はないと思うが、本人がそう言うのなら同意しようとマモルたちは歓迎の言葉を述べる。
そうして、三人で一先ず帰路に戻ろうとしたとき、背後から男性に声を掛けられた。
「ま、待ってくれ!」
振り返ると、先ほどコウエンに撃たれそうになっていた男性がいた。
「? あんた、さっきはなんであのガk―――じゃなかった、紅炎に撃たれかけてたんだ?」
「ああ、俺はこの積み荷の運転手でな。それでさっきのガk―――じゃない、紅炎とか言う人間にぶつかってしまったんだよ」
ああ、それで。と、マモルと周囲の二人も納得した。中でも一番説得力があったのは男性がコウエンのことを「ガキ」と呼びかけたことだった。それは襲われる理由になるだろう、と。
「あんたたち、アレに立ち向かうのかい?人に平気で銃を向けるような奴と?」
「ま、成り行きだな」
「うん、しかたが…ないよ」
さも当然というようなマモルに対し、ハカセは目線を下にし暗い影を差していた。「ハカセさん。全く仕方がない風ではないですよ?」というサンカのツッコミが嬉しかったのか、すぐにハカセも笑顔で照れる。そんな、まるで余裕だという雰囲気を醸し出す二人。その様子を見ている運転手は異常さしか感じられなかった。
そうして運転手が呆然としていると、マモルが積み荷を見つめて、やがて言葉とともに動き出した。進行方向は先ほど倒れた荷物の所だ。
「どれ、全く関係なかったが、勝負を売られた人間がやっちまったことだ。俺もちょっとは手伝うよ」
自然とマモルを背中越しに置く形になった運転手、「なにをする気だ?さっきの大男ならまだしも、君みたいな腕の人間に持ち上げられるわけが―――」と愚痴をこぼすような態度で振り返る。
「ん?なんだって?」
振り返った運転手は言葉を失うほど驚くことになった。
マモルはたった一本の義手で体格の3倍以上ある積み荷の一つを持ち上げている。四角形の鉄製の荷物。それを高々と腕を伸ばして持ち上げているのだ。パワードスーツを着た細身の男性たちが5人がかりでようやく一つ動かしたそれを、たった一人で、『二つ分』抱えて置いて行く。
「これに懲りたら、もう重量規制は守れよ。とりあえず、ハカセがその辺のパワーを上げてくれっから」
な、と前方の馬型の浮遊機械の方に目をやるマモル。運転手もつられてそちらを見ると、既にハッチを開け放ち作業を――「できたよ」と汗をぬぐい終えたことを示したハカセの姿があった。手にスパナとプラスドライバー、補助アームの一つだけにマイナスドライバーを持たせ、調節を行ったようだ。その間わずか1分。
★
「じゃ、俺たちはこれで行くから。」
「じゃぁね~。」
「さようなら。」
歩き出す少年少女。
その背中を見つめて再び呆然と地面にへたり込む運転手。背中には見事に積み切った荷物と来た時より数倍地面より浮いている馬型の浮遊機械。
そのうち、運転手の肩に手をポンと置く住民A。振り返ると、どうやら彼らの事情を知っている風に話し始めた。「あの人らは、理解しようとしちゃダメなんだよ」と。
☆彡
一方、マモルと別れ、街灯一つない裏通りを歩いていく、ボーガンとコウエン。影だけを見れば身長差から親子と思うだろう。
「紅炎」
唐突にボーガンが訊いて来る。彼には一つ気になることがあった。
「なんだよボーガン。呼び捨てかよ」
「さっき、飛び降りたとき、一度も彼らの方を見なかったが」
「おう」
「あれ、痛かったんだろ」
「……そ、そんな訳あるか」
ボーガンからしたら暗くてわからないが、コウエンは自分の頬が熱いのを自覚している。
「でも、良かったな」
「なにがだ?」
「『手立て』が見つかったじゃないか」
「……ああ。」
暗闇の中で微笑むコウエンの顔は、年相応の心底安心したような顔だった。
その右手には、ホログラムのカルテと同じく半透明のベッドを移した写真が握られていた。




