私は……生徒
音波先生の声は相変わらず安眠を誘う。
とはいえHRから寝るわけにも行かず、皆耐えている。
入学したてでテンション高いから持ってるけどきっとそのうち寝ると思う。
私の前には圭ちゃんが座ってて、熱心に先生を見ているのがわかる。
圭ちゃんは甘えんぼなキャラで妹ポジといえばいいのか、そんな感じ。
やってて可愛い!って何回も叫んだ記憶がある。
もう存在自体が可愛い、みたいな。
女の子キャラでは一番好きだったかもしれない。だからこの友達ポジは結構美味しいと思ってる。
中学からの付き合いだけど、ゲームで見てたように可愛い子だ。
いつから音波先生を好きになったのか知らないけど、いつの間にかって感じか。
あれもゲームの補正とかそんな感じなんだろうか。
でもそれだとすると私も原黒を好きになっているはずなんだけど、まあ既視感というかプレイ経験というか諸々あって別に好きではない。
幼馴染としてよく働いているなぁとは思うけど。
「昨日は大丈夫だったぁ?圭とっても心配してたんだよぉ」
「平気だよ。ありがとう」
「あとね女王サマがね、クラスにきて草子ちゃんの事探してたよ!」
HRが終ると圭ちゃんが話しかけてきた。
心配そうに眉を顰めて、舌足らずな話し方で心配されるときゅんってする。
でも女王さんが私の事を探していたと聞いてその気持ちが沈む。
一体何の用があるというんだ女王さんは。
女友達の多い私だけど、女王さんは友達ではない。
私はそうでもないが、ゲームの中で草子はどこか女王さんを苦手としていた。
まあ、あんな性格だし取り巻いて何かおこぼれを貰おうとする人以外は近づいていない。
それほど悪い人でも無いとは思うんだけどな。
あ、違う。
1人だけ女王さんに友達がいる。
その子は私の友達でもある。
そして話によっては琴管と付き合う攻略キャラの子が。
授業は問題なく受ける事が出来た。
時折、具合が悪くなって保健室に行く事もあるけど今日は平気。
圭ちゃんとお昼を食べて、同じクラスになった子としゃべって、それで終わり。
お昼には原黒が来るかなと思ったけどこなかったな。
まあいつも一緒に食べていた訳ではないから、別にいいんだけど。
そういえば、女王さんも来なかった。
昨日は来たっていうからできるだけクラスにいた方がいいかと思ったけど必要なかったかもしれない。
自分から女王さんのクラスに行ってもいいんだけど、なんか自過剰と思われて嫌味でも言われそうだったから辞めた。
行かないなら行かないで文句でるかもしれないけど、まあ草子は女王さんが苦手なのだ。
自分からは接点を持たない。
そうしておこう。
圭ちゃんに聞いた話では、女王さんは別に怒った様子ではないらしいし。
終礼も終わって後は帰るだけか。
部活には入らないから、見学もしない。
原黒が迎えに来るだろうと、掃除も終って人けの無い教室で1人待っていた。
まだ春になったばかりで肌寒い。
夕方になるとそれを一層感じる。
だから早く原黒に来て欲しいなと思いながら携帯を見る。
原黒は何かしら連絡を入れてくるから、何もこない事が不思議だ。
何か連絡を入れられない事情でもあるんだろうか。
だとしたらちょっと心配かも。
……!
も、もしかしてヒロインとのイベントが進んでしまっているとか?!
それだとまずい。
私がヤンデレになってしまう!
これは妨害しにいくべきなんだろうか。でもその行為自体がヤンデレへの第一歩な気もする。
悩む。
うんうんと悩んでいたから教室に誰かが入ってきたのには気付かなかった。
私にとってのバッドエンドを想像して気持ちが悪くなってきた。
どうするの、このままでいいのか。
何か考えるのが面倒だ。
ゲーム的な展開を回避するにはどうしたらいいんだ。
そもそも私はゲームの中にいるのか?
既視感は本物か、ただの気のせいじゃないのか。
ゲームの舞台である高校に入ったことで私の心配は加速する。
これも何の連絡を入れないで私を待たせる原黒が悪いんだ。
もう待たないで帰ろう。
それがいい。
私の精神的にも、一番。
「草子さん」
「っ!」
誰だ。
急に声をかけられて驚く、声は出なかったけど。
「先生?」
顔を上げれば先生がいた。
眉をひそめて、心配そうな顔をして。
なんだろう。
「具合が悪そうです。大丈夫ですか?」
「……はい」
私の額に手を当ててくる。
熱でも測っているつもりか?
手はひんやりとして心地良いけど、良いんだけど。
「少し熱があるようです。家まで送っていきましょう」
そう言って微笑む。
先生の手は冷たかったから、大抵の人は熱があるように感じてしまうんじゃないかな。
自分でも額に手を当ててみる。
そんなに熱くない。
私に用が無い事を確認して、鞄を持って先を歩かれる。
別に車で送ってもらえるっていうのは嬉しいけど、私そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫だと思う。
初日に休んだから心配してるのかな。
病弱な生徒を受け持ったから先生も、気にしてるんだろう。
だって先生は優しいからな。
ゲームをプレイしてて先生はお気に入りのキャラだった。
なんと言っても他のキャラとは違う魅力がある。
大人だからか余裕があるというか、なんというか。
ライバルイベントでのキャラは大抵性格が悪い方向に行くが、先生はそんな事無かった。
私は圭ちゃんと先生の両方が好きだったからもう何回も見てたけど、ライバルになっても優しい。
でもその分、臆病だ。
年が離れている事や、教師と生徒の立場に苦悩する先生を見て変な声を上げていた。
だって苦悩してる先生はすごい色っぽかったんだもん。
だからついつい虐めるようなコメントで反応を見たりもしていた。
その選択肢では攻略できないよとわかっていても選んでしまうくらい、先生のリアクションは好みだ。
先生の事は結構見てきたと思う。
ゲームの中だけだけど。
だからこんな強引、というかなんというかそういう先生を見るのは新鮮だ。
私の額に手を当ててきたりとか鞄をとったりとか。
身体的接触は、最後の最後まで控えてきた先生に触れられるというのが。
そうか、これは恋愛対象では無いという証拠かもしれない。
ヒロインは異性としてみてたから触らなかったけど、私こと草子はただの生徒。
生徒に対しては別に触ったりしても問題ないんだ。きっと。
車の中では他愛のない話をした。
元々徒歩圏内に住んでいる私だから、車ならすぐだ。
弾むような話をしても途中で終わるのは分かってたからかもしれない。
家の前で止められる車。
私がシートベルトを外している間に先生がドアを開けてくれた。
早い。
先生が手を差し出してきたから、その手をとって降りる。
なんだかお嬢様になった気分。
先生はすごいなと感心した。
「川井さん、無理はしないようにね」
「はい」
先生が優しく微笑むのでつられて笑った。
見送ろうと思ったけど、体が冷えるから早く家に入りなさいと言われた。
家に入る前にちらっと後ろを見れば先生が手を振ってくれた。
本当はお茶でも出したいところだけど、あいにくと家には駐車スペースは1台分しかない。
そしてそれが埋まってるから先生の車を置く所が無い。
昨日はどうしたんだろう。
車は休日しか使わないから、基本置きっぱなしだし、どこかに停めてきたのかな。
それだとしたらわざわざ悪かったな。
お母さんに帰りが遅い事を心配されたけど先生に送ってもらった事を伝えれば安心してくれた。
いい先生が担任になってよかったわねと、笑うお母さん。
私も先生が担任になってよかったなって思う。
リビングでちょっと休憩してたら何か外で音がした。
気になって覗いたけど、誰もいなかった。
でも道路になんか透明な破片が落ちているのに気付いた。
そんなに落ちてないし、気にする事でもないかな。
早く宿題やらないと。
寝不足だと具合が悪くなる。
明日もちゃんと学校に行けるように準備しないと!