第八節
「……かはッ」
ゾンビが爆発を起こした直前、シャドウはゾンビに腕を掴まれ動けなくなっていた。だが、その瞬間彼を助けたのは、落下の勢いから彼を水平飛行で無理やりゾンビから引き剥がしたルナだった。
彼女は間一髪のところで彼を引き抜き、翼で自分たちを覆い爆風から逃れていた。
「まさか、助けられるとは……」
「……死にたかった?」
「違っ……がほッ、がはッ……」
シャドウは大きくむせ上がると、突如喉の奥に指を突っ込む。
「なにして……!?」
彼がそれによって大きく吐きかけると、口の中からドロッとした赤い塊が吐き出された。
「それ……」
「あぁ……大丈夫だ……それより、奴は?」
「多分、大丈夫」
多少自信なさげな声を出すルナ。
それは、彼女自身の魔力が消えかかっていることを意味していた。彼女の翼がみるみると消えていたのだ。それはシャドウも同じで、体と顔に浮かんだ黒模様がみるみると消失していた。
「魔力の限界か……」
「そう、らしい……」
「……、」
シャドウは、思い返していた。
あの壁画を。
そこに写っていたのは、紛れもない事実であった。
だが、その事実を思い返していたわけではなかった。
(俺一人だったら、アイツを倒せるまで至らなかったんだろうな……)
思い出していたのだ、彼がかつて見た、無謀ながらも、諦めない者を。
(此奴は、逃げなかった。どんな窮地でも、戦い続けた。冷静な判断、突飛した動き……いや、確かにアイツとは似てない……けど)
或る一人の人物像。
それは、ルナ・シュヴェルツェとは全く逆の性格だったはずなのだ。
そいつは、自由気ままで天真爛漫、ただ人を無条件に愛し、誰にだって隔たりのない愛を与え続けてきた、ある少女。
そして彼女は、警戒心も強く、だがその冷静さと思いがけない行動を取る特異的な性格。
似てないはずなのだ。
寧ろ真逆なはずなのに……。
いや、違う。
そこではないのだ。
(……ああ、そうか。性格とか、感情とか、考え方じゃない。その本質が、その根本的な部分が、余りにも、似ていたんだな)
「……? どうしたの?」
「ああ、いや。ちょっと思い出したことがあった」
「……この状況で?」
「悪い悪い」
小さく、彼女は溜息を吐き捨てた。
―――ガサッ
「「……ッ!?」」
二人は互いに其方を見た。
そこにいたのは、体が発火しながらもユラリと立ち尽くしていた、あのゾンビだった。
「つッ!? まだ動けたのか!!」
「……ッ!!」
シャドウは直様体勢を立て直す。体の消えた黒模様が無理矢理戻る。だがルナは、直前に超が付くほどの魔弾を放ってしまっていたために、既に立つことさえ難しくなっていた。
シャドウは、背筋に何かが走った。
これが、聖人。
これが、彼らの生命力なのかと。
不完全であっても、その貫禄こそが彼らの象徴にもなったのだろう。
そう思いたくなった。
言葉通り〝神に近い人間〟だと思ってならなかったのだ。
(まだ、倒れるな)
シャドウは、今一度、前に立つ。
(まだ、折れちゃいねぇ……俺の心は、折れちゃいねぇ)
『―――意志とは、力です。唯それは、悲惨な運命を生む暴力ではなく、守りぬく力です。自分の想を曲げない限り、きっとそれは力になるでしょう。間違えてはいけませんよ。諦めない、それは確固たる君たちの力に成るのでしょうから。』
咄嗟に思い出した言葉があった。
その絶望的な脅威が、彼らの前に立ち尽くしていた。その時にだった。きっとその言葉は、彼の胸に響く何か出会ったのだろう。
だが、その直後。
意外な動きがあった。