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 火柱の元は存外早くに見つかった。弾薬庫であったのか、燃料でも保管してあったのか、ともかく倉庫から噴き出したらしい熾烈な炎は十メートル以上離れているのにもかかわらず、その熱で加代の全身を炙った。

 光量もすさまじいもので、加代も奏も顔の前に手をかざさずにはいられなかったが、二人とも目を閉じようという気にはならなかった。

 いや、なれないと言った方が正しかった。


「加代......」


 震える声で呼んだ奏が加代の手首をつかみ、ここから離れようというふうに引く。しかし加代は目の前の光景から目が離すことができなかった。

 加代たちが見たのは火柱だけではなく、炎をものともせず狂乱する複数の人影だった。

 獣のごとき叫びをあげて手にした筒状の物を振りまわす彼らのうち、一人は筒を地面に横たわる人影の頭部に何度も振り下ろし、一人は意味不明な呻き声をあげながらひたすら頭を地面に打ち付けていた。

 背後の炎の光が強く、ほぼシルエットにしか見えなかったが一瞬だけ服に迷彩があしらわれているのを認めた加代は、国防隊員かと思いついた。

 では仲間内で争い始めた始めた理由はなんだと思考が渦を巻き始める。倉庫の爆発も彼らの仕業だろうか。しかしあの様子ではまるで––


「我を忘れてる……?」

「それって––」


 どういう、と続くはずだったろう奏の言葉は唐突に発せられた銃声に遮られた。銃声の先を振り返るとヨロヨロと定まらない足で歩く国防隊員がおり、その手には硝煙のなびく小銃が握られている。

 虚ろな目を見、まずいかな……と考えたのも束の間だった。異常な状況、光景を立て続けに目の当たりにして、とうに不安と恐怖に支配されていたのだろう奏は、国防隊員の姿を見ると一歩足をそちらに踏み出すなり、「あの! 大変なんです! 助けてくれませんか⁉︎」と声を張り上げていた。

 隊員は身体を一度ビクリと震わせると、加代たちに正対する。頭の中の危険信号が黄から赤に切り替わり警鐘が鳴り始める。ゆっくりと携えていた小銃を持ち上げた隊員は呆気なく引き金を引いていた。

 全身に力が入っておらず、まともな射撃姿勢もとっていなかったためか、着弾の火花は加代たちから離れたところに弾ける。

 逃げなければと思いつつも、加代は、指の先さえ動かすことのできない我が身に直面した。銃を向けられること、発砲を受けること。死と同義化された事象が恐怖を呼び、加代の身を震わせていた。

 先刻の銃声と奏の声に反応したのか、取っ組み合いをしていた隊員らもこちらに向かってくるのを背中で感じる。


––刹那


 鋭い銃声が弾けると、目の前の隊員の頭が吹き飛ぶのを加代は見た。次いで男の声が飛ぶ。


「意識があるなら、伏せてろ!」


 伏せろ、という言葉を脊髄で受け取った加代は石像のように固まっていた奏を引っ掴むと一緒に地面に伏せる。

 奏の上に覆い被さりつつ、頭を少しだけ上げた加代は疾駆するひとつの影を捉えた。

 国防隊の戦闘服を着、コンバットナイフを着剣した小銃を携えた影は火柱の近くでまとまっていた五人ほどの隊員に接近する。

 小銃を二点バーストで撃って牽制をすると、影は手近な隊員の懐に潜り込み、小銃をその胸に突きつけた。銃口下に取り付けられたナイフが心臓部に深々と突き刺さる。

 隊員の身体が痙攣を起こし、動きが鈍くなる。影は銃剣を引き抜くと、隊員の身体を横蹴りして間合いを作ってから躊躇なく小銃弾をその頭に叩き込んだ。

 血を吹き出しながら倒れていく様は見ずに、影は小銃をしっかりと構え直す。影が小さく息を吸い、吐く。息を詰めた影は単射に切り替えた小銃の引き金を三度引いた。放たれた弾丸は糸で繋がっているかのように迷いなく突き進むと、確実に三人の隊員の頭蓋を吹き飛ばした。


「……なにがどうなっとるんよ」


 見ると奏の瞳は揺れ、顔は蒼白だった。無理もない。奏はもともと打たれ強い方ではない。ごくごく普通の感性を持つ優しい子なのだ。

 自身、大気に混じり始めた血の臭いに吐き気を覚えながら、加代は奏を抱く力を強める。あの影の人物は言葉を話していた、ということは撃たれた五人とは違って理性があるのだろうか。もしそうでないのなら、太刀打ちする術は今の自分たちにはない。


「どうすれば……」


 影が銃口を心待ち下げ、やおらこちらに向き直る。上昇する心拍を鼓膜の奥で感じつつ、極力息を殺すように試みる。馬鹿げたことかもしれないが、万が一、影の人物も狂人と化しているならば––


「無事か?」


 はっきりとした日本語が耳朶を打って、加代は地面に擦り付けていた顔を上げる。


「自分は平塚慧悟少尉だ。大事はないか」

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