第十二話(突然の別離)
ぼくとアズミが同棲を始めてから2ヶ月が経ったある日のことだった。
いつものなんでもない朝、ぼくはギターの弦を買いに、楽器店へ行っていた。
「――お父さんに、家に連れ戻されたの」
最初、電話を受けたとき、ぼくはアズミの言っていることの重大性が、すぐに理解できなかった。
「なに、どういうこと?」
「病院に行ったら、待合室にお父さんがいて」
「えっ?!……」
「それで、いま家にいるの。亮平のことは言ってない」
ぼくらは、ぼくの用事がすんだあと、病院の待合室で落ち合うことになっていた。
「お父さん、待ち伏せしてたのか」
「そうなの。…お父さん、なにも言わずに、わたしを車のなかに引っ張っていって」
「大丈夫?殴られなかった?!」
「平手で一発…それ以後なにも言わないし、なにも聞かないの。…それが、余計こわくって」
「アズミ…」
「お母さんは困った顔してるし、わたし、部屋にいることしか出来なくて…」
「それで…」
「亮平、わたし…、しばらく外に出れないと思う」
「―――…」
「亮平、ごめん」
ぼくは、気をしっかり持て、と自らを励ましながら必死で言った。
「アズミ、大丈夫だよ。ぼくら絶対、近いうちに会えるよ」
「うん、亮平」
「なんかあったら、緊急電話してこいよ。絶対だぞ?」
「うん、亮平も…」
「ぼくらは、何があってもちゃんとつながってるんだから」
「…うんっ……っ」
「泣くな」
そう言いながら、ぼくも病院の入り口で、人目もはばからず泣いていた。
アズミと突然別れることになってから、ぼくは抜け殻になっていた。
アズミのいない部屋…。ぼくにとって、それは辛すぎる。
ぼくは、アズミが残していった服や、マフラーなんかを、ときどき眺めてはそっと抱きしめた。
アズミ。早く帰ってきて。ぼくは痛むこころを抱えて、毎日祈っていた。
「――すぐ、そっちへ戻るから!」とアズミは電話やメールやチャットで、ぼくを励ましてくれた。
しかし、事態はそう簡単でもなかった。
ぼくは、まず、自分が立ち直らなければならないということを悟った。
こんな、薬物中毒みたいな人間を、厳しい警察官の父親が、許すわけがない――。
「おい。なんか、仕事ない?」
ぼくは、かつての同僚サカキに連絡した。
「らく〜な仕事が一つあるよ」とサカキは忙しそうに言った。
「それ、頼むよ」
そしてぼくは、少しずつIT関連の仕事を始めるようになった。はっきり言って、それはきつかった。ぼくは、ほとんど毎日のように出入りしていた《ギター大好き!!の集まり》にも行けなくなってしまった。
でも、それ以上に、ぼくには大事なものがあった。
アズミ、待っててくれ。ぼくは、きみを必ず、迎えに行くから。――