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ディストピア~滅びゆく世界の中で~  作者: 広崎葵
第3章 偽りの日々
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7

「おはよう、加代ちゃん大丈夫?」

「加代、心配したんだよ」


 何事もなかったかのように、奏と登校した加代は席に座った途端、そんな事を口々に言う女子生徒に囲まれた。口調や表情はまさにそんな様子を装っていたが、どうせ上辺だけの言葉であることは明らかだった。

 いけ好かない連中だと思いながらも、加代も不用意に感情を見せることはせずに、


「ありがとう、心配かけてごめんね」


 と形ばかりの笑みを浮かべてみせる。それから朝のホームルームが始まるまで、加代がいなかった間にあった誰某がこんな馬鹿な事をしでかしただとか、何々の教師がうざかったなどといった話を聞かされた。はっきり言ってしょうもない。

 ある程度の非生産的な会話はコミュニケーションには必要であるし、加代自身も楽しいとは思うがこの話はどこまでも非生産的で、つまらなかった。久しぶりの授業も、奏からノートを貸して貰っていたお蔭で難なくついていくことができた加代は無事、放課の鐘を聞いた。

 ほんわかしている様でいて、バスケ部のキャプテンを務めている奏は、華奢な身体にはやや大きめのスポーツバッグを肩から提げた姿で加代の机の前に立った。


「どげね。久しぶりの学校は?」

「ちょっと疲れた……」


 机に半身を寝そべらせながら返すと、「一週間もぐうたらしとったけえね。当然の報いじゃわ」と言いつつ奏が笑った。


「え、何それ。あたしが仮病だったみたいじゃん」

「違うん?」

「違う!」


 一瞬の沈黙の後、笑いがたがを吹っ飛ばして噴き出す。互いが互いをよく分かり合えているからこその笑い。もし話している相手が奏でなかったら、こうも笑うような結果にはなっていなかったろう。

 ひとしきり笑った加代は、笑い過ぎて痙攣を起こし始めた脇腹を抱えながら、浮かんだ涙を拭った。同じく涙を拭っていた奏と視線が絡まり、どこからともなく笑いの第二波が訪れようとしたとき「おい、何だよこれ!」と部活をサボってスマートフォンをいじっていた男子の一人が声をあげる。

 数人がその男子の手元を覗き込むうちに、また別の一人が「え、ちょ、何で?」と戸惑った声を出す。どうしたのと残っていた女子も群がり始める。

 誰かがネットへのアクセスが強制的に切られた、と答えると携帯を使っていなかった生徒も、興味本位からか各々に自分の携帯を取り出し、電源を入れる素振りを見せる。


「本当じゃ、繋がらん……て圏外⁉︎」


 奏のiPhoneのタッチパネルには、『インターネットにアクセスしていません』という表示が浮かんでおり、左上には圏外という文字がある。加代たちの地域は首都圏の外れの方だが、街の中心部ともなると地方の街よりは断然栄えているし、ネットへのアクセス状況も申し分ない。

 この学校は、街の中心部にある二十階建てのビルの十八、十九階の二階分を占領しているから、ネットに繋がらないという事態は万に一つ有り得ないはずである。

 何の前触れもなく空電ノイズが教室に響く。発信源は全員の携帯だった。ノイズは幾つかの強弱の波を経た後、ノイズの中からぼんやりと人の声が聞こえてくる。予想だにしなかった事態に全員の動きが固まった。


(……球……なさん、御機嫌よう。わたしは銀河帝国皇帝、ロベルト・パーシヴァル・レーモンドです。この放送は地球で使われている、全ての無線通信網を介して流れています。どうか、落ち着いてわたしの話に耳を傾けて欲しい。

 わたしは地球に住む皆さんに銀河帝国への降伏勧告をします。我々は現在、身を落ち着かせられる惑星(ほし)を探して、漂流を続けています。その最中に調査員が発見した見つけたひとつの惑星ーー地球はとても美しく、我々が住む上でも問題という問題はありませんでした。

 しかし、その地球には邪魔な存在がひとつだけあります。……お気付きの方も居るでしょう、そう皆さんです。皆さんは自らが生み出した武器さえも、満足に処分できないほど無力です。そして時には、環境を変えてしまうような許されざる兵器を未だに使うような皆さんは、我々からみればはっきり言えば野蛮人です。

 よって我々は地球に住む上で、あなた方と対等な関係を築き上げていくことは不可能であると断定したため、皆さんは我々の奴隷という立場で招き入れましょう。

 受け入れるかどうか、国家間で考える時間を与えます。……二十四時間後、我々は再度通信を入れます。しかし世界の中心だという合衆国の大統領からの応答がなかったり、要求が飲まれずあくまでも皆さんが抵抗するという場合は、我々は我が軍の力を持って進撃を開始します。

 あらかじめ言っておきますが、我々の科学力は皆さんの持つそれをゆうに超えています。抵抗するのであれば、そのおつもりで。では、二十四時間後に)


 誰も、何も言わなかった。それもそうだろう。いきなり携帯が使えなくなったかと思えば、こんな放送が流れ出したのだ。タチの悪い悪ふざけだと信じたいが、こんな手の込んだことがテロリストやらにできることなのか。いつ終わるのかしれない思索を校内放送のチャイムが打ち止めた。


(全校の生徒、教職員に連絡です。只今より緊急の職員会議を行います。部活動中の生徒は直ちに活動を止め、教室に戻りなさい。先生方は第一職員室にお集まりください)

「……うちらだけに起きた事やないみたいじゃね」


 うん、と力なく答えた声は掠れてしまったが、言い直す余裕はなかった。それは他のみんなにとっても同じ事で、畏怖の感情を露わにしていた。


 ***


 全天周モニターの正面には、刻一刻と迫りつつある白亜の船体が映し出されている。火星と木星の間に滞留している小惑星帯アステロイドベルトに身を隠すそれは、かつては銀河帝国軍宇宙艦隊旗艦であった航宙戦艦 《フリングホルニ》。今や銀河帝国が保有する唯一の戦艦だ。常時展開が原則であるはずのホログラムを取り払っているところを見ると、先ほどの地球圏に流していた海賊放送で言っていたことは本当らしい。

 ホログラムの皮を脱いだ《フリングホルニ》は全体を3Dスキャンするまでもなく、かつて沙耶が見た時とは形が変わっているのが見て取れた。その船体には沙耶が見たこともない艦が四方に固定されているのだ。

 新造艦。これらも戦争の道具なのだろう。沙耶は溜めた息を吐き出すと同時に、先ほど着たばかりの宇宙服のヘルメットのバイザーを開ける。汗と脂の浮き出た目頭を揉んでいるとヘルメットに内蔵されたスピーカーが騒ぎ始め、ノイズ混じりだった通信が徐々に明瞭になってくる。


(こちらは銀河帝国軍所属航宙戦艦フリングホルニ。貴官の所属を明らかにせよ)

「居住可能惑星調査隊所属パイロット、アリル・セシム、指標番号S-665。及び銀河間渡航型強行偵察用オートマタ《ケイオス》。本隊との合流を果たすべく参上した」

(……確認した。後部第六ハッチより入られたし)

「了解」


 通信を切った沙耶ーーアリルは、フットペダルを踏み《ケイオス》に前進を促した。全長三十キロという馬鹿げた大きさの《フリングホルニ》だが、その三分の一は推進器関係が占めている。残りの三分の二はといえば、オリジナルの遺伝子を持つ人間が長期冷凍睡眠装置で眠っている区画や、武器弾薬の製造工場、機械人形の実験機開発区画に充てがわれている。

 後部第六ハッチは確か、実験機が出入りするハッチだったなと記憶を探る。もっとも、自分が不在の間に大規模近代化改修フラムが行なわれ中身は様変わりしている可能性もあったが、そのときは圧縮学習装置で脳内メモリーに上書きすればいい。

 艦橋の上を行き過ぎると、ガイドビーコンが灯り第六ハッチへ誘導する。高度を下げて甲板すれすれで飛行していくと、内からぼんやりとした光が溢れている場所ーー第六ハッチが近くなってくる。

 羽の様に展開していた重力制御ユニットを閉じた《ケイオス》は、第六ハッチの管制官の指示に従いながら縦横八メートルほどのハッチをくぐった。

 床に踵裏のフックをかませ、機体が安定したことを確認してから周囲の様子を窺う。『未確認機体 データベース上に該当する項目なし』と、ポップアップ表示されている数体のオートマタが整備用ハンガーに身を埋めるそこには、作業用宇宙服を着込んだ大勢の人の姿がある。自分の担当している実験機の周りで、設計図らしきものを片手に何事か話しているようだった。

 ハッチが閉められて内部に空気が充填されると、レーザー溶接機を担いだ作業員がレーザー光を閃かせ火花が爆ぜる音や、実験機のアクチュエーターの駆動音を《ケイオス》の集音マイクが拾ってくる。

 どこか懐かしく思える光景に心が落ち着くのを感じながら、アリルは管制官と作業員に誘導され、整備用ハンガーに《ケイオス》を埋めた。センサーが進入するオートマタのサイズを把握し、自動的にアームの角度を調整してくれるから、約二百年前に造られた《ケイオス》であっても接合に問題はない。設備のこういった仕様は実験機開発区画ならではかな、と舌を巻く一方で突然開いた通信回線に慌てて顔を上げる。シートに座りなおしたアリルは、回線を開いた。


(画面の向こうから、申し訳なく思う。よく戻って来てくれたアリル少尉。約二百年ぶりかな?)

「は!」


 今にも敬礼をしても違和感はない腹の底からの返答に、ロベルトは苦笑すると(そう堅くなるな)と言った。


「は……」


 アリルは声のトーンを落とした。が、堅くなるなというのは、アリルほどの人間は謁見することは愚か、本来なら姿を見ることすら許されることのない皇帝を画面越しとは言え、目の前にしているのだから無理というものだろう。


(戻ってきてすぐで悪いが、貴官には地球人殲滅部隊の指揮を執って貰いたい)


 すぐには何を言われたのかわからなかった。何故、自分がそんなものの指揮を任されるのか。それ以前に何故殲滅部隊を組織しているのか、皇帝が自ら地球人に生き延びる選択肢を与えたのではなかったのか。

 乾いた唇をひと舐めしてから「殲滅部隊、ですか?」と問うた。


(そうだ。基本的にはクローン兵が搭乗するオートマタ部隊の指揮になる。クローン兵はリーダー登録された人間の指示は忠実に守るから、安心して良い)


 開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのだろう。惚けたように口を半開きにしていたアリルは、頭を振って一瞬離れた意識を身体に戻してから「クローン兵?」と再び問う。


(わたしもつい最近目覚めたばかりで、よく知らんのだが八十年ほど前に開発に成功したらしい。因みに、今艦内で動いている人間のほとんどはクローンだ)


 長い間、開発が続けられてきたクローン技術が完成した。その事実は、自分たちの科学力が上昇したことへの喜びを与えると同時に、またひとつ戦争が遊びに近づいたような印象をアリルに植えつけた。

 失われてもすぐに代わりが用意されている存在。生まれながらの死をもたらされたも同然のクローンたちは、自分の存在をどう思っているのだろうか。そこまで考えてから、クローンを束ねて死んでこいと命令する立場に置かれた我が身を思い出したアリルは、内心自分で自分を嗤った。


(攻撃する都市も既に決定済みだ)


 ロベルトが言うと、《ケイオス》に作戦のデータが送られてくる。次いでアリルが以前に衛星を経由して送った地球の地図が表示され、各所に赤い点が浮かぶ。


(赤い点で示した都市……ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京、香港、モスクワを一斉攻撃する。国家の中枢を破壊すれば、国なんてものは容易く崩壊する。元より奴らと我々では力の差は歴然。残党のシラミつぶしを含めても、侵略完了まで二週間はかかるまい)

「しかし彼らは核兵器(許されざる兵器)を保有しています。あれを使われては地球の環境が……」

(問題ない)


 抗弁するように言ったアリルに、ロベルトがぴしゃりと言い放つ。言いかけの口を閉ざし、アリルは発言権をロベルトに譲る。


(もし仮に許されざる兵器を使われたとしてもこちらには放射能除去装置がある。無論、自然を保護するためにも使わせないようにはするし、そのための手もこちらで打つ)


 これでもまだ何か言うのか、と言いたげなロベルトの瞳がわずかに殺気を帯びる。画面越しであるにも関わらず、喉元にナイフを押し当てられたような感覚を味わったアリルはゆっくりと生唾を飲みくだした。やっとの思いで「いえ……」と絞り出した声は小さく、頼りない。まだ笑っている腹に力を入れ直したアリルは「アリル・セシム少尉。作戦指揮の任、承りました」と言った。


(よし。作戦開始まではまだ時間がある。貴官も今のうちに休んでおけ)

「は」


 そう返したのを最後に、通信は切れた。同時に張り詰めていた殺気も霧散し、コックピットには冷や汗をかいた身一つが残された。感応波送受信機が内蔵されたヘルメットを脱ぎ捨てると、中でまとめていた髪が解放されて空中で波打つ。

 無重力下であることをすっかり失念していた。わけもなく苛立ち、舌打ちをする。手櫛(てぐし)で絹のような手触りの髪をざっくりと梳かし、腰部のポシェットから取り出したゴムでポニーテールにしてしまう。

 ぎり、と歯を鳴らしたアリルは唸るように言った。


「何で、こうなる……」

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