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 そう来るだろうということは、一連の流れを聴いていれば否が応でも気づくし、その誘いがなにを意味するかは容易く想像がついたが、加代はあえて「あなたと?」と問い返した。


「ええ。あなたは気づいてないけど、あなたに宿る力は今のわたしに及ぶほどのものよ。正直、羨ましいくらい」

「そう……」


 それから沈黙が降りた。

 カヨについて行くことは決して間違いではない。むしろ世界の救済に"私"という個の存在が助力できるなら、それは素晴らしいことだし、何事にも代え難いものであるだろう。

 だが、私がこのままこの世界を去ったらこの世界はどうなる?いつか救済を達成したらこの世界の破滅もリセットされるのか?ならばこの世界で私は今まで通りの生活を送ることができるのだろうか。

 すがる思いが様々な疑問を打ち立てたが、きっと元には戻らないし、私も元の世界には戻れないだろうという予感めいた確信があった。

 なら、私は––。


「私は行けない」


 カヨの目を見据えて言った。カヨは揺らがないまま、加代を見つめ続ける。


「両親は私にあんまり興味ないし、青春を謳歌したわけでもないけど、この世界でのなんでもない日常が私は好き。それに、沙耶が命をかけて守ってくれたなら尚更ここに居たいと思う」

「本当にそれだけ?」


 問うてきたカヨに、え? と返す。


「あなたが行かない理由。本当にそれだけ?」


 ふわりと微笑んだカヨの顔を見て、ああ全て見通されているんだなと感じ取った加代は知らずに緩んだ頰を引き締めると、席を立った。


「奏が––私の大切な友達が、待ってるから」


 それを聞いて笑みを深めたカヨは席を立った。それから一歩前に出て加代との距離を詰めると、最初と同じように加代の手を取った。加代は近くなった顔を逸らして「ごめんなさい。力になれなくて」と言った。


「謝らないでいいの。私のように囚われないで済むのだから、むしろ安心してる」


 はっとしてカヨの目を見つめると、「大丈夫、心配しないで」と言ってこちらを励ますようにしたカヨは手を握る力を強めた。

 瞬間、眩ゆいけれど柔らかい、ともすれば相反するような要素を孕んだ光が重ねられた手から発した。生まれた光は一度強く光ると、ビー玉よりも少し大きな光の玉となって、ふわりと空中に浮かび上がる。光の玉は胸の高さで上昇を止めて、滞留したのも束の間、すぅと加代の胸に入り込んだ。

 冷え切った身体に湯が注ぎ込まれたかのようだった。光が入りこんだ胸で熱を発したのだ。熱は血流に乗って腕や脚、指一本一本の先にまで通っていく。

 熱と共に広がる充足感に加代は、今まで足りていなかったピースがはめ込まれたのだと感じる。心なしか、色彩鮮やかに映るようになった視界の中心にカヨを据えた加代は解いた手を胸に当てて、「これは……」と言葉をこぼしていた。


「あなたが意識的に力を使えるようにしたわ。といっても、肉体を持ったままでは予知はそうできるものでもないし、物理的に干渉する力もそんなにはないけれど、それでも世界に戻った時に前よりずっと立ち回りやすくはなったはず」

「カヨ……」

「私からの餞別だから受け取ってくれると嬉しい」


 感情の波が揺れ、加代は胸に当てた手を握りしめると、「ありがとう」と言ってカヨを抱きしめていた。世界を救うためにいくつもの地獄を見てきた彼女の身体は、それでも温かく自分となんら変わらない人間だと思わせる。

 唐突に抱きしめられたカヨは若干目を白黒させたが、すぐに自らも加代の背に回した手に力を込めた。それはほんのわずかな時間だったが体温を共有した時間は永遠にも感じられるほどに長く、身体を離した時には加代の心は落ち着いていた。


「じゃあ、行くね」


 言った加代にカヨは頷く。帰り方は言われずとも分かっていた。ただ念じるだけでいい。変えるべき場所を。変えるべき世界を。

 額で光が弾けると同時に、創られた世界の中で実体と思念がほどけ始め、加代の実像が薄くなっていく。


「ありがとうカヨ。本当に」


 次第に小さくなっていく声で加代が言う。それを聞いたカヨは小さくかぶりを振った。


「こちらこそ、加代」


 最後に向けられた笑みはその端に微かな涙を光らせていたが、それでもやはり豊かな慈愛に満ちていて、胸を温かくさせるものだった。

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