第二節
一瞬だった。
ルナもその瞬間を見逃していた。
目の前から消えたとも思えば、既に接近を許していたのだ。
衝突とともに、辺りに粉塵が舞う。
「ッッ!?」
直様ルナは銃を抜き粉塵の中に照準を合わせようとした。粉塵から現れたらか、粉塵が引いたら撃つ。
そう、考えて。
ゆっくりと粉塵が消え、やっと二人の影を捉える。
「!!」
ルナがそこで見たのは、辛うじて、動く死体であったゾンビの拳を片手の平で防いでいたシャドウの姿であった。
「シャドウ!」
「ッツ……!!」
(なんッつー力してんだ! コレが死体だってのか!?)
攻撃は止まない、ゾンビは華麗にシャドウの手を軸に飛び上がり大振りした足を振り落としにかかる。
シャドウもすぐさま反応し、もう片拳を握り締めて殴りつけた。
ガボンッ!!
「……ッ!!」
ブシャア!! と血が噴き出す。
吹き出したのはゾンビではなくシャドウの拳からだった。
その勢いは止まず、もう片方の足を振り上げ出す。
(まずい……!!)
ガシャンッッ!!
不意にゾンビの片足に鎖のようなものが巻きつくと、ゾンビの体は勢いよく空中を舞い、壁の壁画に叩きつけられた。
「悪い、助かった」
彼を助けたのは、ルナの力であった。その鎖はどこからともなく彼女の背の空間から飛び出し、ゾンビを振り投げたのだ。
「お礼はいい。それより、アレは?」
「こんな場所で寝ていたっていうなら、大体の推測は付く」
「何?」
「聖人」
「聖人って……じゃあ」
シャドウは大きく咳払いをするとともに立ち上がり、話を続けだした。
「ああ。聖人ってのは、いわば神から恩恵を授かった人間……ってのが相応しいからな。ま、端的に言うなら異種の能力と飛躍した身体能力ってのが一番説明しやすいよ」
「でも、なんで……?」
「アイツに触れたとき、一瞬だけアイツを解析したんだ。その時、体内にある魔術残痕が見つかった。使用したのは直前。つまり、転生と再生をしようとしてるってとこか」
「ちょ、ちょっとまって! 今の一瞬で!?」
「まあ、色々言いたいこともあるだろうけど、とりあえず後回しだ」
シャドウは懐に忍ばせていた大型ナイフを取り出す。構えを取り、壁画に刺さったゾンビを一目して放った。
「とりあえず、目的はあのゾンビを倒すこと。今はそれだけだ」
「……わかった」
彼女は、少々取り乱しかけた息を吐き捨て直し、また奴を見つめる。
「ただ、後で説明して」
「……ああ、了解」
謎の遺跡。
鍾乳洞の下に広まる巨大な空間。
そして、死したはずの聖人。
その全てを終わらせる為、この脅威に立ち向かい始めた。
*
私は、覚えていた。
忘れもしないあの時の光景を、忘れずに覚えていた。
否。忘れるはずもない。
何故なら、それは私のとって生涯で最も、忘れるはずもない。どんな時でも、どんな瞬間でも、私はあの一瞬を忘れはしないだろう。
例え幾度と在る困難に出逢ったとしても、例えどんな絶望を見てきたとしても、私はあの瞬間があったからこそ、今でも瞼の裏に鮮明に映るあの瞬間があったからこそ、私はまだ立ち向かえる。
だから、絶対に忘れるはずがない。
その生涯、血と黒に塗りたくられた道を一人で歩んでいたとしても、あの瞬間が最初で最後の幸福だったからこそ。忘れるものか。
何故なら、
あんなにも、真っ白な記憶だったから……。