戦利品という宝物
私たちはまず今回の第一目的であった、みゆき先生のサークル「Little Boy」に向かった。
封神演義の本を取り扱うサークルは、その作品が連載された少年ジャンプ系の作品を集めた場所に配置されている。今回は東5ホールほぼ全域が「ジャンプ(その他)」になっている。流石は最大手の漫画誌と言うべきか、スペースの広さで言えば一つのホール全部を使用している。間違いなく二日目のメインの一つと言えよう。
封神演義のブースは「プ‐9」から「プ‐14」までで、一つの机で「a」「b」とサークル二つが入るので、最低12サークルは居る勘定となる。
「Little Boy」は「プ‐14b」のスペースに出展している。目的地に近づくにつれて、妹のテンションは見るからに高揚してきた。
まず、周りの雰囲気に酔っている。見渡す限り同人誌を机に積んでいるサークルと、その本を入手すべく会場内を歩き回る無数の一般参加者、ポスターの数々、それらを見て、この中学二年生は、今まで経験したことのない場所に来ているのだと痛感し、あたかも天国に来てしまったのか、と言うかのような表情すら浮かべていた。
この妹のテンションは、しばらく歩くと更に上昇した。封神演義のコーナーに着いた時だ。
「わ! 太公望だ!」
妹は早速目に入ったサークルの販促ポスターを指さして叫ぶ。
封神演義の主人公である太公望が、サークル主の作家の絵柄でポスターいっぱいに描かれてあった。90年代の漫画なので、現在妹の学校では封神演義の話題が上がる機会など絶無である。また、身の回りで封神演義についての情報も殆ど無い。そうした状況だと、「世界でこの作品のファンは自分だけなのではないか」
そうした錯覚に駆られてしまう事が彼女には多々あった。自分も世代ではない作品をかなり沢山好きになったので、こうした気持ちは解らなくもない。
だからこそ、目の前に広がる封神演義ジャンルで活躍しているサークルのブースに、妹は感激していた。恐らく今年で一番感激しているのではないだろうか。
「うわー、うわー」
と、目を爛々と輝かせて、妹は幾つかのブースの前を行ったり来たりして、時々同人誌を手に取った。
「あ、あの、見てもいいですか?」
うむ、よく言った。この時、内心私はヒヤリとしたのである。迂闊と言えば迂闊だったが、私は妹にサークルスペースで立ち読みするときの注意を全くしていなかったのである。
別に決まりがある訳ではない。しかしできれば立ち読みする際、一言「読んでいいですか?」と売り子さんかサークル主かに訊くのは礼儀であろう。(それもできない一般参加者もいるのだろうが)
しかし、私の心配は杞憂に終わり、妹は一言サークルの売り子さんに許可を得てから立読みを始めた。私は一安心して、妹が何か無礼を働きやしないかと、立ち読みする後姿を見守っていた。
妹は、まるで稀覯本でも触るかのように、見本の同人誌を手にしている。サークルの方からしても、見るからに小中学生にしか見えない、この小さな若い客に自分たちの本を読まれるのが満更でもなさそうであった。若しくは、彼女が世代ではないはずの封神演義のファンだという事を嬉しく思っているのかもしれない。
「お兄ちゃん、買う」
「金はお前さんが払いなさいよ」
「わかってる」
妹は背にしていたリュックをおろし、中から財布を取り出した。
丁度あった五百円玉を差出し、妹は立ち読みしたばかりの同人誌を一冊購入した。
早速、持っていたクリアケースに入れる。人ごみにもまれても本が折れ曲がらないようにこのクリアケースを購入したのである。
早くも戦利品を入手した妹は、更に他の封神演義サークルへと足を向けている。「この太公望良いなぁ」「この絵は……」と呟き程度の声を発していて、私はそのたびに背筋に冷たい汗が一筋流れるのを感じる。
妹がそうして居る内に、私はサークル「Little Boy」を探す。すると、島の角の、所謂誕生日席の真横に、該当する番号のスペースを見つける。ポスターの絵柄も、ツイッターやPixivのイラストと変わらない。
「おい、ここだよ」
いくつものブースの同人誌やポスターをひやかしていた妹は、私の声で我に返った。
妹は私の前にあるブースの絵を見て、口に手を当てる。絵に描いたような感激の仕方である。妹の本日最大の目的地なのだから当然だ。
妹は何冊かの同人誌を順に見てから、新刊を一冊手に取り、正面に座っていた眼鏡の女性に
「これ、一冊……」
と手渡した。
「はい、五百円です」
その女性は笑顔で答えて、妹から五百円玉を受け取り、新刊を手渡した。
「おい、言うんだろ」
私は後ろから妹の背中を押す。
「う、うん……」
妹は緊張しながら、リュックを抱えてブースの机に近づいた。
「あの! みゆき先生ですか?」
そういわれて、サークルのブースに居た、あの眼鏡の女性が
「はい、私です」
と、立ち上がった。
「どうも、みゆき先生。以前ツイッターでお話しした、中嶋と申します。予定があいましたので、妹を連れてこれました」
一応私も、前にツイッターで話した手前、挨拶をする。
「ああ! ツイッターの!」
みゆき先生は覚えていらっしゃった様子で、「本日はありがとうございます」と頭を下げた。
「妹は長女の影響で封神演義ファンでして……」
「ピクシブでみゆき先生の絵が大好きになりました!」
ここは譲れない、と妹が割り込んで先生に告げる。
「ありがとうございます! ……あの、すいません」
「はい?」
「私、先生なんかじゃありませんので、『先生』というのは……」
と、恥ずかしそうに小声で言った。これも「コミケあるある」だと聞くので、私は直ぐに
「わかりました。お前も、わかったな」
と、これ以上『先生』と呼ばないようにする。
「あの、今日はみゆきさんにお願いが……」
妹は遂に本題を口にする。リュックの中をごそごそと漁り、中から真っ新なスケッチブックを取り出した。
「こちらに、みゆきさんのイラストを描いてほしいんです!」
妹は頭を下げながらみゆきさんに頼む。すると向こうは
「わ、スケブですか!?」
と驚きの声を上げる。まさか頼まれるとは思っていなかった、といった表情だ。
「ご迷惑ですか?」
妹は恐る恐る尋ねた。
「いえいえ! そんなことはありませんよ」
みゆきさんは妹からスケブを受け取り、表紙をめくった。
妹は持参したサインペンをみゆきさんにお渡しする。
「そうですね……三十分ほどお時間を頂けますか」
みゆきさんは腕時計で時間を見た。三十分ならば他のサークルを見ていればあっという間に過ぎ去る時間である。
「わかりました。宜しくお願いします」
私たちは深く頭を下げて、一旦「Little Boy」のブースを後にした。
私はそのまま東6ホールの方向へ歩き出す。CLAMPのジャンルが東5と6の境界線に位置している「ネ」列に集中していたのである。
「よし、CLAMPの本買いに行くぞ」
「うん」
妹はスケブを描いてもらえている現実で頭がいっぱいで、私の言葉も上の空である。
ツイッターを調べると、らあださんからDMが届いていた。
「中嶋さん、入りました!」
とある。まだどこに居るかは書かれていない。
ひょっとしたらネ列に居るかもな、と私たちは歩みを早める。
着いてみると、それらしき女性は見当たらなかった。尤も会った事が無いのだから、誰が誰なのか解らないのだが。
とにかくサークルを見ていくことにする。
ひときわブースが派手だったのは、『魔法騎士レイアース』の同人誌を配布している「matine」と言うサークルだった。
「おー、レイアース!」
私の持っているレイアースの単行本で(愛蔵版などではなく、ちゃんとしたオリジナルの単行本である)この妹もすっかりファンとなっている。当然、その同人誌には興味がわく。絵柄も綺麗なので、妹はブースへ駆け寄った。
何冊か見た後、気に入った表紙があったのか、それを手にして
「これ下さい」
と言った。その時、売り子さんが
「年齢確認できるもの、お持ちですか?」
と尋ねた瞬間、私は脱兎のごとく妹に駆け寄って、本をひったくった。中身、主に後半のページを捲ると、そこには海とアスコットが「愛し合う」姿があった。
よくよく見ると、すべての本の表紙に十八禁のマークがついている。これは完全に私の不注意であった。
「これは十八歳未満は読んじゃダメだ。残念だが」
「ええー!」
妹は初めてコミケの会場で落胆した。入場してからわずか十五分。ここで早速年齢の壁にぶち当たったのであった。
私は笑いをこらえるのに必死であったが、どうしても吹き出すのをやめられない。妹はそんな私を恨めしそうに見つめている。
「ほら、向かいのホールに行こう! まだまだコミケは始まったばかりだぞ!」
と、私は不機嫌な妹をなだめながらその場を後にした。
私たちはそのまま東2ホールに行き、Q列、評論ジャンルを攻めていく。本音を言えば東1ホールへ行ってガルパンの本を一通り買ってから、ゆっくり見て回りたかったのだが、妹を連れていくには人出が多すぎるし、十八禁の本も多く配布されているので、流石に自重する。
そんな中、私たち二人はトイレ休憩に入る。いつもながら早く男子トイレから出た私は、ツイッターを開いてみる。するとらあださんからDMが来ていた。先程の「matine」のレイアース本の画像が添付されていて、「お願いしたいです」と書かれてある。CLAMPの十八禁同人誌を代わりに購入しておく話だったので、私は直ぐ向かうと返信する。
妹が出てきたので、直ぐに東5へ戻った。
「あそこ行くの……?」
既に妹はCLAMPブースにトラウマを植え付けられてしまったようである。哀れとしか言いようがない。
私は先ほどの非礼を売り子さんたちに詫びて、新刊、既刊を見つくろう。何を買っておけばいいのか、悩むところである。
らあださんは高校生で、そんなに手持ちがない、とよく呟いていた。もしかするとこのサークルの本も、未だ一冊も持っていないのかもしれなかった。だとしたら、新刊既刊全て購入した方がいいか。と思ったが、そうなると合計金額が三千五百円になってしまい、高校生には少々きつい金額になってしまう。
しかし、実は私もこの同人誌に興味が出ていた。らあださんが欲しい本以外は貰って、彼女が貰った本の代金だけ頂こうか、と考えていた。
読んでいくと、どの冊子も甲乙付け難く、結局新刊含め七冊を購入してしまう。
さて、あとはらあださんを探すだけだ、と周囲を見渡してみると、こちらを見ている女性二人組が目に入る。背格好は高校生くらいである。
「中嶋さん!」
と、その女性の内一人が駆け寄ってきた。黒のセミロングヘアーでマスクをしていて、緑がかった薄茶色の上着を着ている。
ツイッターで、らあださんは今自分が着ている黒のロングコートを画像で見て知っている。今このブース付近で、ロングコートを着て眼鏡をかけ、少女を同伴している二〇代前半の男は私しかいない。
今執筆していても、傍から見て非常に特徴のあるコンビに写っていたのではないかと思われる。
「はい、中嶋です」
私はアカウント名であり筆名である「中嶋條治」の名前を言った。
傍にいる妹は
「中嶋?」
と、聞き慣れない苗字を口にする私を一瞥してくる。
「どうも! らあだです!」
らあださんは元気に挨拶をしてくる。母校の部活の後輩でもない、全くの初対面である女子高生と話すのは何年ぶりであろうか。ツイッター上では何度か絡んでいたが、当然ながら生でこうして会うのとでは全く心境が違う。
「初めまして、いや、すいません、ちょっと向かいのホール行っちゃってまして」
「ああ、いえ、全然大丈夫です!」
私は早速、今買ったばかりのサークル「matine」の同人誌を取り出した。
「こちらですよね」
「ああ、はい! これです!」
らあださんは喜んで七冊の冊子を手に取る。
「あの、新刊と一緒に、取り敢えずブースに置かれてあった既刊も全部買っちゃったんですが、大丈夫でしたか?」
「はい! おいくらになりましたか」
「全部で三千五百円ですが……」
らあださんは鞄から財布を出して札を数えだす。
「全部で良いんですか」
「はい。ありがとうございました!」
きっかり三千五百円を頂く。既刊を買いすぎたかな、と少し後悔した。自分は新卒とはいえ給料をもらえる身分だからまだいい。らあださんはまだ高一である。少しきつい出費である筈だ。
「今日はどの辺回られたんですか」
「はい、向こうの東京BABYLONのブースとか……」
と、らあださんは広い通路の向こう側を指さす。
「あ、東Bってあそこだったんですか」
これは宝の地図をよく見ていなかった私の不注意だった。CLAMPジャンルの本の中でも、『東京BABYLON』等のサークルが見当たらなかったのだが、間に人の流れが途切れない大河状態の通路が横たわっていて全く気が付かなかったのであった。
「星昴買えました?」
と、私は訊く。せいすば、とは、漫画創作集団CLAMPの初期の傑作『東京BABYLON』の主人公昴流と、そのパートナー的存在である星史郎のカップリングの事である。二十年以上前の作品ながら、女子高生である十五歳のらあださんはこの『東京BABYLON』が大好きだった。私も中学の時に本作にハマっていたので、ツイッター上でらあださんを見かけた時にすぐフォローしていた。
「ええ。まだ残ってると思います!」
ようし、と私はらあださんとお別れした後に『東B』のスペースへと足を運んだ。
東京BABYLONの他にもCLAMP作品の聖地巡礼本などが配布されている場所であり、むしろこの本の方に私の神経は集中した。
いくつかの本を手にしたところで、妹が時計を気にしだした。
「そろそろ行くか?」
「うん!」
私たちはサークルLittle Boyのスペースへ向かった。先程スケブをお渡ししてから四十分が経過している。
丁度スペースに一般参加者は来ていない。みゆき先生と売り子さんのお二人だけが居た。
「すみませんっ! 先程の……」
「ああ、お待ちしてました!」
みゆき先生はすぐさまスケブを取り出し、一ページ目を妹に見せる。
『封神演義』の主人公、太公望のイラストがページ一杯に描かれてある。二〇~三〇分でサインペンで描いたとは思えないクオリティに仕上がっていた。一瞬、同人誌のモノクロ版表紙を提示されたのではないかと錯覚した程である。
妹の方は、言葉を発する事すらできず、イラストを見つめている。
「あ、ありがとうございます!」
あまりの嬉しさに吃音気味になりながら、妹は何度も頭を下げてお礼を言う。
私も驚きを隠せないながらも、兄としてみゆき先生にお礼を言った。以前からサイン程度は頂くことは多いが、スケブを描いていただいた経験はなかったので、目の前のスケブのクオリティには驚嘆する他なかった。
6
その後は妹の第一目的が達成されたので、ほとんど妹にとっては余分な事でしかなかった。
私はまだ手にしたい本が山のようにある。しかし、コミケ初参加の妹に私の買い物に付き合わせる理由はないので、まずは昼食を摂ることにした。
ビッグサイトにはいくつかのレストランがあり、私たちはそのうちの一つに運よく席をとれた。何しろ17万人が来場しているので、12時前のレストランは、どの店であっても満員に近かった。
私たちは肉類やカレーなどをかきこんだ。ハッキリ言えば、そんなに美味い料理ではない。しかし、三時間に及ぶ寒空の下での待機、その後三十分近くの歩行と、人混みの中での一時間近い買い物で、体力と水分・塩分が著しく枯渇していた。冬なのに、と思われるだろうが、冬だからこそ厚着で汗をかく。しかも場内となると、東ホールでは数万人の参加者の熱気で空調も不要な状態だった。夏コミはより過酷な状況であることは想像に難くない。
だからこそ、この時食べた昼食は、非常にうまかった。
「じゃ、おれは、ちょっと長めのトイレに行ってくるから」
と、私は財布と紙袋を手に立ちあがる。
トイレとはただの方便で、実際は私だけもう一度東ホールに行き、ガールズ&パンツァーの同人誌を買い漁るのだ。
当然18禁書物ばかりである。私はそんな場所に14歳の妹を連れて行くことはできなかったので、このレストランに居てもらう事にした。トイレにこもっていると言い訳すれば、仮に従業員が来ても何とかなるのでは、と考えたのだ。幸い私たちの入っているレストランは、空席が常にいくつかあったので、言われる心配も少なかった。しかし、身勝手な話ではあるが、出来れば読者の皆様にはまねをしないでほしいと切に願う。
私はそう思いつつも、ガルパンのジャンルに突撃を敢行した。正午はとっくに過ぎていたが、流石人気作と言うべきか、人口密度はかなりの物だった。しかも売り切れが続出している。ハッキリ言うと欲しい本の約半分は入手できなかった。
しかしそんな中でも一般向けの同人誌や小説本は比較的手に入ったので、売り切れた所謂エロ同人誌は後日とらのあなやメロンブックス等々で購入すると言う事で、レストランへ戻った。
この後は、東の新しくできた7ホールに行き、サークル・ウツテンカイの人気小説『ヴァルキリー』シリーズを買い、西へと向かった。
ホモメインと言えたが、歴史もののジャンルが集中していて、漫画レポート略して「まんレポ」の合同誌がサークル・さくら研究会から出ていたので、そちらも新刊既刊合わせて購入した。
そしてそのままコスプレの広場に出たが、この時になると私達はくたくたになっていた。妹は、既に目標を達成していたので、いうなれば私のあとをただついて歩いていただけ。私はどうせならホール全部を見せようと、同人誌で膨れ上がった紙袋をぶら下げて歩いていたのだ。疲労感は、コスプレ広場のとんでもない人ごみの中で、遂にピークに達した。
もはやコスプレイヤーの格好にすら目が行かない。もともと我々兄妹もコスプレにそこまで興味がある訳ではなく、風物詩として見に来ただけなのである。
「……帰るか」
「うん」
妹は、私の言葉を待っていたように、そう返事した。
既に日は傾き始めていた。ビッグサイトのシンボルと言える会議棟の逆三角形の建物は、朝とは反対側の面に西日が当たっている。そして、それを背にして多くの人間が国際展示場駅に歩いていた。
戦利品の重さによるものか、または寒さのせいか、心なしか縮こまったような感じで歩く人も多かった。
明日で2016年が終わる。社会人になって初めて迎える大みそかである。寂寥感が無いとは言わないが、明日以降四連勤という思いが私の心を重くした。
年末に、東京湾側にもう一つの夢の国が建国される。一つは家族や恋人、もしくは友人たちが様々なアトラクションを楽しむ国であるが、もう一つは、大人が、自分の「好き」を表現し、様々な媒体にして配布する国である。一見、後者には面白味が無さそうに感じられる。2013年までの私がそうだった。
しかし、今は違う。私にはこの夢の国、もしくは欲望の国に来ることを、毎年の楽しみにしているのである。
それは、ただ単純にエロ本を読みたいから、という動機で片付けられるものではない。勿論エロ同人誌は大変重要なのだが、私が毎回感動するのは、これだけの規模のイベントを、企業の商業活動の為や国・地方自治体が主導で行う地域活性化の為でもなく、あくまでも「個人の趣味」の発表の場として設けられている事に感動しているのだ。
この会場には専業作家が何人もいる。しかし、多くのサークルは職業を持ち、そのなかで余暇を見つけて原稿を書き、自費で印刷を行い、この場で配布をするのである。
そうした、いわゆる自費出版の作品を扱うイベントがここまで大きくなるのは奇跡としか言いようがない。
そう思うと、私は自分も作品作りを頑張らなければ、と発破をかけられる。
いつかは、サークル参加を。
そう思いながら、私は妹の手を引いて、夢の世界から現実の世界へと帰って行った。
帰宅して3か月が経過した。この時に私はある恐れを抱いていた。「夏コミにも連れて行け」と妹が言い出すのではないか、と言う事である。
これは、恐ろしい事だった。冬コミは完全防寒で挑めば何とかなる。しかし、夏コミは薄着で行っても暑さからは逃れられない。ただでさえ欲しい本が有ると言うのに、妹の分まで手が回る訳がないのだ。
出来れば行きたくないな、と思っていると、くだんの妹がスマホを片手に現れた。
「お兄ちゃ~ん」
明らかに私に何かをねだる言い方である。自然、身構えた。
まだ夏コミのサークルは発表されていないはずだが? と私は疑問を感じていると、妹がスマホの画面を見せてきた。
「これ、連れてって!」
画面には3月25日にビッグサイトで開催されるアニメイベント、「アニメジャパン2017」のサイトのトップページがあった。
コミケの前にそういうイベントがあったな、と、私は頭を抱える。
「目当ては何なんだよ。封神演義の新作アニメなんて聞いたことないぞ」
「違うもん。FGOだよ」
「あん?」
「Fate Ground Order のブースに行きたいの!」
なんと、妹は知らないうちに人気ソーシャルゲームにも嵌っていたようである。
これに比べれば私はライトなものである。中三にしてこれだけの守備範囲を持っている、この女を見て、私はとんでもないオタクの妹を持ったのだと言う事を認めざるを得なかった。
予定を調べると、何とこの日は休みになっているのである。
「仕方ない、行くか」
私も決して嫌いではないイベントなので、重い腰を上げようとすると、
「あ、私も行く!」
と、背後で声がした。
大学生の長女が立っている。
「お前は何が欲しいんだよ」
「私もやってるもん、FGO」
私は今度こそ、自分が妹達の事について、何一つわかっていなかったのだと認めざるを得なかった。
夏コミまでに、何回こういうイベントに引率する羽目になるのか、それは全く未知数だった。
終わり