第一節
「……、」
天井を見る。
シャドウは、ルナを抱きかかえて瓦礫の上に転がっていた。
事態は、容易に言葉にできた。
シャドウは亀裂が向かってくる瞬間、ある憶測をしていた。
『この亀裂の先には何かがある』のだと。
憶測ではあったが、確実ではなかった。もし万が一にも蟻地獄のような現象であれば底に行ったところで窒息死は免れない。
だから、観察した。
亀裂が迫って来るその間に、シャドウはその亀裂を観察していたのだ。
理由はもちろん、底があるか否か。
そして同様に懸念もあった。
ここでチャンスを逃せば次はないという懸念だ。
ここを出れば洞窟ごと崩れ落ちる。その想像に至った彼は、曖昧な確証のまま、彼女を引き連れて飛び込んだのだ。
その結果、彼は亀裂の先にある、とある空間に落ちてきた。
その後の説明として言えば、彼女を庇って下敷きとなり、瓦礫から守った。ただそれだけだったが、胸の中にいるお姫様はというと、そのショックで気絶してしまっている。
「……、」
シャドウはその身を動かし始める。
なんとか無傷のままでいてくれた少女を安全な地面の方に寄せ、体を起こし周りを見渡す。辺りを見渡せば、そこは遺跡や洞窟などではないと理解できた。
天井から突起した氷柱のような岩。その先から滴る乳白色の液体。さらにはその液体のせいか白く変色した岩。天井から射す光もないのに、ところどころに岩とは違い露出している鉱石の数々が光輝き光源のいらない程度には見渡せるその場所。
「鍾乳洞、か……」
彼の結論は正しかった。
どうやら、地下深くの鍾乳洞まで彼らは落下してしまっていたらしい。
(こんな場所がこの街にあったのか……此の鉱石、水のような色をしているが氷ではないな……)
「ッッ!? ガホッ!! ゴホッ!! ……ゴガッッッ!!」
突如シャドウは、急な吐き気に襲われたかのようにむせ返す。
瞬時に指を喉の奥にへと突き刺し、嗚咽を漏らしながら血の塊を吐き出して気管を確保し、呼吸を整え始めた。ベチャリッと地面に落ちた彼の血の塊は、まるで粘着質の塊のようにそこにブヨブヨと固まっていた。体を動かさなかったから良かったものの、動かしたと探求に襲われたのだろう。
(さっきの落下の衝撃で体にダメージが入ってたか……当たり前だな)
先程の噎せ返す様な席とは裏腹に、シレッと分析を終えると、息を整え口についた血をぬぐい取る。そもそも、当たり前なのだ。
彼は、上を見上げる。上までは遥か高く、ただでさえ巨大な石造物をこの空間にいれても余分が残ると思えてしまうような巨大空間。その天井を見ても、先ほど自分たちが落ちてきたはずの洞窟の場所は見えない。いくつか転々と空洞が上にあるのは目視できても、亀裂のような場所が見当たらないのだ。到底とは思えぬ高所からの落下。そんなところから落ちれば、そもそも生きていることさえ難しいだろう。
「そういえば、元々標高が高かったんだよな。それでいて地中深くにあるはずの鍾乳洞……俺たちは山から谷にでも落ちたのか?」
容易に言ってはいるが、先ず助かる見込みなんてものはない。
それでも結果的には助かり、さらには一人の少女をほぼ無傷で救出できたことに理由をつけるのであれば、それは彼が多く経験してきたからなのだろう。
その有象無象たる、死線を。
「……んんっ」
ルナが、小さく声を漏らす。
意識が回復したのか、ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
視界には巨大な鍾乳洞の空間と、ポツンと佇みこちらを見据えるシャドウの姿があった。
「ん、起きたか……?」
視線が、すごく冷たいものになっていた。
ルナの目が、ジトッとシャドウを睨むように見つめていた。
「……死ぬところだった」
「あー……スマン」
「許さない」
「本当にすみません……」
「……、」
「あ、アイス?」
「許す」
「物ねだるのやめないか?!」




