第四節
「……これは」
銀霊シャドウは、多少困惑した声で吐き捨てた。
鍾乳洞にあった謎の洞窟。
小さな小穴をくぐり抜けた先にあったのは、或る一つの建造物であったのだ。
それは確かに過去の人間が作り上げたような遺跡ではあった。こんな場所に存在するものが遺跡であるという断定は、数周すれば理解できることではあるのだ。
だが、その予測をはるかに上回ったのは、その建造物の場所であった。
「……建物の、中?」
「ああ、確かに此処は遺跡の中だ……。だが、過去の人間が鍾乳洞の小さな空間を発見して、そこを自身たちの居住区に変えるなんてな。想像もできない」
「どうして?」
「洞窟の中は、多少手を加えるだけが本来のあり方だ。現代的な知識がなければ、手を加えようとして洞窟そのものが崩壊する恐れがある……いや、多少できても、だ」
そう、その想像を絶した意味はその規模にあったのだ。
水晶入り混じる鍾乳洞の中に、まるで宮殿を洞窟に接続したかのような設計。そう例えたくなるような、余りにも大きすぎるこの遺跡。それ以上に、まだ先がある。
過去にこんな発想はできなかったはずなのだが、確かにその片鱗が今此処にはあった。
「……進む?」
「そうだな、立ち止まっていてもしょうがない」
シャドウは、自分に喝を入れ直し、進み始めた。
中は余りにも明るかった。
唯それは、外から入る光源でもなければ、内側に灯る火の光ではない。
水晶の光源を、余りにも巧みに使われた設計であった。
外にある鍾乳洞の水晶から満ちる光を、態々遺跡の各部から突起した水晶に射し込ませ内側を照らす。鏡の光の反射の応用ではあるのだろうが、唯それだけではない。
特別な発光する鉱石をまるで松明のように各場所に点在させているのだ。
「それにしても、すごい場所……」
ルナは、小さく吐き捨てた。
彼女の経験にもこのような場所はなかったのだろう。否、そうでなくても、この場所は余りにも規格外なのだ。知っていても、多く見たというわけではないはずだ。
「この遺跡、どうやら最初の間は玄関口というところなんだろうが、どういう設計なんだ?」
「廊下、そこそこ長かった」
「確かにな、そう考えると、ここは鍾乳洞の地下丸々使ってるらしいな」
「こんな場所、わかるわけがない」
「俺もだ」
「……こんなところに連れてこようとしてたんだ」
「違う! ……いや、違わないが、俺だって予測できるか!!」
「本当?」
「当たり前だ。そもそも『山の中にあった鍾乳洞の真下に大きい遺跡を作りました』なんていう歴史人がいたら寺子屋の教科書にだって書いてあるだろ」
「寺子屋?」
「ん? あぁ、こっちでは学校だったか? スクール?? まぁいいか」
「??」
「気にするな」
「……うん。あ、そろそろ」
廊下の終わりが見えてくる。
そして、彼らは廊下の終わりと同時に目にしたのだ。
そこは、大きな宮殿のような場所であった。
城の大広間かのように広がるその空間の壁には、敷き詰められるように岩から彫られた絵画のような物が敷き詰められていた。地上には光源の為の鉱石の台が幾つも点々と置かれ、まるで美術館に飾られた絵を眺めみるような、展覧会のような場所だったのだ。
「……広い」
「あぁ、確かに広いな……この真上が鍾乳洞だったとしたら、本当にこの場所は何なんだ?」
「でも、何かな。これ」
「何かの絵らしいな。他にはないか?」
「……、奥に」
ルナの言葉に、シャドウが奥の方を見据えると、そこは数段の階段の先に何か台座のようなものが設置されていた。余りにも広い空間のためか、その台座の上に何かがあるとは目視できるが、それが何かは解り得なかった。
「……よく何かが置いてあるって気が付けたな」
「?」
「……俺、何か変なこと言ったか?」
「いや、見える、よね?」
「え、ああ、そりゃぁ……??」
ルナは困惑した。
まるで協会の祭壇のように、そこに鎮座する何かを、シャドウは最初に気にとめなかったことだ。それは余りにも存在感を出していたのにも関わらずだった。
大広間の壁一面の彫り絵や、松明変わりの鉱石台を差し置いて、ただ先にある祭壇のような物に気をとめなかった。
絵の方に気が行ったとしても、その存在自体は多少認識しても良かったはずだ。
ルナ・シュヴェルツェは、今はっきり、シャドウに何かしらの違和感を感じていた。
そして、その異常はシャドウ自身も理解する場所であった。
シャドウは、彼女の話を聞き終わるなり、又彫り絵の方に向き直る。
彼は、その絵に何か気がかりがあったのだ。
自分の記憶の片隅に、何かが残っていたのだ。
「なんだ、この絵たちは……俺は、気になる、のか?」
戸惑っていた。
その何かが解らずに戸惑っていた。
自分の中で何かが引っかかるような気がして、だがそれが何なのか解らずに、理解に苦しんでいた。
唯々、自分の中で、それが気になって仕方がなかったのだ。
そして、その理由は明白になっていった。
「……、」
シャドウは、突然言葉を失った。
ただその場所で、その絵を一点に見つめていた。
気がついたのだ。
気がついてしまったのだ。
その絵が何なのか。
その絵が何を示すのか。
だが、それはあまりにも理解し難かった。
だが、そうであるという現実が今まさに彼に突きつけられていた。
「……シャドウ?」
ルナは、彼が何かおかしいと悟った直後であった。
そう、ただそう声をかけて近づいただけだった。
そして、見た。
彼は、汗が出ていた。
彼は、目が一点だけを見つめていた。
彼は、目が大きく見開いていた。
彼は、硬直していた。
彼はまるで、蛇に睨まれた蛙のように、ひどく何かに怯えているように見えた。
「シャドウ!」
「ッ!?」
シャドウは、今日初めて彼女の大声を聞いた気がした。
結果、意識が現実へと戻ってくる。
シャドウは息を大きく乱しながら意識を取り戻し、自分から息を整え始める。
この瞬間だった。
彼はこの瞬間、この状況を全て理解した。
ここにあるもの。
この状況。
不可能の現実化。
それら全てを、理解した。
「す、すまない……」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ、大丈夫……」
「そう……」
シャドウは大きく息を吸い、吐き捨てる。
そして、
「ルナ。今の状況を、説明するよ」
彼は今、改めて知った。
―――神の力の片鱗というものの、その恐ろしさに……。