今日は……入学式3
うーん、うーん、何だか寝苦しい。
元々寝つきはよくないけど、今日はまた一段と気分が……。
「まずい、明日は入学式なのに」
こんな調子では入学式から休むという非常に目立つ行為をしてしまうではないか。
私は自分に念じて、どうにか寝た。
と思う。
気づいたらカーテンから日が差し込んでいた。
支度をしてリビングに降りればお母さんが驚いたような顔をする。
「草子ちゃん起きて大丈夫なの?具合が悪そうだったからお休みするって学校に連絡したんだけど……」
入学式初日から休みとか無い!
絶対浮くと思う。
いくら中学からの持ち上がりが多いとはいえ、なんか恥ずかしい。
体調は悪くないとお母さんに主張し、急いでご飯を食べて車で送ってもらうことになった。
急いでと言っても、ゆっくりよく噛んで食べるというお約束を守ったせいで結構時間掛かったけど。
でもお母さんの心配も分からない事もない。
幼い頃から貧弱な体だった私はそりゃあもう体調を崩してきた。
だから急いで食べたらそれだけで具合が悪くなるのではないかと心配しているんだ。
んな訳で草子は少食でなおかつ食べるのが遅い。
昼休み、他の生徒が遊びだす頃になっても、もぐもぐとご飯を食べてるしな。
別にお母さんのいない学校ならもう少し早食いが出来るんじゃないかと思うけれど、染み付いた習慣からそう早くは食べられないし、早食いを試そうとしても一緒に食べている原黒が止めてくるから私はどうしたって食べるのが遅い。
お母さんにお母さんに車で送ってもらったら、既に入学式は始まっいて、この中を入るのはちょっと気がひける。
隙間から見てもそこそこ進行しているみたいだし、ここで入っていったら休んでいるより目立ってしまう。
これは先に教室で待っていた方がいいな。
よし、そっちにしよう。
「あたっ!」
「テメェ、どこに目つけてんだ」
「ごっごめんなさい」
教室に行こうと思って後ろ向いたら人に当たっちゃった。
それも、あれだ。
面倒くさい類の人に。
相手の体はでかく、ぶつかった私はあっさりと尻餅をついちゃった。
「お前それで謝ってるつもりか」
「本当にすみません!尾谷外さん」
相手が相手なだけに私は土下座する勢いで頭を下げる。
しばらくしても何も声が掛からない。
見上げるとまだ怒っているのか顔を顰めている。
「あ、私の注意でぶつかってしまって本当にごめんない」
許してくれないのかと心配しながらさらに謝罪の言葉を重ねる。
こいつはあれだ。
攻略キャラの1人だった。
俺様キャラな、尾谷外大。
すっごい寄付金をしていて学校の誰も手出しが出来ないっていう奴。
常に偉そうで常に俺様だった。
そしてこいつの顰蹙を買うと学校を辞めさせられてしまうのだ。
男プレイ中に尾谷外のペアである攻略キャラの話を進めていると退学という事もあったし。
女でやっててもルートによっては退学イベントがあった。
まあ女だからか多めに見られて退学にはならなかったけど。選択肢を間違えると尾谷外のルートはつぶれるのだ。
ただ退学イベントを見ているとエンディングのセリフが違くなるっていうから、試した事はあるけど。
お前何様だよって気分になったから、退学イベントは4回しか見ていない。
「お前、遅刻か?」
「そうです。あの、ちょっと体調が悪くて……」
こいつにぶつかるという失態を犯すくらいなら今日は休めばよかった。
やだ、退学になったらどうしよう。
さすがにぶつかったくらいでは退学にはしないか?
ゲームではそんなイベントなんて無いから、こいつがどんな反応するのかよく分からなくて怖い。
「もしかして川井か」
「はい」
何故、こいつは私の名前を知っているのか。
中学時代に休みまくったから知ってるって事?
基本的に草子は原黒以外の男キャラとは繋がりが無いからな。
こいつにしても名前は知ってるけど話した事はおろか、こんな近くで見たのも初めてだし。
私って有名だったりするのか?
だってこいつは興味が無い事は覚えもしない。
顔色を伺っていると、考えるような素振りを見せた後ににやける。
こう口角をクイって上げるっていうかちょっと悪そうな顔。
スチルにあったその顔は素直にカッコいいと思った。
背も高いし様になるんだよなぁ。
草子の身長で見るとちょっと高すぎる気がするけど。
「行くぞ」
正座した状態だった私の腕を掴んで、強引に立たせられる。
んでそのまま、講堂の扉を開けて入る尾谷外。
私は抵抗できずに、共に入る羽目になった。
皆がこっちを見ているのが分かる。
視線が、痛い!
恥ずかしい。
腕を、腕を離してください!
尾谷外を見ても、笑っているままだ。私の腕を掴んで。
周りは声を出すこともしない。
だって尾谷外に逆らうのは、あれだし。
あああ、私を誰か救って!
「草子!」
静寂を打ち破るように、希望の声が聞こえた!
原黒だ!
さすが、幼馴染!
こっちに走ってきて、尾谷外を睨み付ける。
お前すごいな、尾谷外を睨むなんて。私には怖くて出来ない。
「草子の事は知ってるだろ。早く手を離せよ」
「知らねェな。誰だよこの女」
お前さっき私の名前知ってたじゃないですか。
草子の事知ってるだろって一体なんだ。
尾谷外が私の腕を握る力が強くなる。
ちょっ痛いけど!
痣が出来る。
貧弱な私の体は打たれ弱いのだ。
「腕の握る力が強いようですから、離してあげるか、握る力を弱めてください」
マイクを通した声で尾谷外へ注意がされる。
誰だ、そんな大胆な先生は……。
違った。
新入生代表だ。
「遅刻してきた生徒は速やかに席についてください。今席をたった生徒もです」
注意を受けたせいかどうかは分からないけど、尾谷外が私の手を離して自分のクラスの席に向かう。
私も早く移動しなきゃと思ったが、原黒に阻まれた。
「草子、具合悪いだろう?保健室に行こう」
「えっ大丈夫だよ?」
心配そうな顔で私に話しかけてくるけど、私は平気だ。
この程度ではまだ倒れない、はず。
それにこんな途中から乱入みたいな形で入ったのに、また出て行くとかそれはそれで恥ずかしい。
こんな通路の真ん中にいないで早く座りたい。
「早く席についてください」
「ほら、怒られちゃう」
「……」
再度注意を受け、私は原黒の腕を引いて席についた。
来ていなかったのは私だけだったようで空いている席は2つだけだった。
原黒は違うクラスのようだ。
恥ずかしい思いをしたが、隣の席についていた子は体、大丈夫?と心配してくれたし、まあ良かった。
入学式は遅れたせいもあって、半分くらいしか出れなかった。
新入生代表の挨拶が終わってこっちに戻ってきた好代ちゃんに、お礼を言う。
「気にしないで、それより草子ちゃんは平気だった?」
「うん平気。本当にありがとう」
私の礼に少し口元を緩める好代ちゃん。
クールな美少女の好代ちゃんは、ゲームの攻略キャラの1人だ。
んで琴管のペアだったはず。
尾谷外に注意が出来るのは、女王さんと友達だからだ。
尾谷外に意見できる人間はこの学校の中にそう多くない。
だからさっき原黒が尾谷外を睨みつけて文句を言っているのには驚いたな。
だって原黒は意見出来る立場のキャラじゃないし。
教師だって頭が上がらないのだ。
一般生徒は関わらないのが無難なのに。
私を心配して?
さすが原黒は私と何年も付き合いのある幼馴染だなぁ。
私を助けるのが、身に染み付いているんだろう。
それにしても、どうして尾谷外は私の名前を知ってたんだろ。
病弱な私がそんなに印象に残るような事ってあったかな?
中学の頃にクラスが一緒になった事は無いから、接点なんて無かったのに。
名前を知られている事に不思議に思ったけど、それは気にする事ではないと思った。
だから入学式の後のHRではもう気にならなかったのに。
のに。
「よう、川井。帰るぞ」
何故、帰りに誘われたんだ。
意味わかんない。




