第一節
シャドウは、もう一度すべての壁画を眺め直した。
その全てを見て、彼はルナに一言、言った。
「これは、歴史画だ」
「歴史画……?」
「正確には今までの歴史の一部を絵にして残す。古典的だけど、まあ、昔の人間がする事ともなれば納得がいく」
「なら、なんでさっき、あんなに動揺してたの?」
「……、」
大きく息を吐き捨てる。
唾を飲み込み、呼吸を再度整える。
「これら全てが、未来で起こりうる現象を描いたものだったからだよ」
「……ど、どういうこと?」
さすがのルナも、少なからず動揺した。
だが、その反応が解っていたかのように、彼は説明を続けだした。
「いや、正確には、過去の時代にとっての未来。俺達からしてみれば数年前の出来事だけどな」
「?」
「スマン。もうちょっと分かりやすく説明するよ。この遺跡たちは目測でも数十世紀も昔に作成させられた遺跡だ。つまり、それだけの昔の時代に何者かの為か、何者か本人が作った遺跡だった。そしてそこらへんの壁画は、今からこの遺跡建設時以降から、現在近くまでの歴史を模した壁画だってことだ」
つまり、と彼は自分の中で点を付ける。
彼が求めていた『聖人』の持つ能力。そして、それがどれほどの規格外さを秘めていたのかも、ある一言で完結づいた。
「未来視の能力……か」
「み、未来視?」
「そ。でも、少し特殊な未来視だ。多分、この聖人の観る未来は〝その瞬間の中で最も大きな出来事を観測する〟ことなのだろうな」
「……なんで、わかるの?」
「……まあ、そうだな。そうでならないと当てはまらないというか……」
(アレを見せ付けられて、そう思わない方がおかしいよな)
「……、」
「……、」
静寂があった。
互いにその現状を深く思案していた。
根底的に規格外の出来事に鉢合わせてしまったため。そして、シャドウはさらにその先に起こりうる事象への推測。
ただそれだけの事柄を考えるだけの時間が、今その静寂と共に欲しかった。
ただ、静かな中で考えようとしていた。
―――だが、その沈黙を許さないそれは、彼らの状況を大きく狂わせた。
ガコンッ!
音がした。
一寸、確かに音がした。
ルナとシャドウは同時に振り返る。
それは、祭壇の上にある柩の中から聞こえてきたのだ。……いや、正確には柩の蓋が冷たい地面に落ちゆく瞬間を、確かに彼らは目にしていたのだ。
ぐらり、ぐらり、と。
何かがその柩の中から姿を現そうとしていた。
それは、余りにも彼らの認識を超えた何かだった。
確かにそれは、柩の中から枯れた手を伸ばし、端を掴む。肉のない腕に力を込め、ぐらり、と体を起こし上げる。
遠目からでも、その枯れ果てた姿は何かを認識した。
肉は皺しかなく、骨が露出して見えるかも知れないと思うほどの細さ。それはやせ細り過ぎと言っても過言ではなく、確かにそれは枯れた何かだった。
そう、既に動くはずもない、枯れ果てた死体が。
動くはずもない肉体が、ゆっくりと視線の先で動き出していたのだ。
「……ッッ!?」
「有り得て、いいのか? こんなことが……ッッ!!」
もし、そんな魔術があったなら、どこにその仕掛けがあっただろうか?
もし、生きていたと仮定しても、あの体で動けるだろうか?
ありえない。
この言葉が今言葉にして表すのであれば、どれほど状況にあった言葉だろうと思ったほど……。
動き始めた死体は、柩を出るとその場で立ち上がる。
指を動かすだけで、コキコキッという骨の擦れる音が遠くとも耳に入った。
「ゾ、ゾンビ?」
「さあ、どうだろうな」
シャドウとルナは今現在の距離から、彼を見続けた。
どう動く?
攻撃するか?
ここから逃げるか?
何をするつもりだ?
疑惑があった。
初手を探っていた。
だが、その刹那。
……ブオンッ!!
音を置きざるように目の前から動く死体は消え、音が後からやってきた。
ただ、認識したときには遅かった。
奴は……ゾンビは、既にシャドウの懐にまで近づき……、
「なっ?!」
構えた拳を彼に叩きつけた。
ドゴォォォンッッッ!!




