マウントレーニアとMR人
戦記っていうジャンルを初めて選択しました。人からしたらそうじゃないかもしれませんが、でも私にとっては間違いなく戦記でしたので、入れたんですよ?
ファミリーマートでマウントレーニアを三本買ったその帰り道、僕はそれの中の一本を袋から取り出し、ストローで飲みながら歩いていた。
マウントレーニアはおいしかった。
姉は甘すぎるといったけど、でもこういうのはどれもこれも甘いものだ。
「じゃあ、ノンシュガーのやつにすればいいじゃん!」
僕が姉に言うと、
「それはなんかちげんだよな・・・」
と姉は言っていた。そう言う姉はなんだか苦い顔をしていた。
・・・しらんがな。
僕はその時、マウントレーニアを飲みながら、信号を待ちつつ、そんな平和な平和な平和ボケみたいな回想をしていた。ゲームで言えば、冒険してダンジョンを進めるのを一旦やめてスタートメニューの画面に戻り、そこでギャラリーの絵を見ているような平和な時間だった。
・・・、
「・・・あがっ!?」
突然、僕の背中に衝撃が加わり、僕は道路に倒れこんだ。夜であまり交通量の無い道路だったから僕は運よく四輪駆動車に轢き殺されずにすんだけど、でもだからといって危ない、いや危ねえことには違いなく、僕は倒れた瞬間ヒヤリハットした。ちなみに僕が倒れた路面のアスファルトもヒヤリとしていた。
「・・・何をするだァ――――ッ」
許さんッ!そんな熱い想いを胸に僕は倒れたまま後ろを振り返った。きっと誰かに押されたか、傘の柄で殴られたか、とにかく僕はそんな想像をしていたわけだ。あと人を押すなんていうことをするのは子供だと思っていた。だから『子供め!虐待も厭わない!』って思って振り返ったんだ。もちろんバーゲン会場だったら違うよ?おばさんがとんでもない勢いで突っ込んでくるでしょう。ラグビーだってなんかごつごつした防具をつけた人が突っ込んでくるし、ビックサイトでは各々の用途に合わせたマニアックな人が突っ込んでくる。
でも、
そこはバーゲン会場でもラグビーの試合でもコミックマーケットでもコミケットでもない。
普通の道路だ。夜の。交通量の少ない。信号がある。普通の道路だったんだ。
だから僕は塾帰りの子供かなんかが、塾のストレスかなんかで僕のことを押してきたのかと思ったんだ。せいぜいが傘の柄でぶん殴ってきたとかそれくらいのことしか考えていなかったんだ。『今度のテストで学年十位に入るためにみんゴル禁止』って親に言われたバグッた子供だと思っていたんだ。
だから、
地面に這い蹲りながら顔だけで振り返ったとき、僕の心は折れた。ポキィって鳴って折れてしまった。
・・・、
そこにはおそらく人間が立っていた。
・・・、
それ以外どのような説明をすればいいのか僕にはよく分からない。しいて言えば、服装は普通だ。まあこの時期暑すぎるんじゃないかと思えるジャンパーを羽織っていた。まあ普通。そんで中には黒いトレーナーを着ていた。これも暑いけどまあ普通。下は紺のスラックス、まあこれは普通。足元はサンダル、健康サンダル、まあ無くはない。
でも、ここからがたぶん普通じゃない。
その人間型の生き物(たぶん男)は片手に鉄パイプ、片手に包丁を持っていた。
バブルヘッドナースにたとえたら1と2をハーフアンドハーフみたいな感じだった。まあ、正確には1のはバブルヘッドナースじゃないらしいけど・・・。
あ、で、もう一個。
その人間型は自分の顔中にマウントレーニアの『必ずもらえるしあわせギフト』のシールを貼っていた。
「・・・」
死ぬほど貼っていた。
もう死ぬほど。
満天の星空以上に満天に貼っていた。
北東北出身の僕は、お盆などに実家に帰って『夜のピクニック』ごっこ等をすると空には本当に満天の星空が見える。
綺麗なもんだ。
ああいうのはたまに見ると本当に心が洗われる。
泣く。
・・・でも、その人間型の生き物は僕が実家で見た満天の星空以上に満天に隙間なく自らの顔面に『必ずもらえるしあわせギフト』のシールを貼っていた。それがそしてそこに立っていた。黙って立っていた。
「・・・」
だから僕の心は本当に容易く折れてしまった。心がポキッとね。うん。まあ感情的には空手家の蹴りでおられたバットみたいな感じだけどね。うん。
バキッ!!
っていう感じ。で、断面もブサブサみたいなね。うん。
・・・
「・・・おい、よこせ」
僕が相変わらず地面に這いつくばったままその満天を見ていると、満天は突然口を開いた。
「・・・よ、横瀬?」
・・・僕は横瀬ではない。高瀬に知り合いはいるけど・・・。
満天は口を開く可動部の所にもシールを貼っていた。それでその満天は少し喋りにくそうだった。しかもよくよく見ると全体としては緑のシールなんだけど、でも所々にちゃんとピンク色のシールも存在していて、
それが僕にはたまらなく恐ろしかった。
次の瞬間『ガキンッ!!』といって僕の顔の面のすぐ脇に何かが叩きつけられた。
見るとそれは例の鉄パイプだった。
ぴおおおおお!!
「よこせえええ!!!」
僕が驚きまくっていると満天は叫んだ。
ああああああ!!!
僕は心の中で叫んだ。こんな時ですら近所迷惑を気にして大きな声で叫ぶことができない自分がとても小さく思えた。カラオケボックスだったら叫ぶのに。もうのどちんこがどっか行って地球一周して帰ってくるまで叫ぶのに。ああカラオケに行きたい。一人で行きたい。誰のことを気にすることもなく一人で好きな歌を死ぬほど歌いたい。ああ行きたい。今日行きたい。今行きたい。今、今行きたい。
すると、
「いぎいぎいいい!!」
満天が僕の腹を蹴り上げた。
「おぺぺぺっ!!」
僕はその瞬間に現実逃避のスイッチを切られて、そんでカーペットでも敷くみたいに地面をいくらか転がった。
「おげえええ」
痛かった。第一蹴られたことなんかないし、蹴られる人生を送ってきたつもりもなかった。
・・・あ・・・。
・・・でもあったわ。小学生の頃先生に蹴られたことあったわ・・・。
・・・たしかあの時は僕が何か悪いことしたんだ・・・。
でも、
今はどうだ?
僕は何かしたのか?
何をしたというんだ?
コンビニ強盗?万引き?殺人?レイプ?脅迫?信号無視?
何もしていなかった。
少なくともいきなり蹴られるようなことはしていなかった。
だから、
僕は、
立ち上がった。
そして、
「・・・僕、なにかしました?」
満天に対峙した。
しかし、
「よこせ・・・それをよこせ・・・」
満天は僕となどコミュニケーションをとる気など無いみたいで、ただ僕の方を包丁でさして横瀬横瀬と言っている。僕は横瀬じゃない。そんで高瀬しか知らねえ!
「・・・あんた何なんだ?」
僕は言った。
「・・・俺はMR人(マウントレーニア人)だ・・・はやくよこせ・・・」
コミュ障か?いい年して・・・。
・・・、
・・・あ・・・『よこせ』・・・?
何を?
僕が今、持っているものは・・・、
僕は自分が手に持っている袋を見た。
それはさっきファミマで買ってきたマウントレーニア三本だ。正確には袋に入っているのは二本だ。一本は飲みかけで脇に転がっていた。ちなみに転がっていたのはカフェラッテ。だからカップの上には緑の『必ずもらえるしあわせギフト』のシールが張ってあった。
あと袋に入っているのは『ノンシュガー』と『薫るエスプレッソ』。
ノンシュガーの方はカフェラッテと同じ緑。薫の方がピンク色。計三枚のシール。僕は『必ずもらえるしあわせギフト』が欲しくてシールを集めている。
そして今日で50枚を越すのだ。
だからもうすぐジャーが手に入る。
ジャーが手に入る!
「・・・これか?僕のこの三枚のシールが欲しいのか?」
僕はファミマの袋を指差して言った。
「・・・そうだ。それで『ジャー』が手に入る。だから寄越せ。殺されたくなかったらはやく寄越せ・・・」
MR人は言った。
「僕だって集めているんだぞっ!」
「お前はまた買え!それとも殺されてもう何も買えなくなりたいのかっ!」
MR人は包丁を振り回しながら叫んだ。
その光景は僕にパーフェクトダークの『リーパー』を思い出させた。
あと『死ぬ』って感じのこと。
あとここで死んだら、確かにもう買う買わないじゃないなってことも多少。
「・・・あんたも『ジャー』が欲しいのか・・・」
僕は言った。
「・・・そうだあ!そうに決まっているだろ!俺はしあわせギフトをもらって幸せになるっ。幸せになるんだあああああ!!!」
「・・・わかった・・・」
僕はファミリーマートの『資源を大切に』って書いてある袋を地面に投げた。
資源を大切に。
そうだ。
命には代えられない。
それに命を賭けてきている奴に、MR人に、自分は敵わない気がした。
何よりも命あっての物種だ。
「・・・そうだ・・・それでいい・・・そこを動くなよ・・・」
MR人は包丁を振る手を止めて言った。
「・・・」
僕は手を上げていた。降参のポーズ。
「・・・うへへ、うへ、うへへへへへ・・・」
MR人は袋に近づいていく。
「・・・なんでジャーが欲しいんだ?」
僕は降参のポーズのままそれをMR人に聞いた。
「・・・決まっているだろ?・・・『ヤフオク』で売るんだよ・・・それで俺は幸せだ・・・」
「・・・」
その瞬間、それを聞いた瞬間、僕の体は勝手に動いていた。袋を取ろうとしてしゃがんだMR人の満天の顔面に飛び蹴りを食らわせていた。何も考えていなかったと思うけど、でももしかしたら蹴り技の得意なポ●●ンがその時心の中にいたかもしれない。
僕はファミマの袋と転がっているカフェラッテの飲み掛けを掴むと、
「・・・そんな奴がMR人なわけあるかああ!!」
そう叫んで、その場から走って逃げた。
「殺すうう!!お前えええ!!!ぶっ殺すうううう!!!殺してやるううう!!!」
後ろから叫び声が聞こえた。
追ってくる音も聞こえた。
でも、
あんなのよりも自分の方がマウントレーニアを愛している度合いが強いことを証明する為、僕はここで死んでも捕まるわけにはいかなかった。
だから僕は走った。
振り向くこともなく走った。
生きて帰ったらカラオケに行こう。
絶対に行こう。
それだけ考えて僕は走った。
私も一人で孤独な戦いをしながらシールを集めているので、これくらい書いても大丈夫ですよね?




