巨乳貴族
「で、これがコンテスト用のゴーレム紙です」
「おっ。ゴーレム紙は用意してあるのか。助かるな」
ゴーレム紙とはゴーレムを起動させるのに欠かせない道具だ。
羊皮紙に魔法で全ての命令が書かれていて、ゴーレムはそれにそって行動する。
簡単に言えば、ゴーレムの中身が、羊皮紙に詰め込まれているのだ。
そのため、少しばかり値がはる。
幸作にも買えない金額ではないが、食費を切り詰める必要があるぐらいには高価なものだった。
端の反ったゴーレム紙を、サンディがテーブルに置く。と同時に、工房の扉が勢いよくバンと音をたてて開かれた。
「やあ、おはよう! 営業はしているかな?」
扉を開いたのは、赤い豪奢なコートと黒の長ズボンに身を包んだ、巨乳の女性だった。コートの中のベストが弾けんばかりの盛り上がりで、何よりも先に目がいってしまう。
幸作の目線も、そこに釣られていた。
「いらっしゃいませ。アデリーヌ様」
サンディが入ってきた女性、アデリーヌに挨拶をする。
その声にハッとし、幸作は立ち上がった。
「今日も可愛いねサンディ。朝から君の笑顔が見られたおかげで、幸福な一日になりそうだ」
アデリーヌはサンディにウィンクした。
「だが一つだけ不幸なのは、君が私のことをアデルと呼んでくれないことだ。私はアデルと呼んでほしいと言ったじゃないか」
「いらっしゃいませ。アデリーヌ様」
サンディは顔に笑顔を貼り付け、アデリーヌの部分を強調して言った。
「君は私の気分を一言で変えてしまう意地悪な妖精だな」
アデリーヌはため息を吐きながら、悲しげな顔で首を横に振った。高い位置でくくられたポニーテールが、同じように揺れる。
「いらっしゃい。アデリーヌ」
幸作がアデリーヌに手を差し出し、アデリーヌはその手をパシンと掴み、二人は握手をした。
「おはよう幸作。待ちきれなくて朝一番で来てしまったよ。私が注文していたものは出来ているかい?」
「ああ、バッチリだ」
そう言って、幸作は工房の奥にある横長のカウンターに向かった。
そして、カウンターの下から、頭ぐらいの大きさの箱を取り出した。
幸作は箱を持って、アデリーヌの前に戻る。
「なかなか良いものが作れたよ」
箱をテーブルの上に置き、幸作は箱の全面をスライドさせて開く。
「おおおおお!」
箱の中身を見たアデリーヌは、興奮の声を上げた。
「これは!」
箱の中には、メイド服姿のフィギュアが入っていた。
紅茶のカップがのったおぼんを両手で持ち、つんのめって前傾姿勢になっているフィギュアは今にもコケそうだ。
「し、しかも!」
アデリーヌは素早くしゃがんでテーブルの端を掴み、頬っぺたをテーブルにくっつけ、下からフィギュアを覗きこむ。
そこには、前傾姿勢になってヒラリと捲れ上がったスカートの中身があった。
黙って凝視していたアデリーヌが、スッと立ち上がり幸作の肩に左手を置いた。
「この細かい仕上がり。最高のゴーレムだよ幸作」
アデリーヌは右手で親指を立てて爽やかに笑った。
アデリーヌは変わった趣味を持つ貴族の娘として有名で、その趣味の一つにゴーレムコレクションがあった。
この世界では、ゴーレムは使うのが当たり前。観賞用にはしない。ゆえに機能面ばかりが追及され、見た目は疎かにされがちだった。
アデリーヌは偶然に幸作のフィギュアを見て、今までになかったゴーレムだと感激し惚れ込み、幸作のお得意様となったのである。
ちなみに、今のところ工房のお得意様は、アデリーヌのみだ。
「では、さっそく動かしてみよう」
アデリーヌはコートの内ポケットから、小さな羊皮紙を取り出した。
それを箱から引き出したフィギュアの額にくっつける。
羊皮紙は額に吸い込まれ、フィギュアの額にミミズがのたくったような文字が浮かび上がった。
アデリーヌはフィギュアの上で手をかざし、呪文を唱える。フィギュアの下に魔法陣が現れ、フィギュアが光に包み込まれた。
「きゃア!」
フィギュアが悲鳴を上げてコケた。手に持っていた紅茶のセットが、ガチャンと派手にぶちまけられ、テーブルの上を転がっていく。
「イタ、タタ」
フィギュアは立ち上がり、アデリーヌを見つけるとおじぎした。
「おは、ヨウ、ござイマス。ご主人、サマ」
そのあとは紅茶セットを回収すべく、テーブルの上をチョロチョロと動き回る。
「特別製のゴーレム紙なんだ。どうだい? 唸るゴーレムは今までにもいたが、これは喋るゴーレムだ。珍しいだろう?」
アデリーヌは興奮気味に話し出す。
「ゴーレムはただ黙々と作業していれば良いという者も多いが、私はゴーレムとお喋りがしたいと考えている。可愛いゴーレムとお喋りなんて最高だろう?」
「おう。そうだな!」
幸作もうんうんと強く頷く。
実は、幸作は動くゴーレムを見て、喋るゴーレムもいるかもしれないと、こっそり期待をしていた。
それが今、目の前にある。
フィギュアと喋れるなんて、前の世界では考えられなかったことだ。
可愛い嫁とコミュニケーションが取れるなんて、最高の世界じゃないか。
幸作は感動した。
「私はゴーレムをもっと身近なものにしたい。話して、抱き締めて、可愛い子ともっとイチャイチャしたい!」
アデリーヌは握りこぶしを作って叫んだ。
「分かる! 分かるぞ!」
幸作も叫ぶ。
「そうか! 分かるか! けれど、このゴーレム紙はまだまだ研究段階で、自由に喋ることは出来ないんだ。言葉を話すゴーレムの研究が進んだあかつきには、幸作にも技術の提供をしよう」
「おお! それは嬉しい!」
動くフィギュアを見ながら、このゴーレム紙を手に入れるには、どう交渉すればいいのかを考えていた幸作には朗報だった。
「アデリーヌ、楽しみにしている。是非とも成功させてくれ」
「ああ、約束だ」
幸作とアデリーヌは固い握手を交わした。
「さて、今回のゴーレムなんだが、金はすでに用意してある。今、この場で買わせてもらうよ」
「まいどあり」
「すぐ持ってくる」
アデリーヌは金を取りに外に出た。
幸作は紅茶セットを集め終わったフィギュアを箱にしまう。フィギュアは大人しく箱に収まった。
戻ってきたアデリーヌは、大きな袋と花束を持っていた。
「こちらは約束の金だ」
大きな袋をテーブルの上に置く。ジャラリと重たそうな金属音がした。
「そして、この花束はサンディへ。君の笑顔と比べれば花も霞んでしまうが、それでも君を花で飾りたい私の気持ちを許してほしい」
アデリーヌは花束から一本だけ花を取り、それをサンディのツインテールの根元にさした。そして、花束をサンディに渡す。
「では、また次の注文の時に工房に寄らせてもらうよ」
そう言って、アデリーヌはフィギュアの入った箱を持って、工房から出ていった。
アデリーヌがいなくなったとたん、工房の中が静かになる。
「良いお客さんだ」
ゴーレム紙の約束をして、ほくほく顔の幸作だった。
それに反して、サンディは眉を寄せて渋い顔を作る。
「……そうですね。あの女好きさえなければ」
アデリーヌは極度の女好きだった。
貴族の娘と言えば、不貞の疑いを避けるために、一人で男のいる場所には行かない。
しかし、アデリーヌに限っては、変わった趣味のうちの一つである女好きがあるため、その疑いは全くかからなかった。
むしろ、アデリーヌの家族はアデリーヌに男の影が出来ないものかと、アデリーヌの外遊びを推奨しているふしがあった。
「女好きだなんて、あの巨乳がもったいないな」
たわわに実るあの巨乳が、狩られる日は来るのだろうか?
「ちょっとご主人様!」
「ああ、すまん」
セクハラ発言だったと、怒った風のサンディに幸作は謝る。が、サンディの怒りポイントは違った。
「巨乳がなんだっていうんですか! 時代は貧乳! ペッタンコが正義ですよ!」
サンディは自信満々に自分の胸を叩く。
確かにサンディの胸はペッタンコだ。
ペッタンコだが。
「……ペッタンコも何も、お前の胸は競争にエントリー出来ないだろ」
男なのだから。
「そんなことないですもん! ほら! 触ってみてください!」
サンディは幸作に胸を触らせようと手を取ろうとしたが、幸作はそれを避けた。
「俺に男の胸を触る趣味はない」
「遠慮なさらず!」
サンディは幸作の手を追いかける。
「遠慮じゃない!」
すがりつくサンディを振り回しながら、幸作はサンディから逃げた。
このやり取りは、この後もしばらく続いた。
いつも通りの日常だった。