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ディストピア~滅びゆく世界の中で~  作者: 広崎葵
第3章 偽りの日々
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「デューク。貴様はやはり戦争が嫌いなようだな」


 せせら笑うようにロベルトは唇の端を吊り上げ、頰に皺を重ねる。否定するでもなく、ただ「は」とだけ言って受け止めたデュークにロベルトは苦笑する。空電ノイズが無線を騒がせたかと思うと、(強襲揚陸艦、全艦攻撃準備完了)とオペレーターが報告の声を響かせた。


「地球からの返答は?」


 脳裏に浮かんだ最悪の結末を隅の方へ追いやったデュークが問うと、(ありません)と非情な現実を伝える声が返ってくる。頭が真っ白になった。勝算は無いというのに、地球の民はなぜ……。ぎり、と歯を鳴らしたデュークに「決まりだな」とロベルトが声をかぶせる。


「おまえが待ってくれと言うから、当初の予定時刻から更に二時間も待ったが……。地球の民は、我々の恐ろしさを認識していないようだな。残念だが、致し方あるまい」


 言葉とは裏腹に表情を喜悦に歪ませたロベルトに、消したはずの苛立ちが再燃する。侵撃開始、ロベルトの喉元まで来ていた命令は不意に《フリングホルニ》を襲った爆音が、声にするのを阻止していた。

 ずん、という振動が艦内に響き渡る。デュークは幸いにも開いたままだった通信回線を通じて、オペレーターに何があったのか問い質すとオペレーターは代わり映えしない抑揚のない声で状況を報告した。


(全縮退炉の冷却装置がダウン、予備冷却装置も配線が断絶した模様です。縮退炉の暴走を防ぐため、全機機能停止させ艦内の電源は大容量バッテリーに移行。必要最低限の区画以外は電源を落としました)


 絶句したデュークは、ノイズ混じりにオペレーターが言ったことが少しの間理解できなかった。いつの間にか艦内図と被害状況を知らせるウィンドウを呼び出していたロベルトが、「冷却装置そのものは破壊せずに、艦内のネットワーク回線を通じて送り込んだコンピューターウイルスで機能を停止。管理システムから切り離されている予備冷却装置に関しても、悪戯に本体を破壊することはせずに配線を切ったか」と面白がっているような声をあげる。


「隔壁閉鎖! 犯人を逃がすな」


 無線に怒鳴ると、返ってきたのは駄目ですという悲鳴のような声だった。普段感情表現の乏しいクローンが感情を表に出すとは。驚く一方で、クローンにそうさせるまでの事態が起きているのだと理解する。何だと問う前に(セキュリティシステムにもウイルスが侵入、掌握されています。プログラムを書き換えている模様。非常用コマンドにも応答しません!)とクローンがまくし立てる。速い、とても追いつかない。察し、唇を噛む。


「直ちに保安隊を出動させろ! 全クルーも武器の携行、発砲を許可する。犯人と思われる者は見つけ次第、射殺させよ」

(はっ!)


 切れた通信ウィンドウを閉じると、デュークはアンクルホルスターから小型の自動拳銃を取り出した。万が一の(・・・・・)のために所持してはいたが、まさか本来の目的と違う形で引き抜くことになろうとは。弾倉に弾が入っていることを確認してから、遊底をスライドさせると初弾が薬室に送れ込まれた音が部屋の中に響き渡った。宇宙服(ハードスーツ)を持ってこさせたほうが良いか? ちらと考えて、クローンもオリジナルの人間も降りられない区画にあるわが身を顧みたデュークは、どこかにロベルトの分があったはずで予備の一着もともに収納されていよう、と思考を楽観的な方向に振り向けた。ロベルトにハードスーツの場所を尋ねようと目を向けたが、ロベルトは無断で拳銃を取り出したばかりか初弾を装填したデュークにわずかにでも視線を寄越す事はなく、ただ目を閉じて頬杖をついていた。

「ロベルト様……?」声を掛けるもロベルトは動かぬままソファに座り続けている。「ロベルト様」もう一度声を掛けるとロベルトは少しだけ肩を動かした。「デューク……おまえは誰が犯人だと思う?」問い返されたデュークは、たじろぎつつも「いえ、まだ検討は……。ロベルト様はもうお判りで?」と応える。

 デュークの問いへの返事を保留にしたロベルトは、テーブルの上に置かれていたグラスを手に取り、口元に近づけた。そのまま、注がれていた酒を一気に飲む。こんな時に。デュークが焦れるほどに、ロベルトの動きはゆったりと落ち着いたものだった。


「なぁ、デューク」

「は」

「それなりに手の込んだ騒ぎを起こす奴が、その場で事を起こすとでも思うか?」


 今日開けたのにも関わらず、もう半分ほど空いているボトルを傾け、グラスになみなみと酒を注ぐと、ロベルトはそれをまた一気に煽る。普通ならとっくに酔っていてもおかしくはないほどの量を飲んでいるはずだが、静かに向けられた目はちっとも酔っておらず、むしろ鋭利さを増したとも思える。

 思わず萎縮した身体を奮い立たせ、デュークは「と、言いますと?」と返した。


「簡単な爆弾なら、ある程度の材料が揃ってさえすれば、すぐにでもこしらえることは可能だ。わたしなら、爆弾で陽動をしてクルーが慌てふためいている内に武器庫から武器をくすねることを考える」


 ざっ、と総毛立つ音を耳の片隅で聞いたデュークは、情けないことに顔を青く染めながらロベルトを見返すことしかできなかった。

 そして、「武器庫周辺に保安隊を派遣だろう? ......それとハードスーツは要らん。ボヤ程度であたふたするのはみっともないぞ艦長」と、さもありなんといった風情で言い放ったロベルトに頷いたデュークは震える指で空中にディスプレイを呼び出し、現場に急行しているはずの保安隊への通信回線を開いた。何もかも見通されている? こちらの思考を読んだかのような口ぶりを前にしたデュークにロベルトの不自然なまでの余裕のわけを探る余裕はなかった。


 ***


 武器庫に入るのは思っていたよりも簡単だった。味方しか乗っていない艦とはいえ、戸口に見張りの一人も立てておかないのは無用心にもほどがあるというものだ。が、今のアリルにとってその警備のずさんさはむしろ好都合だった。

 自動拳銃から無反動砲まで。多種多様にある武器の中から、アリルは短機関銃サブマシンガン一挺と手榴弾五つを選択した。サブマシンガンより威力のある自動小銃でも良かったのだが、扱ったことのある兵器といえばオートマタと、護身用として支給されていた自動拳銃しかないアリルには、反動が少なく、取り回しの良いサブマシンガンの方が都合が良い。

 防弾機能のついているタクティカルベストもあったので、ありがたく使わせて貰うことにする。装備を収納するポーチに手榴弾と予備のマガジンを入れて、最低限の安全確認をすると素早く武器庫を抜け出した。

 ここに来るまでに、いくつかの場所に時限式の爆弾を仕掛けてきた。第一、第二の爆弾は既に起爆している。今頃はアルバートが《ケイオス》に搭載されている大容量量子コンピューターを介して、《フリングホルニ》のホストコンピューターに送り込んだコンピューターウイルス《ネクローシス》がかき回していることと相まって、状況確認は手間取っていることだろう。

 パイロットスーツの手首に備えられたデジタル式の時計に目をやり、そろそろだなと思った瞬間、三つ目の爆弾が炸裂したことを知らせる船体の軋み音が艦内に充満した。

 ここまでは計画通り。後は整備デッキに戻って《ケイオス》に乗り––思索を巡らす傍らで、叩き込んだばかりの艦内図を頭の中で呼び出す。艦内の大半部分で電源が落ちているから、リフトグリップやエレベーターは使えない。非常用通路やダクトも使い、最短ルートで進まなければならない。

 床を蹴り、慣性の法則に任せて数メートル進んではまた床を蹴る。

 その動作を繰り返して進んでいた刹那、背後に凝縮した殺気を察知したアリルは咄嗟に真上に飛び上がった。一瞬前まで自分がいたところに銃弾の雨が走るのを見たアリルは、目を素早く動かして雨の出どころを探る。するとアリルのパイロットスーツのスタイリッシュな印象とは相対する形で、胸部などにアーマーが施されたごついパイロットスーツを三つ捉えた。耐弾性にも優れていることを窺わせる宇宙服ハードスーツを着た彼らは、手に手に銃口から真新しい硝煙がなびくプルバップ式のライフルを携えていた。

 保安隊。視覚で得た情報を受領した頭に、電撃が落ちたかのような衝撃が走る。思ったよりも早い、というのが唯一アリルが結んだ印象だった。それ以上は相手が放った火線が許さなかったからだ。それゆえ、アリルは殺到する三軸の火線を避け、サブマシンガンで応射するしかなかった。サブマシンガンは見立て通り反動が少なく、拳銃しか扱ったことのないアリルにも牽制の弾幕をそれらしく張ることができた。

 実戦慣れしていないせいか相手の狙いもアリルと負けず劣らずデタラメだったが、銃弾の一つが壁を粉砕してアリルはひやりとした。一撃で壁をやすやすと抉って見せた弾丸は、弾頭に装甲をかぶせた徹甲弾。自分が犯人であるとはまだばれてはいまい。ということは犯人が誰であれ、ともかく殺せという命令が出ていることは明白な事実だった。

 周囲に誘爆するものが無かったことを確認してから手榴弾を使い、その場をやり過ごしたアリルは十字路に差し掛かる。


「待て!」

「動くな、止まれ!」


 敵を逃がすまいとする信念を持たせるために、多少の自我を残された戦闘用クローン兵––保安隊は全員クローン兵によってまかなわれている––の口から決まり文句が飛び出したが、悠長に従っていられるわけもない。兵は左右から挟み撃ちを掛けてきたが、このまま引き鉄を引けば同士討ちになることは必死。

 安易に引き鉄を引くこともあるまいと高を括っていると、前方の通路に現れた保安隊員がライフルの銃口を向けてきた。アリルの背後に保安隊員はいない。嵌められた。考えが結実する前に「伏せろ!」と野太い声が十字路に響き渡った。突然のことに保安隊員が反応できていない中、アリルだけが床に伏せる。

 直後、アリルのサブマシンガンや保安隊員のライフルよりも遥かに力強い砲声がアリルの聴覚を支配した。絶え間なく流れるそれを撃っているのが敵なのか味方なのか判別はつかなかったが、今頭を上げれば即座に吹っ飛ぶことだけは分かっていた。

 数分、いや数十秒だったろうか。いずれにしろ、ひどく長く感じられた銃撃が止んだことに気づき、恐る恐る顔を上げてみると硝煙が漂う目前に、右の足首には自動拳銃を収めたホルスターを付けている太い足が二本あった。馬鹿になった耳に「生きてるか?」と訊ねる声が届いたのは、聞き慣れた声だったからか。顔をさらに上に上げるとそこには見慣れた顔があった。


「アルバートさん……!」


 見開いた目を白黒させたアリルに、アルバートは「よお」とたまたま通路で出くわしたかのように手を挙げて応える。


「なんでここに? 計画だと艦のシステムの修復作業に従事してるはずじゃ……」

「妙な胸騒ぎがしてな。ただ機械をいじってる気でもなくなって、こうして来てみたわけさ」


 疑問を並べ始めたアリルを制し、先回りの言葉を述べたアルバートは、持っていたどこから引っ張って来たのかも定かではないガトリング砲を捨てて、血を流しながら力なく漂う保安隊員の一人からライフルと予備のマガジンを失敬する。

 血生臭さが混じった硝煙が目や鼻といった器官を刺激するのを感じながら辺りを見渡すと、身体中に貫通痕を残し、半ばミンチと呼んでも差し支えないのではないかと思うほどの損傷具合の死体が散乱していた。不意に胃の辺りにしこりのようなものが生まれたのを感じると、そのしこりが肥大化、蠕動して次の瞬間には胃の中身を盛大に吐き出させた。

 胃液まで吐き、喉の奥に焼けるような痛みを覚える。鼻腔に絡みついて離れない血の金臭かなくさい臭いを何度も唾を吐いて誤魔化す。


「急げ。すぐにまた保安隊員が来る」


 そう言って背を向けたアルバートに「アルバートさんは、どうするんですか」と言うとアルバートは「野暮なこと聞くんじゃない」と苦笑する。


「せいぜい、保安隊員の奴らをかき回してやるさ……心配すんな、こんなとこで死にゃあしない。それこそ犬死はごめんだからな」


 こちらに少しだけ向けていた顔を正面に向け直したのが最後だった。早く行け、という念を宿した背中に一礼すると、アリルは振り返ることなく整備デッキを目指した。

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