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 銃を撃つという行為は存外にも体力がいる。何しろ銃本体だけで三キロもある上に、銃弾を発射するごとに骨身に響く反動がある。

 さらに狙い通りのところに当てようとすれば、高い集中力も必要とする。個人の携行武器として高い地位にある銃だが、その実際はこんなところだ。

 事実、日常的に訓練をしている平塚であっても銃を撃ち、走り回るのは相当きつい。コミックならかっこよく決めているシーンなのだろうが、平塚にはそんな余裕はなく合図の銃声を今か今かと待ちわびていた。


「あー、クソッ……重てえ!」


 狂人らが伸ばす手をすり抜けては空に向かって小銃を撃ち鳴らす。

 相手の動きは遅い。密集して身動きも取りづらくなっている。現状を顧みれば特定部位を撃ち抜くのは容易いだろう。


「だけど、出来れば、殺したくはないよな」


 その思いが縦横無尽に駆け回って狂人らを翻弄するという選択肢を、平塚に選ばせていた。天空に向かい、何度目かの一連射を放ち、弾倉の残りを一気に使い切る。


「まあ、すでに手を血で濡らして言うセリフでもないが……」


 それでも殺したくないものは殺したくない。残りひとつとなった予備の弾倉を小銃に叩き込む。

 ––あとどれくらいこうしていられるだろう

 小銃を抱え直す傍ら、そんな思考が首をもたげる。その思考がほんの一瞬だけ身体の動きを鈍らせ、気がついた時には狂人の一人から体当たりを喰らっていた。

 地面にしこたま背中を打ち付け、肺の空気が全て吐き出させられる。そのままのしかかってこようとする狂人の肩を両手で抑え、のしかかるのを食い止める。


「……諦めかけた途端にこれかよ」


 のしかかってくる狂人の力は思いの外に強い。銃を撃ち散らした反動でだるい腕に渾身の力を込める。まだだ、まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。そう胸中につぶやく。瞬間、整備倉庫から三発の銃声が立て続けに鳴った。どうやら加代と連れの少女は機体にたどり着けたらしい。

 出し切ったとばかりに思っていたアドレナリンが体の奥底から噴き出し、アドレナリン特有の苦味がどっと口中に広がっていく。それを堪能するでもなく、平塚は奥歯を鳴るまで噛み締めて腕に力を流し込む。


「だあっ!」


 火事場の馬鹿力が出たのだろう、平塚はのしかかってくる狂人を一息に押し返すと、吹っ飛んでいた小銃を立ち上がりざまに拾い上げる。腰だめに構えて、バースト射撃からフルオート射撃に切り替えた小銃の引き鉄を引き絞る。

 射撃の反動を腕力で抑え込み、狂人らの足元で射線を躍らせる。足元にはじけた無数の火花に、狂人たちが戸惑うような仕草を見せる。弾倉の中身を一気に消化した小銃を銃剣だけを取り外してから打ち捨てると、平塚は生まれたわずかな隙に倉庫へと走る。

 予備弾倉も小銃もなくなり、ナイフ一振りと身一つと身軽になった平塚の足取りは羽毛のように軽かった。


「平塚さん!」


 倉庫に駆け込み、自機である《八九式》に近づいていくとコックピットから身を乗り出してこちらを窺う加代の姿があった。


「すぐに行く! 待ってろ!」


 整備用ハンガーに取り付くや階段を数段飛ばしで登っていく。ものの30秒もかけずにコックピットまでたどり着くと、後部の座席で収まっている二人の少女と目が合った。

 窮屈そうだが、生憎と座席は二つしかない。自分と一緒に座らせるわけにもいかないので、多少の不便は我慢してもらう他にない。


「待たせた」


 前席に収まった平塚は予備電源が入っていることを確認してから、イグニッションのスイッチを押す。《八九式》がその身を一度ぶるりと震わせる。

 動力であるガスタービンエンジンの吸気音が高まっていく中で、バッテリーと燃料の容量を確認する。各種計器にもざっと目を通して最低限の安全確認を終えた平塚は、コックピットのハッチを閉めた。

 高まっていくエンジンの律動。平塚はタービンが聞き慣れた回転数まで上昇するのを聞き届けると、静かにフットペダルを踏み込んだ。無限軌道が回転を始める。これも慣れた振動がサスペンション越しにも伝わってくる。

 基地を出るまではシステムが自動的に操縦してくれる。ひと息つく暇はあるかと目をハッチの外にやると、平塚はひとつの影を認めた。なぜだか妙に気になる。前面のコンソールに呼び出した外周監視の映像でその影の姿を見た平塚は、知らぬうちに息を呑んでいた。

 ぎりと奥歯を噛み締めたのもそこそこ、平塚はハッチを解放する。


「え、ちょ……」


 加代の戸惑いの声には取り合わず、前席で立ち上がって、ただ「こっちへ」と加代に手を伸ばす。平塚の真剣な目を見てか、それ以上追求も反論もせずに加代は平塚の手を取ると、ぐいと引っ張った平塚の動きに合わせて飛び上がり、軽やかに前席に移動してみせた。

 止まぬ走行の振動の中でシートベルトを加代と奏にそれぞれ付けさせる。それから平塚は前席のコンソールを操作して、操縦を半自動操縦から完全な自動操縦に切り替える。

 目的地は選定する暇がないので前回の工事現場を選択する。あそこなら、ここからも市街地からも離れているため人気もない。むしろ好都合かと自己完結をする。念のために以後の操作に従わないようロックをかけてから、平塚はコックピットから出て、コックピット脇の装甲の上に膝立ちになる。


「平塚さん……?」


 後席の少女が訝しげに呼ぶ。外部にあるハッチの強制締切ボタンに手をかけた平塚は、最後に少女らに向き合った。


「唐突ですまないが、すべきことを思い出した。行ってくれ。乗っていれば狂人もついてはこれない。大丈夫、コイツが安全な場所まで送ってくれる」


 装甲をひと撫でして、逃げずにいいのか?と呟く心の弱さも拭った。「待ってください!」と叫んだ加代がコックピットから飛び出して来ないうちにハッチを閉めてしまうと、平塚は乗降用に取り付けられた手すりを手がかりと足がかりに、振動の中でするすると降りていく。

 地面に足をつけたのはちょうど整備倉庫の出入口であった。テールランプで尾を引く《八九式》を見送ってから、身体を倉庫内に反転させる。ごそごそと動いている影には少し遠い。

 だが焦ることはない。おそらく狂人は《八九式》の走行音に引き寄せられている。近くにはおるまいと手前勝手な判断で納得し、平塚は走らず徒歩で距離を縮めていく。整備ハンガーに寄りかかっている影の姿は、ハンガーの大きさと相まってひどく小さく見える。

 ようやっと影が普通の大きさに見えてきた頃、影の容貌も見えてきた。外周監視モニターで本人と確認してはいたが、心のどこかでは別人であって欲しいと願うところがあった。

 だが––、


「宗治」


 平塚は影の前に立つと、その者の名前を呼んだ。発せられた声でようやく平塚の存在に気づいたかのように、影––宗治はぎこちなくこちらを血走った目で見上げてくる。赤に染まった目といい、小刻みに続けられる痙攣といいその姿をして、狂人でないと否定できる要素は消え失せていた。

 それでも平塚は宗治の隣に腰を据えた。


「危うくすっぽかすところだったぜ、お前との約束」


 煙草を吸おうとして切らしていた事実に直面した平塚は、宗治の胸ポケットが膨らんでいるのを見て探ってみる。そこには封の切られていない煙草があり、それをありがたく頂くことにした平塚は、失敬した煙草に火を点けた。

 ゆっくりと吸って、肺の奥まで煙を染み込ませていく。甘めな口当たりながらもビターの感を含んで濃厚なコクを生み出しているこの煙草は、いかにも宗治が好きそうな味だった。

 とうの宗治はというと、ロープで両手両足を縛られていた。両手を縛るロープは、ハンガーを構成する鉄骨のひとつに巻きつけられている。

 巻かれ方を見る限り、第三者が巻いたのではあるまい。自らの狂化を感じ取った宗治が自らで縛り上げたのだろう。


「ほんと、お前らしいよ……」


 吸い終えた煙草を地面に押し付けて消す。


––もし……もしさ。戦闘中におれの気が狂ってみんなに危害を加えるようなことが起きたら、その時は……おまえが殺してくれよ。


 以前に宗治がこぼした言葉が耳の奥で響く。肝心で苦労をする作業を他人に託すところも本当に宗治らしい。

 宗治の腰のホルスターに手を伸ばす。国防隊正式採用の拳銃を取り出す。遊底を引き、薬室に初弾を送り込むと、平塚は立ち上がって宗治の正面に位置した。

 こめかみに銃口を据え、指を引き金にかける。そのまま引こうとして指が強張っているのを感じる。


「ったく、胸糞悪い思いさせやがる……」


 一度、目を閉じて深呼吸をする。いよいよ引こうと決めた時、開いた目が宗治の目とあった。血走ってはいるが、狂化というよりは憂いの色がそこにあった。


「……わかったよ」


 その目を覗き込んで、宗治という人がまだ死んでいないことを思い出させられたが、いつまでもここで足踏みをしていることを宗治は嫌うだろう。

 据えた拳銃に左手を重ねる。気配を感じ取ったのか、はたまたただの偶然か宗治が瞼を閉じたのを機に、平塚は引き金を引いた。

 頭を弾かれた宗治は、身体の中に通っていた芯が崩れたかのようにゆっくりと地面に崩れていく。鉄骨に結ばれてるせいで不自然な姿勢になっているのを見、平塚は拳銃からナイフに持ち替えた。

 血という脂に浸ったナイフの斬れ味はすこぶる悪い。それでも刃をロープに押し付けること幾数回。やっと切れてくれたロープを解いて宗治の身体をできるだけ綺麗な形で地に横わたらせてやる。

 吹き飛んだ頭蓋から溢れる血が宗治の髪と服を汚していくのもなんとかしてやりたいと思わないでもなかったが、流石に無理な相談だろう。

 横わたらせた宗治の脇に再度どっかりと腰を落とした平塚は、一仕事を終えたものの虚無感しか残っていない胸の内に苦笑を浮かべた。

 それから拳銃をもう一度手にして、弾丸に自分の側頭部を貫かせた。強い衝撃が全身を貫く。九ミリ弾が衝撃波と共に破穿を生み、頭蓋と脳漿を吹き飛ばしていくの感じる。剣道の突きを真横から喰らったら衝撃としてはこんな感じなのだろうか。

 ああ、そういえば。あの子たちは無事だろうか。半ば衝動的に逃してしまったから、逃げてから先のことは考えていない。彼女たちはこれからどうするのだろう。

 敵に拘束される運命だけは辿って欲しくない。

……敵? 敵とはなんだったか。

 倒すべき敵、倒されるべき敵。

 ぼくは、みんなを守りたい。

 幼い子どもが言う。

 ああ、小さい頃はヒーローになりたいって言ってたっけ。それがどんなに難しいのかも知らないで。

……みんなを守りたかった。敵を倒すんじゃなく、みんなを守る人に


「……なりた、かった」


 意識は光の海に沈んでゆく。夢よりも思索よりもずっと、ずっと深い、海の底へ。

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