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「ん……」


 頬を掠めた冷気に目を覚ました加代は、数枚の毛布を重ねていた身体を、ゆっくりと起こした。先刻起きてからまた眠っていたらしい。巨大な倉庫の天井に近いあたりに設置された窓からは陽が差し込んでこず、代わりとばかりに冷え冷えとした空気を、前面に押し出す夜の闇があった。

 辺りを見渡してみると、三々五々に横になっていたり、小さなライトの灯りを頼りに本の文字を追う他の避難民がおり、加代は今何時くらいなのだろうと、ふと疑問を浮かべる。

 時計など持ち合わせていない加代は、即座にスマホの電源を入れてみるが、出てきたのは充電を要求する無慈悲な画面だった。


「こんな時に電池切れるのってアリ……?」


 口に出して、時刻はおろか自分にとって唯一の連絡手段が絶えたことを理解した加代は、一気に脱力した。側に人の気配が立ち、声がかけられたのはその時だった。


「あ、加代、大丈夫? 起きられたん?」


 周囲に配慮して小さな声であったが、真実こちらを心配してくれているのだろうことはひしひしと伝わってくる。


「うん、ごめんね。迷惑かけて」

「なに言うとるん、友達じゃろ?」


 薄闇の中で奏が白い歯を見せる。鼻の奥が何ともなしにツンとするのを感じた加代は、慌てて目頭を押さえた。ここで泣き出したら、恐怖感と相まって涙が止まらない自負があった。

 ひとつ息を吐き、波立った感情を落ち着かせるのに一秒。加代は「奏は? どこか行くとこだったの?」と話題を変えた。


「うん。ちょっとお手洗いに」

「あ、じゃあ私も行く」

「ほいじゃあ、行こか」


 立ち上がった奏に追随して立ち上がって、薄暗い中、人を踏まないよう留意しながら出口へと向かう。外に出るといっそう冷たい空気がほおを撫で、襟から入ると服の中を舐めるように冷やして行く。


「うはー、寒っ」


 言いながら、奏はポケットから取り出したスマホのライトを点けた。ライトが伸ばす一条の光の中で、吐いた息が白く映える。寒さは人を何事にも億劫にさせる。その例にたがわず、奏も加代もしばらく無言だった。

 なにか整備をしているのだろうか。離れた所で光を漏らす建物からわずかに金属の接触音や、エンジンの音が微かに風に乗って聞こえてくる。

 何のための整備なのだろう。国防隊は応戦するつもりなのか? 宇宙から攻めてくる人たちを。今、自分たちを真上から睥睨しているような人たちを。それに戦ったとして、勝機はあるのか。相手は宇宙を渡る人たちだ。それだけでも技術の差は車と人……いや、きっと象とアリに等しい。

 顔を天に向ける。際限なく広がる星空は恐ろしいほどに美しい。こんなに美しい天の向こうで、彼らは今頃、衛星軌道上で牙を研いでいるのだろうか……もしかしたら祝杯でも上げているかもしれない。無い力を集めて、必死に抵抗しようとするわたしたちの姿を見ながら。

 思いついてから言いようのない恐怖に駆られ、空から目を離した加代は、いつの間にか立ち止まっていた我が身と、心配そうに見つめる奏の姿に気づいた。


「ごめんごめん」


 笑いかけながら、駆け足で奏との距離を詰める。


「さ、行こ」


 言いつつ奏を振り返ると、ドンと身体に衝撃が走った。次いで甘い匂いが鼻をくすぐり、踊る黒髪が目前で幾重にも重なる。抱きつかれた、と気づくより先に「大丈夫だよ」と奏が耳元で囁いていた。

 背中に回された腕に最後に一瞬だけ力を込められたのを知覚した時には、奏は加代の体から離れていた。


「行こうか。さすがに漏れそうじゃわ」


 何事もなかったかのようにニッと笑ってみせる奏に、加代も笑顔を返す。


「うん」

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