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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
第二位の仕事
11/48

【動く物語《ムーヴ・ストーリーズ》】1

「よっし、終わった~」

そう言い、背負った折り畳み式作業補助アームを降ろすハカセ。

 降ろされた機械手(アーム)はたちまち関節が縮み、収まり、曲がっていき、元の古めかしさを感じさせる革の手提げカバンへと変わった。

 それをハカセがひょいと持ち上げ、自信に満ちた表情でマモルと向かい合う。マモルはゴーグルをしたまま目線を右上に、

「8分59秒。制限時間前(ギリギリセーフ)だな」

と試すように目を細めた。

「ええ~そんな大げさな。というか最初からそんな早技選手権みたいなことしてなくない?……ま、いいか。それじゃ、最後の検査。お願いします」

敬礼をするハカセ。それが自信によるものなのが見て取れるほど軽々しいものであり、そして似合ってはいなかった。

本人も自覚しているようで、やがて頭にあったそれをマモルの方へ向けると、彼も答えるように義手を打ち合わせハイタッチをする。

「はいよ、わかった。んじゃ、もう一跳びしますかね」

そう言うが早いか、数歩移動したマモルは再び義足の関節を曲げて屈伸。今度はその準備運動もほどほどに、再び凄まじい突風とともに超跳躍を敢行した。

「……」

 ここまでをただ口を開け、間の抜けた顔で見ていた新人技術士。頭にあるのは、目の前にいる先輩に対する恐怖にも似た感情と完全な隔たりだ。自分と年もそう変わらない少年と青年がまるで漫画やアニメに出て来る超人のように技術の域を越えた技を余すところなく発揮する。もし仮に自分も同じような年齢、身体つき、体験をしていたのなら、あと数十年、四肢の義手、それらがあったのなら、自分もそう成れていただろうか、そう考えてしまう。

 新人技術士が視線を動かせば、今までのハカセの整備技術に感化され、他の技術士も今まで以上に作業スピードを上げている、それも正確に。自分も参加しようと脚を動かすが、一歩目で近くにいた年配の作業員に留められる。手を彼の顔の前に出し、すぐさま人差し指をマモルの方に向ける。今は見て学べ、と言いたげだ。

 言われた通りそうすることにしたが、考えてしまう。自分にも、同じことができるだろうか。それに自信をもって応えられるほどの経験と実績が、今の彼にはまだなかった。目の前にいる彼らが、世界の技術を背負っているのを改めて感じると同時に、いつか自分もと決意を固めるのだった。

          ★

 ハカセが作業用機械手(ハンドアーム)を装着した――――それからの作業はまさに早業、神業の域だった。

 アームはあくまで一回りずつ小さい筒が重なったような伸縮するものだった。その腕一本が最大で20m伸びる機械となっている。指の先には多数の機能が備わっており+、-ネジ回しはもちろん、ガスバーナーでの溶接や半田付けも可能だった。

「んじゃ、行ってきまーす」

言って、ハカセは腰ベルトにあるワイヤー付きアンカーを巨兵の足にある関節部へ空気圧とともに放出。狙い通りに引っ掛け、ワイヤーを巻き飛び上がる。宙に浮いた状態になるハカセは、アームを展開して最大に伸ばし、各故障箇所の同時修理を行う。

 錆びた箇所は指先の機能の一つである水圧とブラシで補修したり油や砥石機能で研磨し、欠けたギアは取り換えることなく上から新たな鉄を注いで調節を行い、二本の(アーム)でショートし焼けている基盤と電子パーツを取り出してからすぐさま半田付け、その他マモルの指定した箇所を的確に、3,4個の修理工程を同時に行い、アームを自分の手足同然に動かしていく。修理作業はアームにすべて任せ、ハカセは鼻歌を歌いながら仮想キーボードで文字を打ち込んでいる。近々行われるとあるイベントに向けてレポートを作成中の様子だった。

 そんな風に、高さ20m、幅も25mになる巨大兵器の整備を一人で、なおかつ高速で行っていた。

「…マジでスゲーな」

「ああ…なんであんな的確にアームをさばけるんだ?普通、人間にいきなり手が増えても動かせるはずねーのに」

「つまり、それだけハカセさんの脳の演算領域が広いのか…感覚が優れているとか言うレベルじゃないな」

「それとも、それだけ装置の操作が簡単なのかもしれないな。設計が良いんだよ」

「もしかしたらその両方かも」

そうして、手を止めた周りの技術士たちの考察に厚みが生まれる。同時に、彼らは二人(マモルとハカセ)の底知れない技術力を身に染みて感じることができていた。

          ★

「…ハカセ。お前、博士会に提出する研究報告書(レポート)をやってやがっただろ。しかも、片手間に」

責めるでもなくあくまで会話の切り出しとして、確認作業からもどってきまマモルは自然に言葉を発する。頭をかき、軽い謝罪の後にハカセはマモルに自分の仕事の完成度を問う。

「あはは、ごめんね。開催も近いからさ。ちょっと急がなくちゃで。それで、どうだった?ボクの修理」

「おう。完璧だよ」

「よっし!じゃ、これで依頼は完了だね。少しゆっくりしてから帰ろっか」

そう言い、身体を反転させ、鉄製ベンチの方に足を進めたハカセ。丁度、そんな時だ。整備が終わりキラキラと光沢が増した(ホワイト)巨兵(ゴーレム)の背後から、一つの音源で拍手が起こった。

          ★

 振り返った二人は、音の正体を確認した。

 二人の予想では、先ほどから自分たちの作業を傍で見ていた新人技術士か遠くで見ていた他の技術士の誰かだと思っていた。しかし、結果視界には違う人物が映った。音の人物は作業服ではなく、この真夏(あくまでシロの領地内の設定)に似合わない全身を包む真っ白いのスチームパンクコートを羽織る少年だった。

「いやー、やっぱりすごいですね。御二人の技術力は!」

「あ、君は」

「…誰だ?」

「「……。」」

マモルの発言に、寄って来た少年とハカセは言葉を発しない。

 流石におかしいと思ったのか、マモルも「え?知り合い?」と聞いてみる。一瞬驚いたマモルだが、大概こうしてハカセ含め周囲の皆が絶句する場面は、マモルが過去に一度でも合っている場合が多かった。そして、知り合いでは住まない関係が多かった。

「マモルン!どうせ登録してないんでしょ!いくらなんでも失礼だよ。二人がお世話になってるのに!」

当然声を張り上げてそんな風に言うハカセ。

 ここ、シロの領地内でハカセがいう所の『二人』はあの双子しかいなかった。

「あ、コトネとココネの関係者?」

言われた少年は、憶えられていないことになぜか申し訳なさを感じていると言いたげな中腰で、頭を掻いて答えた。

「はい。一応“第三分団副分団長”を務めさせてもらっています。白鳥翔太(しらとりしょうた)といいます」

そう言って、ショウタは片腕を胸の中心に、もう片方を背中に当て紳士的に挨拶をした。

 真っ白いコートと白い手袋、それに映えるような真っ黒い髪と革靴が上流階級の貴族を思わせる凛とした少年だ。年齢はマモルよりも一つだけ下であり、身長もマモルと変わらない。

「ああ、これはどうもご丁寧にな。俺は瀬戸守だ」

「はい。知ってます。というか、昔に挨拶したことがありますよ?」

「え?」

半年ほど前ですが、と補足を加えるショウタ。その会話を聞いて、ハカセはコトネが言ってたことを思い出す。谷で他ならぬあのコトネが呆れて言った言葉を敢えて口にする。

「ハア…つばつけるため…ねぇ」

「つば?」

「ハカセ。それを今言った理由を後で聞くから説明できるようにしとけな」

睨むように、ハカセを見るマモル。そのどこか信頼を表現したような一連の流れに、ついショウタもクスリと笑う。といっても、手で口を隠し一つ息を漏らした程度だが。笑い方ひとつとっても、上品な印象を失わせない少年だった。

「な//ほら!ハカセがからかうから笑われただろう!」

「別にからかってないよ~」

「いや、すみません。御二人が分隊長たちの聞いた通りの人でしたからね。ちょっと、親近感です」

「「あぁ~…」」

多分だが、うちの妹たちがご迷惑をかけています。マモルは心の中で感謝と謝罪をした。

          ★

「んで。お前はどうして話しかけた?俺たちのこと知るためか?」

半年前は素直にやるのを忘れていた登録を済ませ(怪しんでいたとかではない)、メモリーを再び脳内に埋め込みつつ、そう聞いたマモルにショウタは答えた。

「確かに、あなたたちのことを知るべきとは昔から思ってましたがそれだけじゃないですよ。俺は今回の依頼の件について少し感謝を伝えようと思ってました」

「感謝…かい…?」

不可解そうに、ハカセは聞き返す。

 今までシロの領地に来たときは、大概がシロによる軍事力強化のものだった。そのためあくまで白城団全体の利益になるとしても、実際に個々人から感謝の言葉をもらうのは受け取ったビャクヤか、そのそば仕えのマヤ・トウヤの二人からだった。先ほどマモルたちが入って来た時に明らかになったように、大体の白の作業員は団長(ビャクヤ)直々の贔屓に対してあまり寛大ではない態度をとる。それに対し今回は目の前の少年、ショウタは感謝の言葉を言っている。それが何を意味するのか、二人には解らないでいたが、すぐにその答えはショウタ本人から聞かされることになった。

「はい。なにせ今回、あなたたちの依頼したのは正確には団長ではなく、俺なんです」

「え、マジか」

そういうことだった。今回の仕事である『羽ばたく機械の設計』は団長である白城白夜から来た依頼ではあった。少なくとも双子はそう言っていたが、団長が誰にその設計の完成形を渡すかまでは二人は知らなかったのだ。

「つまり、今回作った設計の機械はお前が乗るってことでいいんだな」

「はい。俺が乗って、二人を支えます。御二人には申し分けないですが、なにしろこの《(ホワイト)巨兵(ゴーレム)》には弱点がありますから」

巨兵を見つめ、そんな風に指摘するショウタ。

 巨兵の能力についてもう少し付け加えると、これには対空迎撃が可能な遠距離装備が肩部分と背中部分にある。さらに、核爆発にも耐えられる素材と断面で強度も保証されている。これ以上ゴーレムという言葉がしっくりくる存在はいないだろう。その上でショウタは言う、この機械は弱点があると。

「と、いっても、御二人にはもともとわかってるようですが」

俺は分かるのに実戦を3回積んでようやくでしたよ。と補足するショウタ。その試すような視線に二人は淡々と答える。仮にも製作者に文句を言うのだ。事前情報として双子からある程度二人の事を聞いているとは言え、起こるくらいの反応は覚悟はしていた。

「ああ、流石にわかってたよ。俺たちが作ったんだからな」

「うん。君たちのこともテストしてたんだよなぁ」

さらりと、そんなことを言う二人。それに対してショウタは驚いた様子もなくむしろ「納得がいく」といった表情だ。聴いていた話と今回の答えが完璧に予想通りだった。

「これの唯一の弱点。それは―――

「足元、だよね」

マモル、ハカセの順に言葉を重ねていった。ショウタは。まるで長い証明文の答え合わせに正解したように一瞬微笑むと具体例を出した。

「はい。この機械は足元――正確には真下まで敵に潜られると行動しずらくなるんです」

「おう。それを護ってみせるのが―――

「仲間の役目ですね?」

今度はマモルの言葉に、ショウタが重ねる。今回嬉しそうにするのはマモルのほうだった。そのマモルの反応が、またしてもショウタの考えが当たっていることを示し、再び納得した。

「…なるほど、それで俺たちに対してのテスト、ということですか」

二人は頷く。その表情は、どこか嬉しそうだった。つまるところ、二人はコトネとココネに『完全無欠な巨兵』は渡さなかった。あくまでどこか欠点を自分たちで見つけ、それぞれの工夫を見て見たかったのだ。そして、今回ショウタは言った「弱点がある」と。またその前にも「俺が二人を支えます」と。つまり、ショウタという存在は仲間として―――「「合格っ!」」二人はショウタの両肩にそれぞれ手を置き、意思を示す。

 仮にも"二位"の二人。そんな彼らにはある悩みがあった。彼らの技術、設計が"完璧なものである"と過信し、盲目的にその機械に頼りきりになる使用者が後を立たないことだ。当然の彼らにはこれまでにも高い技術による信頼と実績を得て今立場にいる。が、"それによる技術の停滞"が行われるような事があるのではないかそれが二人の悩みそのものだった。二人の提供した機械は使い手である彼らには自身を、そして大切なものを守るためのあくまで手段として、生きるための考える事を止めないでほしかったのだ。そして、双子を守ろうと考え続けてくれたショウタは、二人にとってのコトネとココネが白城団にいることに対する安心要素となりえたのだった。

「そっかー。お前みたいな友達がいるんなら、俺も安心だ」笑顔でショウタを見つめるマモル。嘘のない満面の笑みがショウタを照らす。

「あ、いや。俺は友達はないですよ。仲間ではありますが」

「え…?」

「俺は15歳です。歳の差や組織の関係から考えて、対等にはなれません。でも、支えて見せます」

はっきりとそう言い切るショウタ。決意の目には必ずやり遂げるという意思を感じた。

「! 良い言い方だな。」

マモルもどこか納得した。ハカセも、マモルが出した答えに乗るようで、目を合わせると同時頷き、改めてショウタに言った。

「お前なら、あの機械も操れるよ。元々あれはどうせ、ビャクヤが二人の関係者に渡すだろうと思って作ったんだ!だから依頼になかった“お楽しみ機能”も入れたしな」

「え?最後なんて…?」

「さーぁ!悪いがお前ら!ちょっと席をはずしてくれないか!!」

ショウタの問いかけを完全に無視して、テンションの上がったマモルは整備庫にいる全ての技術士に向けて大声を上げた。

 ショウタも無視されたことをあまり気にしない様子で、寧ろ「ま、後の楽しみでいいか」と納得したようだ。

          ★

 マモルが声を上げてから1時間半後、整備倉庫の扉の前で整備士長を勤める技術士は唖然とする。

「お…い。お前ら、何やってる…?」

目の前では、さも宴会のように酒を飲みかわす成人技術士や、明るくポーカーをやる未成年技術士の姿がある。それも、まだ勤務時間内の日の高いうちだ。団長に建物内の整備のため呼ばれ、席を外した約三時間。その間に狂騒が沸き起こっているのだ。技術士の長もさすがに動揺を隠せていない。

 そんな彼の疑問に答えるように、頬と鼻を赤くし、すでに出来上がっている成人技術士が呂律の回っていない舌で言う。

「へぇ~?ギジュツシチョ~?遅かったじゃらいレスかぁ~。ちょっと早めの夕食食べちゃってますよぉ~。二位の御二人が二時間ほど開けていいっていうから、先に食べちゃってま~す」

「お前…ら…?ウッ……」

納得のいかない様子で、整備士長は漂ってきたお酒のにおいに鼻をつまむ。相当の下戸である彼には酒のにおいは拷問に近い。そしてそのまま、整備士長は技術士の一人に告げる。

「っていうか、もういないぞ、その二人は!!」

「「「え?」」」

男だけでなく、周りいた他の技術士の人間も驚きの声を上げた。酔っているとはいえ、話を聞けるほどの思考は残っていた。その後、改めて整備倉庫に入った技術士たち唖然とする。それも先ほどの整備士長の驚きとは大きく異なり、驚愕というより恐怖的な感情が大きかった。

 倉庫内の設備が“増えていた”のだ。倉庫の隅で余っていた鉄材や電子パーツ、電子基板の数々で錆取り機、調整器、計測器や自動加工機が作られていた。整備道具も一通り新品同然に直っており、完成形の機械たちも整備士たちの努力を引き継ぐように終わらされていた。新しく作られていた機械にはご丁寧に設計図と取扱説明書まで添えられている。

「あの二人は30分くらい前にシロの城塞を出てる。だから、お前らのやってるのはただのサボりだ」

「いや、でも、…な!」

「ああ。あの人たちは『二時間くらいそこでゆっくりしていてくれ』って…なぁ?」

うんうんと、周りの技術士も頷く。

 つまり、先ほどの宴会はそういうことだった。訳を理解したため、整備士長も頭をかき、一つため息を吐くと、言う。

「わかったよ、ならオラ!お前らっ!早速新しい機械の操作を覚えやがれっ!」

「「「は、ハイぃ~。」」」

          ★

 シロの領地内。そこは土地の広大さを活かし、様々な建物がある。土地のシンボルである白の城塞もその一つである。そして、それを中心に円形に広がる住宅街と商店街。西洋風やレンガ造りの建物がほとんどであり、そこには高いビルはなく、一階や二階しかない低い建物が立ち並んでいた。その一つ、日も落ちはじめ拙い仕様の街灯も電気が通るようになった街の酒場の一席で異様な気配で飲んだくれる二人組の男たち。一人は灰の遮布を頭にかぶり腕を組んで呆れ顔でもう一人を見つめ、視線の先にいるもう一人は相手がそんな表情をしていても意にも介さずジョッキの中の液体を一気に流し込んでいる。

 喉を3回ほど鳴らし、「ぷはー」と息を吐くとともにジョッキを乱暴に丸テーブルに叩きつけた。

「くっそっ!あの白髪(シラガ)野郎。依頼をするだけしてこっちの要求を呑まないとか、一回逝()ねれっ!」

「わけわからないこと言わないでください。騒ぎ立てるのは良くないですよ」

「うっるせー。ボーガン。大体てめーあの部屋で俺のこと殴ったろっ!?」

「はい。うるさかったので」

「……」

バッサリという音が聞こえそうなほど主人であるはずの少年の怒りを一刀両断する護衛人(ボディガード)に対して、小柄な体格の少年は言葉を失う。そう。この二人は先ほど団長こと白城白夜の部屋で話をしていた少年と大男だった。

          ★

 時間は少し戻り、日がまだ高い時間。髪の三分の一が白髪というおかしな頭髪の少年と、目立たないがメガネをかけた青年が過ぎ去った部屋で小柄な少年とボーガンは白城団団長であるビャクヤと対峙していた。

「「……」」

「やあやあ。お久しぶりだね。約…1年と…8か月くらいかな?」

「そうだな」

「我々としても、感謝をしていますよ。依頼交換を行う場を設けてくれて。」

ボーガンは丁寧にお辞儀をする。その様子が余りに従順で素直なように見えたが、それを不服に思った少年は「やめろ、ボーガン」と制止を促す。ボーガンが従順であることでその主である少年自身も目上の者に媚びへつらう人間のように思えて来るからだ。

「これは依頼の交換じゃねーよ。一方的に今回の依頼をうけたら“話を聞いてやる”っていう、上から目線の話だよ」

「しかし、話を聞いてもらう身であり、こうして話とできたのですから、感謝は必要です」

その発言に、反発的な少年も口を閉ざした。そうして二人の会話が一段落したのを確認し次第、今度はビャクヤが言葉を発した。

「それじゃ、今回ボクが君たちとした依頼の確認からね」

「おう」

「今回ボクが君たちへ出した依頼というのが『上空に飛翔する危険生物の排除』だったよね」

「おう」

「排除、であって捕獲ではないんだけど?」

確認するように、ビャクヤはそう告げる。視角内ネットでは無線映像が入ってきており、輸送機に入っている大量の鳥を眠らせた檻が見えている。

「君たちは、上空に居た生物・刃状牙鳥(カッターバード)を一匹も“殺さず”に回収したよね」

そう。上空に飛んでいたあの鳥たち。彼らが撃ったことで落下していったのだが、それは死んだのではなく、あくまで気絶だった。銃弾は鉄製ではなくカプセル弾、しかも中身は麻酔薬。近接戦で使用した武器も刃物ではなく、電気棒。そのため、一匹も殺さずに事なきを得たのだ。

「あぁ。それこそ『排除』だからな。そこに居なければ問題ないだろう?」

当然のようにそんなことを言う少年。あの後、輸送機で鳥を全て回収。持って帰っており、視角内ネットで今も輸送機にあるのはビャクヤには把握されているだろうと理解しているための言葉だった。

 今少年がいるのは敵陣の真っただ中。にもかかわらず、自身の自信を全く失っていない少年。全ては対等な条件になるためだった。もし話も聴いて貰えないような状態になれば、この場で彼らの眠りを醒まさせ、暴走させることもできる。そう脅している少年。敵陣にいながらの大胆な行動、状況は違うにしろ、マモルと同じそれにはビャクヤは笑うしかないのだった。

「はっはっはー。面白いね。君も」

「? も?」

その発言に疑問に思う少年だが、すぐに答えを返す。

「さっき通り過ぎた二人組だよ。君、ぶつかっただろう。」

その発言に、少年は少なからず納得した。そして

「…ハア…やっぱり、アレは計算ずくか…」

と、その一連の出来事の主犯を攻めた。

「うん。面白かったよ」

「おいコラ」即答かよ、清々しいな。と少年は心の中でツッコミを入れる。先ほどのおかしな髪色の少年との接触は、この策略家の小粋な悪戯だったのだ。

「んで、今も輸送機の中に鳥たちが檻の中にいるが…欲しいか?」などと下に向けて指を差す少年。それに対しビャクヤは首を振る。

「んにゃ、いいよ。君たちにあげる。あれも血肉狼(ブラッドウルフ)同様、肉がおいしいらしいよ。」

あっさりと少年の予防策としての一つを返す。

「それは遠慮する。それに話しもこうして聞いてくれたしな。じゃ、輸送機だけ先に返しておくわ」

おい。と隣にいるボーガンに促す少年。言われて、ボーガンは手に持った卵型の端末を押し、輸送機に信号を送った。端末は少年が持てば手のひらサイズだが、体格の大きなボーガンが持つと異様に小さく見える。信号を受け、100m下のヘリポートでは輸送機がエンジンをかけ、飛び上がるのだった。

「ヘリが帰路に着きました」

「よっしゃ。じゃ、こっちの要求を話すぜ」

輸送機を先に返すのにはいくつか理由は当然あった。一つは文字道理の帰宅。それによって中にいる鳥たちの安全は保障されているわけだ。輸送機にいる鳥たちはあくまで危険種、それを領地にホイホイ運び込むような危険な人物の話は聞けない、と思うだろうからこれもそれも解消される。そしてもう一つ、少年(こちら)の逃げ場を無くすことで相手に余裕を与えるためでもある。いわば取り囲まれた犯人が銃を降ろし両手を上げている状態だ。あくまでイメージとしてだが、事実そのくらい効果があったのか、実際に二つが解消されことによりビャクヤの顔も心なし表情が柔らかくなったような気がした。

「俺様達からの依頼…それは技術士を借りたい、この一点だ」

「…ほう」

 そして毎度のことだが、薄い糸目を開くビャクヤ。何か見定めているようだ。

「今回、詳しくは言えねーが…」

ほれ、とフリスビーのように手首をしならせ、電脳にて写真とカルテを投げる。ビャクヤがそれを受け取り、看る。

「急を要するんだそれで、世界最大の技術力を誇るともいえる白の団の技術士を…せめて一人でもよこしてくれ、ってのが願いだ。」

「……」

シロは、何も言わない。それを肯定でも否定でもない、思案の段階だと見定めた少年は続けて言う。

「お前たちの強みはその技術士の多さだろ!それも熟練の。それに比べ、俺様達の技術士は皆幼い。十代の奴ばかりなんだよ」

懇願する。表情から、力の入った声から、熱意と必死さは伝わって来る。それに対して、ビャクヤの表情は一切動かない。冷酷なまでに、声も出さない。

「…それは…この事案というのは、俺たちの技術力なら作れたり、直せたり、解決したりする案件なのかい?」

やがて、口を開いたビャクヤはそう言った。

「ここで治せねーなら、どこでも無理だと思ってる。"一位"は俺様たちと面識があるが…あいつには訳あって頼れねー。それ以外のトップ10位以内はどこにいるのかも知らねーし、でも、ここにいる何人かの技術士と設計士は上位にいるやつらが多いだろ?」

「まあ、ね。そろそろ彼らの継続試験も近いからその用意もしているよ」

「だから!頼む。俺様達に力を―――

「ごめんね」

少年の言葉を遮り、ビャクヤは言う。切り捨てるように、蹴り飛ばすように、絶望的に。写真とカルテの上に手をおいて。

「な…んで」

少年のその表情に少しばかり同情の余地があったようで、ビャクヤも一度視線を落とし、目を閉じる(ように見える)。そしてしばらくしてから意を決したように話を続けた。心なしか早口で。

「"俺たち"がここまでの関係になるために組んだ条約の内容憶えてる?この場の、じゃない方の。」

「…」

少年は無言で視線を落とす。表情は見えないが、落ち込んでいるのは目に見えていた。

「その中に『俺たち四色はどれも1.対戦はしない2.技術提供はしない これを遵守すること』ってあったよね」

「ああ、だから、こちらの依頼を―――

「うん。依頼は双方okだけどね。問題なのは技術提供だよ。約束を破るわけにはいかないよ」

「…」

「誤解しないでね。あくまで、俺たちの技術士は寄こせない。“俺たちのは”ね」

「?」

 少年は理解できないが、あえて『俺たち』を強調したことが意味がある気がしたことは分かった。しかし、ここからさらに時間を弄することはできない、だから譲歩案として聞いてみる。

「なら、他の技術士と設計士の場所を教えてくれよ」

その質問はビャクヤにとって論外だったようだ。今までにない軽薄な口調で大げさな挙動とともに言う。

「おいおいおい。なーにを言ってるんだよ。君たちは情報収集得意だろう?」

自分で調べなよ。と。

 もちろん、ビャクヤは少年の心中を十分理解している。少年の焦りも、少年の熱意も―――そのうえで彼は拒絶する。きっぱりと、はぐらかす気は微塵もなく――言う。一瞬も協力できない――と。チラリと視線を下に置き、テーブルに備え付けられたモニターを覗く。

「…っ!…っ!」

とうの少年は叫ぶ直前のようにフード越しに奥歯を噛みしめる。しかし、それをこらえるのは難しいようで、

「いい加減にしろやこらああああああーーーーーっ!!」

          ★

―――――という経緯があり、今に至る。現在地、シロの領地内酒場。

「ぅグ―ぅグ--ぅグ――っぷはー!おい!どんどんもってこい!」

喉をならし飲み物を流し込み、そんな風に小さな店内で叫び散らす少年。完全に酔った中年のそれだ。決して広くはない丸テーブルの3分の一を埋め尽くすような大量のジョッキ。しかし、ここで注意してほしいのが彼の飲んでいる液体だ。

 数秒後には円筒形の全自動補給ロボットが現れ、上部の円形が半分に割れる。中からせり上がるようにキンキンに冷えたジョッキが現れ、それをベルトコンベアで机に移す。中には黄色に近い炭酸水。独特の鼻を刺すような香りがあるジンジャーエールだった。

「よく、ジンジャーエールで酔えますね。まったく都合のいい体だ」

「…」

少年は目を半開きにし、ゆっくりと視線を右にずらす。視線の先には丸テーブルの3分の2、少年の体を余裕で覆うほどの大量な皿と器。視線をボーガンに戻すと口の端に赤いソースが付いている。

「よく、そんな食えるな。全く、頑丈な胃袋だ」

少年はボーガンに手拭きの布を手渡すと、再びジョッキの液体を喉に流し込み始めた。

          ★

 木製に見えるスイングドアをくぐると、少年とボーガンの飲み食いした料金が自動的に引かれる仕組みだった。

 背後で店員が「ありがとうございましたー。」と景気よく見送っていた。ここまで飲み食いし金を落とす客も珍しい。

「はあ、これからどうするか…」

賑わう店内とは対称に暗い街道を重い足取りで歩く少年。

「わかりませんよ」

「……おいお前、俺様が部屋に入るとき『手はいくらでもありますから』とか言ってなかったか?」

その即答はずるくないか?と、少年がツッコミを入れるが、意に介さない様子でボーガンは街を見回す。

 少年は酒場でありったけ飲み、愚痴を吐いたせいかボーガンに無視をされても何も言わないほどには機嫌は戻っていた。そして、改めて今回の拒絶に対しての対策を考えるまで思考は回復していた。

「このままじゃ、俺様達の目的は達成できない…早く次の手を考え―――ぐわ!」

思考を巡らせている中、突如横からの重い衝撃に体勢を崩し、地面に叩きつけられる。

 また不機嫌になるのを察したボーガンはすぐに少年に近付いていき、起き上げようと手を伸ばす。

「大丈夫か?」

手が少年に向けられる直前で少年の手によって払われる。

 少年は顔を上げると、衝撃の正体を睨みつけた。視界に映るのは、馬車型の浮遊機械だった。荷台に乗せた鉄箱が何箱か開き中のリンゴがいくつも転がっていた。

 そこで、ようやく少年は怒りを覚える。先ほどのビャクヤの拒絶姿勢、それが今さら着火材となり、腹の中で煮えたぎり、そしてぶつかったことへの不快感も重なり大爆発を起こした。

「く―――っそがああああああああああああああ!!」

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