幸作と3Dプリンター
山と海に囲まれ、豊かな土壌で育ったリンデッド国アンサン。港街でもあるアンサンは交通の要として大きく栄え、素材の豊富さや流通の良さから多くの職人たちが集まっていた。
そんな街の片隅に、一風変わったゴーレム工房があった。
店の中は狭く、棚が壁一面に並び、その棚には女の子の人形が端から端まで飾られていた。
工房というより小売店といった内装だった。
「ご主人様! お仕事の時間ですよ!」
フリフリのメイド服を着たピンクツインテールの女の子が、中央に置いてあるテーブルに突っ伏してイスに座っている青年の背中を、両手で豪快に揺する。
「うーん。あと五分……」
「もう! ご主人様! 仕事の依頼が入っているんですよ!」
「ぐぅ……」
黒髪の青年は全く起きようとしない。
「……起きないと」
女の子は青年の耳に口を寄せ小声で囁く。
「ご主人様のフィギュアを全部売却処分しちゃいますから」
「やめろーーーーっ!」
青年は目をカッと見開き飛び起きた。慌てて棚まで行き棚を背にして庇うように立つ。
「俺の嫁に手を出すなー!」
青年は母親に宝物のオモチャを捨てらそうになっているのを止めるかのような必死の形相だった。
「嫁って何ですか! あなたの嫁はボクじゃないですか!」
「何を言う。断じて違う」
「ひ、酷い……。ボクはこんなにご主人様に尽くしているのに……」
女の子はよよよと力なくテーブルにもたれかかった。
「確かに感謝はしている。お前のおかげで異世界とはいえ、こうして生きていられるんだからな」
青年、土田幸作は一度死んだ。
家が火事になり、大事なものを家から運び出そうと家の中に飛び込み、そのまま燃え死んだのだ。
幸作はそのまま天に召されるはずだったが、そこで奇跡が起きた。
幸作は異世界で蘇ったのだ。
「そうですよ。ボクが神様にお願いしなければご主人様が生き返ることはなかったんです」
「だがプリ太。それとこれとは話が別だ」
「ちょっとご主人様。ボクはプリ太じゃありません! サンディです! いつも言っているじゃないですか!」
「いいや、お前はプリ太だ。3Dプリンターのプリ太だ」
「3Dのサンディです!」
プリ太ことサンディは頬をぷくっと膨らませて、幸作に不満を示した。
サンディは幸作が大事にしていた3Dプリンターの付喪神だった。本来、付喪神になるには長い年月を要するのだが、燃える家の中から救出しようとしたぐらい幸作が愛情を注いだ結果、年月をすっ飛ばして付喪神となったのだ。
この快挙に、神様は一つだけ願いを叶える権利をサンディに与え、サンディはその権利を、幸作を生き返らせることに使った。
すでに肉体を失っていた幸作を、同じ世界で生き返らせることはさすがの神様も無理だったようで、別の世界でならと幸作は異世界で蘇った。
「嫁なんて絶対に無理だ。なんせお前は男なんだからな」
「ボクだって本当は人間のメスになりたかったんですよぉ。でも、ボクはオスの身体で人化してしまいました……。だから、男でも良いじゃないですか」
「何がだからだ! 俺は良くない!」
その幸作の頑なな態度に、サンディは唇を尖らせる。
「昔はあんなに愛してくださったのにぃ」
「人聞きの悪いこと言うな! 俺が大事にしていたのは3Dプリンターだ!」
「ボクじゃないですか」
「ああ! くそ!」
この話になると最終的には堂々巡りになる。
「もういい! 仕事するぞ! 仕事!」
「はーい」
こうして、幸作のいつもの朝が始まった。