第十四話(アズミからのメッセージ)
ぼくは、薄暗い部屋のなかで、電話の内容をひとつひとつ思い出す。
「行徳亮平さんですか?」
電話の相手は尋ねた。
ぼくは「…そうですが…、」ととまどう。
「わたくし、篠田アズミの母でございます。行徳さんにお伝えしたいことがありまして」
ぼくの心臓は、これまでにないほど、どくどくと波打っていた。いったいなにが始まるんだ?!
アズミの母親は、一息ついてから言った。
「失礼ですが、行徳さんは、うちの娘とお付き合いされていたのでしょうか」
「……はい。いま、しています」
ぼくの緊張は、頂点にたかまっていた。
「そうですか。…じつは、アズミは6日まえの深夜、亡くなりました」
「えっ?…………」
その後、ぼくは、自分がなにを言ったのか、よく覚えていない。ただ、
「どうしてですか?」「ほんとうに?」をバカみたいに繰り返していたように思う。
「アズミは、5日まえの早朝、自室に面したベランダで倒れているのが見つかりました」
「解剖によると、心臓麻痺だったそうです。自室には食べたあとのカップラーメンが残っていました」
「おそらく、深夜眠れずラーメンを食べたあと、ベランダへタバコを吸いに出たのでしょう。わたしたちとしても、ほんとうに残念な気持ちです。――」
ぼくは、焦点の合わない目で、テーブルの上の睡眠薬の山をぼーっと眺めた。
アズミがこの世にもういないなんて、3日経ったいまでも、まったく信じることが出来ない。
「アズミの机を整理していましたところ、いちばん目につく最上段の引き出しに、メモ書きがありました。『万が一、わたしが死んだらこの人に連絡してください』と、そこに行徳さんの連絡先が書いてあったんです。それで、行徳さんにお電話させていただきました。――」
アズミが、自分の死期を悟っていたというのか?いや、そんなことがあるはずがない。
でも、彼女が飲んでいた薬の量は、確かに、いつ死んでもおかしくないくらいのものだった。
「ぼくが悪いんだ」
ぼくは、部屋のなかでひとりつぶやいた。
「ぼくが、アズミを止められなかったから……」
ぼくは、胸にこみ上げてくるものを抑えきれずに、ふたたび、大声で吼えるように泣き始めた。
アズミ、ぼくのいちばん大事な人。
もう、きみに、ぼくは緊急電話を出来ないの?
薬に依存は駄目だけど、わたしに依存ならうれしいわって、きみは言ったじゃないか。
ぼくは、きみに依存していた。
きみだけを愛していた。
アズミ…アズミ…。
まだアズミの匂いの残るクリーム色のコートを抱きしめながら、ぼくの胸は激しい痛みと悲しみでぐしゃぐしゃになった。
……何時間、そうしていたかわからない。
やがてぼくは、涙も枯れたうつろな目を上げて、壁のクリップボードを見た。
そこには、エリック・クラプトンの歌詞があった。
それは、ぼくがアズミに歌ってあげるはずの、あの曲だった。
”Tears in Heaven”…
「ぼくは強くなくてはならない、このまま生き続けなければならない。
ぼくは天国にいられる男じゃないから」
その紙は、まるでなにかの暗示のようにぶら下がっていた。
神さま、これはアズミからのメッセージでしょうか?