第三節
「いや、百歩譲って先ほどの件について私に非があったことは認めよう。一人の少女を不安にさせたんだ、それはわかっている」
バーのテーブル席。
人は少なく、彼らは物静かで心地のよい空間に酒と共に酔いしれていた。
……一人を除いて。
正確に言おう。
先ほどの純白の跳ねっ毛少女は、今彼の目の前で大盛りの食べ物をモシャモシャと如何にも幸せそうな顔で食べているのだ。無論、シャドウの金で。
「いや、いやいやいや……罪滅ぼしで奢るくらい良い、良いさ。だが、だがな……」
「すいません、このアイス二つ」
「俺の懐事情考えてくれないか!?」
膨れゆく少女の食欲、薄れゆく彼の財布。
もはや歯止めはなく、単純に奢りの為だけにここに連れてこられたのではないかと今確信した。
「……まァいい。これで君の怒りが収まるならそれでもいいさ……おい、もうメニュー手放せ」
「まだ、このアイス食べてない……ダメ?」
コテンッ、と首をかしげる彼女を見て、誰が反論できようか?
可愛い愛娘を持ったお父さん方、私はあなた達が思っていることがよく理解できたような気がします。
「……ハァ、わかった。好きにしろ」
なされるがままに彼の懐の厚みも消えていく。ここで断れば彼にとっても悪評を重ねかねないと懸念し、今は反抗することをなるべく避けたかった。
(……足りるか?)
「あー……疲れたぁぁ」
ふと店の中に入ってくる男たちの声が耳に入った。シャドウは横目に彼らを見ると、昨日見たあの男三人組であった。彼らは多少土のついた靴でテーブル席へと移動してくる。
彼らはメニューを手に取り適当な飲料を注文すると、なにやら話をしだしていた。
「……、」
シャドウは彼らに感づかれぬように、最寄りのカウンター席に移動する。そして彼もまた適当な飲み物を頼み、席に座して聞き耳を立てていた。
「どうよ、見つかりそうか?」
「いやダメだ。そっちは?」
「外れさ。どうやっても見つからねーよ」
「そうかもしれないが、早々に見つけねーと金がねーぞ」
「つったってよー。こんな方法で見つかるのか? 本当に何もねーんじゃないか?」
「バッキャロウッッ!! 必ずある! 俺たちが探し出しさえすれば!!」
「根拠ねーなぁ……」
「……、」
静かに飲み物に口をつけながら、シャドウは聞き耳を立てていた。
少ししてからか、彼らは頼んだ一杯の酒を飲み干し、店を出てどこかへと立ち去っていく。改めてシャドウは振り返り、その席をジッと見つめた。そして、彼は足元にも目線を移し、一言。
「……、そういうことか」
席を立ち、少女がいるテーブル席へと足を運んだ。
「……おい、なんか増えてないか?」
「……、何も」
「…………わかった、そういうことにしておく」
近くに丸くされた(最早カタツムリも吃驚であろう)伝票を見て、席に腰掛け頭を悩ませるシャドウ。今現状で最も重要視しなければいけない人間を間違えたかもしれないと、今更になって考え始めた。
「そういえば……えっと……」
「……ルナ」
「ルナ、か……俺はシャドウだ。じゃなくて、この街に来てどこら辺を見回ったんだ?」
「? ……多分、大体は見てる」
「なら話が早い。此処辺の近くに洞窟のような場所はなかったか?」
ルナは、食べかけのアイスを頬張りながら、一時無言になる。そして……、
「確か、ここを出て左のほうに行った先に、在った。舗装されてない、土道の先」
「そっか……」
シャドウは、背もたれにもたれかかり、ルナが言った言葉の情報を元に分析を始める。
(あくまで可能性の話だが、もし領域外にそれがあったとすれば、ある程度の話に納得がいく。そうとなれば、それは見えない場所にある。あの不律性の高かった遺跡にも納得がいく)
「……どうしたの?」
「いや、聞きたいことは充分だ」
「そう……」
「悪かったな足止めして。ここから先はもう十分だ。約束通りもう近づかねぇから安心しろ。それじゃ、これは置いとくな」
シャドウは、財布から取り出した金額分の金を置いて席を立つ。ある意味、あっけらかんとした形で終わったが、裏世界の取引と似たようなもので、あまり深入りはしない。そうでなくても、彼は常に人の内情に深く関わろうとはしない男だった。
「……ねぇ」
「なんだ、まだ用か?」
「これも食べたい」
「いい加減にしてくれ!」
……多分。