今日は……入学式
「ううぅ~ん」
「草子ちゃんおきて、もう朝よ」
「お母さん?……あれ、ここ家?」
気付いたら家だった。
お母さんがこっちを心配そうに見ている。
どういうこっちゃ?
何時の間に家にきて、しかもベッドで寝てるんだ?
「草子ちゃんったら、寝ぼけているのね?今日は入学式なんだから寝坊なんてしちゃ駄目よ」
「え?」
入学式ってさっき出なかったっけ?
途中で倒れたけど。
あれ、あれは夢だった?
「もしかして具合が悪いのかしら。今日はお休みする?」
「ううん、平気よ」
具合は悪くない。
お母さんに起こされるまで目は覚めなかったけど、別にものすごく体を重いとか頭痛いとかはない。
朝多少調子が悪いのはいつもの事。
だって草子は病弱なんだから。
具合が悪くないのなら仕度して朝ごはんにしましょうとお母さんに言われる。
既に原黒が来ているらしい。
アイツも毎日ご苦労なことだ。
時計を見て、私は急いで支度をはじめる。
入学式に遅刻なんてしたくない。
それにしても変な夢を見たもんだ、なんか色々濃かったような?
「おはよう草子、体は大丈夫か?」
「平気、少し寝坊しただけだから」
「ならいいんだ。今日から高校生だもんな、俺達」
白い歯がまぶしい、爽やかな笑顔を向けてくる原黒。
こういう顔は草子には出来ないなと思う。
黒くて重ったるいロングヘアにガリ勉な印象を与える眼鏡。
どこか陰鬱とした雰囲気を醸し出している。
ゲーム画面で見た時は儚げな美少女って思ってた気がするけど。
……ゲーム?
そうだ、ゲーム。
この世界はゲームの中で私はそれをやった事があるんだ。
物心付いた頃から既視感を感じていて中学でやっとその謎が解けたんだ。
まあ中二病をわずらっているのかもしれないけれど。
ゲームでは高校から主人公が編入してきて物語が始まるんだったっけ。
じゃあ今日からその主人公達が出てくるわけだ。
どんな人たちなのか、楽しみだな。
原黒には手を出さないといいけど。
「草子、準備できたか?学校に行こう」
「うん」
自然と手をつなぐ。
コイツとは昔からこんな感じだった。
男性恐怖症な草子に唯一接触できるのが、この幼馴染である原黒爽。
それにしても今日見た夢をなんとなく思い出したけど、変だった。
だってヒロインはゴリマッショだし、ヒーローも男の娘でなんか変なんだもん。
そんなのありえないよね。
スチルで見たけど、ヒロインは普通に可愛い感じの後姿だったし、ヒーローも普通の男子って感じだったもん。
「草子、何を考えてるんだ?」
「今朝の夢。少し面白かったから」
「……へえ、どんなんだったんだ?」
「ええと、編入生の子が変ってたかな」
ぐっとつなぐ手に力を入れられた。
痛いって程ではないけど、一体何?
不思議に思って原黒の顔を窺えば、さっと笑顔を作られた。
なんだろう、変な感じがする。
ざわざわして、何か思い出しそうな。
こういう、事が前にもあった気がする。
まあ原黒なんて信用できない所のある男だ。
草子の男性恐怖症の原因を作ったのは、この男なんだからな。
こういう爽やかで頼りがいのある風であるから忘れがちだけど。
「そんな事より同じクラスになれるといいな」
「そうだね」
「草子もそう思ってるんだな」
私の答えに機嫌を良くする原黒。
まあ嫌だとは言いにくいし。
それに原黒は倒れた私を保健室まで運ぶという任務があるんだから、同じクラスの方が何かと都合がいいと思う。
それにしても本当に主人公的な人いるのかな。
もうすぐ学校に付くからはらはらする。
出来れば普通の、それで原黒にも私にも関わる気の無い人がいい。
だってヤンデレになんてなりたくない。
そもそも私がヤンデレってあんまり想像できないし。
「草子。入学式は人が多いからしばらくの間はベンチで休んでいよう?」
「え?うん、いいけど……。爽君のお友達に悪いんじゃないかな」
「大丈夫だよ。どうせこの間あってるし」
爽やかなスポーツマンという原黒は人気者だ。
だからこう休み明けとかは友達に囲まれるっていうか絡まる事が多いんだけど、私を優先するという事か。
別にいんだけど。
私だって男性恐怖症であるという肩書きのために男友達は微塵もいないが、女友達はむしろ多いのだ。
というか女キャラとは友達だし。
「っと、草子」
「あら。お気をつけなさい?川井さん」
「ごめんなさい」
急に原黒に手を引かれてびっくりしたけど、後ろに女王さんがいたのか。
女王さん、学園一の美人で権力者。
私の友達ではないが、知り合いではある。
そして思い出したけど攻略がエグかった。
毎週末どれだけ罵倒されても電話をかけ続け、そしてパラをあげ続け、一途プレイをする。
っていうのが彼女の攻略条件。
デートには誘えない、所謂隠しキャラ的な?
存在自体は目立ってたけど。
編入生な主人公をいびる学園の女王って感じで。
ちなみに名前は出てこなかった。そして草子である今も知らない。
突然思い出したこの記憶というかなんというか。
私はこの世界をゲームの中だとしたいのかな。
「ああら、考え事?別にいいけど、その頭から重要な事がぽろぽろ落ちてしまっているわよ」
「……草子に変な事を言わないでもらえますか」
女王さんは人を見下した顔をするのがとても上手い。
むしろ感心してしまうくらい。
でも重要な事がぽろぽろ?
何がぽろぽろ落ちてるんだろう。
ていうか原黒が手を握る力を入れてきて痛いんだけど。
何をそんなに反応しているんだか。
女王さんが人を馬鹿にした顔をするのは、珍しいことじゃない。
こんな事に腹を立てていては、女王さんとは付き合えないぞ。
行こうって原黒に強く手を引かれて人けの少ない方へ向こう。
女王さんは何が面白いんだか、唇をニヤケさせていた。
途中、誰かに声をかけられたような気がしたけど、ずんずん進む原黒がとまらなくて無視する形になってしまった。
もし私を呼んでたんなら悪い事したかな。
「ここなら人も少ないし、草子と2人きりだ」
「うん。でも入学式は行かないと」
私はベンチに座って、原黒はその前に立ってる。
立ってるといっても腰を屈ませて目線は私に合わせているけど。
こんな体勢を取るくらいなら隣に座ればいいのにと思う。
じっと見られると少し恥ずかしいな。
大丈夫かな、鼻毛出てたりとかしない?
「それほど顔色は悪くないみたいだな。草子は入学式とか終業式とか、そういうので倒れるから気をつけないとな」
「うん。いつも迷惑かけてごめんね」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ。草子の事は俺が助けるのは当然だろ?これからも俺が助けるよ」
「なんか悪いよ」
「俺は嫌じゃないから。約束しよう、草子」
小指を立てた手を出してくる。
指きりで約束か。
なんだか子供っぽいなあ。
「指きり拳万嘘ついたら針千本のーます、指きった」
結果として入学式は倒れなかった。
隣のクラスに見覚えのある後頭部を見つけたので、あれがヒロインかなって思ってよく見たけど人違いだったのかもしれない。
だってゴリマッチョだった!
もうムキムキ!
あれがヒロインとか思いたくない!
でも今日見た夢はそんな感じだったし、もしかして正夢?
だとしたら男の娘はヒーローもどこかにいるのかとキョロキョロしてたら原黒に教室に連れて行かれた。
いいのか悪いのかクラスは別だったけど、2つ隣の教室だから近いほうかな。
草子は女キャラとは関わりがあるからどこでも友達がいるから大丈夫だろうけど、隣の席は男って決まってるから誰か気になる。
別に私は男性恐怖症じゃないから問題ないけどね。
「よお、お前が隣か」
うん。男性恐怖症ではないんだけど。
まさか、ここでコイツが来るとは。
不敵な笑みを浮かべて私の席の隣にいたのは、琴管一狼。
攻略キャラの1人、作中に普通に犯罪行為をしていた孤高の不良。
もう雨の日に子犬を拾うとかいうベタな胸キュンイベントも無くただただ凶悪だったこの男が!
ついでに言うなら草子の男性恐怖症の原因でもある男が、隣とは。
運が悪いにも程がある。