ヒーローは……男の娘
目を開けるとそこには白い世界が広がっていた。
ただの見慣れた保健室の天井だけど。
えーと、確か入学式で倒れたんだっけかな?
そうだそういうイベントがあって私は倒れたんだ。
それで保健室にいるって事は、原黒がいつものように運んでくれたんだな。
いつもアイツには苦労をかけるなぁ、そういう関係性にされてるとはいえ。
でもこうなってくると私のあの既視感、この世界がゲームの中っていうのはあながち間違いではないのかも。
だって今日は体調も良かったのにまさか倒れるなんて。
正直歌ってる時は倒れやすいのは分かってるから口パクしていた私が、倒れるなんて変だ。
始まる前まで人けのないベンチで休んでたくらいだし。
真千代ちゃんのインパクトに困惑していたっていうのはあるけど。
あれで体調が乱されたってわけでもない。
きっとあの倒れるのは決まっていたことなんだ。
そして今の保健室、先生は居ないかもしれない。
だってそういうイベントがこの後待ってるような気がする。
今何時だろう。
すでに放課後ならイベントが起きると思うんだけど。
目が覚めたって事は、今でちゃっていいのかな?
そっとベッドから起き上がってカーテンをちらりとあける。
保険医はいなさそう。
というか誰もいない?
時計の時間を見ればまだ式は終っていなさそうだ。
どうしよう、もう一眠りする?
そう思ったら誰か入ってきた。
ついでにカーテンから覗いてる目が合ってしまった。
仕方ないなと思ってカーテンを開いてそっちに行く。
もう具合悪くないしね。
「こんにちは、保健室の人はいるのかな?」
「いないみたいです。私もさっき目を覚ましたところなんですけど」
「ボク、天使奈男っていうんだ。よろしくねっ」
「私は、川井草子です。よろしくお願いします」
そっと手を出しだしてきたので私も差し出す。
なんだが物凄く嬉しそうにぶんぶんと手を振られた。
結構オーバーリアクションな子なのかな。
でも随分ときらきらした女の子だな。
というかボクっ子か。
こんな個性的なキャラ、腰まで伸びた金髪にくりくりぱっちりの大きな瞳、病的に白い私とは違う健康的な透明感のある白い肌の美少女。
この子は、誰だ?
アマツカ ナオちゃん。
いたっけ?
確か大抵の女キャラとは草子は関わりがあったはずなんだけどな。
知らない子って事は編入生。
まさかこの子もヒロインとか?
ありえるかもしれない。
だってこんなに可愛いんだし、むしろあのゴリマッチョよりこっちの方がヒロインぽい。
顔はわからないけど。
保健室では男主人公のイベントが起きるはずだし、この子は違うよね。
だいたい未だ放課後じゃないし。
「草子ちゃんはさっき倒れた子?起きてて大丈夫?」
「はい。もう十分休みました、ナオちゃんは?」
「ボクは昨日緊張して眠れなかったからちょっと具合悪くて。編入生なんだ」
この子も編入生。
そうだよな、こんなに可愛い子だったら中学の時に噂になっていても可笑しくない。
ついでに攻略キャラであっても。
ヒロインは真千代ちゃんのはずだから、この子は誰なんだろう。
隠しキャラとか?
私は全クリしようとがんばっていたけど、ナオちゃんなんてキャラ知らない。
具合が悪くて来たナオちゃんもベッドに休み、保険の先生がいなかったから勝手に、私も隣のベッドに腰掛け話をしていた。
本当は戻るべきなんだろうけど、戻る気がしない。
という事は、男主人公が私のイベントを起こそうとしているのだと思う。
「ねえ、ボクと友達になってよ」
「は「それは駄目だ」
会話に突然入ってきた乱入者に驚いて振り向く。
なんだ原黒か。
手には私のバックも持ってるって事は、もう帰る時間なのかな。
真千代ちゃんは、いないみたいだ。
よかった。
私が倒れた後、知らない間に仲良くなってたとかだったらもうヤンデレフラグびんびんだもん。
「どうして駄目なの?っていうか君は誰?」
「何でもいいだろ。草子も困ってるんだ。お前、編入生だから知らないだろうけどな」
帰ろうと即されて、ベッドから起きる。
私はナオちゃんにごめんというように頭をさげた。
すでに手を原黒にひかれてたから、手を合わせるポーズはとれなかったけど。
保健室からでて歩きながら原黒に話しかける。
どうしてナオちゃんにあんな態度を取ったのか気になったから。
ナオちゃんは隠しキャラかもしれないのに。
「ごめんな、怖かったよな。男と2人っきりにさせるなんて、保険医も何してるんだが」
「え」
原黒は怒っている。
そりゃあもう顔がちょっと怖くなってるくらい。
普段の爽やかさはどこにいった。
いや、逃避はよそう。
「ナオちゃんが……男?」
「そうだよ。ごめん、俺がいながら。本当にごめん」
「でっでも、なんだか女の子みたいだったよ?」
私の言葉に原黒は不思議そうな顔をした。
え、何、真千代ちゃん現象が起きているのか?
真千代ちゃんの事も原黒は普通に可愛いと思ってるみたいだし。
しかしナオちゃんが男。
可愛らしい女の子にしか見えなかったナオちゃんが。
攻略キャラの1人である私よりも可愛いナオちゃんが男。
ってことは、ナオちゃんはもしかして薔薇ルートに入ろうとしているのか!
それで女装、ではないか、スカートじゃなかったし。
私のイベントである保健室に来ていたって事は、やっぱり男の娘なのか。
あの外見で。
信じられない。
「草子、具合大丈夫か?顔色が悪くなってる。俺が無理やり連れ出したからだな」
「そんな事無いよ。でもそっかナオちゃんて男の娘だったんだ」
「これからは草子に近づかないように俺から言っておくから」
「いいよ。私も、もう高校生だしこれからは自分で……った!」
「ごめん」
なんだ、いきなり手を握る力が強くなって。
痛いって声を上げれば緩んだけど。
怒るような事言った?
私の平穏な未来のためにも原黒にはさっきのナオちゃんには近づかないで欲しいのに。
そりゃあナオちゃんは華奢な女の子にみえる男の娘だけど、こちとら病弱な女子なんだ。
いくら相手が弱そうたって私が勝てるとは限らない。
そうなったらやっぱりヤンデレ的に刃物を繰り出す可能性の方が高いわけで。
ヤンデレなイベントは起きてほしくない。
って、そうだ!
さっきのイベントで男主人公と草子の初顔合わせだったけど、それで草子が男性恐怖症だって事を知る、っていう展開だった。
男性恐怖症じゃないからイベント通り進まないで普通に握手までしちゃった。
やってしまった!
だって仕方ないじゃない。
ナオちゃんは見た目は美少女だったんだもん。
あれかな、ナオちゃんは男には見えない男の娘だったから私の男性恐怖症が発動しなかったって事でいいのかな。
でも、ナオちゃんはもしかして私目当てなのか?
だとしたらいいかも。
ナオちゃんが私のイベントを進めてエンディングでも私を選んでくれたら、もし真千代ちゃんと原黒がくっついてたとしても嫉妬してヤンデレる必要もない。
そうだ、それだ!
その路線で行こう!
私は安心できる。
なんせ他に恋人がいたら真千代ちゃんに嫉妬する必要なんてないから、みんな幸せ、ハッピーエンド!
3年、3年あるそれまでにナオちゃんに好きになってもらうんだ。
割と草子のヤンデレは唐突とも言えた気がするし。
まだまだ嫉妬なんてはぐくんでいない。
となれば、ナオちゃんが他の攻略キャラとイベントを進めることは妨害しないといけなくなるな。
これからいそがしくなるぞー!
「私、ナオちゃん。ううん、奈男君とは仲良く出来そうな気がするの。だから心配しないで」
自信を持って、原黒に言う。
そもそも私は男性恐怖症ではないしな。
今まで必要が無かったから彼氏なんて作らなかっただけで、ちょっとした見栄も入ってるけど、高校生にもなったわけだから男友達の1人や2人いたっていい訳だ。
原黒にも頼りっぱで彼女も出来ないわけだし、妹からは卒業すればいいのだよ。
「爽君。今まで迷惑一杯かけちゃってごめんね。これからは1人で大丈夫」