喋るフィギュア
胸を触る触らないで二人がギャアギャア騒いでいたら、それを上回る怒鳴り声が工房の中に響いた。
「やかましい! 寝てられぬではないか!」
怒鳴り声に幸作とサンディはピタリと騒ぐのをやめ、怒鳴り声がした方を見た。
怒鳴り声がしたのはフィギュアが並んだ棚の奥。
「昨日は夜ふかしをしてあまり寝ておらんのじゃ。もう少し寝かせてくれぬか」
棚のフィギュアをかき分け、振り袖を着た黒髪パッツンのフィギュアがあくびをしながらひょっこりと出てきた。
「すいませんゼラフィーネさん」
「まったく……。巨乳だの貧乳だの下らぬことでよく騒げるものじゃ。しかも、喋るゴーレムぐらいではしゃぎおって」
振り袖フィギュア少女、ゼラフィーネが棚からヒョイと飛び降りて、テーブルに移った。
「喋るゴーレムならここにおるではないか」
ゼラフィーネは腰に手を当てて胸を張って鼻をフンとする。
「ここにおるって……」
幸作は複雑な表情をした。
「確かにゼラフィーネさんの身体はゴーレムですけど……。喋るゴーレムってより、髪が勝手に伸びる人形みたいなものだから、ありがたみが……」
「何を言うておる。わしがこのゴーレムを動かしたところで、勝手に髪は伸びんぞ」
「うーん。そうじゃなくて……」
何と説明したものか。
幸作は腕を組んで考える。
「えーと。フィギュアじたいが意思を持ってご主人様〜って言ってくれるのが良いのであって、ゼラフィーネさんのように魂が憑依したフィギュアがいくら喋っても、ただのホラーで全く感動出来ないんです」
ゼラフィーネはいわゆる幽霊だった。
実験に失敗し、魂と身体が分離してしまい、戻れぬうちに身体は朽ちてしまった。
入れる身体を探し、そこにちょうどよく好みの外見のゴーレムを作る幸作と遭遇し、幸作のゴーレムに憑依したのである。
「ふむ。分からん。わしには同じにしか思えんの」
やはりオタクじゃない人間には、この違いが分からないのだろうか。
「とにかく違うんです。あと俺の嫁フィギュアの石榴ちゃんに憑依するのやめてもらえませんか」
「嫌じゃ。今はこの身体がお気に入りなのじゃ。それに、幸作には身体を提供してもらう代わりに、住むところを与えておるじゃろうが。家賃代だと思え」
それを言われるとぐうの音も出ない。
ゴーレム工房にしているこの家は、ゼラフィーネの実験施設だった。
ゼラフィーネが幽霊になってずっと無人だったのだが、住むところがないことをゼラフィーネに話したら、幸作たちにこの家を提供してくれることになった。
「使う側になってみて気付いたのじゃが、他のゴーレムは無骨過ぎていかん。最近は大きいほどいいという風潮もあるようじゃが、外見は大事じゃな。その点で言えば、幸作のゴーレムの設計は大満足なのじゃ」
ゼラフィーネはにっこりと笑う。
見た目だけなら嫁が笑いかけてくれるという幸作にとって最高の状況なのだが、幸作があまり喜べないのは、やはり中身がゼラフィーネだからだろうか。
「はいはい。どうもどうも」
幸作はそっけなく返す。
「何じゃその態度は! 褒めているのじゃからもっと喜べ!」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「うむ」
ゼラフィーネは腕を組んで頷き、満足げに笑った。
「よし。気分もよくなったことじゃし、仕事でもするかの。ゴーレム紙へ魔力の書き込みが必要なのじゃろ?」
「それも聞いていたんですか?」
ゴーレムを動かすゴーレム紙だが、それには魔力による命令の書き込みが必要になる。
幸作やサンディにはそんな技術がなく、幽霊になる前はかなり高位の魔術師だったゼラフィーネに手伝ってもらっていた。
「かなりうるさかったからのう。とっくに目が覚めておったわ」
「あー……。すみません」
幸作にずっと騒いでいた自覚はあった。
「もう、よい。仕事を始めるのじゃ」
こうして各々テーブルの席に着いた。