今日は……入学式2
「……知らない天井だ」
いや冗談だけど。
もう朝か。
カーテンから明るい光りが差し込んでる。
時計を確認すれば、12時。
12時!?
「遅刻だ!」
セットしていたはずの目覚ましを見ればとまっている。
つまり自分で止めたのか。
何やってるんだ、自分に失望する。
そしてお母さんは私を起こしてくれなかったのかと、ちょっとだけ不満に思った。
急いで仕度して下に下りれば、お母さんがいる。
「あらあ、草子ちゃん。具合悪いのに大丈夫?」
「え?」
「朝起こしに行った時に草子ちゃん具合悪そうだったから今日はお休みって連絡しておいたわ。入学式だけだし、今日はゆっくりお休みなさい」
起きてきて大丈夫と心配そうに話しかけてくるお母さん。
今聞き捨てならない事を聞いたような?
入学式。
今日が?
もうやった気がするんだけど。
そしてクラスに行ったら琴管が隣の席だったっていう、感じじゃなかったっけ。
……それでヒロインがゴリマッチョでヒーローが男の娘っていう、訳わかんない感じ。
入学式は案の定倒れて保健室に行った。
行ったっけ?
いや、行ってないんだ。
だって今日が入学式で、学校にすら行ってないんだから。
いつもの既視感なのかな。
違和感を覚えるのも、まあ、ある事だ。
お腹がすいていたので、お母さんが用意してくれたうどんを啜る。
今日から高校生なのに何時までたっても草子ちゃんは子供ね、なんてお母さんに飽きられた。
でも高校生になってくれて嬉しいとも言われた。
私は少し気恥ずかしくなりながらも、返事をする。
草子は体は弱い。
生まれつきの病弱キャラ、よくよく思い出してみればバッドエンドでは死ぬ事もあったはずだ。
ヒーローに抱かれながら幸せだったよと、微笑んで息絶える。そんなエンディング。
死ネタは嫌いだったから1度しか見なかったな。
えっ、私って死ぬかもしれないのか?
それは絶対嫌だなぁ、だってまだ高校生になったばっかりだし。
エンディングを迎えるのは高校の卒業式あたりだから、まだ先っちゃ先か?
いやいやいや、10代のうちに人生終えるなんて嫌すぎる!
もしヒーローを見かけたとしてもフラグは立てないようにしよう。
死にたくないし。
あ、よく考えたらヒロインにも近づかない方がいいんだっけ?
それは原黒か。
原黒に近づかれると私がヤンデレになってしまうはずだ。ヒロインに近づかせないようにしよう。
お母さんに病院にいくかと聞かれたけど、どうしようかな。
朝は起きられなかったけど具合が悪い気はしない。
いつもと同じ、そんな所だ。
具合は悪くないってのに、お母さんが寝てなさいって言うから寝ている。
昼まで寝てたし、それほど眠くないかなって思ったけど横になってたら眠くなってきた。
うう、寝てしまうか。
特にする事もないし、入学式の日なんて宿題もあるわけ無いだろう。
おやすみ。
なんか人の気配が……。
お母さんかなと思ったけど、どうも違うみたいだ。
頭を撫でられてる。
その手はお母さんなんかより大きい。
じゃあ、お父さんかっていうとそうでもない。
薄く目を開けてみたけど、顔は良く分からない。
まあ私眼鏡キャラだし、目が悪いから仕方ないよね。
これ目を普通に開いても分からないな。
「……だぁれ?」
ちょっと舌足らずになってしまった、恥ずかしい。
私の声に反応するように頭を撫でていた手が離れる。
この手の主は誰だろう。
部屋にいるって事はお母さんが入れたんだろうから、怖い人ではないんだろうな。
「すみません、起こしてしまいましたね」
「……音波先生?」
「はい、そうですよ。入学式を休まれたので様子を見に来たんです」
音波緑先生。
音楽教師、優しい声の持ち主で生徒から人気がある。
心地いい授業で居眠り続出させる先生。
「私が川井さんの担任になりました。よろしくお願いしますね」
サイドテーブルに置いた眼鏡を取ってかければ、ようやく見えた。
優しそうな笑顔は見覚えがある。
先生は攻略キャラだ。
けれど草子とは関係がないはずだ。いやミニイベントで顔を合わせることはあったけど、それくらい。
眼鏡という共通点くらいしか見出す事ができない、そんなキャラ。
先生の相手は確か、ロリ担当の女の子。
草子の担任になったって事は、ヒロインは先生狙いではないんだろうな。
よし、接触する機会が減った!
「よかった。それほど具合が悪くなさそうですね」
「はい。明日は学校に行けると思います」
先生は私の言葉に安心したように帰って行った。
まあ入学式から休んでちゃ心配もするか。
今日も起こしてくれてたら学校には行けた気がする。
お母さんったら心配性だ。
着替えてたら虫に刺されているのに気付いた。
まだ4月なのに。
リビングに下りていけばお母さんが夕食を並べていた。
先生にも勧めたけど帰ってしまったんだそうだ。
まあそのほうがいい。
だって無意味に攻略キャラと親しくして何かしらのフラグを立ててしまったら怖いし。
それにしても今日は寝て食べてるだけだな。
テーブルにはフルーツの盛り合わせが、音波先生からの見舞い品らしい。
メロンも入ってて奮発したなぁって思う。
気を使わせてしまったことに、ちょっと申し訳なくなる。
「その花は?」
「これは爽君が持ってきてくれたのよ。貴女は寝てたみたいだけど」
花瓶に生けられたピンク色の花。種類はわかんない。
原黒も来ていたのか。
気付かなかった。音波先生のときは目を覚ましたんだけど。
ちょっと悪い事したかな、まあこっちは一応病人だからいっか。
明日謝ればいいよね。
お腹はすいてなかったので夕食は結構残してお母さんに心配された。
だって今日は寝てばっかりだったから、こんなにいらないよ。
先生が持ってきたフルーツを切ってもらって食べた。
メロンはいいなぁ、大好き。
寝すぎたせいで夜は寝付くのに時間がかかった。
なんか熱くて寝苦しい夜だった。
「今日は体調大丈夫なの?」
「うん、平気!」
原黒が迎えに来て、お母さんがお願いねって原黒に言う。
私は子供か。
まあ私を保健室に運ぶのは原黒の役目だけど。
「具合が良くなったみたいでよかった」
「うん。昨日はお見舞いに来てくれたみたいで、お構いできなくてごめんね」
自然と手を繋がれる。
私と原黒は同じクラスでは無いらしい。
原黒と同じクラスに編入生はいるか聞いたら、なんか五里さんっていう女の子がいるらしい。編入生はそう多くない。だから
髪型がショートカットだと知って少し身構えてしまった。
だってゲームのスチルはショートカットだったんだもん。
もしかしてヒロイン?
「草子、どうかしたか?」
「ううん。なんでも……その五里さんって人とは仲良く慣れそう?」
「どうかなー。俺の事、嫌ってるみたいだ」
「へえ、変ってるね」
原黒は爽やかスポーツ少年というポジションだからわりと人気がある。
人望も。
だからヒロイン(仮)も原黒狙いかと思った。クラス同じって時点で怪しいし。
嫌われるって、あれかなツンデレなヒロインなのかな。
私と同じクラスは誰かがいるのか聞いたら、小山内圭ちゃんがいるらしい。
ロリ系の美少女の。
まあ担任が音波先生だからな。
「担任が音波って知ってるの?電話でも来た?」
「ううん。お見舞い。メロン持ってきてくれたの、美味しかったな」
「……」
メロンはもう熟れてて美味しかった。思い出すと顔がほころぶ。
って思ったら握る力が強くなって、びっくりした。
何、いきなり?
あれか、原黒のお見舞い品の花には触れなかったのにメロンの感想を言ったからか。
「爽君の持ってきてくれたお花も嬉しかったよ」
そういえば力は緩んだ。
まったく嫉妬でもしたのかコイツ。
登校すれば大丈夫かと女子に声をかけられる。女友達は多いほうだしな。
原黒とは私の教室の前で別れた。
言われていたように圭ちゃんは同じクラスだった。