第二節
現状を確認しよう。
私こと銀霊シャドウは、自身の冤罪疑惑を晴らすために、少女に近づいたのだが、どうやら腰の入ったいいパンチを鳩尾に食らってしまったらしい。絶賛腹部を押さえて倒れ込んでいる私は、目の前で警戒心むき出しの少女にどうやって話しかければいいのだろうか。
……私には、わからない。
「――――――ッ!!」
「……!! ……―――!!」
両者、声が出ない。
片方は出せない。
片方は、警戒して出さない。
硬直状態が続く中、長引けば去ってしまうと踏んだシャドウは、声を振り絞って話しかけようとする。
「……あ、あの……ハァ……た、たし、か……ハァ、ハァ……」
「……、」
少女は身を引く。
いや、これはどう考えてもシャドウが悪い。まるで幼女に近づく変質者そのものにしか見えないのだから。
(……しかたない……ッ!)
シャドウは、胸の辺りをドンッと自らの拳で叩く。なんとか呼吸を確保することに成功した彼は、明らかに不審者というより、この世のゴミを見るような目で蔑んでくる彼女にやっとの思いで声をかける。
「ケホッケホッ!! ……すまない、驚かせてしまって。只、暗くなってきたから起こそうとしただけだ。別に邪な感情があってやったわけじゃない」
「……信じろと?」
(だよな~……)
現状この場においても、この街においても、彼には信頼を提示する方法が何一つなかった。薄らと、心の中で理解したようで物悲しそうな感情が心を歪ませる。端的に言えば「娘に洗濯物を一緒にするな」と言われたような心境だった。
(感覚的には違うのだろうけど……)
とにかく、と彼は頭を回して弁解の言葉を探す。ここで打開できなければ、最悪死ぬような気がしてならなかった。
「別に悪気があったわけじゃないさ。それに、もし本当にそう言う奴なら、寝ている間に何かしらしているんじゃないか? ましてや、こんな大声を出しながら起こさないだろうし、昨日撃退された人間がそう安安と起こしに来るわけないだろ?」
(まぁ、そう言う奴がいても、この娘に勝てる気は早々しないだろうな……)
痛みも引いてきたのか、腹に当てていた手を引く。それは同時に、自分が無防備であり警戒されない為にという意思表示でもあった。
「……言ってて、悲しくない?」
「一生犯罪者になるよりはマシさ」
少し涙ぐもった声が彼の口から漏れる。
「とりあえず、俺が言いたかったのは、日が暮れてきたって事と、もう一つ。『此処彼処に点在する遺跡について、何か知らないか?』ってことだ。この二つだけでいい。それさえ教えてくれれば、今後君に近づくのは辞める」
「……信用、できるの?」
「そうだな……まずこの地に訪れる理由なんて限られているだろ? さらには僕は君に二発も蹴りや拳を喰らいながらも、反撃はしていない。それ以上の理由が欲しいなら出すぞ? 最悪、魔術契約でも構わない」
「……いや、いい」
やっと自分への不信が解かれたかと、シャドウは小さく息を吐き捨てる。
彼女も警戒を最低限まで解き、そして、ある場所に指を指してこう言った。
「あそこ」
「あそこに何かあるのか?」
よく見れば、そこはバーだった。夕暮れに入ったからかもう営業が始まっている。そして、バーテンとはある種の情報の収集場所としても扱われ、情報通たちの中では経営しているものも少なくはない。その地限定ではあるが、かなりの宝庫でもあるその場所を指した彼女を見て、何かしらあるのではないかと彼は息を飲んだ。
「……わかった、行こう」
彼女の案内のもと、二人は夜のバーに入っていった。